クラシック歳時記in松本 (あるいはモーツァルトとともに1年を)

今春発売の内田光子/テイトのCDでようやく好きになれました・・・モーツァルト ピアノ協奏曲第9番「ジュノム」

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  私のブログ紹介   このブログは次の2つの内容から構成されています


1.「クラシック歳時記 in 信州松本」(2005年度)
 
 一年四季おりおりの、山国信州のこの季節にはこの曲が似合うのではと、私がここ20年近く聴いてきた

クラシック音楽を紹介しています。
  
     2005年4月  http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/1024047.html

     2005年5月  http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/2237045.html

     2005年6月  http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/4094813.html

     2005年7月  http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/6038266.html
         
     2005年8月  http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/8449515.html

(2006/8/6 ある夏の日の理想的な過ごし方(?)http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/40248226.html

     2005年9月  http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/10793392.html

     2005年10月 http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/12888887.html

     2005年11月 http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/15886311.html

     2005年12月 http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/19296180.html

     2006年1月  http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/22502550.html

     2006年2月  http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/25648702.html

     2006年3月  http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/28599313.html

    (最終回 マーラー交響曲第2番「復活」http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/31764115.html

    「【補遺】クラシック歳時記」 (2007年度)

    2007 10/27 晩秋はブラームスの室内楽の季節 http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/52848162.html

      11/10歩道に雨に濡れそぼる桜の落ち葉 http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/53096121.html

       11/24小春日和の日に  http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/53345875.html

     2007 1/8 雪の降る日に  http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/45722188.html




 2.「モーツァルトとともに1年を」(2006年度)


 2006年はモーツァルト生誕250年のメモリアル・イヤーでした。そこでクラシック音楽の中でも

私が最も好きなモーツァルトの音楽について感じたことを、主にこの年放映されたNHK-BSの「毎日

モーツァルト」の展開に沿って語ってみました。

    2006年4月  http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/32550720.html

    2006年5月  http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/35153447.html

    2006年6月  http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/37376896.html

    2006年7月  http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/38697569.html

    2006年8月  http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/40550015.html

    2006年9月  http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/41391349.html

    2006年10月 http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/42413521.html

    2006年11月 http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/43908979.html

    2006年12月 http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/45271515.html

    2007年1月  http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/45609880.html

    2007年2月  http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/46754235.html

    2007年3月 http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/47390889.html

    2007年4月  http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/48176492.html

    2008 3/23 【補遺】「魔笛」第2幕 http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/55463614


 
 残念ながら今後更新はできませんが、新たにコメントいただいたものには、なるべくすぐにお返事した

いと思っています。読んでいただければ幸いです。





 

