クラシック歳時記in松本 (あるいはモーツァルトとともに1年を)

今春発売の内田光子/テイトのCDでようやく好きになれました・・・モーツァルト ピアノ協奏曲第9番「ジュノム」

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 「庶民性と芸術性との見事な融合。しかもそれを高いところまで持ち上げていった素晴らしい作曲家だ

と思います。モーツァルトはお父さんからいつもいつも「お前の曲は難しすぎる。もっと優しい曲を作

れ。」と言われていたそうです。その中でこの「アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク」は、簡素で優し

くて、しかも立派に完成している名曲で、お父さんから言われていた課題を、ここで見事に乗り越えたと

いうことができますし、彼の作曲のひとつの頂点を極めた作品だと思います。」

 これは先日のNHK-BS「毎日モーツァルト」セレナード第13番ト長調K.525通称「アイネ・クライネ・ナ

ハト・ムジーク」の回のゲスト、ミュージカル作曲家甲斐正人氏の同曲へのコメントである。

全くおっしゃる通り。数あるモーツァルトの作品の中でも、この曲は最も人口に膾炙した作品であり、

名曲である。事実NHKのこの番組でもタイトル曲に使われている。(ただし使われているのは第3楽章メヌ

エット、というところが秀逸!第3楽章ってやっぱり曲と曲のつなぎというか、次への期待感を感じさせ

ますね。)

 600曲を超えるモーツァルトの作品はすべてが名曲といってもいいくらいだが、その中でも特にこの

「アイネ・クライネ」のように、曲の最初から最後までまさに完璧!という以外に表現のしようがない

ほどcompletelyな作品というものが幾つかあるように思う。もちろんそのように指折り数える曲は人によ

って違うだろうが、私が選ぶとすれば、


      ディヴェルティメントK.136

      ピアノ・ソナタ第11番イ長調K.331「トルコ行進曲付き」

      弦楽四重奏曲第19番ハ長調K.465「不協和音」

      交響曲第40番ト短調K.550

      そして「アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク」             ということになるだろうか。


 ところでこのセレナード第13番ト長調K.525は、実は20世紀になるまではほとんど知られていなかった

今のようなポピュラーな名曲となったのは、1930年代以降なのだそうだ。その背景には1920年代に普及し

たSPレコードの存在があるという。この作品の各楽章がちょうどSPレコードの片面に収まる長さで、レコ

ード2枚で全曲が鑑賞できるという利点から、当時ベートーヴェンの「運命」と並んで、最も売れ筋のレ

コードになったことに始まるという。

 現在でもCDの現役盤だけでも50種類ある人気曲だが、SPの時代に比べると、CDの中のたくさんの曲の中

のひとつという存在になり、モーツァルト関係でも昔よりは考えられないくらいの多様な曲が録音される

ようになった今日、その位置づけはSP時代よりは相対化されてきているといえよう。

 もうひとつ、この曲はセレナードな訳だが、誰のために、何のために作られたのか、今日でもまるで分

かっていない謎の名曲だという。1787年、モーツァルト31歳。父の死からそう日も経っていない、そして

オペラ「ドン・ジョヴァンニ」の作曲に全力を傾けていた時期の作品である。

 改めてレコードに針を下ろして聴いてみる。(古楽器を使って実に19世紀的なロマンティックな演奏を

聴かせるコレギウム・アウレウム合奏団の演奏。1974年、例によってのドイツ バイエルン州キルヒハイ

ムはフッガー城、糸杉の間での残響豊かな録音。)(LP:ULS-3134-H)(CD:BVCD-38043)

 (他にブルーノ・ワルター指揮コロンビア交響楽団 1958年)(LP:20AC1805)

 第1楽章 コレギウム・アウレウムの特徴である羊腸弦の響きの柔らかさ、美しさに身も心も癒される

改めて感じることは主旋律の親しみやすさと、対旋律というか主旋律にからむ和音の絶妙さ。それによっ

て醸し出されるハーモニーの心地良さ、快感。この曲が伝えるのはまさにウィーンという街の「粋」、

当時の黄表紙などに活写された江戸時代の江戸っ子が競ったところの「粋」と同じ意味での、洗練された

ウィーンの「粋」(いき)の粋(すい)が音楽になったのが、まさにこの曲なのではないだろうか。


 全体を通して私が感じたこと。それは「ドン・ジョヴァンニ」の作曲の合い間に作られ、創作の動機や

経緯が分かっていないというこの曲は、やはりこの年の父の死と大いに関係があるだろうということ。

 1787年5月28日、父レオポルト死す。そのわずか2週間後、モーツァルトは「音楽の冗談」K.522という

まさに冗談としか思えない作品を残す。これは、意外にも冗談好きだった父レオポルト(「おもちゃのシ

ンフォニーなんていう作品もありましたな。)をまさにモーツァルト一流のパロディなやり方で弔うもの

だ。

 そしてこのセレナード第13番ト長調K.525「アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク」も件の甲斐正人氏

