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[ JH ]
2014/3/4(火) 午前 2:31
先生は後に「人の生くるは直ければなり」に接し中也の信念を導き出す。「直し」とは正義や真理とは異なり『清く明るい心』に近い。これは本居宣長の言葉です。
何が言いたいかというと、この文章「中原中也のこと」は小林秀雄へのアンチテーゼを突き抜けて猛烈な批判だと感じるのです。
雑誌創元一号は1946年12月創刊なのですが、先生は同年モーツァルト」の連載を美しい日本語で書き始めていた。しかも音楽的に。「書いたとは聴いたこと」ちなみに中也は創元創刊の10年前に亡くなっています。
短調こそモーツァルトの真髄で、かなしさは失踪するのかもしれないけれど、僕には理解が追いつきません。
先週火曜日のK543気分の文学散歩がきっかけだったように思います。
長々と失礼いたしました。
[ JH ]
2014/3/4(火) 午前 1:47
こんばんは。確認したら「変ホ長調」のレコードでした(笑)恐らく39番でしょう。流れから「ソロモンの歌」を読み返してみました。
それで今まで気がつかなかった発見がありました。文章は暗記するくらい読み込んでいたので、発見というよりは想像ですが、吉田先生は中也から仏語を習っていて最初のテキストは「地獄の季節」次が「悪の華」途中から「パンセ」に変更になりました。理由は中也の言う「暑苦しいから」それと27頁に日本の俳句や和歌等について「どれも情景であって歌う人の思いが入っていない」 ただ百人一首の「ひさかたの光のどけき春の日に・・」は好きだったらしくチャイコ舟歌に合わせて歌っていた。これト短調です!吉田先生はこ「この和歌には彼を通じて流れる宇宙の秩序があった」と表現されている。
前後しますが13頁で也の性格について触れていて、倫理的であったと書かれています。
字数オーバーしそうなので続く
[ JH ]
2014/3/3(月) 午後 2:11
こんにちは。実は小林は楽譜が読めなかったのでは?と感じてたことがあるのです。(読めなくても感じれば問題ない)あえて楽譜を引用し難しい文章にしちゃう。文章絵画は誰でも創作できるけれど音楽は難儀。でも問題点は簡単に(勝手に)聴けてしまうこと。つまりランボーやドストエフスキーよりモーツァルトは大衆に迎合していられる。しかもインテリが確保できる。
いま電車内なので不確かな記憶ですが、ソロモンの歌で中也の奥様をさし「まだ彼女が初々しかった頃お祝いに(確かモーツァルトの短調)レコードをプレゼントした」文章がありました。楽譜引用と題材、ゲオンやゲーテだけではないY氏の影を感じるのです。
続きは夜にでも
都の西北に到着しました。
[ JH ]
2014/3/1(土) 午後 9:09
こんばんは。
改めて読ませていただき色々と考えさせられました。
年表を確認してみるとこの時期は確かに<流れていない>というか、ご指摘のフィガロ以降数ヶ月?細かな事は解らないのですが「澱み」を感じます。その時代を象徴する完成形が「ドン・ジョバンニ」ではないでしょうか。(あのオペラ何故かカフカ「城」を思いだす。)原因はフィガロが不評とか、レオポルトの死や借金等様々な要素があるのかもしれませんが、人間って創作アイデアが出てこない時期って普通にあると思うのです。出てこないと作業に終始する。ところが本意とは裏腹に稼がなければならない。直感と感情というより知識と行為を優先せざろうえない。これはモーツァルト的じゃない。
つまり「疾走しない哀しみ」かもしれません。
[ nec*_*me ]
2014/1/20(月) 午後 10:30
[ 怪盗らんま ]
2013/7/1(月) 午後 9:32
[ tne*o76*4 ]
2013/6/26(水) 午後 7:32




