クラシック歳時記in松本 (あるいはモーツァルトとともに1年を)

今春発売の内田光子/テイトのCDでようやく好きになれました・・・モーツァルト ピアノ協奏曲第9番「ジュノム」

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 <今日の一曲>  弦楽四重奏曲第20番ニ長調K.499「ホフマイスター」(1786年 30歳) 
 

 先週9月11日から「毎日モーツァルト」の後半のシリーズ(いや、正確にいうとモーツァルトのウィー

ン時代の後半)が始まった。7月28日放送のフィガロの結婚K.492を最後に、8月まるまる1ヶ月を夏の特

別シリーズに費やしただけでなく、9月最初の1週間も「今から間に合う毎日モーツァルト」として番組の

進行を足踏みさせていた。いよいよNHKはこの番組をモーツァルトの亡くなる12月まで続けるとみた。

そしてその葬儀の日の12月7日に放送する曲はズバリ!「レクイエム」K.626と予言しておきましょう。

 さてモーツァルトの音楽人生を、ザルツブルク時代、フィガロの結婚までのウィーン時代前半、そして

フィガロ以降のウィーン時代後半、の3つの時期に分けた番組製作者の見方は正しいと思う。さらにもう

ひとつ、このシリーズ構成の意味するところは、モーツァルトの音楽人生の最高峰が「フィガロの結婚」

であり、フィガロ以降は彼の「晩年」の作品群となるということ。これにも賛成だ。

 そして「クラリネット協奏曲」「三大交響曲」「ピアノ協奏曲第27番」などこれより後の傑作は「晩年

の作品の中の」という限定付きの、すなわち今までの傑作とは少し違う意味合いの、晩年ならではの「傑

作」ということはいえないか。(これは私の見方なのだが。)

 さてフィガロ以後、ウィーン時代の後半シリーズが始まって最初の週の最後、15日の金曜日に採り上げ

られたのが、弦楽四重奏曲第20番ニ長調K.499だ。そしてまたまた私のこの曲に対する見方が変わった。

 まずこの日のゲスト・コメンテーターとして語っていたのが、ヴァイオリニストの松田理奈。彼女のコ

メントにはっきりいって度胆を抜かれた。


 「よく言われるのが、大人の雰囲気が出てからじゃないと弾けない曲、とか。全くもってモーツァルト

の場合は逆の気がしますね。子どもの方がモーツァルトの意思どおりに弾けたりするんじゃないですか?