がいうように、「お前の曲は難しすぎる。もっと優しい曲を作れ」という亡き父への回答として、そして

父レオポルトへの弔いとして捧げられた個人的なメッセージが強く込められた作品だと感じたのだが、い

かがであろうか。

    ジャコビニ彗星の日(The Story of Giacobini's Comet)


      夜のFMからニュースを流しながら

      部屋の明かり消して 窓辺に椅子を運ぶ

      小さなオペラグラス じっとのぞいたけど

      月をすべる雲と 柿の木揺れてただけ

      '72年 10月 9日

      あなたの電話が少ないことに慣れてく

      私はひとり ぼんやり待った

      遠くよこぎる流星群


      それはただどうでもいいことだったのに

      空に近い場所へ出かけてゆきたかった

      いつか手をひかれて川原で見た花火

      夢は つかの間だと 自分にいい聞かせて

      シベリアからも見えなかったよと

      翌朝 弟が新聞ひろげ つぶやく

      淋しくなれば また来るかしら

      光る尾をひく流星群


       (「悲しいほどお天気」1979年)より(LP:TOJT-10641)(CD:TOCT-10641)


 手元のLPレコードの帯に「CD/アナログ 同時リリース」と銘打ってある。おそらくCDが発売され始めた

'84年頃以降、無くならないうちに買っておこうと求めたレコードだと思う。

 この曲、曲中に10月9日とあるから、秋の曲だと分かる。そうでなくとも、「月をすべる雲」「柿の

木」そして何となく恋の終わりの予感から来るもの哀しさから、秋の季節感を感じさせ、クラシックの

曲ではないが、この季節になると聴きたくなる曲のひとつである。


 そもそもタイトルのジャコビニ彗星というのは毎年10月8日から10月10日前後の、主として夕刻に見ら

れるという突発的な「季節限定」の流星群のこと。曲に歌われた1972年という年は、この星の大流星雨が

日本で見られるということでにわかにブームとなったが、なぜかその予想は外れ、外れたことがニュース

でまた取り上げられた。僕の記憶にも、学校で先生が「今日はジャコビニ彗星ってのが見られるそうだ

ぞ」と言って、夜、家で星空を見上げた憶えがある。


 72年というとユーミンが多摩美に入った年。詩に歌われた原体験が彼女にあったのかどうかは別として

ユーミンの詩は冴えに冴えている。


 「手をひかれて川原で」花火を見た夏の恋

 しかし「あなたの電話が少ないことに慣れ」

 「あなた」の気持ちが「私」から少しずつ離れはじめていることに気づいた「私」

 そんな淋しい想いをしているところに、ジャコビニ彗星の大流星雨が見られるという知らせが届く

 一生に一度見られるか見られないかといった天空の奇跡に、

 離れはじめた「あなた」の心が再び「私」に戻ってくる夢を託す

 
 しかし奇跡は起きなかった

 落胆する「私」

 「シベリアからも見えなかったよ」って励ますようにつぶやく弟

 「私」は、彗星が見えなかったことも、「あなた」が「私」から遠ざかっていくことも

 少しずつ運命としてうけ入れていこうとする ・・・

 
 
 '78年の「紅雀」「流線型'80」から '79年の「OLIVE」 '80年の「時のないホテル」「SURF&SNOW」

 '81年の「水の中のASIAへ」「昨晩お会いしましょう」'82年の「PEARL PIERCE」「REINCARNATION」

 '83年の「VOYAGER」 '84年の「NO SIDE」までのユーミンの中期傑作群(それはまた僕の青春期と重な

るのだが)の中でも、このアルバム「悲しいほどお天気」は、当時ダンナの松任谷正隆が「ユーミンの最

高傑作」と言っていたように、この曲1曲見ただけでも、あの頃のユーミンの才気のほとばしりが感じら

れる作品が詰っている。(ちなみにこのアルバムで僕が一番好きな曲は「影になって We're All Free」)




