クラシック歳時記in松本 (あるいはモーツァルトとともに1年を)

今春発売の内田光子/テイトのCDでようやく好きになれました・・・モーツァルト ピアノ協奏曲第9番「ジュノム」

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 先週の金曜日から1週間ぶりに雨が降った。台風の接近によるものだが、10月の下旬ともなるとさすが

に冷たい雨だ。もう季節は晩秋に入ったといってよいだろう。


 晩秋の音楽といえばブラームスのそれだ。それも特に彼の室内楽の数々。それは梅雨の時季の近代フラ

ンスの作曲家たちのつくった室内楽曲と並んで、私のクラシック歳時記の大切な部分を占める。

 一昨年の歳時記のクールでは、温暖化で季節がずれ込んだのと11月に勤め先の修学旅行があって、ブラ

ームスの室内楽の名作の数々を全くといっていいほど紹介できなかった。

 それが心残りで昨年度このブログを閉じることができなかった。新年度仕事が更に忙しくなって新稿が

書けず、同じ季節の一昨年の記事の再掲でお茶を濁してここまで引っぱってきたのは、書き残した晩秋の

季節感とブラームスの室内楽曲の関係を書き遺すためであった。

 などと綴ると、えらく気合の入ったものを読者は期待してしまうかも知れないが、何でも思い入れが強

すぎるとなかなか良い文章は書けないものだ。今日は口火を切ったということでお許し願おう。

 随分冷たく感じるようになったこんな秋雨の日には、ブラームス晩年のヴァイオリン・ソナタ第3番ニ

短調でも聴いてみたくなる。

 これは1888年ブラームス55歳の年に、スイスの避暑地トゥーン湖畔のホーフシュテッテンでつくられ

た。

 前年には中庸で穏やかなヴァイオリン・ソナタ第2番イ長調作品100も作曲されたが、あの交響曲第4番

ホ短調作品98をものしてから3年後ということもあり、もうブラームスの晩年といえる。

 彼の音楽を特徴づけるものはロマンティシズムと、保守的とも揶揄されるほどの調和のとれた曲の古典

的な形式感、そして若い時から彼に身に着いていた「諦念」の情。

 その諦念を晩年になると、彼は若い時のようにもはや隠そうとせず、第4シンフォニーやこの曲では剥

き出しの激情として表現している。(特に第1楽章、第4楽章)

 聴く者にはそれが痛ましいほどだ。彼が若い時から持っていた諦念、そして彼が晩年になって驟雨のよ

うに容赦なく叩きつける怒りにも似た悔恨の情。

 それらはすべて、一生を通じて愛し続け、そして生涯結ばれることのなかったクララ・シューマンとの

関係において生まれてきたものだ。

 そのことはもう何度も書いているので、ここでは繰り返すまい。


 演奏はLPではヘンリク・シェリングのヴァイオリン、アルトゥール・ルビンシュタインのピアノ(RCA

RX-2378)。CDではデュメイ/ピリスのコンビを聴いている。(Grammophon POCG-1618)(1981年)

 第1番「雨の歌」(http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/2237045.html)と変わって、こちらは後者の