 3年前の2005年4月1日より3年間つづけてきたこのブログですが、今日で一応閉じたいと思います。

 理由は昨年度くらいからいよいよ仕事が忙しくなってきて、更新できない日々が続いているからです。

それにもかかわらず、毎日20人近くの方が「今日は新しい記事あるかな」って訪問して下さる。ありがた

い気持ちでいっぱいなのですが、同時に申し訳ない気持ちにもなって…。年度の区切りのここらでけじめ

をつけないと。

 もちろん皆さんそれぞれ仕事がお忙しい中、しっかりとブログを続けられている訳で、そういう中で自

分が続けられないのは、ひとえに自分の力のなさだと痛感しております。

 それと一昨年度「クラシック歳時記」、昨年度「モーツァルトとともに1年を」と一応自分の取り上げ

たかったテーマを、不十分ながらも書いてきたし、それにかつて書き手を喜ばすほどの深い内容のコメン

トを熱心にいただいていた「ふじやん」「かろやん」「なっくん」「hs9655」さん「ローレライ」さん

「mksweet」さんといった懐かしい方々が最近ブログから遠ざかられた(?)ことも、理由のひとつです。

 もうひとつ最大の理由、それは昨今いよいよ顕著になってきた温暖化の影響です。1983年、東京から地

元に帰ってきて、毎年決まった時季に季節の移り変わりを肌で感じ、その時季になると決まって聴きたく

なる曲がある。そんなコンセプトでこのブログを始めた訳ですが、ブログを書き始めた途端(というよ

り、今世紀に入ってずっとそうだったのですが、)20年以上続いてきた季節の移り変わりのサイクルが毎

年大幅に崩れ、「今の季節、本来は○○○なのですが…」とか「例年よりは半月ほどずれ込んでいます

が…」などと、言い訳をしながら記事を書いているようなところがあって、正直モチベーションが上がら

なくなってしまった。地球温暖化って北極やツバル、ネパールなど、今のところ極地や発展途上国に大き

な被害が出ていると一般には認識されていますが、実は我々日本文化にとっても致命的なことではないで

しょうか。なぜなら1300年前の万葉の昔から、日本人は四季の訪れを愛で、季節の中の少しずつの微妙な

変化、移り変わりを発見し、それを歌に残した。そういった季節とその変化とそれを感じる美意識と自意

識こそが、日本文化の大切な部分であり、現代の我々も同じ季節が到来すると、1300年前の古の人々が感

じた季節感、美意識を共有できる喜びを感じることができた。それこそが世界に誇ることができる日本の

文化の繊細さであり、ソフィストケイティッシュな部分だと思っていたのですが、温暖化はそうした微妙

な差異を敏感に感じ取ることにアイデンティティを持った日本文化の最も重要な部分を確実に破壊してい

ると思うのです。それらもまた滅びゆくものなのでしょうか…




  それにしても…

  「年々歳々花相似たり 歳々年々人同じからず」

 東京では桜が満開らしい。春未だ遅い信州の我が家では、紅梅、白梅がこちらも満開。これから降るら

しい雨に濡れ、散り、また来年。1年待って、享受できる期間の何と短く、貴重なことか。



 「人生は短し、されど芸術は永し」

 最近とみにこの言葉の重みを感じる。特に昨年度モーツァルトを集中的に聴き、この不世出の音楽家と

その音楽を以前よりもさらに身近に、身に沁みて聴くようになって…。

 自分の人生もしっかり後半に入った。あと10数年仕事をして定年になり、残された人生で自分は何をす

るのだろう?今の自分の周りにあるものを削ぎ落としていって、最後に残るもの。それはやはり大自然の

中に人間が生かされているという思いと、音楽への渇望だと思う。たぶん死ぬまでモーツァルトをはじめ

とするクラシック音楽を聴きつづけるだろう。

 そしていつか自分の人生には終わりの日が来る。しかしその後もモーツァルトの音楽は人々に愛され聴

かれつづけるだろう。逆に自分のこの人生の中でクラシック音楽に出会わなかったら、モーツァルトの音

楽を聴くことがなかったら、自分の人生はどんなにか寂しいものになっていただろう。永遠の生命を持つ

モーツァルトの音楽に、クラシック音楽にふれることで、自分の人生はどんなに豊かなものになったこと

だろう。

 ブルーノ・ワルターの振るモーツァルトの交響曲のレコードがあれば、コレギウム・アウレウムのセレ

ナード/ディベルティメントのレコードがあれば、カサドシュ/セルのピアノ協奏曲集があれば、グリュミ

オー/デイヴィスのバイオリン協奏曲集があれば、アルバン・ベルクの弦楽四重奏曲(ハイドン・セッ

ト)があれば、シェリング/ヘブラーのバイオリン・ソナタ集があれば、アラウのピアノ・ソナタのレコ

ードがあれば…。どんなに年をとっても、どんなに日一日と不如意の人生になっていったとしても、これ

らのレコードの演奏があれば、この人生で出会った珠玉の宝石のような存在として、人生最後の日まで僕

に生きる希望を与えてくれるだろう…。





 最後に自分にとってのベスト○○を紹介してページを閉じよう。いつかまたお会いしましょう!


                私の好きな作曲家


                 モーツァルト


                 (ややあって)


           シューベルト       ブラームス


               (さらに間があって)


    シューマン、メンデルスゾーン、ショーソン、シェーンベルクあたりかな?



 また、すでに「クラシック歳時記」をお読みになって感じられたことと思いますが、私にとっては

               4月の作曲家  シューベルト

               5月の作曲家  シューマン

               6月の作曲家  メンデルスゾーン

              (梅雨に似合う  近代フランス作曲家の室内楽)

              (真夏の日に聴く  http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/40248226.html )

               9月の作曲家  モーツァルト(初秋)

               10月の作曲家  モーツァルト / ブラームス

               11月の作曲家  ブラームス(晩秋)

               12月の作曲家  チャイコフスキー

               1月の作曲家  シベリウス

               2月の作曲家  グリーグ / ショパン

               3月の作曲家  シューベルト



 というイメージがあります。



 次に

            モーツァルトの曲ベスト5(順不同)

              交響曲第39番変ホ長調K.543

              セレナード第5番ニ長調K.204

              バイオリン協奏曲第3番ト長調K.216

             ピアノ協奏曲第22番変ホ長調K.482

              弦楽四重奏曲第14番ト長調K.387

                バイオリン・ソナタK.301〜306(マンハイム・ソナタ)

               ピアノ・ソナタ変ロ長調第13番K.333

              戴冠式ミサ ハ長調K.317

                 「魔笛」K.620 (5つをオーバーしちゃいました)