P.S. その後'88年に息子が生まれて、その日が「ジャコビニ彗星の日」10月9日だったことに気づいたの

は、それからだいぶ経ってのことでした。

 

 
 NHK-FMの番組編成担当者の方は当ブログを見ているのかなぁ?(嘘)


 前回採り上げた弦楽五重奏曲第3番K.515、第4番K.516を含むモーツァルトの弦楽五重奏曲4曲が、

あさって8日、日曜日の午前9時から、NHK-FM黒田恭一さん司会の「20世紀の名演奏」という番組で放送さ

れるそうです。

 前回の記事で「室内楽の40番、41番」といわれる五重奏曲第3番K.515、第4番K.516に興味を持ったけ

れど、レコード持ってなくてまだ曲を聴いたことがないという方は、是非エア・チェック(我ながら古い

言葉!)されてはいかがでしょうか?

 NHKの番組表によりますと、当日は「1960年代の名演」と紹介したブダペスト弦楽四重奏団+ワルター

・トランプラー(va)の演奏で、「弦楽五重奏曲 ハ長調 K.515」(32分33秒)

                  「弦楽五重奏曲 ト短調 K.516」(33分46秒)

                  「弦楽五重奏曲 ニ長調 K.593」(25分47秒)

                  「弦楽五重奏曲 ハ短調 K.406から第1、2、4楽章」(17分37秒)

                         (CD:SONY SICC437〜9)の4曲が演奏されます。

 私が申し上げたいのはアンリ・ゲオン、小林秀雄が「疾走する哀しみ」と称賛した第4番ト短調K.516

や第3番ハ長調K.515(前者が交響曲でいうと40番に、後者が41番「ジュピター」にもなぞらえられる世

にいう傑作)が、ずーっと「毎日モーツァルト」を1月から見て聴いてきた人間からすると、「フィガロ

の結婚K.492」以前の曲と比べて、「音楽が流れていない」つまり「モーツァルトらしくない」のだ。

(と私には感じられて仕方ない。)

 それは当日最後に流れる第2番ハ短調K.406と比較すると明らかなように思う。K.406はウィーンに出

てきた翌年、1782年モーツァルトの26歳の年に「ハルモニー・ムジーク」(当時ハプスブルク家の当主だ

ったヨーゼフ2世が好んだといわれる室内楽用管楽アンサンブル)のひとつとして作曲されたセレナード

第12番ハ短調K.388「ナハトムジーク」を弦楽五重奏曲用にモーツァルト自身が編曲したものである。

K.388ということは、つまりまぎれもない「フィガロ以前」の作品。弦楽五重奏版で聴いてみてほしい。

K.515やK.516よりも、はるかに音楽が流麗に「流れて」いるのだ。

 では、なぜ「フィガロ以前」の作曲のK.406(すなわちK.388)が流麗に流れ、K.515やK.516が

「流れない」のか?正直うまく説明できない。「フィガロ以後」のK515、K.516作曲当時、モーツァル

トは不調だったのだろうか?ものの本にはハ長調K.515の自筆楽譜には、モーツァルトには珍しく訂正箇

所がたくさんあるという。(井上太郎『モーツァルトの部屋』ちくま学芸文庫 1995年)それだけ苦心の

末の作品ということができよう。「フィガロ以後」のモーツァルトの頭の中には、「フィガロ以前」には

考えなかった創作上の何かがあったのだろうか?それともそれは天才モーツァルトの退歩を意味するのだ

ろうか?

 そんな訳で、日曜日のFMで流れる「弦楽五重奏曲ハ長調K.515」と「ト短調K.516」の2つと、最後の

「ハ短調K.406(ただし第1、2、4楽章のみ)」を聴き比べてみて、ご感想をお寄せいただければ嬉しいで

す。(「そんなことないぞ!「疾走する哀しみ」のK.516は最後まで疾走していたゾ!」とかねっ!)