大人になればなるほど、モーツァルトの意思どおりに弾くのが難しくなるから、いろんな技術とかが必要

になってくるのかなって思います。

 (弦楽四重奏曲第20番について) モーツァルトほど(この曲を作曲した)この時期はこういう状況だ

ったんだなっていうのが見えてくる作曲家って他にはいるのかなって思うくらい、かなり曲に反映してる

と私は思います。ただその反映の仕方がちょっとひねくれていて、絶対に悲しかった(と我々が思う)とい

う時にも、あえて明るいDur(長調)を書いてみたりとか、曲をパッと見ただけでは分からないんですけ

れども、いろいろ聴いてみたりとかもう一歩裏を読んでみたりとかすると、きっと明るいだけじゃないん

だなって思います。」
 

 ここで松田理奈がいっていることは、通常、常識でいわれていることとは逆のことだ。特にその後半、

「モーツァルトほどその曲が、その時の彼の状況を反映している作曲家はいない。」という意見はおそら

く初めて聞いた。自分も含め、多くのクラシック・ファンは、モーツァルトほど作曲当時作曲家が置かれ

ていた状況と作品が無関係な作曲家はいない、と考えていたのではないか。

 それはおそらく、彼の身の周りに起こるさまざまなこと(肉親の死であったり、失恋であったり、困窮

した生活であったり)と、まるで無関係に成立したとしか思えないほど彼の長調の曲があまりにも明るい

ところからくる、我々凡人の出した性急な答えではなかったか。

 実は私もこの「毎日モーツァルト」を欠かさず見ていて、毎回一つの作品ができた当時のできごとや証

言、モーツァルト自身が書いた手紙などを紹介されながら、今まで1曲の成立過程の内実にこんなにも知

識をもって彼の曲を聴いたことがなかったから、次第次第に松田嬢と同じ感想を持ち始めていたところだ

った。

 それにしても松田理奈さんの、何か確信を持って自説を語るその口調と、まだあどけなさの残るその面

影のアンバランスさに興味を持ち、どんな人か全く知らなかったのでHPを…。

 それによるとまだ芳紀20歳ながら、3歳から才能教育でヴァイオリンを始め、小学校では早くも全日本

コンクール第1位。2001年には日本モーツァルト音楽コンクール、ヴァイオリン部門最年少優勝。翌年16

歳でプロ・デヴュー。18歳で日本音楽コンクール第1位…という輝かしいキャリアをすでにお持ちだ。

 すごい人がいるものだ。そして何より小さい時から現在に至るまで、ドイツその他のクラシック音楽の

本場に長く身を置いて、そのことから多くのことを学んでおられる様子がダイアリーなどから感じられ

た。前述の発言も決してハッタリではないことが分かる。弱冠二十歳でモーツァルトの音楽の核心に迫

る…だいたい二十歳の女の子がSQの20番なんて渋い曲を選ぶか、普通?

 恐るべし、松田理奈! 近くでコンサートがあったら是非一度聴きに行こうと思う。

 
 さて件の弦楽四重奏曲第20番。今回の放送をきっかけに改めて聴き直して良い曲だと思った。ハイド

ン・セット以後の4曲の中の1曲というよりも、19番までのハイドン・セットの流れに続く1曲と考えてよ

さそうだ。なにしろ


     19番K.465「不協和音」       1785年

     20番K.499「ホフマイスター」   1786年

     21番K.575(プロシャ王第1番)  1789年 

     22番K.589(プロシャ王第2番)  1790年

     23番K.590(プロシャ王第3番)  1790年 


ということで、20番は21番以降よりも、明らかにハイドン・セットに近い。

 しかも「ホフマイスター」の別名どおり、ウィーンで親しくしていた楽譜出版業者のホフマイスターへ

の友情の証として作ったこの1曲は、親しみやすく温かいメロディに満ちている。(ご承知のとおり、ホ

フマイスターから初心者向けの新作を3曲依頼されながら、でき上がった曲があまりに難易度の高いもの

だったため、結局1曲しか出版できなかった。そのおわびとしてモーツァルトがこの曲を書いてホフマイ

スターに献呈したという。)

 そのエピソードが物語るごとく、第1楽章 アレグレットは16番、18番の出だしに似た透明で柔らかく、

温かくて慈愛に満ちたようなしみじみとした楽想で始まる。しかし一般的にいってこの第1主題は渋く、

ふわりとした情感に包まれているため、大衆的には「受けない」曲想ということになろう。提示部を閉じ

るスタッカートの連続する8分音符がモーツァルトには珍しく気ぜわしく、少しわずらわしい感もある。

 メヌエットの第2楽章、アダージョの第3楽章を経て、フィナーレ 第4楽章 アレグロの出だしにはハイ

ドンばりの全休符が現れる。そして第2主題は一見親しみやすい、いかにもモーツァルトという旋律だが

なぜか最後までアレグロで軽快に駆け抜ける音楽になっていない。またスッキリと曲を終える決定力にも

欠けているような気がする。

 しみじみとした佳曲だが、例えばハイドン・セットの弦楽四重奏に比べ、曲全体がそれまでのモーツァ

ルトの曲になかった、どちらかといえば欠点が見え隠れする。(特に4楽章。ひとことでいって音楽が流

れていないところが散見するのだ。)

 30歳。フィガロの結婚で頂点に達したモーツァルトの創作が、フィガロ以後の最後の5年間の、いわゆ

る晩年に入り、それまでの彼の作品とは違う観点の曲を追求し始めたということがいえるかも知れない。

その創作の姿勢の向こうに、L.V. ベートヴェンが待っているといっても良いだろう。


 

 




 

 
 雨の日のモーツァルト第2弾は弦楽四重奏曲15番ニ短調。実はこれ「実存の不安」と題して6月11日に

紹介しました。     (http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/37733790.html


   演奏:アルバン・ベルク四重奏団 (LP: K17C-8318  1977年録音 旧盤)

                       (CD: TOCE-13027 1987年録音 新盤)