                   一番好きな交響曲


           シューベルト 交響曲第 8(9)番ハ長調D.944「グレイト」


               
                   一番好きな室内楽曲


        ショーソン ピアノとバイオリンと弦楽四重奏のためのコンセール(協奏曲)



                  
                    一番好きな演奏家


                  ブルーノ・ワルター


     ベルナルド・ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団


                  コレギウム・アウレウム


         ヘンリク・シェリング        アルテュール・グリュミオー 
  

                  クラウディオ・アラウ
              


 
 きりがないので、この辺でお開きにしましょう。ご愛読ありがとうございました。

(ただしブログを読むのは大好き!皆さんのブログにはこれからもおじゃましたいと思っています。

 どうぞよろしく!)

 昨年の春、「モーツァルトとともに1年を」の締めくくりに「魔笛」第1幕のことを書いた。

   2007 4.22 魔笛礼讃(http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/48719367.html

         同  (http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/48719465.html

 それからあっという間に1年が経ってしまった。ことにこの4ヶ月は更新もできずにいたにもかかわらず

毎日何人もの方がブログをのぞいてくださる。ありがたい気持ちと申し訳ない気持ちでいっぱいです。

ここらで「魔笛」の続編を綴ることで、このブログの締めにしたいと思います。

           ***************************

 知ってのとおり、タミーノとパパゲーノが夜の女王の娘で、ザラストロに誘拐されたパミーナを救出に

向かうのだが、実はザラストロは善人であり、皆で彼の徳を讃えて第1幕は終わる。つまりパミーナ奪還

のため、ザラストロの屋敷に忍び込んだタミーノとパパゲーノがつかまって、絶体絶命のところで、善悪

が逆転してめでたしめでたしで第2幕に続いていくということで、物語的には第1幕で完結してしまってい

る。第2幕はタミーノとパパゲーノが3つの試練(明らかにこれは当時モーツァルトが属していたフリーメ

イソンの入会の儀式、秘儀を反映している)を乗り越えて、それぞれパミーナとパパゲーナという良き伴

侶を得て、これまためでたしめでたしという予定調和的な内容で、ストーリー的には第1幕のようなスリ

リングさはない。その代わり、1幕には見られなかった各登場人物の肉声を聞くことができる。

 まず第3場、庭園のあずま屋で月に照らされながらひとり眠るパミーナの美しい横顔にそっとキスしよ

うとするモノスタトスの独白。

  誰だって恋の喜びは知っている。お口を突き出し、じゃれ合って、抱きしめたり、キスしたり。

  それなのにこの俺は、恋を諦めなきゃならないんだ。だって色が黒いから。

  黒人の俺には心ってものがないとでもいうのかい?

  血もなければ肉もないとでもいうのかい?

  ずーっと女の子なしに生きるなんて、本当に地獄の苦しみだい。

  だから俺だって生きてるからにゃ、お口を突き出し、キスしたい、優しく愛を交わしたい。

  優しいお月様、許しておくれ。俺は白い娘に惚れたんだ。

  白いって本当に綺麗だな、どうしてもこの娘にキスしたい。

  お月様、どうか姿を隠してくれ、それがだめならせめてその目をつぶってくれ。

 女主人公パミーナに黒い欲望を持って迫るこの黒人奴隷は、パパゲーノと並んで「魔笛」全体の重要な

狂言回しの役割を演じている。と同時に決して一方的な悪役には描かれていない。夜の女王もそうだが、

モーツァルトのオペラの登場人物には悪役はいない。悪者は登場しない。邪悪な心を持ったモノスタトス

の、しかしこの急くような焦燥感にかられたアリアに込められた切ない恋心に全くの共感を感じない聴き

手はいないだろう。

 ところで「魔笛」におけるモノスタトスは、「フィガロの結婚」におけるケルビーノの役割を演じてい

るのではあるまいか。

 ともにドラマの脇役でありながら、重要な狂言回しなのだが、彼らは本人たちが意識しているかどうか

は別として、モーツァルトその人の性衝動が人物化した、いわばモーツァルト自身のファルス(男根)的

存在だと私は考える。

「自分で自分が分からない」と歌い、伯爵夫人からスザンナへ、花から花へと飛び回る「蝶」のようなケ

ルビーノは自分の性衝動を未だ自覚することのない10代の少年である。
 
 一方「お月さんよ、目をつぶっていておくんなさいよ」とうたうモノスタトスは、自分の内側にひそむ

黒い欲望を認識している30代の男だ。「フィガロの結婚」から「魔笛」への時間的経過、モーツァルトの

人間描写の深化が両者の対比を形作っているのだろうか。

 次に出てくるのが夜の女王の有名なアリア「復讐の心は地獄のように胸に燃え」

 面白いのはここで夜の女王が登場するまで、第1幕から2幕にかけていかにもフリーメイソン思想の影響

を受けたような、女性蔑視の教訓がいくつも出てくることだ。

  女というものは仕事はちょっぴり、おしゃべりはたっぷりするものじゃ(第1幕第3場 弁者)