 

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 昨日の土曜日は陸上大会の引率で長野へ。大変穏やかな良い天気で、格好の行楽日和だった。とりわけ

他県から信州に来られた観光客は満喫したんじゃないかな。良い天候の下、各地で梨、ぶどう、プルーン

など秋収穫の果物の最盛期。そして思いの外進んでいた黄葉、紅葉。9月に入って急に寒い日が増えたせ

いだろうか、去年よりはずっと早く木々が色づき始めていた。今年は順調に黄葉が楽しめるかも知れな

い。今日は午前中、安曇野市(旧 堀金村)の「ほりで〜ゆ 四季の郷」にお風呂に入りに。(松本近

在、あるいは安曇平にある公共の湯としては一番のおススメ。施設の内外がきれいで、レストランも気取

らず利用しやすい。何より露天風呂から常念が真正面!…今日は見えませんでしたが)再来週くらいが黄

葉の見ごろのよう。(道すがら土手に咲いていた「萩」の葉が黄葉していた。萩の葉って黄色くなるん

だ。今まで知らなかった。)


        *******************************


 午後は久しぶりの雨。だからという訳でもないが、「雨の日に似合うモーツァルト」の第3弾としても

推奨できる弦楽五重奏曲第4番ト短調K.516を聴く。

 この曲と、その1ヶ月前にできた同じく弦楽五重奏曲第3番ハ長調K.515は一対をなすと同時に、翌年書

かれた交響曲第40番ト短調K.550と第41番ハ長調K.551「ジュピター」の組み合わせにもよくなぞられる

 つまり

      交響曲第40番ト短調K.550         交響曲第41番ハ長調K.551「ジュピター」

                           ×

    弦楽五重奏曲第3番ハ長調K.515       弦楽五重奏曲第4番ト短調K.516

 
 
 いわばこの2曲は「室内楽の40番、41番」という訳で、モーツァルトの室内楽曲の最高傑作と評価する

人もいる。今日はそのうち第4番ト短調を。


 この曲は日本では何といっても、戦後すぐの小林秀雄の長篇エッセイ「モオツァルト」で有名になった

 「モオツァルトのかなしさは疾走する。涙は追いつけない。涙の裡に玩弄するには美しすぎる。空の青

さや海の匂いの様に、万葉の歌人が、その使用法を知っていた”かなし”という言葉の様にかなしい。こ

んなアレグロを書いた音楽家は、モオツァルトの後にも先にもない。まるで歌声の様に、低音部のない彼

の短い生涯を駈け抜ける。」

 小林が「モオツァルトのかなしさは疾走する」といったのには、元本がある。フランスの詩人アンリ・

ゲオンがその著書「モーツァルトとの散歩」の中で、この曲の冒頭、第1楽章第1主題を「走る悲しみ

tristesse allante」と表現したそれである。

 それ以来交響曲40番がト短調で、この曲も同じト短調であることから、(モーツァルトにとっての)

「宿命のト短調」という、キャッチ・フレーズのような言葉がはやり、この曲は40番シンフォニーに迫る

人気曲となった。(モーツァルトの室内楽作品としては全く異例のことと言わねばなるまい。)

