クラシック歳時記in松本 (あるいはモーツァルトとともに1年を)

今春発売の内田光子/テイトのCDでようやく好きになれました・・・モーツァルト ピアノ協奏曲第9番「ジュノム」

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   9月5日 ふれあいコンサート3        松本市音楽ホール(ハーモニー・ホール)

   武満徹/海へ III

          演奏  フルート:工藤重典  ハープ:吉野直子


   宮沢賢治/注文の多い料理店(音楽:三宅一徳)

          演奏  ヴァイオリン:島田真千子   コントラバス:池松宏

                オーボエ:宮本文昭      クラリネット:四戸世紀

                パーカッション:菅原裕紀   ギター:遠山哲朗

                ピアノ・キーボード:三宅一徳

                朗読:野沢那智


   ブラームス/ピアノ四重奏曲第3番 ハ短調 作品60

          演奏  ピアノ:ジョエル・ファン   ヴァイオリン:ジェニファー・ギルバート

               ヴィオラ:鈴木学           チェロ:上村昇



 感想をひとこと。

 ブラームスのピアノ四重奏曲第3番は僕の大好きなブラームス作品のひとつ。その最大の魅力は第3楽

章 アンダンテ ホ長調 4/4。深い情緒にみちた緩徐楽章である。

 ロマンティックな旋律にあふれるブラームスの全作品全楽章の中でも、1、2をあらそう甘く切なくロマ

ンに満ちた楽章だ。

 ピアノのシンコペーションのリズムにのって、チェロが朗々と浪漫と哀切にみちた旋律を歌い上げる。

 全体を通じて、ブラームスの人生を彩った数々の魅力的な女性たちの面影が浮かんでは消え、同時に彼

女たちの誰ひとりとも最終的には決して結ばれることのなかった男の悲哀(というよりはブラームスが選

べなかったのだ。人生を賭けることができなかったのだ。)と悔恨が切々とこちらに伝わってくる。

 その理由は明らかだ。

 彼は彼の生涯を決定づけた女性、クララ・シューマンとは決して結ばれることはなかった。生涯、永遠

に思慕の対象でしかなかった。その後出会った女性たち、アガーテ・フォン・ジーボルト(弦楽六重奏曲

第2番を捧げた女(ひと))、エリーザベト・フォン・ヘルツォーゲンベルク、ユーリエ・シューマン(シ

ューマン家の三女)、歌手ヘルミーネ・シュピースおよびアリーチェ・バルビたちは、いずれもクララへ

の愛の「形代(かたしろ)の恋」の対象でしかなかったのだ。

 先程、「全体を通じて、ブラームスの人生を彩った数々の魅力的な女性たちの面影が浮かんでは消え」

といったが、それは正確な表現ではなかった。日頃LPレコードで長年聴き込み、この曲の第3楽章を初め

て実演で聴いたのは初めてだった私の前には、やがてはっきりと見えてきたのだ。ステージの彼ら演奏者

の後ろにおぼろげながらに立つクララの姿が。

 3曲あるブラームスのピアノ三重奏曲のうちの最後、すなわち彼が42歳の時に完成したこの曲は、実は1

854年ブラームス21歳の年に3楽章形式の作品として一応の完成を見ていたのだ。

 この年、その半年前にシューマン夫妻に出会った若きブラームスの眼前に起こったこと。師ローベル

ト・シューマンの突然の自殺未遂。取るものもとりあえず駆けつけた彼の前に、6人の子と更にもうひと

りを身籠ったまま憔悴しきったクララの姿。ここから約2年、彼はひたすらクララのため、シューマン家

のために夫に代わって稼がねばならなくなったクララの演奏旅行の留守の間、子どもたちの面倒を見たり

自ら演奏旅行に同行して指揮をしたり。そして急速にクララと親密の度合いを深めていく。

 しかしその関係も1856年精神病院入院中だったシューマンが没すると(今年はシューマン没後150年!)