  女というものは男なしでは、えてして自分の本分を踏みはずしてしまうものだから(同ザラストロ)

  女性のたくらみに心すること。多くの賢い男も過ちをおかし用心を怠って手管にはまる(第2幕 僧)

  男はしっかりした精神を持っている。男は話していいことをよく考える(第2幕 第2場)

 ザラストロが、弁者が、そしてタミーノまでが口をそろえての女性非難に包囲される中、夜の女王は登

場し、そしてオペラ史上最高のコロラトゥーラを持ってして、その包囲網を粉砕する。

 男の道徳的非難が何だというの。この私の声の魅力に抗える男はいるのかしら?とばかりに。

 もうひとつ、「魔笛」それも特に第2幕を聴いていて気づくのは、その登場人物の関係性に重層構造と

いうか、パラレルな関係が見てとれることだ。

          (叡智界) ザラストロ     

                   |        

          (理性界)  タミーノ      

                   |        

          (自然界) パパゲーノ    

ざっと書けばこんな感じだろうか。

 また先ほどの男女の置かれた序列でいうと

     (男性)  ザラストロ     タミーノ  

              |        |
 
     (女性)   夜の女王      パミーナ 

こんな関係図になるだろうか。

 さて上の図でいうとタミーノの下に位置するパパゲーノ、そして下の図におけるパミーナはそれぞれ

理性を拒否した野生児であるゆえに、また女性であるがゆえに、理性界の優等生タミーノのようにはザラ

ストロ率いるところの叡智の世界に入ることができない。その悲しみをパミーナは

  ああ、私は感じる。愛のしあわせが永遠に消え去ってしまったことを!

  あの愛の喜びの時は私の心にはもう帰ってこない!

  ごらんなさい、タミーノ、愛するひと。

  あなたのためだけに流れるこの涙を。

  あなたがもはや愛の憧れを感じないのなら

  私の安らいは死の中にしかない!

と詠唱する。一方パパゲーノはひと目かいま見たパパゲーナが二度と現れないことに絶望して

  パパゲーナ!僕の奥さんになるひと!

  パパゲーナ!可愛い小鳩ちゃん!

  でもやっぱりだめだ、何の返事もない!

  もう生きているのがいやになった!

  今はこんなに胸焦がしていても

  死んでしまえば恋もおしまい

とばかりにロープで首をくくろうとし、パミーナは短剣で胸を突こうとする。

 その2人を救うのはいずれも3人の少年たちだ。パミーナには彼女が不実を嘆くタミーノその人を引き合

わせ、パパゲーノにはあの魔法の鈴、グロッケンシュピールを鳴らすことを教えて…

 パミーナと3人の少年たちはうたう。

  愛に燃え立つふたつの心は 人間の力では引き離すことはできない

 武士たちも歌う。

  夜と死とを怖れないひとりの女は、聖別されるに値し、またされるであろう

 そうなのだ、この「魔笛」というオペラではザラストロ、またはタミーノに代表された人間の叡智と理

性の勝利が讃えられる。それはフリーメイソン的な世界観からすれば当然のことなのだが、もうひとつ、

死をも怖れず愛に身を捧ぐ自己犠牲の姿。つまりパミーナにせよ、パパゲーノにせよ、愛のために死をも

怖れずと決意したその時、その気高さゆえに救済される。

  恋の高貴な目的は、明らかに示しています

  夫であり妻であること、妻であり夫であることで

  人間は神々しさに達するのです (第1幕 パミーナとパパゲーノの二重唱より)

 ドイツ的美徳とは何かと聞かれ、愛(Die Liebe)と皇帝に答えたというモーツァルト。

 「死はぼくらの生の本当の最終目的なのですから、僕はこの数年来、この人間の真実で最上の友人とと

ても仲良しになってしまったので、死の姿を少しも恐ろしいと思わないどころか、むしろ大いに心を安め

慰めてくれるものと考えているくらいです。そうして僕は死が我々の真の幸福への鍵であることを知る機

会を与えてくれたことで、神に感謝しています。」と病床の父に宛てて手紙を綴ったモーツァルト。

 愛と死の音楽家モーツァルト。「魔笛」こそは彼の生涯の最後に相応しいオペラ、ジングシュピール

(歌芝居)ではなかったろうか。

 「愛の力、愛による成就。これはこの作品を貫いている1本の赤い糸のようだ」

       (イングマル・ベルイマン「映画『魔笛』に関するノート」より)