 日本の戦後を代表する文芸評論家のひとり、小林秀雄のお墨付きは大きかった。その著書「モオツァル

ト」からモーツァルティアンになった日本人は多い。

 しかし私は、ことモーツァルトに関する限り小林秀雄の功罪は相半ばするように思う。

 功はもちろんモーツァルト・ファンを増やしたこと。罪は小林が引き合いに出した「疾走するかなしみ

」と称する弦楽五重奏曲第4番に代表されるような「短調の曲こそモーツァルトの音楽の神髄」というモ

ーツァルトの作品の内のわずかにしかならない短調の曲を、ことさら強調して日本人がありがたがるよう

な風潮を作り出してしまったことだ。それにより圧倒的多数を誇るモーツァルトの長調の曲に対する評価

を不当に貶めてしまった。パパゲーノのテーマにしろ、フィガロの「もう飛ぶまいぞ」にしろ、長調の曲

=短調の深刻な曲よりも軽い、軽薄な、価値の低いもの というような長年の日本人のモーツァルトに対

する対峙の仕方を決定づけてしまったように思う。もっといえば長いこと、日本ではモーツァルトは「二

流のショパン」「ベートーヴェンの前座」という地位を与えられてしまった部分があるように思う。

 そこにはベートーヴェンのような深刻な短調の曲こそ価値があるというような、19世紀的なロマン派至

上主義が見え隠れするし、それを彼の地より輸入した明治以来の教養主義を受け継いだ小林の限界が取っ

てみえるように思う。第一、件の文章の「空の青さや海の匂い」や「万葉の歌人が使用法を知っていた

”かなし”という言葉」などのくだりは、若山牧水の剽窃ではないのか。

 同じ文学者として早くからモーツァルトのオペラ(もちろんブッファを中心とする)を評価していた大

岡昇平の方が、小林より審美眼があったと私は思う。


 しかし時代は下る。高度成長期を経て豊かな社会に生きるようになった21Cの日本人が「生誕250年」

の今日、空前のモーツァルト・ブームを作っているのは、決して小林のような短調第一主義からではな

い。悲しみの人生の中で、ピアノ協奏曲第17番や第22番のような無類の愉悦に満ちた作品を紡ぎだす、モ

ーツァルトの人生の達人ぶりに人々は共感しているのだ。それだけ日本人が文化的に成熟した証だと私は

思っている。

 
 いささか弦楽五重奏曲第4番に不利な前振りになってしまった。少なからぬこの曲のファンの方にも少

し嫌な思いをさせてしまったかも知れぬ。ただ「毎日モーツァルト」などで年代順に、順を追って彼の作

品を聴いてきた者のひとりとして、確かにこの曲は、一度聴いたら忘れられないほどの印象深い始まり方

をしているのは間違いないけれど、同じ短調の室内楽作品としてならば、例えば前に見た弦楽四重奏曲第

15番ニ短調K.421(ハイドン・セット第2番)の方が全体としては数段優れた作品ではないだろうか。

 それは曲のせいというよりも、室内楽アンサンブルという点で鉄壁というべき均衡を誇った弦楽四重奏

に、ヴィオラひとつ加えただけでその均衡を保つのが難しくなる、弦楽五重奏曲という形式の持つ難点ゆ

えといえるかも知れない。(その後も弦楽五重奏というと、チェロ2挺を用いたシューベルト晩年の傑作

がある程度で、ブラームスの弦楽五重奏曲も彼の他の室内楽作品に比べ、ブラームスに栄誉をもたらして

いるとはいえないだろう。)


 もうひとつ語らねばならないのが、この曲とモーツァルトの父レオポルトの死との関係だ。この曲が完

成したのが、1787年5月16日。レオポルトがザルツブルクで姉ナンネル夫婦に看取られながら死んだのが

5月28日(僕の誕生日!)。父の死を意識しながらこの曲は書かれた。その証拠に、遡る4月4日モーツァ

ルトはその人生で最後となる父への手紙をしたためた。

 「…最近のお手紙で大変良くおなりだと伺っていただけに、今ひどく落胆する報せを受けました。あな

たが本当にご病気なんですって!何とか安心できるようなご自筆の手紙をどんなに僕がほしがっているか

申し上げるまでもありません。僕はいつも万事を最悪なふうに想定する習慣を作ってしまいましたが、

それでもどうかしてお元気なお手紙を拝見したいと思っています。死は ー厳密にいえばー 僕らの生の

本当の最終目標ですから、僕はこの数年来、この人間の最上の友人と大変仲良しになってしまったので、

死の姿を見ても少しも恐ろしいと思わないどころか、むしろ大いに心を安め慰めてくれるものと考えてい

ます。こうして僕は死が我々の真の幸福への鍵であることを知る機会を考えてくださったことで、神様に

感謝しています。僕はいつもベットに就くごとに、ひょっとすると明日はもういなくなっているかもしれ

ない。だが僕を知っているものは誰だって、僕が交際のおり不機嫌だったり憂鬱だったりしていたことは

ない、といってくれるだろうと考えないことはありません。そうしてこの幸福について、僕は毎日創造主

に感謝し、すべての隣人に対してこの幸福を心から願っています。…僕がこれを書いている間にあなたが

快方に向かわれることを祈ってやみません。…それにしても、まもなくあなたからほっとするような手紙

を頂けることを願ってます。そうしてこの快い希望の中で、家内やカールともどもあなたの手にキスしま

す、永遠に                  あなたの最も忠実な息子」  (吉田秀和の訳による)


 こうして弦楽五重奏曲第4番ト短調K.516は、パリで母の死を予感して書かれたピアノ・ソナタ第8番イ

短調K.310とともに、モーツァルトにとって特別な作品となった。


            
               スメタナ四重奏団/ヨセフ・スーク(1976年録音)(LP:OX-7089)



P.S. この曲、室内楽曲の割には良く知られているせいか、レコードには恵まれているようです。

 1960年代ではブタペストSQ/トランプラー(1966)、70年代はスメタナSQ/スーク

 80年代はアルバン・ベルクSQ/ヴォルフ(1986)、90年代はラルキブデッリ(1994)

 と、ほぼ10年ごとに名盤が出ているようです。 さて2000年代の名演奏は?