ブラームスは自らデュッセルドルフのクララの元を去る。35歳。14歳年上の成熟した人妻であったクララ

は、しかし彼にとっては美しければ美しいほど、魅力的であれば魅力的であるほど、思慕するだけの対象

であり、その先へ一歩進むことは北国ハンブルク出身の内気な青年にはできなかった。自分を世に出して

くれた恩師ローベルトの妻であったがゆえに。

 いずれにせよ、この曲はシューマンの死という悲劇、クララへの複雑な愛と思慕。それらが込められ、

ブラームス自身が「ピストルを自らの頭に向けている人の姿」と称したとされる程あの若きゲーテの傑作

「若きウェルテルの悩み」を彷彿とさせる気分に満ちている。 既婚女性(ロッテ(シャルロッテ))への

思いに悩み、自殺する青年(ウェルテル)。この曲が「ウェルテル四重奏曲」といわれる所以である。

 この曲に限らない。後年のブラームスの作品はこの世では成就しなかった彼のクララへの想いが音楽作

品となったものばかりである、といっても言いすぎではあるまい。

 そんなブラームス作品でもとりわけ魅力的なこの作品が、実演はもちろん、CDでもなかなか出ていない

のは残念だ。(私の聴いているのはローマ四重奏団の録音年代も分からない古いLP。HELIODOR MH5039)

 だから今回貴重なライブの機会ということで、内田光子の「皇帝」、ショスタの5番をあえて諦めてこ

のチケットを取ったというわけ。

 会場はいつものサイトウ・キネンらしく矢部達也など、同僚のプレイヤーも大勢聴衆に加わった華やか

な雰囲気で、ブラームスの始まる頃には内田光子も駆けつけ、小澤征爾の隣りに並んで座って聴いていた

 2日後の彼女のリサイタルも楽しみだ。



P.S. この曲、ブラームスのピアノ四重奏曲第3番。わが信州的古典音楽歳時記でいうと、11月、晩秋の

秋と冬を分ける冷たい雨に、舗装の道の上に踏みしだかれた紅葉の葉(桜の葉っぱなんかイイねぇ)が濡

れそぼる、そんな季節の風景の中で聴きたい曲ではある。

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 (半月以上のブランク、ごめんなさい! この時期職場が一番忙しい時期でした。)


<モーツァルトを全曲聴く>に挑戦のたぶさんのブログ『大好きがいっぱい!』の「モーツァルト:管楽

器のための協奏曲」の回(http://blogs.yahoo.co.jp/tab_jun/39301405.html )で、ホルン協奏曲第1番

K.412の第1楽章冒頭の旋律が

「これを聞くと私はなぜか、オペラ『魔笛』のパパゲーノのアリアを思い出してしまうのです。」

とたぶさんが仰ると、すかさず「ツァラストラ」ふじさんが

「わたしはロシア民謡の「トロイカ」を思い出すんですけどね。♪ふゆーの白樺な〜みきー を長調にし

た感じに聞こえません?」

とコメント。お二人の比喩がとてもよく分かるだけに、大爆(笑)。

 確かにホルン協奏曲第1番は「トロイカ」を長調にした曲とは秀逸な発想。おみごと!


 そんなユーモアのやり取りを読んでいたら、私の頭の中にも封印していたその手の発想がムラムラと

(フツフツと?)沸いてきましたよ。

 「モーツァルトの曲で「タン、タン、タヌキの金○○○♪ 」そっくりの曲があるって知ってました?

(この話題、スカトロ好きのモーツァルト自身大喜びするんじゃないかな?)さてその曲は何でしょう?

 何だかNHK-FMの「おしゃべりクラシック」や「気ままにクラシック」の「アレッ、よく聴くとどこか似

ているかもコーナー」みたいになってきましたが…。



 
 
 正解は・・・









 

 トリオソナタ集(ロンドン・ソナタ)Op.3から ソナタ ト長調 K.11


 第1楽章冒頭(そうして楽章の中に何度か出てくる)の付点リズムのメロディがそれっ。

 私の聴いているモーツァルト・トリオは鍵盤楽器がハンマー・フリューゲルなせいか、

 タン、タン、タンの音色が普通のピアノよりもそれっぽく聴こえる。(1973年録音 LP:ULS3302〜3H)

 最近出たBMGのドイツ・ハルモニア・ムンディ モーツァルト名盤撰[6](CD: BVCD-38155〜7)にも

収められていて、録音は違うがハンマー・フリューゲルなので、同じ演奏効果があるかも知れない。



 でも…一瞬(芸)ですよ。…(=_=;)




 