  

  

  

  

 

 

  

  

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 ブラームス ピアノ三重奏曲第1番ロ長調作品8    演奏 ボロディン・トリオ(1982年)
                                     (LP:Chandos DBRD 2005)
                             
                                   マリア・ジョアン・ピリス(Pf)
                                   オーギュスタン・デュメイ(Vn)
                                   ジャン・ワン      (VC)
                                            (1995年)
                                   (CD:Grammophon 447 055-2)

 紅葉であれ、黄葉であれ、11月後半の信州、晩秋ともなれば木々の葉は次第に枯れて茶色くなり、愛で

る人もまばらに、やがて木枯らしに吹かれ落葉していく。毎年、11月の終わり、勤労感謝の日の前後、茶

色になった木々の葉は、穏やかな小春日和の陽に照らされつつ、いぶし銀の最後の光を放つ。

 そんな今頃の木々の色を我が家では「ブラームス色」と長年呼び親しんできた。最初の赴任地、東信

(東信州)の上田市郊外に在った宿舎からは、遠く千曲川へと落ちていく河岸段丘の縁(へり)に小さな森

が見渡せ、この時季、みごとな茶色に色づくその木々を「ブラームスの森」と秘かに名づけ、愛していた

 このように私にとって「晩秋の作曲家」であるブラームスの音楽、それも地味で内省的なその室内楽の

数々を味わい、堪能するのに最高の季節が今頃であると思う。

 そのような彼の室内楽作品の中で、私が最も愛するものの一つがピアノ三重奏曲第1番作品8である。

 作品番号で分かるように、この作品は彼が最も早い時期から書き出したものであり、例の1853年彼が20

歳の年の9月30日、当時デュッセルドルフにあったシューマン夫妻宅を訪ねる前にはすでにスケッチされ

ていたという。そして夫妻の強いすすめで翌年1月からハノーヴァーで作曲に没頭、クララのピアノで非

公開の演奏が行なわれ出版されたという。(しかしこの間ブラームスの人生でおそらく最も大きな出来事

すなわちローベルト・シューマンが1854年2月27日、精神錯乱の末ライン河に投身自殺(未遂)するという

大事件も起きている。)

 ところが完璧な作品の完成を目指す彼は、この若書きの作品を最初に作曲してから35年も経った1889

年に全面的に書き換え、今日我々が聴いている演奏は殆どがこの改訂版である。そういう意味では若書き

の作品でありながら、ブラームスの生涯に亘った創作活動を反映したものともいえる。

 それでもなお各楽章の主要な旋律は、20そこそこの青年が書いたものといっていいだろう。しかしその

旋律(メロディ)たちの甘くロマンティックなことはもちろんだが、その何と憂いと諦念に満ちあふれて

いることか。「どんな娘でも顔を赤らめることなくキスできるような子どもらしい顔立ち」(三宅幸夫

『ブラームス』(新潮文庫 47P))をしていたというハンブルクから出てきたばかりの20歳の紅顔の美少

年の、いったいどこにそんな老長(た)けた部分があったのだろうか。驚嘆する外ない。

 全楽章を通じて、若者らしいその甘美でロマンティックな旋律と、老年のみが感得できるような渋み、

奥ゆかしさ、悟り、諦念に満ち溢れているのだが、とりわけ演奏に40分近くはかかろうかという大作の

およそ半分を占めようとする第1楽章にそれが色濃く出ている。

  第1楽章 アレグロ・コン・ブリオ  ピアノの静かな前奏に続いて、穏やかで伸びやかな第1主題を

チェロが弾く。低音のチェロで弾かれるからこそ、若々しく憧れに満ちたロマンティックな旋律が、さら

に何か、溢れる自己の情熱を一歩引いたところで静かに語っているような落ち着きと、大人の慈愛に満ち

た曲想をも作り出している。(前述のCDでは)開始から45秒後にようやくヴァイオリンも和して、ユニゾ

ンでこの優しさに充ちた旋律を共にうたいあげる。

 この第1主題でも充分に魅力的なのだが、さらに心惹かれるのがその後に出る、胸を締め付けられるよ

うに悲痛で切ない、そして胸の奥底に秘めた、それでいてどうしても吐露せずにはいられない激情のほと

ばしりのような第2主題だ。(前述のCDで3:30秒頃に出る)