 

 

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 初っ端から愚痴ですみません。やっぱりモーツァルトでも弦楽四重奏曲になると、コメントがガクッと

減りますね。最近立て続けに書いた弦楽四重奏の14番、15番、20番。サッパリですわ。やっぱり一般的に

いって、弦楽四重奏曲とか室内楽って地味なのかなぁ?でも今回NHKの「毎日モーツァルト」の進行に沿

って、モーツァルトの曲を年代順に聴いてきて、やっぱり思うわ。声を大にして言いたい。

 「やっぱりモーツァルト(の作品)では、弦楽四重奏曲(とりわけハイドン・セット)とピアノ協奏曲

が最高ですわ!!\(^O^)/♪」

 
 さて交響曲第38番「プラハ」である。この曲はモーツァルトのいわゆる6大交響曲の中で、唯一長い間

好きになれなかった一品である。取りあえず今の自分の趣味で6大交響曲を並べると、

              39番>35番>36番>41番>40番>38番

とこうなる。

 やっぱりこう並べてみると、モーツァルトというのはどんな季節にも似合う作曲家だが、強いて季節を

限定すれば、初秋ということになろうか。

 39番・・・残暑の中に秋を告げる風。(http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/10793392.html)

 35番・・・初秋の空に ひこうき雲。(ワルター/コロンビア響orコレギウム・アウレウム合奏団)

 36番・・・信州の遅い春の胎動。(http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/1828727.html

 41番・・・ゆく秋の大和の国の薬師寺の塔の上なる一ひらの雲 (佐々木信綱) 

 40番・・・晩秋の雨の日に

 38番・・・秋の空にいわし雲

 と自分の勝手なイメージではこんな季節感を感じます。

 
 さて「フィガロ以後」の「毎日モーツァルト」7日目(7曲目)に採り上げられたのが交響曲第38番K.5

04「プラハ」。2日にわたってNHKも採り上げたので、こちらもこの機会に何とか好きになろうと、この1

週間、LPではブルーノ・ワルター指揮/コロンビア交響楽団、CDではコレギウム・アウレウムの演奏をず

ーと聴きつづけた。が、どうしてもやっぱり良さがわからなかった。(38番ファンの人ごめんなさい。)

 なぜか、考えてみました。最大の原因はこの曲が3楽章形式だということ。

 普通の交響曲は4楽章。それぞれの楽章は「起」「承」「転」「結」ととらえられ、全楽章を閉じた時

我々はカタルシスを得る。

 一方、「プラハ」は3楽章。3つなら「序」「破」「急」という構成も考えられるが、この曲の場合、第

1楽章が「序」としても、2楽章はどう見ても「承」で「破」という訳にはいかない。「序」「承」と来て

すぐ最終楽章が来てしまうのでは、「序」「承」「急」または「起」「承」「結」で、「破」や「転」に

当たる楽章がないので、どうも曲を聴き終わった後にスッキリとしない。カタルシスを感じないのだ。

 2番目にこの曲は「フィガロの結婚」K.492と「ドン・ジョバンニ」K.527の中間にあるので、フィガ

ロとドン・ジョバンニの両方の音楽が聴こえてくると、よくいわれる。

 たとえば第1楽章の序奏の部分は「ドン・ジョバンニ」の悲劇性、主部は「フィガロ」の快活さという

ことができるが、第1楽章も第3楽章フィナーレも、ただただ慌しいとしか私には聴こえない。また緩徐楽

章の第2楽章も、39番の静謐な世界やピアノ協奏曲第22番の悲哀には遠く及ばないような気がする。やは

り「フィガロの結婚」に空前の歓呼をあげてくれたプラハの人々に喜んでもらおうと、短時間で作ったが

ゆえの交響曲としての完成度の問題なのではないかと思ってしまう。

 38番ファンの方、ごめんなさい。「プラハ」の良さを教えていただければありがたいです。

 こちらは1週間この曲を聴きつづけて、その境地に到達できませんでした。…(^_^;)



P.S. あれから書類の山になっていたオーディオ・ルームを片付けていたら、無いと思っていたコレギウ

ム・アウレウムの38番のLPが出てきて、久しぶりにじっくり聴いたら、CDで聴いた時よりイイ感じで、特

に第3楽章の冒頭の旋律を受ける合いの手の木管のひなびた、とぼけた感じが、ピアノ協奏曲17番フィナ

ーレの例の「むくどり」のテーマみたいで、親近感が持てました。全曲好きになる日も近い!?


  コレギウム・アウレウム合奏団(1977年9月  キルヒハイムのフッガー城 糸杉の間にて録音)

   (LP:ULS-3234-H)(CD:BMG BVCD-38140〜42)

 

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