信州に早や秋の風

 毎夏、我が家では夕方になると、東の方から風が吹いてきて、ようやく暑さがしのげるようになる。

 その風が夕べは「ヒュルヒュルヒュルーッ」と今シーズン初めて音を立てて吹いてきた。ンー、これは

もしかして「秋を告げる風」(?)と思ったら、今朝まわりの山々を見ると、東の美ヶ原も西の北アルプス

も、この夏初めてくっきりとした濃い陰影を伴って見える。そしてまだ夕方の涼風にはまだ早い午後2時

頃から、やはりヒュルヒュルヒュルーッと音を立てて東風が庭の方から吹き込んできた。

 もう間違いない。毎年筑摩(つかま)神社の花火の夜か、お盆には吹く、秋の風第1号だ。

 依然として太陽は照りつけ残暑は厳しいのだけれど、ふと気がつくと陽の角度が低く、その分山々がく

っきりと見えるようになり、涼しさを呼ぶ風が吹く。毎年の信州の夏の中に秋の訪れを感じる季節(とき)

だ。そのことは昨年の9月6日のブログに書いた。http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/10793392.html

 去年はこの「最初の秋風」宣言が慎重になりすぎて遅くなってしまったが、だからという訳ではないが

ちと早い気もするが、このブログの読者のみなさんに「信州に早や秋の風」が吹きましたよ とお伝えし

ます。

 という訳で私の1年の生活の中で区切りになっている、モーツァルトの39番のシンフォニーを聴いてい

るところ。今年は先頃買ったばかりの1976年録音のコレギウム・アウレウムのCDで聴いています。

 (CD:BVCD-38140〜42)

 暑いといってもこの風が吹けば暑さの峠はとうに越した。残暑の中、健気にも独り立つ百日紅(さるす

べり)の鮮やかな紅い花に元気をもらって、残暑の日々を乗り切っていこう!


          涼風の曲りくねって来たりけり                     一茶

       
       秋来ぬと目にはさやかに見えねども 風の音にぞ驚かれぬる         藤原敏行

 
       君待つと我が恋ひをれば 我が屋戸のすだれ動かし秋の風吹く         額田王  


 

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 <今日のモーツァルト>

        コンサート・アリア「私は知らぬ、この優しい愛情がどこからきたのか」K.294

        ヴァイオリン・ソナタ第24番 ハ長調K.296

 1月の終わりから始まったNHK-BS「毎日モーツァルト」は、モーツァルトが30歳の年、1786年の5月初演

の大作オペラ「フィガロの結婚」K.492 登場、の7月の末でひと休み。今月は夏の特集ということで

「モーツァルトと街」「モーツァルトと女性」といったさまざまなテーマで特別番組を組んでいる。

 私も今までこの番組の進行に沿う形でブログを書いてきたのだが、何せ向こうは週に5回(5曲)のペー

スで進むのに対し、こちらは週末にやっと1日の更新ということで、時間があれば書こうと思いながらそ

のままになってしまった話題も多い。そこでこれまでを振り返って幾つかのテーマを「落ち穂拾い」して

みようと思う。「補遺 毎日モーツァルト」だね!