演奏の方が、そのしなやかさにおいて好ましいように感じる。

 
 (つづき)Die Liebe 愛、恋。これこそモーツァルトが「魔笛」で歌い上げたかったテーマのひとつ

だ。映画「アマデウス」の中でだが、皇帝から「ドイツ的美徳とは何か」と聞かれ、モーツァルトはこう

応えている。「愛です。イタリアのオペラでは男が金切り声で太った女を追い回す。愛どころか滑稽で

す。」つまりモーツァルトがいいたかったのは、かけひきとしての恋ではなく、男と女が純粋に生涯の良

き伴侶を求めようとする、人間のごく自然な、素朴な感情を大切にしているのが、野暮ったいといわれよ

うが、それがドイツ人が誇る素朴な民族性なのだということではないか。従前のタミーノのアリアにして

も、このパミーナとパパゲーノの民謡のような素朴なアリアも、第1幕でメイソン員モーツァルトが最も

歌い上げたかったところのように僕には聴こえる。

 さてこの後、3人の少年に導かれてザラストロの神殿までやって来たタミーノは、門の前で弁者と対峙

する。この場面からフィナーレまでの第1幕は、聴く者に息つぐ暇を与えないほどの緊迫感と音楽的充実

に満ちている。門を前に武者震いするタミーノ。思いがけない「下がれ!」"Zurück"の声。パミーナは

生きていないかも知れないという悲観的な気持ちを持ちながらの、弁者との緊迫感あふれる問答。おご

そかで、それでいて何て深い悲しみに満ちた音楽なんだ。(このマイナー(短調)の音楽も、ワーグナー

『ワルキューレ』第1幕のそれに真っ直ぐ繋がっている。)タミーノはパミーナの存在に一縷の望みを持

ちながらも、自分の微力では助けられないのではと悩む。タミーノの笛の音を聞き、喜ぶパミーナとパパ

ゲーノ。一転モノスタトスの一味に捕まるが、パパゲーノが天使たちにもらったグロッケンシュピールを

鳴らして、窮地を脱する。しかしそこへザラストロの凱旋車がやって来て「今度こそお陀仏だ」と観念す

るパパゲーノに「"Die Wahrheit"(真実)を語りましょう」と覚悟を決めるパミーナ。そして最後はザラ

ストロの心眼の美徳と正義に救われる。この間の刻々たる事態の変化に、一喜一憂する登場人物の微妙な

心理を描き出すモーツァルトの音楽の何と雄弁なこと!

 そしてそのことを我々に強調してくれるのが、節目節目で連呼されるドイツ語のリフレイン。

   "Zurück! Zurück! (パミーナ救済に門から入ろうとするタミーノに僧たちが)

   "Bald, bald…"(「もうすぐ、もうすぐ(希望の光がお前にも差し込むだろう))

   "Sie lebt? Sie lebt?"(「パミーナは)生きている、生きているんですね!」)

   "Umsonst, umsonst!"(「だめだ、だめだ!(やっぱり救うことはできない!)」)

   "Vielleicht…, vielleicht…"(「きっと、きっと」あの人に会える!)

   "Nur geschwinde, nur geschwinde"(「さぁさぁ、急いで急いで」ここから逃げましょう!)

   "Die Wahrheit, die Wahrheit"(「真実を、本当のことを」話しましょう!)

「愛」をドイツ語(Die Liebe)でこそ高らかに歌い上げようとしたモーツァルト。当時ロンドンで破格

の待遇を受けていたダ・ポンテからの誘いを断ってまでウィーンに残り、ウィーンの庶民の国民語である

ドイツ語のオペラを、残り少ない命の炎を燃やし尽くしながら民衆のためにつくり上げたのだ。私は「魔

笛」以上にドイツ語の響きの持つ美しさに気づかせてくれるオペラを他に知らない。

 第1幕の最後は群衆が「美徳と正義が偉大な道に名声をふりまくならば、この地上は天国となって、人

間は神々のようになるだろう」ザラストロの徳をたたえ、大団円となる。ここのところのアレグロであり

ながらの堂々たるフィナーレ、終結のしかたは、モーツァルトの最も神々しいシンフォニー「ジュピタ

ー」のそれと瓜二つ。古今のオペラの中で私が最も好み、かつ聴くたびごとに熱いものが胸にこみ上げて

くるフィナーレである。

 

 

  
 モーツァルト 歌劇「魔笛」K.620(1791年 モーツァルト35歳 死の2ヶ月前に完成)

【登場人物】     ザラストロ(高僧)      テオ・アダム(バス)

             夜の女王           シルヴィア・ゲスティ(ソプラノ)

             タミーノ(王子)       ペーター・シュライヤー(テノール) 

             パミーナ(夜の女王の娘)   ヘレン・ドナート(ソプラノ)  

             パパゲーノ(鳥刺し男)    ギュンター・ライプ(バリトン)

             パパゲーナ(パパゲーノの恋人) レナーテ・ホフ(ソプラノ) 

             モノスタトス(ザラストロの奴隷 ムーア人)ハラルト・ノイキルヒ(テノール)

             弁者             ジークリート・フォーゲル(バス)

             その他 (夜の女王の)三人の侍女、三人の少年(天使)など

             合唱             ライプツィヒ放送合唱団

             管弦楽            ドレスデン国立歌劇場管弦楽団

             指揮             オトマール・スウィトナー

            (LP:K18C9261〜3  CD:BMG74321 32240 2)(1970年録音)

 モーツァルトの音楽作品の最高傑作は、おそらく歌劇「フィガロの結婚」だろう。しかし彼が我々後世

の人間に遺してくれた最も素晴らしい贈り物といえば、それはジングシュピール(歌芝居)「魔笛」に違い

ない。20世紀の偉大な音楽学者アルフレード・アインシュタイン(従兄弟にあの有名な物理学者アルバー

ト・アインシュタインがいて「死とは、そうさなぁ、死とはモーツァルトが聴けなくなることじゃよ。」

という名言を残した。ややこしいね。)は言う。「<魔笛>は子供を夢中にさせると同時に、最も経験を

積んだ大人をも涙が出るほど感動させ、最も賢明な人間をも高揚させることのできる作品である。どんな

個人もどんな世代も<魔笛>のうちにそれぞれ異なった何物かを発見するのであって、この作品が何事も

語りかけないような相手は単なる”教養人”と全くの野蛮人だけであろう。」(浅井真男氏訳)