                
 ここでもう一度紹介したくなったのは、季節的、歳時記的に、この曲は毎年まさにこの時季に聴いてき

たから。今の時季、9月の中旬頃、昔でいう9月15日の「敬老の日」前後の雨模様の頃。(20Cの最後20年く

らい、9月15日の敬老の日というとなぜか生憎の雨模様か曇り日が多かった。晴れない特異日なのかも知

れない。)

 曲については前述のブログに譲るとして、今お話したいのは、この曲を含め、モーツァルトの後期の弦

楽四重奏曲(ハイドン・セットの第1曲第14番以降、最後の23番まで)のそれぞれの曲の聴き時(と私が

考える時期)が、ちょうど秋の深まりに沿うように展開しているということ。

 つまり、


 第14番ト長調K.387             9月7日前後

                   (9/9 http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/41556481.html 参照)
        
                   (この14番とっても好きな曲なのに、弦楽四重奏って一般的じゃないのかな?

                    去年も今年もコメントなし。ちょっとかわいそう。)

 第15番ニ短調K.421             9月半ば(15日すぎ)(秋の長雨始まる)

 第16番変ホ長調K.428            9月下旬(すすきの穂が目立ってくる頃)

 第17番変ロ長調K.458「狩り」       9月下旬

 第18番イ長調K.464             10月上旬

            (16番、18番については 7/16 http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/39305340.html 参照)

 第19番ハ長調K.465「不協和音」     10月中旬

                (2005 5/28 http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/3639572.html 参照)

 第20番ニ長調K.499(ホフマイスター)   10月下旬

 第21番ニ長調K.575(プロシャ王第1番)  11月上旬

 第22番変ロ長調K.589(プロシャ王第2番)11月中旬

 第23番ヘ長調K.590(プロシャ王第3番)  11月下旬

 
 つまり14番の秋桜の影が揺れる初秋から、23番の晩秋、秋の終わりまで、曲がどんどん成熟し、かつ空

気がどんどん薄くなっていくように曲想が枯れて透明になっていく感じが、9月から11月の秋の風景の

変容にみごとにシンクロしている(ふうに私が勝手に思い込んでいる)ところが、モーツァルトの偉大さ

かなと思うのです。

           
            季節の推移という自然の理は神の成せる業(わざ)であり、

      モーツァルトの作品とその配列もまた神の御業(みわざ)の証(あかし)ではないだろうか(?)




P.S. 以前ピアノ協奏曲でも試みたことだが、上のモーツァルトの弦楽四重奏曲をこんな風に図式化した

ら、また何か新しい発見があるかも知れない。


                             18番 19番
                           17番     20番
                          16番        21番
                        15番           22番
                       14番              23番




P.S.2  15番についてもうひとこと。最終楽章、4楽章アレグレット・マ・ノン・トロッポ「主題と変奏

」は、同じモーツァルトのピアノ・ソナタ第11番K.311「トルコ行進曲付」第1楽章と並んで、史上最高

の変奏曲(ヴァリエーション)だ。「生きる哀しみ」の旋律がそこにある。



P.S.3   P.S.1で、モーツァルト後期弦楽四重奏曲の創作のピークをモデル化してみたが、その後さら

に聴き込んでみて、多少の修正をしたくなった。          
                                19番
                               18番 20番
                             17番     21番
                            16番       22番
                           15番          23番
                          14番

  ポイントは19番「不協和音」がやはりこのジャンルの最高峰だと再認識したこと。それと18番と20番

が、その渋さと内容の充実さにおいて対を成していると感じたからです。



 

 
 確かこの前の日曜日くらいまで、妙に蒸し暑く残暑が厳しかったような覚えがあるのだが、今週のこの

肌寒さはどうだろう!21Cに入り、こんなに早い秋雨前線到来も記憶にない。こんなに寒くなるというこ

とは温暖化は大丈夫だろうと言う方!その認識は違います。地球温暖化は具体的には、国際的に正しくは

「気候変動・・・」というように、気候が今までと違ってくることを指すのだ。極端なことをいえば真冬

が4月ごろ突然真夏になってしまう砂漠のモンゴルのような気候に日本がなっていくということなのだ。

確実に温暖化は進んでいる。この夏休みの新聞記事で、僕が最もショックを受けたのは、この夏北極圏に

住むあるイヌイット(エスキモー)の部落で夏の暑さに耐えられず、ついにクーラーを入れたという話で

ある。何しろ昼間31℃まで気温が上がってしまい、もともと厳冬用に隙間風が入らないように作られてい

る彼らの建物の構造では、想定外に暑くなってしまった室内の熱気を外に出すことができず、どうしよう

もなくエアコンを入れたのだという。同情を禁じえないが、信州松本に住んでいるのだから夏どんなに暑

くても、クーラーを入れるのだけはやめようと頑張ってきた自分としては、がっくりと臍のあたりから力

が思わず抜けていってしまうような話だった。(=_=;)(涙)