 6ヶ月近く見てきた番組の流れの中でまず思い出すのは、3月の終わり頃やってた、マンハイムでのアロ

イジアへの恋心と、後ろ髪を引かれながらも彼女を残してパリに旅立ってしまったところ。

 アロイジアとはマンハイムの宮廷劇場の歌手フリードリン・フォン・ヴェーバー(あの有名なカール・

マイア・フォン・ヴェーバーの伯父にあたる)の次女アロイジア・ヴェーバー、当時17歳。彼女自身も宮

廷でも歌った駆け出しの歌手で、肖像画を見ると、ふっくらした頬の純な少女だった。

 ヨーロッパでも有数の音楽都市マンハイムでさまざまな音楽仲間と知り合ったモーツァルトは、とりわ

けこのヴェーバー一家と親しくなり、一緒に演奏旅行をする中で、ソプラノ歌手として非常な才能を持っ

たアロイジアのために幾つかのアリアを作曲し、モーツァルトがピアノ伴奏をし、アロイジアが歌うとい

うsituationの中で、彼はすっかりアロイジアに惚れこんでしまったのだ。


 モーツァルトがお熱を上げた女性というのは、「フィガロの結婚」の時のナンシー・ストーラス、「ド

ン・ジョヴァンニ」の際のヨゼファ・ドゥーシェク、そしてこのアロイジアのように高い音の出る美人の

ソプラノ歌手(コロラトゥーラ)っていうパターンが一番多いみたい。

 しかしその中で、モーツァルトがその生涯で最も強く愛した女性といえば、やはりアロイジア・ヴェー

バーではなかったか。

 もちろん彼の妻はコンスタンツェ・ヴェーバー。いわずと知れたヴェーバー家の4女でアロイジアの妹

 彼女が浪費家だとか、モーツァルトを置いて頻繁にバーデン・バーデンなどの温泉地に保養に出かけ散

財し、あげくにそこで若い男と戯れて、噂を聞いてモーツァルトがやきもきするとか、コンスタンツェに

は何かといい噂はないのだが、モーツァルト自身はずっと恋女房だと思っていたみたい。

 「おはよう!かわいい女房さん。君がよく眠り、何にも煩わされず、あまり突然起きたりせず、風邪を

ひかず、身をかがめたり反らしたりしないで、小間使いに腹をたてず、戸口の敷居につまずいたりしない

ことを祈るよ。僕が戻るまで家事の心配はしなくていい。とにかく君に何事も起こらないよう!」

これは新婚間もない頃、モーツァルトが早起きをして馬の遠乗りに出かけた時に、妻の枕元に置いた走り

書きのメモ。どうですか?女性の方々、朝起きてこんな置き手紙が置いてあったら。何気ない、いや他愛

もない表現だけれど、それだけに愛情が伝わってくる、『ラブレターの書き方』の教科書なんてのがあっ

たら、是非掲載されるべき優れた女性への恋文ですよね。

 という訳で「惚れ上手」のモーツァルトのこと、奥さんを大事にしたことも確かだけれども、アロイジ

アと結婚できなかったから、その妹コンスタンツェと一緒になったという面は絶対にあると思う。いわば

「形代(かたしろ)の恋」。

 何せ外見だけ考えても「黒い髪に黒い瞳の決して美人ではない」(とモーツァルト自身が言っている)

コンスタンツェと、最初は清楚、お次は妖艶な歌姫の肖像画が残るアロイジア。面食いのモーツァルトが

どちらかを取れといわれたら、後者を取るでしょう、おそらく。そして何といってもアロイジアには、モ

ーツァルトを生涯魅了し続けた天性の美しいソプラノの声がある。(モーツァルトはすでに人妻になった

アロイジアに生涯にわたって数々のアリアを捧げている。)

 さて、話を戻して、生涯を通じて最も愛したアロイジアとモーツァルトはなぜ結ばれなかったのか。

 それはパリで就職口を探すよう父親に叱責され、泣く泣くアロイジアのいるマンハイムを離れ、モーツ

ァルトがパリに旅立ってしまったから。

 ここにモーツァルトの人生を考える上で重要な要素(だと僕が思う)である、父レオポルトへのファー

ザー・コンプレックスという問題が横たわっているように思う。

 1778年2月4日の手紙でモーツァルトは父に、ヴェーバー一家のために(つまりアロイジアのために)イ

タリアに一緒に旅行するので、アロイジアがヴェローナの宮廷歌劇場の歌手になれるよう働きかけをして

くれるよう頼んでいる。モーツァルトとしては自分のつくったオペラで、コロラトゥーラを駆使したソプ

ラノをアロイジアに歌わせ、オペラの本場イタリアで一旗上げようという目論見なのである。というより

どうしたら恋するアロイジアと長くいることができるか、そのためにどのような戦略が必要かつ父レオポ

ルトを説得できるか、世渡りに疎いモーツァルトが必死に考えた策なのである。

 しかしそれに対する父の答えは冷たかった。

 「お前が平々凡々たる音楽家として世間から忘れ去られてしまうか、それとも有名な楽長として(あく

までレオポルトの頭の中には、出世というのはどこかの楽長になるというレベルなのですね)後世の人た

ちにまでも書物の中で読んでもらえるようになるか、それはひたすらお前の理性と生き方にかかってい

る。」(1778年2月12日の手紙より)

 モーツァルトの心は揺れ動く。父の言葉にしたがってもはや就職の見込みのないマンハイムを離れるべ

きか、それとも父の意思に背いても愛するアロイジアのいるこの地にとどまるべきか。

 そんな悩める22歳の青年モーツァルトの元へ、父からの決定的な手紙が届く。

 「お前はパリに発つのです!しかもすぐに!パリに行けば世界的な名声を得ることができるのだ。」

 父にきつく戒められ、3月モーツァルトはついにマンハイムを離れる決意をする。出発の2日前、マンハ

イムの音楽仲間がささやかな演奏会を開いてくれた。曲目は、


 3台のピアノのための協奏曲K.242(ピアノ協奏曲第7番)(アロイジアが第2ピアノを弾いた)