 ゲーテは「魔笛」をこよなく愛し、その続編を構想したといい、ベートーヴェンはモーツァルトの最高

傑作は「魔笛」と公言し、劇中のパミーナとパパゲーノの二重唱「恋をするほどの殿方は」のメロディか

らチェロとピアノのための「魔笛の主題による変奏曲」をつくった。

  僕にとって「魔笛」は生まれて初めて買ったオペラの全曲レコードだった。そして今でも最も好きな

オペラをひとつだけと言われれば、やはりこの作品を選んでしまうだろう。1980年代前半の貧乏学生には

2800円の正規盤は当時高くてとても手が出ず、レコードといえばいつも、1500円位の廉価盤を大学生協で

注文し2割引で買うものだった。だから何枚組かのオペラはずうっと高嶺の花。ようやく買ったのが大学3

年の春休み。大船から松戸への1日がかりの引越しのバイトをして「お前は力がないなぁ」と何度も怒ら

れながらも、その日にもらったバイト代を握り締めて生協へ。この廉価盤ながら評判の3枚組全曲盤、た

しか5400円だったと思う。大事に抱えて下宿に帰り、早速徹夜で対訳と首っききで聴いたのが、このスウ

ィトナー盤だ。廉価盤なのでオリジナルの対訳ではなく、どこか他のレコードで使われた歌詞カードをそ

のまま使用したのだろう。せりふのところなど、随分演奏と違うなと鉛筆で書き込んだり、線で消したり

しながら聴いたことを覚えている。

 あらすじはご存知の通り。王子タミーノが鳥刺し男パパゲーノと、夜の女王の娘でザラストロに誘拐さ

れたパミーナを奪還しに行くが、実はザラストロは善人であり、パミーナとも出会い、皆とザラストロの

徳を讃えて終わるのが第1幕。第2幕はタミーノがザラストロが課した3つの試練(これがフリーメイソン

入会の際のエジプト式秘蹟、儀式に例えられる)を乗り越えてパミーナと結ばれ、合せて自然児パパゲー

ノも良き伴侶パパゲーナを得て、めでたしめでたしの大円団となる。以下曲の進行に従って注目すべきと

ころを指摘したい。

 まずは序曲。完璧なるオペラ序曲(completely Mozartの1つ)であろう「フィガロの結婚」の序曲を更

に凌駕する傑作だ。フィガロには、開幕今や遅しと待つ聴衆をワクワクさせるような軽快さとスリリング

さがあったが、「魔笛」序曲にはそこに加え、独特の清澄さと堂々たる落ち着きとがある。清澄さとは、

交響曲第39番と同じ「変ホ長調」という調性がおそらくはもたらしたもので、冒頭の全合奏による3つの

変ホ長調の和音の強奏が、このオペラ全体の色調を作り出している。(ちなみに変ホ長調はフラット3つ

の調号を持つ調性で、3という数字に特別な意味(おそらく闇から光へ、または正、反、合というヘーゲ

ルばりの弁証法的な意味での解決の数字、調和の数字と考えていたのだろう)を見出していたフリーメイ

ソンの思想を象徴的に表す調性として採用されたと思われる。)また堂々たる落ち着きは、今言った3回

鳴る和音の多用とともに、フリーメイソンの音楽で好んで使用された低音のバセットホルンと、随所で鳴

るティンパニーの音が曲を引き締め、「フィガロ」序曲の唯一の欠点と言ってもいいある種の「軽薄さ」

を克服している。

 "Zu Hilfe!zu Hilfe!"「助けてくれ!助けてくれ!」幕が上がると、大蛇に襲われ逃げ惑う主人公タミ

ーノが登場する。主役がいきなり逃げ惑いながら登場するのは、モーツァルトという人物像の持つ一端を

いかにも象徴しているように思われる。モーツァルトの一生はあの世からのお迎えから「逃げる」一生で

はなかったか。「アマデウス」(神に愛されし者)というクリスチャン・ネームを持つからという訳では

ないだろうが、この不世出の音楽の天才を天上の神々は所望した。「早くこちらの世界に来て、我々をお

前の音楽で楽しませておくれ」と。彼の音楽を愛したのは我々地上の人間だけではないのだ。結果、彼は

35歳という若さで夭折してしまうのだが、彼は彼なりに精一杯天上界からの手招きに抗ったのではないだ

ろうか。彼には天上の手招きが見えていた。「僕はいつも、ひょっとすると自分は明日はもうこの世から

いなくなっているかも知れないと思わずにベッドにつくことはありません。」(1787年4月4日の父への手

