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7月23日(土)晴れ
梅雨明けして、かえって暑さが落ち着いたように感じる。朝方今日は曇りかな、みたいな感じで、しばらくしてようやく青空が顔を出す。そんな天気の時は最高気温も30℃、31℃くらいでしのぎやすい。
そんな日の早朝、目が覚める時がある。窓を開けると街全体が靄に包まれていて、遠くの信号の点滅だけが霞んで見える。
明るくはなっていてもまだ街全体が眠っている、そんな情景の中聴いてみたいのがバッハの無伴奏バイオリン・パルティータだ。
バッハの器楽曲、とりわけ無伴奏の作品には傑作が多い。無伴奏チェロ組曲、バイオリンではこの無伴奏パルティータとソナタ。ピアノ(チェンバロ)の独奏曲にいたっては平均律クラヴィーア曲集全48曲に始まりイギリス組曲、フランス組曲と枚挙にいとまがない。
それらバッハの無伴奏の器楽曲は単に傑作というのではなく、それぞれの作品が一つの宇宙的空間を形作っている。私たちは最初の一音が奏でられた時から、その空間に引き込まれていく。
そのいい例がこの無伴奏バイオリン・パルティータ第1番だ。冒頭の悲痛とさえいえる旋律を聴いた瞬間から、時が止まり、今いる場所を離れ、私たちはバッハという宇宙空間の中で生きる人となる。
この作品が作られたのは1717〜23年のバッハのいわゆる「ケーテン時代」(バッハ32歳から38歳)。ケーテンというのはライプツィヒの約50キロ北西に位置する小さな城下町で、バッハはそこの宮廷楽長として招かれた。ワイマールの宮廷オルガニスト時代と、有名なライプツィヒの聖トーマス教会のカントル(聖歌隊指揮者)時代の中間に位置する。
ケーテンにバッハを招聘したのは、23歳の若い音楽好きな領主レオポルト侯だった。この地がルター派ではなく、教会音楽を重んじないカルヴァン派だったため、この時期のバッハはブランデンブルク協奏曲、3曲のバイオリン協奏曲、結婚カンタータ、平均律クラヴィーア曲集第1集、無伴奏チェロ組曲、そして無伴奏バイオリンソナタとパルティータといった世俗音楽の傑作を集中的に作った。
この曲のタイトルのパルティータというのは組曲のこと。つまり対になっている無伴奏バイオリン・ソナタがソナタ形式の4楽章構成であるのに対し、パルティータの方はそれ以上。パルティータ第2番は5楽章(その最後の楽章が有名なシャコンヌ)、第3番は7楽章からなる。
第1番は4楽章から成っているが、4つの古典舞曲(最初がドイツ風舞曲のアルマンド、次がフランス舞曲クーラント、3番目がスペインの古い舞曲サラバンド、最後がフランス、オーヴェルニュの農民舞曲ブーレ)とそれぞれの後半にドゥブルと呼ばれる変奏曲が付いているので、8楽章の組曲ととらえることもできる。
したがって全体では緩急、緩急、緩急、緩急の構成になるが、無伴奏チェロ組曲と同様に、独奏曲にもかかわらず著しく対位法的に書かれ、ポリフォニックな様式をとっているため、演奏には最高度の技巧が要求される曲である。
この曲の名演としては古くはシゲティ、そしてシェリングが知られているが、私はアルテュール・グリュミオーの演奏を愛しています。(LP:PHILIPS X-8554)(CD:Ph PHCP24013〜4)
私がこの演奏に初めて出会ったのは、1980年代前半の高田馬場の名曲喫茶「あらえびす」。
名曲喫茶というのは、今の若い人には説明しても分かってもらえないかも知れない。座席で文庫本なんかを読みながら、コーヒー一杯で何時間もねばって、自分や他人がリクエストしたクラシックの曲を聴くための喫茶店。今では歌声喫茶以上に絶滅してしまった代物だろう。
「あらえびす」は暗ーい照明の店内に、昔の小学校で使われたような一人掛けの木の机と椅子が点々とあって、それらがみんなスピーカーの方を向いている。そこに座って、リクエストされた順番にかかるクラシックの名曲に耳を傾ける。