 閑話休題。早くも秋雨前線である。昨年はこれの到来が遅く10月になってからだったので、例年よりク

ラシック歳時記「秋の部」が半月ずつ遅れた記述になってしまったのだが、今年は逆に数日早い。学校で

は水泳の補習週間だったのに、寒すぎて消化できずに困っている。

 さてこう何日も雨が続くと、雨の日に似つかわしい曲が聴きたくなる。

 そう思って、出勤どきにラックに手を伸ばして、取り出して行きのカーステで聴いた曲がモーツァルト

交響曲の25番K.183だ。

 言わずと知れた映画「アマデウス」の主題歌として使われた曲である。僕自身はモーツァルトを本格的

に聴き始めた大学時代、比較的早く29番イ長調K.201とのカップリングのLPを買って親しんだ曲だが、

世間一般的にはこの「アマデウス」の映画ヒットを境に有名曲の仲間入りをしたように思う。同じト短

調の40番ほどは昔から大衆人気を勝ち得ていた曲ではなかったように記憶している。

 しかし今や、押しも押されぬモーツァルトの代表曲。40番とセットでモーツァルトにとっての「宿命の

ト短調」ともてはやされている。

 改めて聴いてみても確かに名曲である。特に当時17歳、ザルツブルク時代の少年時代の同時期の作品群

の中でとび抜けて優れた「天才の証明」のような作品で、かつての神童モーツァルトが「突如天才として

火を噴いた」という形容がよくされる。

 実際1月から今回のNHK-BS「毎日モーツァルト」を毎日見ていった者として、神童モーツァルトといえ

ども、ケッヘル番号に従って作られた作品を年代順に追って見て行くと、それなりに一歩一歩音楽家とし

て成長し、作品として徐々に徐々に進歩している流れを番組を通じて感じていたのだが、番組の前半、す

なわちモーツァルトのザルツブルク時代の作品の中で、理解に苦しむほど全体の流れを乱すように突如現

れた天才的作品との印象を与えたのが、「ピアノ・ソナタ第8番イ短調 K.310」とこの交響曲25番の2つ

だ。

 前者が前後の作品に比べとび抜けた完成度の高さと衝撃力の強さを兼ね備えた曲として誕生した理由は

何となく理解できる。就職旅行の旅先であるパリで付き添ってきてくれた母がにわかに体調を崩し、急速

に死が彼女に忍び寄っている気配を敏感に感じ取ったモーツァルトが、母の死を予感しながらこの曲を書

いた。その特殊な状況が天才モーツァルトに、同時期の作品群から一頭抜きん出たデモーニッシュなピア

ノ曲を作らせたという一応の説明ができる。

 しかしこの25番のシンフォニーがなぜこの時期に作られたのかは、今日までのところ自分を納得させる

だけの理由を思いつけない。「突如天才が火を噴いた」というありきたりの常套句を繰り返すしかないの

だ。

 それほど人類史における稀有の天才モーツァルトの天才としての成熟、発展の過程の全体を眺めても、

この17歳という時期にこの交響曲が書かれたというのは、それだけでひとつの「事件」であると思う。



 雨の日、まず聴きたくなるモーツァルトの曲というと、この25番をまず想う。

 単純にいえば、モーツァルトの長調の曲は晴れた日に聴きたいものであり、短調のそれは雨の日に聴き

たくなる曲である。当たり前といえば当たり前の話である。(さらにもうひとつ言えば、特別1年中雨の

多い地域があるとすればそれは別として、普通はだいたい地球上どこでも晴天の日の方が多く、雨の日の

方がそれよりは少ないのではないか。モーツァルトの曲も全体では圧倒的に長調の曲が多く、短調の曲は

印象的なものが多いにしても数としては少ない。それは晴天の日の方が雨天の日よりも多いという自然の

理と同じだと、ずっと思っているのですが、それって乱暴な意見ですか?)だが他の作曲家に比べ、その

当たり前の原則が徹頭徹尾当てはまるのがモーツァルトの曲だと思う。(「全て偉大なものは単純であ

る。」(W.フルトヴェングラー))