紙)「後宮からの遁走(誘拐)」という名のオペラもあるが、いつも死神から「遁走」していたモーツァ

ルト。彼一流の、脱兎のごとく軽快なアレグロで走る明るいオペラ・ブッファも、華やかな協奏曲もそう

思うと、必死に「遁走」するモーツァルトの姿の分身のようにも聴こえる。堂々と荘重さを湛えた魔笛の

序曲も、アレグロの部分はひとつの旋律が逃げ、追いかけるフーガの技法(バッハから学び取った)が、

いよいよモーツァルトの自家薬籠中のものに到達したことを示している。

 LPレコードだと1面の最後を飾るのが、ロケットに描かれたバミーナを見て歌うタミーノのアリア『何

と美しい絵姿』これ以上シンプルで甘美なテノールの詠唱を私は知らない。"Soll die Empfindung Lieb

e sein?"「この感情が愛(恋)というものなのか?」"Ja,ja,die Liebe ist's allein!"「そうだ、これ

こそ愛(恋)というものだ!」

 次の有名なアリアは夜の女王の『恐れることはない、若者よ』"O zittre nicht,mein lieber Sohn"

"Du bist undschuldig,weise,fromm."「御身は穢れなく、賢く、敬虔です。」このあたりのモーツァルト

の、メロディへのドイツ語の乗せ方、言葉の置き方、あるいは音の跳躍が絶妙だ。ワーグナーの『ライン

の黄金』での女神フリッカのごときおごそかさ、あるいは『ワルキューレ』第1幕でのジークリンデを思

わせる可憐さを合わせ持ったような、みごとな夜の女王の登場の仕方である。(無論ワーグナーの方がモ

ーツァルトを真似したのかも知れないが)

 続く"Zum Leiden bin ich auserkoren,denn meine Tochter fehlet mir,durch sie ging all mein Gl

ück verloren."「私は悲しみに暮れています。愛する娘がいなくなってしまったのですから。あの子と

ともにすべての幸福は失われました。」に始まる短調の部分は、我が子を失った母親の悲しみをメロディ

が良く表出している。最後、一転して"Du,du,du wirst sie zu befreien gehen"「御身、御身こそがあの

子を救いに行ってくれるでしょう」とマーチ風に締めくくるあたりは、ファゴットの低音が小気味良くコ

ロラトゥーラのソプラノのアリアを支えてくれている。

 次のパパゲーノのHm hm hmの合唱のところでは、フリーメイソンを背景にしたオペラらしく、最初の教

訓(Warnung 戒め)が出てくる。侍女とタミーノとパパゲーノが三重唱で「嘘つきどもの口を、皆こうい

う錠前でふさいだら、憎悪や誹謗、いさかいが、愛と友情にかわるだろう」と。これが教訓その1。

 その2は捕われの身となっていたパミーナがパパゲーナと出会い、自分を愛し、助けに来るだろう王子

(タミーノ)のことを聞き、「愛ですって?じゃ、その方は私を愛していらっしゃるの?ねえ、もう一度

『愛』って言って頂戴。私は愛って言葉を聞くのが大好きなの。」といって、パパゲーノと歌うこれまた

有名な『恋を感じるほどの殿方は』。ベートーヴェンが「魔笛の主題による変奏曲」にした曲だ。

   「恋(Liebe 愛)を感じるほどの殿方には 善良な心も欠けてはおりません

    甘い衝動を一緒に味わうのが 女のひとの第一のつとめです

    私たちは皆、恋を楽しみましょう ただ恋のみによって生きましょう


    恋はあらゆる苦しみを和らげ 生あるものは皆 恋に身を捧げるのです

    恋は日々の生活に味をつける この世の至るところにその味がする

    恋の高貴な目的は、明らかに示しています

    夫であり、妻であること以上に尊いものはないことを

    夫であり妻であること、妻であり夫であることで 

    人間は神々しさに達するのです」   (字数制限のため、つづきは次ページへ)

 

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 いよいよ2006年度の最後の日。明日からは新しい年度が始まる。昨年の4月から始めたこの「モーツァ

