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8月20日(土)晴れ
真夏の夜に楽しむ音楽も8曲目になりました。
「エッー、真夏にシベリウス!?」と驚かれた方も多くいらっしゃると思います。
シベリウスはやっぱ冬じゃないのとお思いの方、私もそう思います。チャイコフスキーをはじめとするロシアの作曲家同様、北欧フィンランドのシベリウスは冬のイメージ。私自身は「1月の作曲家」だと思っています。
では何故?
それはこの交響曲第4番が、暑苦しさを呼ぶ厚化粧の音楽とは正反対の、涼しさを呼ぶ、例えて言えば「真夏の夜の怪談のBGM」にぴったりって感じの音楽だから。
第1楽章冒頭、チェロ、コントラバスの低弦がひきずるように音階をなぞる。初っ端からお化けが出そうな雰囲気。途中日本の横笛のような音を出すフルートの切り裂くような音に続いて、ティンパニーが突然の登場。「ヒュー、ドロドロッ」。(何か西洋音楽とは思えない雅楽のような雰囲気)そしてホルンのファンファーレ。
この曲の特徴は、最初から最後まで全オーケストラによる総奏というものが殆どない。息の長い旋律(メロディ)が影を潜め、それぞれの楽器が奏でる短いフレーズがモザイク的に積み重ねられて曲が進んでゆく。
シベリウスといえば、北欧フィンランド最大の作曲家だが、時代的には19世紀末から20世紀前半に活躍した、ちょうど前回紹介したウィーンのシェーンベルクと同時代だ。
シェーンベルクがはじめ後期ロマン派の巨大な作品を書いていたのち、1908年頃からそれまでの西欧音楽の基本であった調性と決別し、無調の曲を書き始めたように、シベリウスもまた1899年完成の交響曲第1番、1902年の交響曲第2番では後期ロマン派のスタイルを忠実に受け継いだ作風であったものが、ちょうどシェーンベルクと同じ頃、作風を大きく変える。
つまり、1907年の第3番を過渡期として、1911年完成したこの交響曲第4番から、後期ロマン派とは正反対の方向、つまり音楽に拡散ではなくして求心性を求め、楽器の使用法も極めて簡素化し、小じんまりとした中にデリケートな音色と無駄のない充実した書法を聞かせるようになる。その到達点が最後の交響曲第7番で、ここでは完全な単一楽章にまで作品が磨かれ、そぎ落とされていく。
同じ交響曲作家のマーラーが交響曲を極限まで肥大化させたのに対し、シベリウスは交響曲をぎりぎりまで簡素化し、音楽に透明感とデリケートなリリシズムを与えたのだ。
しかしこの簡素化、無駄の無さというのは、聴き手にはかえって多大な緊張を強いるため、一般のファンからは敬遠されるきらいがあり、真にシベリウスらしい交響曲は4番以降であるのに、一般に人気のあるのは依然として第2番ということになっている。
私もいかにも後期ロマン派的な、またどこかチャイコフスキーを思わせるような若書きの交響曲第1番も個人的には好きですが、シベリウスの交響曲の真骨頂という点ではこの4番、そして7番、5番あたりの魅力を楽しんでいただきたいと思います。(ただし季節的には4番以外はやはり冬のイメージです。)
1つ言い忘れていたが、シベリウスが同時期のマーラーやシェーンベルクとは対極的な音楽の作り方になっていったのには、やはり北欧フィンランドという土地柄、風土が影響しているのではないか。
フィンランドはご承知のように、歴史的にヨーロッパでありながらヨーロッパでない、つまりあのフン族の大移動のフン族の末裔、アジアの血を受け継ぐ国柄。
そう考えると普通の西洋画のようにキャンパスいっぱいに絵の具を隙間なく塗りこめるような描き方ではなく、東洋画、特に日本画、水墨画のように絵中に塗りこめない空間をたくさん残しながら、サッと一筆で必要最小限の描き方で、その場全体を描こうとするやり方に、シベリウスの最小限に簡素化されたオーケストレーション法というのは共通するところがあるのではないだろうか。