 もうひとつ、雨の日になるとこの曲のことを想い出すのは、僕の愛聴盤がイシュトヴァン・ケルテス指

揮 ウィーン・フィル・ハーモニー管弦楽団だということと少しは関係があるかも知れない。

 「毎日モーツァルト」では、有名なオットー・クレンペラー指揮フィル・ハーモニア管弦楽団の演奏だ

った。ケルテス盤に比べ、もの凄く速い。オーケストラの合奏がこわれる寸前といっていいほど速い。そ

れによってこの曲の持つ恐ろしいまでのデモーニッシュな印象の表出に成功していることは間違いないが

(当時の英EMIの録音の悪さもあろうが)音響としての潤いはなかった。

 その点、ケルテス/ウィーン・フィルはロココの音楽と形容してよいほどの、穏健なテンポとしっとり

としたオーケストラの音の潤いがあった。それが雨の日に似合ったのかも知れないなと、激しく降る帰り

の車中でふと思った。

      (1972年のウィーン、ゾフィエンザールでの録音)(LP: SLC-8139)(CD: KICC-8251)


        
        
           秋の夜に紫朝をきけばしみじみとよその恋にも泣かれぬるかな   吉井勇

                      紫朝・・・盲目の新内芸人

             

             9月には帰らない  ただひとり残っても
             明日あたり燈台へ 波しぶき見に行こう

             未来が霧に閉ざされていた頃は
             この潮騒が重すぎて泣いた

             今はもう負けないわ  9月には帰らない

             無口な人は夏の日にはかなさを
             うまく言えずにバスの窓おろす

             今はもう負けないわ  9月には帰らない



この歌は1978年、ユーミンこと荒井由実が結婚して松任谷由実となって最初に出されたアルバム「紅雀」

の第1曲目に収められていた「9月には帰らない」という曲。

 80年代前半の大学生にとって、ユーミンと中島みゆきの二人は特別な存在のシンガー・ソングライター

だった。私の所属していたサークル内でも、皆ユーミン派とみゆき派のどちらかに分かれていた。中島み

ゆきは北海道の藤女子短期大学国文科卒業。一方の松任谷由実は多摩美術大学日本画科の卒。だからとい

う訳ではないが、中島の歌は秘めた女の情念を連綿と歌う(「うらみます」とか「生きていてもいいです

か」)結構ウェットでヘビーな詩の世界。一方のユーミンは恋愛の一場面一場面を、まるで映画のスチー

ル写真のように切り取ったかのような感性の鋭さ、新鮮さがあった。(だから私などは「中島みゆき=紫

式部、ユーミン=清少納言」説をサークル内で吹聴して歩いたものだった。)