ルトとともに」のブログもそろそろ区切りをつけなければ。NHK-BSの「毎日モーツァルト」をペースメー

カーに、モーツァルトの作品をほぼ年代順に採り上げてきた(実際には採り上げようとしてできなかった

企画がそれこそ山のようにあったのですが…((((^_^;))ので、最後は「魔笛」K.620で締めくくりたい

と思う。

 で「魔笛」について何かを語るならば、どうしてもフリーメイソンについて触れなければ片手落ちだろ

うということで、今日はモーツァルトとフリーメイソンについて。

 オペラ「魔笛」を解く鍵であり、モーツァルトという音楽家を考えるにおいても「ブラック・ボックス

」的に見られることの多い彼とフリーメイソンとの関係について、正直自分も話題として避けてきた感

がある。がここはひとつ避けて通れないだろうということで、手元にある文献をいくつか読んでみた。

 海老澤敏「モーツァルトとフリーメイソン」(『モーツァルト事典』1982年)、井上太郎『モーツァル

トのいる部屋』(ちくま学芸文庫1995年)、西川尚生『モーツァルト』(音楽之友社「作曲家 人と作品

シリーズ」2005年)…。でも結局一番分かりやすかったのはDECCAが1968年にイシュトヴァン・ケルテス

を指揮者にロンドン交響楽団を中心とする演奏者に演奏させた「モーツァルト:フリーメイソンのための

音楽=全曲」というレコード(LP:K18C-9196)のジャケットに書いてあった石井宏氏の解説だった。

ちなみにこのレコードには次の10曲が収められている。

 1) おお、聖なる絆よK.148

 2) カンタータ:宇宙の霊なる君K.429

 3) 歌曲:結社員の道K.468

 4) カンタータ:フリーメイソンの喜びK.471

 5) フリーメイソンのための葬送音楽K.477

 6) 合唱付歌曲:今日こそ浸ろう、親愛なる兄弟よK.483

 7) 合唱付歌曲:新しい指導者である君たちよK.484

 8) ドイツ語による小カンタータ:無限なる宇宙の創造者を崇拝する君よK.619

 9) フリーメイソンのための小カンタータ:高らかにぼくらの喜びをK.623

 10) 合唱曲:固く手を握りしめてK.623(追加)

 さてフリーメイソン(free maison)とは元々は文字通り「自由な身の上の石工」という意味。ヨーロ

ッパでは中世以来城や教会など大建築物を構築する際に、諸国を渡り歩く石工がまず集められた。彼らは

特別な技能を持つ人々として特別に扱われ、一般人に課せられた義務からも「フリー」であった。彼らは

ロッジ、つまり飯場で集団生活をする訳だが、そういう渡り職人の集団には規律が必要で、そのため彼ら

は仲間内を律する階級とルールを作った。

ところで彼らは城の構築のような多くの秘密に触れるような仕事に携わるため、それらを外部に漏らす

ことは厳禁だった。そのため仲間内だけでしか通じないような暗号を用いたり、秘密厳守がしきたりとし

て後々まで残った。

 このような秘密結社的なフリーメイソンは、17世紀頃から大建築物の建造が次第に減る中で経営が困難

になり、やがて建築に無関係な有力者の入会を認めるようになるとその性格も変質し、精神的なものを重

視する集団へと変わっていった。そのような意味で博愛主義をモットーとする結社として形を整えた、近

代的なフリーメイソンの始まりが18世紀 1717年にロンドンでの大ロッジ(グランド・ロッジ)設立であ

り、1723年には最初の憲章が作られた。時あたかも、人間の理性に絶対的な信頼を置き、進歩史観に立つ

啓蒙思想全盛の18世紀。たちまちそれはドーヴァー海峡を渡ってヨーロッパ大陸へと広がり、フリードリ

ヒ大王、ゲーテ、レッシング、ボーマルシェ、ヴォルテールといったモーツァルトと同時代の著名人が会

員となった。18世紀のフリーメイソン結社は社交的な団体という性格を持ち、会員は時代の先端を行くエ

リート意識を持っていたと思われる。(ただしフリーメイソン結社では入会や昇格の際に、古代エジプト

の太陽信仰のような独特の象徴的な儀式を取り入れていたため、当時のキリスト教宗教界からは邪教とし

て警戒されていた。)
 