曲が変わるたびに、白い長袖のブラウスに黒いロングスカートをはいた女子大生っぽい女性が、曲名と演奏者を書いた小さな黒板を前の方のスピーカーの真ん中に置きにきた。
大学に入学してから自分のステレオを買うまでの8ヶ月、僕はそのあらえびすに通いつめ、そこでそれまで知らなかったクラシックの名曲に出会った。チャイコフスキーの交響曲第4番、シューマンの第4番、そしてこのグリュミオーの無伴奏パルティータなどをここで初めて知ったのだった。
バッハは正直詳しくなかった。しかし精神的な、そして敬虔な音楽とだけ考えていたバッハの音楽に、極めて艶やかな、官能的な側面があることを初めて知った、
ある意味でそれはショッキングな出会いであり、グリュミオーのバイオリンの魅力の洗礼を初めて受けた瞬間でもあった。
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「あらえびす」って、野村胡堂が関係しているお店なのでしょうか? 私は実家が井の頭線沿線ですので、吉祥寺の「こんつぇると」(閉店)や「バロック」、渋谷の「ライオン」といった名曲喫茶にいくことが多かったです。
2005/7/24(日) 午前 7:16
そうみたいですね。銭形平次の作者野村胡堂はまた、野村あらえびすというペンネームで世界初の(クラシック)レコード評論家でもあった。今出身地の岩手県紫波町に野村胡堂・あらえびす記念館があって所蔵のレコードコンサート等が開かれているそうです。あらえびすというのもその頃は何でそんな名前なのか分からなかったが、岩手出身で荒夷(東国の野蛮人)と謙遜していたのだと20年ぶりに納得しました。
2005/7/24(日) 午前 8:57
バッハはカッコイイお父さんみたいですよね。どっしりしていて、渋い。きちんとしているけれど、どこか艶っぽい。余計な指示が一切ないから(というといいすぎかな?)かえって演奏者に委ねられる部分が多いから、演奏者によってもものすごく変わりますしね〜。うん。
2005/7/24(日) 午前 11:43
ちささん、余計な指示が一切ないというのは知りませんでしたが、確かにバッハの曲は構成ががっちりしているので、ジャズその他でどんな風にアレンジされてもバッハはバッハ。作品の質が全く落ちないですよね。
2005/7/24(日) 午後 8:36
トラバありがとうございました。名曲喫茶なくなりましたね。渋谷にまだ一軒残ってるらしいですが、寂しいです。レオポルトも結婚した奥さんが音楽が好きでなくて音楽から離れていったというのがまた寂しいですね。
2005/7/25(月) 午前 1:46 [ 中世 ]
バッハは最高です!バッハ自身もヴァイオリンの名手だったので弦楽器のすばらしい曲がたくさんあるんですよね。名曲喫茶どんどんなくなっています。今度阿佐ヶ谷の名曲喫茶に行こうと思ってますが・・・
2005/7/25(月) 午後 3:35 [ gnadejp ]
gloriaさん、渋谷の名曲喫茶は「ライオン」ですか?高田馬場は他にも「らんぶる」とかあまり綺麗でない店が2,3軒ありましたが、皆バブルの頃 無くなったみたいですね。
2005/7/25(月) 午後 7:09
ローレライさん、バイオリンの名手ってのも知りませんでした。バッハは一番疎いかも知れません。聴くのも夏と冬に限られていて、僕の聴き方はちょっと偏っているかも知れません。
2005/7/25(月) 午後 7:12
渋谷の店は「ライオン」です。まだあるんですよね。ホームページもありますよ。http://lion.main.jp/ いつまでもずっと在りつづけて欲しいお店ですね。
2005/7/25(月) 午後 10:43 [ 中世 ]
ホームページに感動しました!定時コンサートに使われているレコードがうちにもあるのが多いのに二度びっくり。それだけ我が家のライブラリーも古いというか、新しいのが無いということでしょうか。でも今度東京へ行ったら絶対行ってみます。ありがとうございました。
2005/7/26(火) 午前 0:33
