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8月6日(土)晴れのち夕立
8月第1週の週末。全国各地で夏のお祭りが開かれていることだろう。ここ松本でも「松本ぼんぼん」の日。暑さも頂点といった時季だ。そこで例年「ぼんぼん」の日に凄い夕立が来る。
今年も例外ではなかった。ここ10日ほどの熱気をすべて溜め込んだような黒雲が、お昼頃から出ていたが、雷とともに滝のような土砂降りが降りだしたのは午後5時頃。7時頃まで雨の勢いは止まらなかったので、踊りに繰り出していた人々は、商店街の軒下で雨宿りを余儀なくされたことだろう。
7時過ぎには収まり、時間遅れのスタートで今頃商店街を練り歩いているだろう。こちらは雨上がりの涼しい風と遠い稲妻の音を聞きながら、この曲を聴く。
今日は予定を変更して、夕立のあと、雨がもたらした思いがけない涼しさの中、遠雷を聞きながら聴きたい曲を紹介しよう。
アーノルド・シェーンベルクの「浄められた夜」(浄夜)だ。
シェーンベルクは前にも書いたが、ショーソンと並んで作品が少ない割に、その殆どが好きな曲という
my favorite composerだ。
もう表紙がぼろぼろになった1983年版の作曲家別クラシック・レコード(LP)総目録でシェーンベルクのページはたった1ページ。その中の殆どの曲に赤い線が引いてある。つまりレコードを持っている。無いのは歌曲とピアノ曲くらい。
シェーンベルクは言うまでもなく、20世紀現代音楽の開拓者。1874年ウィーンに生まれ、マーラーの次の世代に属し、当初は後期ロマン派を受け継ぐ存在だったが、やがて西洋音楽の限界を調性の限界ととらえ、無調の曲を書くようになり、最終的に十二音技法を生み出して、その後の現代音楽の流れを決定づけたクラシック史上の革命児だ。
しかし今日聴く「浄められた夜」は無調に走る前の後期ロマン主義の音楽、とりわけワーグナーの影響を強く受けた作品で、確かにシェーンベルク版「トリスタンとイゾルデ」といえなくもない、とてもロマンティックな作品だ。
シェーンベルクは殆ど独学で作曲法を身につけ、1899年、25歳の時にこの出世作を書いた。当初は弦楽六重奏曲だったが、1917年に自身の手で弦楽合奏用に編曲している。
曲はドイツ抒情派の詩人R・デーメルの詩による交響詩のような作品で、詩の内容は、月の美しい夜に湖の周りを散歩する二人の男女の対話(女は別の男性の子を宿している)と、彼らの静かに歩む姿を描いている。
曲は弦によって終始官能的な旋律が繰り返されるが、シェーンベルクの巧みなオーケストレーションによって、冒頭、女がお腹の子についての告白をする非常に重苦しい雰囲気、告白しながらどんどん絶望に向かう女の気持ち、語り終えたときの湖の静寂さ、そして男の力強い肯定、二人の前に広がる湖の明るい情景、といったストーリー展開が目に見えるようだ。
月の夜の話ということで、秋の夜長に聴きたい曲という気もするが、シェーンベルクならではの、ロマン派でありながらクールな音の質感。またバイオリンを始めとする弦楽器の音の冷やっこい感じが夏の夜に聴きたいと思う理由なのかな、と思います。
演奏は弦楽六重奏版ではラサールSQその他の演奏が、弦楽合奏版ではカラヤン指揮ベルリン・フィルのものが一般に定評あるが、私の愛聴するのはピエール・ブーレーズ指揮ニューヨークフィルの演奏だ。
(1973年録音。LP: CBS SONY 20AC1545)(CD: SC SRCR2718)
ブーレーズは言わずと知れたフランスの現代音楽作曲家。その冷徹な眼で、この曲を感傷に溺れることなく、クールにかつ多彩な音色で描いている。ニューヨーク・フィルの音も実にcool!
(このレコードのプロデューサーがアンドリュー・カズディン。CBS SONYの名演奏、名録音には必ずといってこの人の名前があるのは偶然じゃないね。)
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十二音技法が分かりにくいので、曲を聞いた事ないのでどこいら聴いたら良いでしょうか。
2005/8/8(月) 午後 8:29 [ Rボーダー(´・ω・`)つ ]
この浄夜は十二音技法以前の、後期ロマン派としてのシェーンベルクの傑作だから聴きやすいですよ。弦楽合奏だし、終始耳に心地よい曲だと思います。安心して聴いて下さい。
2005/8/8(月) 午後 11:52
ゲンダイオンガクは苦手ですが、「浄夜」は僕も好きです。シェーンベルクがフェイヴァリット・コンポーザーとは、さすがGUSTAVさん!すごいなぁ。/ちなみにわたしは1985年版の作曲家別クラシック・レコード総目録をいまだに手元に置いています(それ以後高くなって買っていないため)。今では発刊自体やめてしまっているみたいですね。
2005/8/12(金) 午後 0:15
ふじさん、レコード総目録の件、自分のような人がいると思うと嬉しいですね。シェーンベルクやっぱり後期は苦手です。では前期の曲の何がいいのか?彼のサウンドが好きなんでしょうね。今度サイトウ・キネンで「グレの歌」を聴くので、その辺自分でももう1回考えてみたいです。
2005/8/12(金) 午後 2:25
「グレの歌」は僕もまだ大丈夫ですね。自分はなぜそれが好きなのか考えるというのは、当然のことのようで、案外貴重なことですね。ところで「総目録」、セロテープでくっつけていた表紙が、先日また剥がれてしまいました。。。
2005/8/19(金) 午前 8:23