そして我らがモーツァルトもそんな啓蒙主義全盛の18世紀に生きた人間なのである。彼は28歳の1784年

12月5日(7年後のその日彼はその生涯を閉じることになる)ウィーンのフリーメイソン結社の<Zur Wohl

tätigkeit>(善行)というロッジ(分団)に入会願いを出し、14日許可されている。彼は入会するや否やた

ちまち熱烈な会員となり、翌年にはウィーンを訪れた父親や、あのハイドンを入会させるなど、身近な人

間を次々とメイソンに引っぱりこんでいる。また徒弟ー職人ー親方という中世以来の呼び名である階級を

一足飛びに修業し、すぐにマスター(親方)になったといわれる。

 そのことは作曲にも現れ、ハイドンがフリーメイソンのために曲をひとつも残していないのに比べ、

モーツァルトは翌1785年と死の年1791年に集中して何曲かを書いている。だからケッヘル番号でいうと、

K.400番台とK.600番台が殆どということになる。この中で特に有名なのがK.477の「フリーメイソ

ンのための葬送音楽」。これは結社の有力メンバーだったゲオルク・アウグスト大公とガランタ伯爵が相

次いで死に、その追悼式で演奏された曲。フラットが3つ(フリーメイソンでは特に3という数字が重要視

されたという)のハ短調でバセットホルンを多用し、グレゴリオ聖歌風の荘重なメロディが大変印象的で

最後は明るいハ長調の主和音で曲を閉じる。「闇を経て、そして光明へ」というフリーメイソンの象徴的

な考え方が反映している。

今回、昨年手に入れたこのフリーメイソン音楽の全集のLPを聴くまで、ここに収録されている曲では

このK.477の葬送音楽しか正直知らなかったが、改めて聴いてみて注目したのは最晩年の作品K.619と

K.623の2つの小カンタータだ。

ケッヘル番号で分かるとおり、これらの作品はまさしくオペラ「魔笛」K.620と相前後して作られた

曲であり、619がピアノ伴奏のみ、623はテノールとバリトンと男声3部合唱及びオーケストラという違い

はあるが、どちらも「魔笛」のメロディを思い起こすような場面が散りばめられた「魔笛」の従兄弟のよ

うな曲だ。例えば前者K.619は第1曲レチタティーヴォこそ宗教曲らしい硬さがあるが、2曲目のアンダ

ンテからはモーツァルト本来の、オペラのアリアのようなしなやかなメロディが登場する。第4曲のアン

ダンテなどは「魔笛」第1幕で弁者を前にしたタミーノが食い下がって、パミーナの消息を聞きだそうと

するあのテノールの必死の詠唱の場面で歌われている曲のようにも聞こえる。K.623の第2曲のレチタテ

ィーヴォもほぼ同様の印象を受けるし、623のオーケストラでは「魔笛」よろしくフルートの活躍が耳に

つく。ついでにレコードの最後に収まっている623aの短い合唱曲の終わり方はまるで「魔笛」とウリ二つ

である。

 歌詞においてもどちらも<Brüder>(兄弟)、<Verstandestelle>(英知)、<Belehrung>(教化)、<Weisheit

>(英知)、<Tugend>(徳)、<Menschheit>(人間性)、といった理念的な言葉がたくさん散りばめられ、また

<Sonnenmilde>(柔らかき太陽の光)を讃える内容になっている。

ところであのスカトロジストでもあったお茶目なモーツァルトが、なぜ晩年にいたってこのようなお堅

い理念先行の団体に熱心であったのか。モーツァルトも18世紀、啓蒙思想の時代に生きた人だったという

ことを一般論で先ほど述べたのだが、それ以上にもっと突っ込んだ解釈をしたのが先述の石井宏氏だった。

 氏はモーツァルトのフリーメイソンへの熱狂は、素直にメイソンの教義に対する感動以外の何ものでも

ないだろうという。モーツァルトは終生子どものような純粋な性格の持ち主だった。この永遠の子どもが

20歳を過ぎて社会の中に見たものは何か。パリ旅行は彼の最初の修学旅行だった。そこで彼は「大人た

ち」への強い不信感を植え付けられる。この不信はザルツブルクで職を失い、ウィーンで就職活動を始め

るにつれ、ますますひどくなる。子どもの眼は鋭い。モーツァルトは世の大人たちが真善美や道徳を少し

も守ろうとしない、すなわち修身の教科書というのは空文であることを知る。しかし現実を現実として受

け容れるハイドンのようにはモーツァルトは立ち回れない。彼は常に悪いのは世の中の方だと思わずには

いられなかった。無垢で裸で無防備だった。この悲しい性質は生涯変わらなかった。だから彼は生涯その

才能に見合うだけの世俗的な栄達ができなかった。

 そこへ真善美を讃え、人類愛を謳歌する団体が目の前に現れ、彼は燃え上がった。メイソンの教えの第

一は<兄弟愛>。人類はみな兄弟で平等で愛し合うべきもの。第二は<知恵>と<徳>。知識としての真理を修

めるのが知恵であり、真理を行為のうちに体現するのが徳である。愛、智慧、徳がこの世に体現されるべ