 しかもこのテーマをブラームスは、第1主題の展開が一段落した2:30秒頃から早くも顔をのぞかせなが

らも、出そうか出すまいか逡巡し、ためらい、行きつ戻りつ、躊躇しながら、実に1分に亘る時間の経過

ののち、ついに(3:30秒頃)自らのクララへの本当の想いを吐露するかのように明らかにする。がこの

短い旋律こそ、作曲家にとってこの曲で最も重要なそれであろう。(この第2主題はしかし15分という長

大な第1楽章の中で、あとは 7:45秒と12:40秒、都合たった3回しか出てこない。)

 温和な第1主題は、師シューマンへの限りない尊敬の情、そんな師に邂逅できたブラームスの静かな幸

福感と安堵、そしてその妻クララへの心からの友情の気持ち…。そんなものを表現している(世間に向か

ってのこれは公式の心の表出である)とすれば、一方短いが激しい哀切に満ちた第2主題は、そんな世間

体をかなぐり捨てた彼の本心。ひとりの女性として心からクララを愛し、秘かにひとつになりたいと願う

あせり、焦燥。ブラームスが自らをもごまかそうとした彼の実存からの叫びなのだ。この世では封印する

しかなかった…。

 実際ブラームスはシューマンの自殺未遂からの2年間のすべてを、遺されたクララとその子どもたちに

救済の手を差し伸べることに尽くしたが、2年後シューマンがエンデニヒの精神病院で息をひきとると、

クララへのあれほどの想いを自ら断念する。お互いに手紙で「尊敬する夫人」から「最も貴重な友へ」さ

らに「愛するクララ夫人」から「愛するクララ」と呼び、一方も「心からあなたの クララ」と呼びかけ

あう関係になっていたにもかかわらず…。(ブラームスにはシューマン夫妻に出会った直後からクララに

恋心を感じていたことをシューマンに気づかれ、そのことがシューマンを死に至らせたのではないか、と

いう負い目を生涯持ち続けていた節がある。それを端的に示すこの頃の作品が「バラード」作品10の1

「エドワルド」という父親殺しをテーマとしたピアノ作品。がここではこれ以上詳しくは触れない。(吉

田秀和作品論集『ブラームス』(音楽之友社) P 20 )

 つまりこの曲で私の心を最も熱くさせるこの第1楽章第2主題こそ、ブラームスがその後生涯に亘って心

に封印したクララへの本当の想いの音楽表現なのだ。

 公式にはともかくブラームスの胸の中ではクララへの想いがどんなに強く永遠のものであったか。1896

年5月20日、クララは77歳の年にフランクフルトで息をひきとる。運悪くブラームスは保養地イシュルに

いて、その通知が彼の手元に届くのが遅れた。急ぎ列車を乗り継いだがついに葬儀には間に合わなかった

しかも遺体はシューマンに並び埋葬されるためボンに運ばれてしまっていた。結局前後40時間の列車の旅

の末、彼にできたのは埋葬するクララの柩の上にひと握りの土をかけることだけであった。

 「ああ、何ということだ。この世ではすべてが虚しい。私が本当に愛した、ただひとりの人。それを

私は今日、墓に葬ってしまったのだ。」(ルドルフ・フォン・デア・ライエンへの手紙)

 そしてまるで自分の本当の伴侶、妻が亡くなると、男性は生きる望みを急速に失われると世間でよく言

われるように、クララを失ったブラームスは健康を害し、クララの死から1年足らずの翌年の4月3日この

世を去る。

 この63歳の人間ブラームスの悲痛な嘆きを想う時、私は12C中国南宋の詩人、陸游(りくゆう)の話を思

い出す。彼は20歳の頃、唐琬(とうえん)という女性と結婚した。二人は仲睦まじく暮らしたが、母親はこ

の嫁を気に入らず離縁した。それ以後逢うこともかなわず、やがて陸游は王氏と再婚し、唐琬も別の男性

と再婚した。十年の歳月が流れた春のある日、二人は紹興の沈(しん)家の庭園で偶然再会した。唐琬は再

婚した夫とともに来ていたので、夫に訳を話し、酒肴を贈らせた。この偶然の出会いの後、ほどなく唐琬

は他界したという。その陸游に「沈園(しんえん)」という有名な詩がある。

  城上の斜陽 画角哀し
  沈園復(ま)た旧 池台に非ず
  傷心 橋下 春波 緑なり
  曾(かつ)て是れ驚鴻(きょうこう)の影を照らし来たる

 (城壁の上に夕日がかたむき、もの哀しく響く角笛の音
  沈氏の庭園とて、もはや昔の池や楼閣ではない
  橋の下を春の水が緑の波をたゆたわせているのが、何とも心を傷ましめる
  この水はかつて驚き飛び立つ鴻(おおとり=唐琬のこと)を映したこともあったのだ)