バッハのヴァイオリン・パルティータ&ソナタ、梅雨時の音楽のフォーレのピアノ五重奏曲のCDを買った時、目に留まったのが、戦後早い時期に活躍した NATHAN MILSTEIN の全曲。DEUTSCHE GRAMMPHON の復刻版が出てましたので、ついでに(怒られますが)買ってきてしまいました。グリュミオーの方がベターかと思いますが、ミルシュタインは聞く機会がなかったので、これはこれで良かったと思ってます。
2005/8/23(火) 午前 11:56 [ gul*i*er4*10*5 ]
ケーテン(KOETHEN)時代というお話がありましたが、東西ドイツ併合後、昔東独領内にあったケーテンに行ったことがありました。小さな裏寂びれた街でした。街の人に聞いても、クラシックどころではなかったのでしょうが、誰もケーテン候の屋敷跡を知りませんでした。漸く見つけましたが、荒れ果てて放りっぱなし。涙が出ました。chikumaさん(それとも GUSTAVさん)に触発されて、昔のドイツでの音楽家の足跡を訪ねた想い出が甦ってきました。
2005/8/23(火) 午後 0:05 [ gul*i*er4*10*5 ]
gulliverさん、怒られるなんてとんでもない。自分の好みを決して押し付けるつもりはありませんよ。ミルシュタインの演奏も昔から定評があり、バッハ演奏という点ではグリュミオーの方がむしろ異端と思われていると言ってよいでしょう。
2005/8/23(火) 午後 1:59
私みたいに文献だけで文章を書いているのと、gulliverさんのように実際にその地にたたずんでの印象を元に語られる言葉とは、やはり重みが違いますね。クラシックファンとして私も一度はドイツ・オーストリアに行ってみたいと思います。
2005/8/23(火) 午後 2:06
こんにちは。Gustavさんは誰のバッハ無伴奏がお好きですか?私が買ったのはシェリングのなのですが、ちょっと肌に合わない(エラそうに!)気がします。ガンガン心の中を攻めて欲しいんですけど、誰かオススメございます?あったらおしえておくれやす〜(こんなふざけたコメントはだめかしら?)
2006/1/12(木) 午後 8:24
じぇんじぇんいいっす!バッハ無伴奏で精神性高い正統派はシゲッティ、シェリング。僕の好きなグリュミオーは異端。貴女の求めるのと反対のtender Bach.ガンガン鋭角的に攻めそうといったらやっぱり今年度レコードアカデミー賞大賞受賞のクレーメルあたり?チョン・キョン・ファがもし弾いてたら面白そうですね。それにしてもrosaさんってひょっとしてM?
2006/1/12(木) 午後 9:51
それにしてもrosaさんってひょっとしてM?>どた!!PCの前で噴出してしまいました!なんでわかったんですか〜w ギドン・クレメールていうひとですかね?ルックスがなぁ〜(笑) ハイフェッツとか好きなんです。バッハのシャコンヌ、ヴィターリもだいすきwやっぱMデス。ハイ。
2006/1/13(金) 午後 2:43
「噴出してしまいました」って何をw!(笑)「何でわかったか」って「ガンガン攻めてほしい」っていうんだから・・・。まぁSな女性よりはMの方が好きですけど。
2006/1/13(金) 午後 7:21
ぐすたふさん>わはは!切りかえしが上手っ。チョンキョンファはもよさそうですね。明日はパールマンを大阪へききにいきます〜。テンダー系なんだろうけど、好きなんですw
2006/1/14(土) 午前 8:23
パールマンですか、いいですね。彼には思い出があって、学生の頃なけなしのお金でチケット買って東京文化会館に聴きに行ったら、彼が松葉杖ついて出てきてびっくり。知らなかったのね、そんなことも。でもっと驚いたのが彼の後ろにいて彼のヴァイオリンを持ったお付きの人が何とピアノを弾き始めたのね。お付きの人だと思ったちっちゃな人がアシュケナージだったって気づくのにしばらくのタイム・ラグがありました、とさ。
2006/1/14(土) 午後 0:41