第3楽章。ここがこの曲のクライマックスであろう。その後半、オーケストラが初めて総奏し、フン族の末裔、フィンランド1000年の悲哀をこの一瞬に封じ込めたような旋律。
そして最終、第4楽章冒頭の忘れがたい和音、哀しみの和音が、鉄琴の登場と共に一瞬にして長調へと変貌する場面など、ここそこに非常に印象深いところを散りばめた、シベリウスの交響曲の中でも指折りの傑作だと私は思うのです。
演奏はイギリスのサー・ジョン・バルビローリ指揮のハルレ管弦楽団演奏の1969年録音のもの。(LP: EAC-50051)バルビローリをはじめ、伝統的にイギリスの指揮者、オーケストラはシベリウスの演奏に定評がある。(私がシベリウス演奏で好きなのはこのバルビローリ、ハルレ管と、ネーメ・ヤルヴィ指揮エーテボリ管弦楽団(スウェーデンのオーケストラ))
バルビローリの指揮したレコードは、ブラームス、マーラー、シベリウスと持っている。1960年代のEMIということで音質的に恵まれない面があるが、いずれもけれんみのない、奇をてらわない誠実な演奏と、透明感のあるサウンドで、個人的に好きな指揮者の一人です。
そうそう、ジャクリーヌ・デュ・プレを伴奏したハイドンやエルガーのチェロ協奏曲も印象に残る演奏です。このシベリウスのレコードでは、余白に弦楽合奏のための組曲「恋人」作品14や「ロマンス」作品42も入っていて、こちらも夏の夜を涼しく過ごせる佳作です。
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いやー、全く同感です。数年前、「蝉時雨 涼を求めて シベリウス」と俳句もどきを作ったことがあります。でも、実際聴いてみると、熱い演奏だったんですけどねw(聴いたのは交響曲だったと思います)。
2005/8/21(日) 午後 4:22 [ bwv**4mp ]
BACHさん、共感して戴いて嬉しいです。僕もその他のシベリウス作品はみんな冬向きだと思うのですが、何故かこの曲だけは…。シベリウスは、また1月、2月の頃取り上げてみたいと思います。
2005/8/21(日) 午後 6:18
やっと落ち着いたのできました☆台湾の大学在学中にフィンランド人の留学生とルームシェアしていました。なんでもフィンランデイアはフィンランド人にとって国歌と同じだと言っておりましたよ♪(^^)
2005/8/22(月) 午後 7:12
クララさん、台湾の大学でフィンランド人とルームシェアとは、素晴らしい経験をされたんですね。ロシアの圧政下シベリウスが祖国愛に燃え「フィンランディア」を作曲した頃、日本は日露戦争でロシアに勝って、フィンランド人を感激させました。だから今でもフィンランドには東郷平八郎の絵が書かれたビールがあるんですよね。
2005/8/22(月) 午後 10:40
はじめまして、同感です!やはり4番は夏の夜にふさわしいですね。 最近は6番を非常によく聴いてます、目立たない曲ですが、シベリウスの持つ自然への愛がもっとも多く描かれた作品だと思います。 今、サカリ・オラモ指揮のバーミンガムにはまってます。
2005/8/27(土) 午後 11:01 [ - ]
ようすけさん、同じ感じ方をしている方がいると、心強いです。ブログで真空管アンプの話を読みました。とても興味があります。僕もLPにこだわってクラシックを聴いているから真空管の音がきっと気に入ると思うのです。いつか試してみたいと思います。
2005/8/28(日) 午前 9:02
初めまして!真夏にシベリウスですかぁ?僕は、やはり冬のイメージですね!シベリウスの音楽との出会いは、雪の夜でしたもの!では、試しに暑い内に4番を聴いてみます。
2005/8/28(日) 午後 0:04
私は、良いと思いますが・・・。 私も夏に聴く事もありますし拘り無く、好きですね。地元の指揮者の方のものを出来るだけ聴くようにしています。私はレコード盤で聴いております。
2005/10/3(月) 午後 1:38 [ sabrina ]