 陸游がこの詩をつくったのは、実に彼が75歳の時。永遠の別れとなった沈園の再会から40年以上が経っ

ている。北宋を征服した金への主戦派、愛国詩人として知られる陸游は、このように亡くなる85歳に至る

まで、心ならずも離縁した妻の面影を追い求め、沈園での再会の一瞬を思い続ける情愛の持ち主でもあっ

たのだ。

 ブラームスと陸游。洋の東西の二人の男が、それぞれこの世で出会ったかけがえのない女性への熱い想

いと、それを心ならずも断念した悔恨、そして諦念。その重さ…。

 ブラームスのピアノ三重奏曲第1番第1楽章。それは彼の人生が凝縮された音楽だ、と私は思う。


 第1楽章だけで紙面が尽きた。楽しかった青春の日々を純粋に無邪気に回想しているように明るいトリ

オを中間部に持つスケルツォの第2楽章。まるでドビュッシーの「沈める寺」のように深く沈潜したピア

ノのモノローグで始まる第3楽章アダージョ。そして再び「愛情から交わりが生まれ、交わりから執着が

生まれる」と仏陀が喝破したような、人として生まれ、人を愛し、それゆえに哀しみもだえる人の業(ご

う)と人生の最後まで正面から向き合った男の音楽としてのフィナーレ第4楽章アレグロ。この曲全体が

ヨハネス・ブラームスという男の人生の在り様そのものを物語っているようだ。

 演奏は優秀録音で知られる英シャンドス・レーベルのボロディン・トリオのLPレコードを長い間愛聴し

てきた。が今回この稿を書くにあたって、デジタルな演奏時間を確認すべくピリス/デュメイ/ワンのCDを

何度も何度もかけ、すっかりその演奏にも愛着が湧いた。「交わりから愛情が生まれ、愛情から執着が生

まれ」である。しかし愛着も執着もまたよし。執着あってこその人生ではないだろうか…。
 


 

 
 秋の紅葉も、昔は抜けるような青空を背景にした白樺の黄葉が一番好きだったが、最近は桜の紅葉がお

気に入りだ。紅葉といっても桜の場合はもみじのように紅一色ではなく、紅、茶、緑、そして黄色などさ

まざまな色が同居し織り成す微妙な変化と、その背景にシュールに存在する真っ黒な幹とのコントラスト

が楽しめる。

 今日は雨。晩秋の、秋と冬との季節を分かとうかというようなそんな冷たい雨の中、既に盛りを過ぎた

松本城のお堀の桜並木の紅葉も、この雨で歩道に散り落ち、踏みしだかれながらも、雨に濡れ光り、最後

の妖しいまでの艶やかさを見せていることだろう。そんなこの時季ならではのいぶし銀のような光景には

ブラームスのこの室内楽曲が似つかわしく思う。


         (以下2006年9月5日<速報>サイトウ・キネン・フェスより再掲)