 そんなユーミンには荒井由実時代も含めて、「コロンブスの卵」のように彼女だからこそ真っ先に発見

したような季節感。「あー、そういわれてみれば今頃の季節って、ホントそんな感じだよな」って共感す

る季節のとらえ方がある。彼女には万葉集以来日本の歌人に連綿と受け継がれている続いている優れた

「季節の発見者」としての側面がある。

 「生まれた街で」(in ミスリム)「雨のステイション」(inコバルト・アワー)「かんらん車](in

流線型’80)などの名曲の中で、この「9月には帰らない」は季節的に今頃、晩夏、初秋のどこかけだる

くもの哀しい気分に満ちた曲だ。

 歌詞は短く、多くを語らない。しかし推測するところ、主人公は海辺の街を故郷として、今都会(おそ

らくは東京)の大学生という設定。9月になって大学の夏休みは終わった。多くの友人が帰京したが、彼

女は帰らずに故郷の街に残っている。東京で知り合った彼氏と、この夏のバカンスの間に何か齟齬があっ

たのだろうか。故郷の街に程近い岬の燈台に海を見に行く。東京に出る前、高校時代まではあまり好きに

なれなかったふるさとのこの海辺の風景。今は東京で待つ彼氏から、そっと身を隠すように、潮に包まれ

るように好ましい気持ちで、海岸線を歩いている…。

 無論この先の展開を曲は語っていないが、おそらくはしばらくして、踏ん切りをつけて主人公は東京へ

帰る。彼氏のいる東京へ。しかし故郷の海を以前と違い、近しく好ましいものとして捉えられるように変

わった彼女は、以前の彼女とは違う彼女になっている。彼氏との関係も以前とは違った見方で接する大人

の女性になって…。

 後日談がある。東京から故郷に田舎教師となって帰った私が、数年後職場の研修旅行で銚子の犬吠岬に

行った。銚子の街から車で岬に着くと、目の前には330度太平洋が開け、岬の白い燈台の横の砂浜に、白

い波頭が次々と押し寄せていた、その風景を見た途端、学生時代によく聴いていたユーミンのこの曲のこ

とを思い出し、ユーミンが「9月には帰らない」で描いた海岸というのはここではないかと直感した。

 その後2,3年後にユーミンがFMラジオで、この曲をかけた時に「この歌は銚子の犬吠岬に行った時に作

った曲です。」と語り、あの研修旅行で初めて犬吠岬を訪れたときに感じた直感は正しかったんだなっと

ちょっぴり自慢したくなった日のことを今思い出す。


 今でも時々、今日のような夏の名残りの厳しい残暑と、秋の風が交錯するけだるい晩夏の日の午後、こ

の曲の収められている「紅雀」を取り出しては聴いている。(LP:TOJT-10638)(CD:CA32-1131)



P.S. 私が故郷信州へ帰って、クラシック音楽を季節感を感じて聴くような聴き方をするようになったの

は、もしかしたら学生時代にユーミンの歌に季節を感じて聴いていたことが案外ルーツなのかも知れない

そういう意味では私にとってユーミンはクラシック音楽への水先案内人だったのかも知れない。

(そういえば大学3年の頃、マーラーの交響曲第9番第4楽章とユーミンの「コンパートメント」(in 時の

ないホテル)のメロディやコードの類似性について一文を書こうかなと思っていたことを想い出した。)

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 白露( 冷涼にして露 白(かがや)く )

 古くは『礼記』に「孟秋の月 涼風至り 白露降る」とあるように初秋の景物。二十四節気のひとつ、

仲秋八月の節気「白露節」はちょうど新暦の九月七日ころ。太陽の黄経が165度に達したときにあたり

秋らしい気配が次第に強まるころである。(石川忠久の文章による)

 唐の詩聖、杜甫にそのものズバリ「白露」という詩がある。


          白露 甘子(かんし)に団(まどか)なり
          清晨(せいしん) 馬蹄(ばてい)を散ず
          圃(ほ)は開く 石に連なるの樹
          船は渡る 江に入るの渓(たに)
          几(き)に凭(よ)りて魚楽を看(み)
          鞭を回(めぐ)らせば鳥棲急なり
          漸く知る 秋実の美なるを
          幽径 恐らくは蹊(こみち)多からん


          きらきら光る露がみかんの実に丸く結ぶ季節となった
          朝早く 馬に乗ってぶらぶら出かけた
          やがて彼方に果樹園が現れ、石垣の上に木々がひろがっている
          私の乗った船は、大江にそそぐ谷川を渡って果樹園に至る
          園中では脇息(きょうそく)にもたれて魚の遊泳を眺め
          馬に乗って帰ろうと鞭を振ると、ねぐらへ帰る鳥たちが気ぜわしそうにしている
          秋のみかんが美味しく熟するのがだんだんにわかってきた
          園中の隠れた小道に、きっと人の足跡による道筋がたくさんできるだろう

                                         (石川忠久訳)

       

 秋を告げる風が吹き(モーツァルト交響曲第39番)、何回かの雨を経て、気がつくと心なしか物の影が

弱く、薄く、長くなっている。そんな季節感が今頃の信州です。

 そんな今頃の季節に、モーツァルトの弦楽四重奏曲の14番を聴いてきました。

(昨年9/15のブログ http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/11507087.html

 温暖化の影響か、昔より真昼の残暑は厳しく感じますが、さすがに朝夕は秋のたたずまいを感じる今日

このごろです。今年は昨年よりも順調に秋の訪れが来ているように思うのは気のせいでしょうか。

 
       群雀声する竹にうつる日の影こそ秋の色になりぬれ        永福門院(鎌倉末)


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