きと純粋に信じていたモーツァルトがメイソンの教義に感奮しないわけがない。「魔笛」でも智慧、徳と

いった言葉が何度も何度も現れる。モーツァルトの子どものような純粋な、実社会における偽善への怒り

は、このフリーメイソンによって昇華解消されることになったのである。

 もうひとつフリーメイソンがモーツァルトに与えた影響は、その死生観である。エジプトの太陽神信仰

の影響を受けたメイソンの、死はやがて太陽の復活をもたらす夜のごとき存在、という死生の達観の教育

を受けたモーツァルトは死の床にあった父レオポルトに有名な書簡を送る。

「死は ー厳密にいえばー 僕らの生の本当の最終目標ですから、僕はこの数年来、この人間の最上の友

人と大変仲良しになってしまったので、死の姿を見ても少しも恐ろしいと思わないどころか、むしろ大い

に心を安め慰めてくれるものと考えています。死が我々の真の幸福への鍵であることを知る機会(この意

味はお分かりですね)を神が与えてくださったことに感謝しています。もしかしたら僕はもう明日は生き

ていないかも知れないと考えずに床に就くことはありません。」

 この「死は人生の目的地で安らかなもの」というモーツァルトの死生の達観は、フリーメイソンの説く

人間にとっての生と死の意味付け、死生観の反映であり、「この意味はお分かりですね」と呼びかけたこ

の手紙は、まさにモーツァルトという一人のメイソンが、レオポルトというもう一人のメイソンに語りか

けた言葉としてとらえてこそ理解できるものだ。モーツァルトがフリーメイソンによって得ることができ

たこの死生の達観こそが、27番のピアノコンチェルトK.595やクラリネット五重奏曲K.581以降の(も

ちろん「魔笛」も含めての)最晩年の澄みきった作品群に、芸術としての真の深みをもたらしたとはいえ

ないか。

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 前回のピアノ・ソナタ第15番ハ長調K.545(http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/46754235.html

と対を成す作品といえば、この曲だ。ともにピアノを習った人なら必ず聴いたことがあり、そして弾いた

ことのある曲だろう。K.545がソナタで3楽章であるのに、こちらはロンドで単一楽章だが、曲の雰囲気

主題はとてもよく似ている。K.545が下から上がってくる旋律であるのに対し、このロンドK.485は

似たメロディが上から降りてくる。ちょうどピアノ協奏曲第22番のフィナーレが下から上がってくる

メロディであるのに対して、ピアノ協奏曲第15番の第3楽章では似た旋律が上から降りてくるのとそっく

りだ。    (参照 2006 6/25 第15番変ロ長調 http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/38372242.html

       (同 2006 7/30 第22番変ホ長調 http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/39946677.html

 
 この冒頭の愛らしい、弾むような魅力的な主題は大バッハの末息子で、モーツァルトが終生尊敬して

いた「ロンドンのバッハ」とも「ミラノのバッハ」とも言われるヨハン・クリスチャン・バッハの作品

「五重奏曲ニ長調Op.11の6」(1775年頃)の第1楽章から採られているという。(バッハ一族ではこのヨハ

ン・クリスチャンが個人的には一番好きだ。「魂のないモーツァルト」(アルフレート・アインシュタイ

ン)などと酷い形容をする人もいるが、8歳の時にロンドンで出会って以来モーツァルトにとっては生涯

に亘って最も影響を与え続けた存在の先輩音楽家だ。交響曲第1番K.16をはじめとするロンドンで作っ

た初期交響曲などは、直截にクリスチャンの作品をお手本にしている。明るく爽やかで清々しいのが彼の

曲の特徴で「シンフォニア第1番」や「協奏交響曲イ長調」など爽やかな微風を運んでくれるような、何

とも涼しげな曲で、真夏の午後フローリングに寝転がって扇風機かけて昼寝する時のBGMにもってこいだ

(演奏:コレギウム・アウレウム合奏団 LP: BHM 23 29047-6))

 
 モーツァルトの曲はポップスに通じるセンスが光ると「毎日モーツァルト」でピアニストの西村由紀江

はいう。「モーツァルトの曲には息つぎがある。いわゆる「歌メロ」「ポップス」なんですね・・・。」

そしてこの曲の魅力は冒頭のフレーズが「タン、タラタラ、タンタタン」(楽譜で示せればカッコいいの

ですが((^_^;))でワン・フレーズ、そして「タン、タラタラ、タンタタン」これで一対になっている。

(いわゆる韻を踏んでいる、漢詩でいうところの「対句」表現になっているということですな。)