 
 ブラームスのピアノ四重奏曲第3番は僕の好きなブラームス作品のひとつ。その最大の魅力は第3楽章

アンダンテ ホ長調 4/4。深い情緒にみちた緩徐楽章である。

 ロマンティックな旋律にあふれるブラームスの全作品全楽章の中でも、1、2をあらそう甘く切なくロマ

ンに満ちた楽章だ。

 ピアノのシンコペーションのリズムにのって、チェロが朗々と浪漫と哀切にみちた旋律を歌い上げる。

 全体を通じて、ブラームスの人生を彩った数々の魅力的な女性たちの面影が浮かんでは消え、同時に彼

女たちの誰ひとりとも最終的には決して結ばれることのなかった男の悲哀(というよりはブラームスが選

べなかったのだ。人生を賭けることができなかったのだ。)と悔恨が切々とこちらに伝わってくる。

 その理由は明らかだ。

 彼は彼の生涯を決定づけた女性、クララ・シューマンとは決して結ばれることはなかった。生涯、永遠

に思慕の対象でしかなかった。その後出会った女性たち、アガーテ・フォン・ジーボルト(弦楽六重奏曲

第2番を捧げた女(ひと))、エリーザベト・フォン・ヘルツォーゲンベルク、ユーリエ・シューマン(シ

ューマン家の三女)、歌手ヘルミーネ・シュピースおよびアリーチェ・バルビたちは、いずれもクララへ

の愛の「形代(かたしろ)の恋」の対象でしかなかったのだ。

 先程、「全体を通じて、ブラームスの人生を彩った数々の魅力的な女性たちの面影が浮かんでは消え」

といったが、それは正確な表現ではなかった。日頃LPレコードで長年聴き込み、この曲の第3楽章を実演

(2006年9月5日サイトウ・キネン・フェス ふれあいコンサート3)で聴いたのは初めてだった私の前に

やがてはっきりと見えてきたのだ。ステージの演奏者の後ろに、おぼろげながらに立つクララの姿が。


 3曲あるブラームスのピアノ四重奏曲のうちの最後、すなわち彼が42歳の時に完成したこの曲は、実は1

854年ブラームス21歳の年に3楽章形式の作品として一応の完成を見ていたのだ。

 この年、その半年前にシューマン夫妻に出会った若きブラームスの眼前に起こったこと。師ローベル

ト・シューマンの突然の自殺未遂。取るものもとりあえず駆けつけた彼の前に、6人の子と更にもうひと

りを身籠ったまま憔悴しきったクララの姿。ここから約2年、彼はひたすらクララのため、シューマン家

のために夫に代わって稼がねばならなくなったクララの演奏旅行の留守の間、子どもたちの面倒を見たり

自ら演奏旅行に同行して指揮をしたり。そして急速にクララと親密の度合いを深めていく。

 しかしその関係も1856年精神病院入院中だったシューマンが没すると、ブラームスは自らデュッセルド

ルフのクララの元を去る。35歳。14歳年上の成熟した人妻であったクララは、しかし彼にとっては美しけ

れば美しいほど、魅力的であればあるほど、思慕するだけの対象であり、その先へ一歩進むことは、北国

ハンブルク出身の内気な青年にはできなかった。自分を世に出してくれた恩師ローベルトの妻であったが

ゆえに。

 いずれにせよ、この曲はシューマンの死という悲劇、クララへの複雑な愛と思慕。それらが込められ、

ブラームス自身が「ピストルを自らの頭に向けている人の姿」と称したとされる程、あの若きゲーテの傑

作「若きウェルテルの悩み」を彷彿とさせる気分に満ちている。既婚女性(ロッテ(シャルロッテ))への

思いに悩み、自殺する青年(ウェルテル)。この曲が「ウェルテル四重奏曲」といわれる所以である。

 この曲に限らない。後年のブラームスの作品はこの世では成就しなかった彼のクララへの想いが音楽作

品となったものばかりである、といっても言いすぎではあるまい。

 そんなブラームス作品の中でもとりわけ魅力的なこの作品が、実演はもちろん、CDでもなかなか出てい

ないのは残念だ。(私の聴いているのはローマ四重奏団の録音年代も分からない古いLP。HELIODOR MH503

9)
      **********************************

 改めてこの曲を聴く。

 第1楽章 アレグロ・ノン・トロッポ ハ短調 3/4  衝撃的なピアノの強打音。憂いに沈む弦の調

べ。シューマンの突然の自殺未遂と、取り乱しそれに振り回されるクララと、若き青年ウェルテル、いや

ブラームス。まるで私小説のような音楽だ。ピアノがシューマン、チェロとヴァイオリンがブラームスと

クララのようだといってもいいかも知れない。弦楽器は互いに惹かれあいながらも、縺れ合い悲愴なメロ

ディを奏でていく。

 第2楽章 アレグロ ハ短調 6/8   常に何かに駆り立てられるような、急(せ)かせるような、ブラ

ームスらしい、短調ながらも躍動するスケルツォである。よく聴くとあの懐古的な第3楽章ばかりではな

い。この弾むような短い楽章の中でも、ブラームスは人生の中で出会った様々な女性たちとの想い出の場

面を繰り返し回想しているようだ。 

 第3楽章 アンダンテ ホ長調 4/4    先述のとおり。

 第4楽章 アレグロ・コモード ハ短調 2/2   再び1楽章の悲嘆と、2楽章の性急さが戻ってくる。

それらの表情の表出のためにブラームスが畳みかけるように用いているのが、何とあのベートーヴェンの

<運命>の動機!それは5番シンフォニーのフィナーレのように外に向かって開放され、解決をみせるよう

に聴こえながらも、最後は、内に篭(こ)もって解決されることなく終わる。この世ではブラームスのクラ

ラへの想いが決して成就されることはなかったかのように。


 全体を通していかにも「ブラームス」としかいいようのない作品である。実演されることも少なく、CD

もあまり出ていないらしい。もっともっと多くの人に聴かれていい曲だ。(P.S.2007年DENONのCREST1000

シリーズでヤン・パネンカとコチアン四重奏団で、ピアノ五重奏曲との組み合わせで待望の廉価盤のCDが

出た(COCO-70923))

 

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