「これは今でも私たちが口ずさめるし、このままポップスになってもいい。この曲には明るさ、爽やかさ

以上に彼のポップス・センスを感じます。」


 ところで私がこの曲に注目することになったのは、その「毎日モーツァルト」ではなくて、その後番組

の「ぴあのピア」で梯剛之がゲストでコメントと演奏をしていたのを耳にしたからだ。

 この「ぴあのピア」。モーツァルト・イヤーが終わり「毎日モーツァルト」も昨12月で終了したのだが

番組終了を惜しむ声が多かったからなのか、意外な反響に「二匹目のどじょう」を狙ったのか、1月から

始まった10分番組で、バッハから始まるピアノ300年の歴史と発展を1年かけて伝えるというものだ。

 以前同じくBSで関口智宏がナビゲーターで「JR全線踏破 1万5千kmの旅」という連続番組が好評で

(うちもずっと見てました!)その後NHKは「東海道五十三次てくてく旅」という二番煎じ番組を放映し

てましたが、大して話題にならなかったような。そんなことをつい思い出してしまうのですが…。


 ということで「ぴあのピア」はあまり熱心な視聴者ではなかったのですが、2月に入るとほぼ1ヶ月モー

ツァルトのピアノ作品を1曲ずつ採り上げるということで、また録画をし始めたという訳です。

 改めて見てみるとそれはそれで面白いのですが、思ってしまうのはその日の曲を演奏してくれる演奏者

によって、曲の魅力の伝わり方がまるで違うということです。(他の演奏者の方には大変申し訳ないので

すが)私の見た範囲では梯剛之さんと伊藤恵さんの回が断然印象に残ります。
 
 とりわけ梯剛之さんのは、ピアノの音そのものが他のピアニストとまるで違えて聴こえます。(見ると

普通のYAMAHAのピアノなのですが)(月並みな表現だが)音が一音一音「キラキラ」と輝いている。


 その梯さんのコメント「モーツァルトってとにかく散歩が好きで(当時彼は毎朝5時に起きてウィーン

のアウガルテン庭園を散歩していたそうだ)ちょっとした鳥の声とか、何か、生命が誕生していく、その

誕生する前のまだ形にならない状態から、生命が形になっていく時に移り変わっていく喜びとかですね、

何かそういったものを彼はすごく感じて表現している、そんな感じがしますね。」


「生命が誕生する前のまだ形にならない状態から、形になっていく時に移り変わっていくその時の喜び」

 これって、古代中国の老子が「道」(タオ)(万物を生み出す根源)について語っていることそのもの

ではないだろうか。孔子と違い、人間の小ざかしい知恵を嫌い、「無為自然」を説いた老子。彼は人間に

半端な知識を身につけるのではなく、自分を取り巻いている、人間を産み育てている大自然、宇宙の持つ

パワー、エナジーを感得せよと、2500年後の我々に語りつづけている。(老子については「伊那谷の老子

」こと加島祥造の著作が分かりやすい(『タオ』(ちくま文庫)等)と思います。)
 
 2500年前の老子。250年前のウィーンに生きたモーツァルト。そして現在ウィーンに住み、モーツァル

トがウィーンの森で浴びただろう木洩れ陽の光や、感じただろう風を肌で、研ぎ澄まされた感性で感じ取

っている日本人ピアニスト梯剛之。三人が時代を超えて共通に感じとっているもの。それは命の躍動。生

命そのものではないだろうか。

        (参照2006 5/21 http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/36581877.html

        (同 2005 5/17 http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/2893761.html )


 さらにこのロンドK.485を「自然の声を優れた音楽に移し変えた」曲の1つとして梯は、例によってピ

アノを弾きながら、こう語る。

「本当にチャーミングな曲で(とピアノをポロンポロン弾きながら)小鳥が こう 啼き出してきて、春に

植物が こう 風で揺れてて、生命も躍動してきて、晴れた空で、何かモーツァルトも うきうきしながら

森とか木の下を散歩しながら、それを「ピヨピヨ」っと こう スケッチするような感じで、書いた曲では

ないかなって、僕はそのように感じて弾いています。」

 梯のモーツァルトが美しいのは、もちろん彼がウィーンに在住しているからだけではない。ウィーンに

いたって、モーツァルトが感じた風の爽やかさや陽光の眩しさ、生きていることの喜びを、彼の遺した楽

譜から読み取ることができなければ、それこそ「ピヨピヨ」っと感じ取ることができなければ、ウィーン

の自然と対話することができなければ、彼が曲に、楽譜に込めたものを再現することはできないのでは

ないか。


 世に「古楽演奏」とか「ピリオド奏法」などという言葉が流行り、それをまた滅多矢鱈に有難がる風潮

もあるが、私はそれに組しない。

 ただ単にモーツァルトの時代に使っていた楽器を用いたからとか、当時のピッチと同じに弾きました、

というだけでは、18世紀に生きたモーツァルトが作品の中に込めた、ウィーンの風や陽光から感じとった

ものを再現したことにはならないだろう。


 梯剛之のピアノの実演に早く接してみたい。







   
 



  

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