 コンサート・アリア2曲 「静かな空気」(『レ・パストーレ』より)

            「私は知らぬ、この優しい愛情がどこからきたのか」K.294


 もちろんモーツァルトが伴奏し、アロイジアが歌った。モーツァルトにとっても、アロイジアにとって

も万感胸に迫る演奏会だったことだろう。

 「ヴェーバー嬢は僕への想い出とささやかな感謝のしるしとして、2対のレース編みの袖飾りを心を込

めて編んでくれました。別れる時、みんな泣きました。玄関の戸口に佇(たたず)み、僕が街角を曲がるま

でずっと「さようなら」と叫んでいました。」(3月24日の手紙より)

(この場面、番組では当の3月24日に放送してくれました。NHKも芸が細かいのぅ。この日使われたBGM

はヴァイオリン・ソナタK.296。モーツァルト特有の憂いを秘めた穏やかな長調の調べが哀しい。)

 ヴォルフガングよ、なぜアロイジアを残してパリに行ってしまったんだぃ?

 パリで職を見つけ、ひと旗あげてアロイジアを迎えに来ようと想ったのかぃ?

 人生は移ろいやすい。ましてや女心は移ろいやすい。時を逃がしたら、それは二度と手にはできないん

だよ!

 案の定、それからわずか9ヶ月後。パリで職を得られず、その上旅先で母も亡くした傷心のモーツァル

トは父の帰郷せよという言葉を無視して、マンハイムのアロイジアの元を訪れる。しかし一家はすでにミ

ュンヘンへ。この年の暮れ、ようやくたどり着いたミュンヘンで再会したアロイジアは、もう9ヶ月前の

アロイジアその人ではなかった。すでにミュンヘンで歌手として成功し、脚光を浴びていた彼女の心はす

っかりモーツァルトから離れていた。冷たくそっけないアロイジアの態度にモーツァルトは落胆する。

「今日はただ泣きたいだけです。…もともと僕は字が下手くそです。でも生まれてから今度くらいまずく

書いたことはありません。僕には書けないのです。心は今にも泣き出しそうです…」(12月29日父あて)

 
 それから3年半後。1782年の8月4日、ウィーンのシュテファン大聖堂でモーツァルトはアロイジア

(すでにウィーンの宮廷俳優ヨーゼフ・ランゲと結婚していた。ちなみにこの夫君は、後にモーツァルト

の肖像画の中で最も有名な、憂いを帯びた未完成のモーツァルト像を描いた、あのランゲである)の妹

コンスタンツェと結婚する。故郷にいる父の反対を押し切って。

 
 1778年22歳のモーツァルトには父の意思に背いて、アロイジアとの人生を選ぶことはできなかった。

 しかし1782年26歳の彼は、父の懇願を無視し、コンスタンツェと結婚した。

 その違いは何だろう。もちろんその間の1781年5月の大司教コロレドとの反目から故郷ザルツブルクを

飛び出し、ウイーンに新天地を求めたことが大きい。コロレド、そしてザルツブルクとの訣別は、同時に

初めて父からの独立を意味する。様々な束縛から離れ、ウイーンで自らの才能だけに頼って生きようとし

た青年モーツァルト。

 しかしその後もモーツァルトの意識にはたえず父の存在というものがあったに違いない。映画「アマデ

ウス」でも父レオポルトが死んだショックを振り払うように、というより死後も自分の中に住み続け君臨

しようとする父の影を断ち切るように、すなわち自らのファーザー・コンプレックスとの戦いがオペラ

「ドン・ジョバンニ」のモチーフだというように描かれていた。(さらには未完の「レクイエム」の謎

の依頼者に、父の幻影を見るというような味付けもしていた。)

 自らの父親コンプレックスの呪縛から逃れるほどにはまだ成長していなかった22歳のモーツァルト。

 それがために彼は、おそらくは生涯に出会った中で最も愛したであろう女性アロイジアをしっかりと離

さずに自分の元につなぎとめておくことができなかった。


 この話が私の心を打つのは、この世に生まれたいかに多くの男と女が、様々な理由から、モーツァルト

のように一生で一番好きだった人と一緒には なれなかっただろうという事実への感歎からである。そし

てその冷徹な人生の真実から多くの悲劇がうまれ、喜劇ができ、さらにはそれをモチーフにした恋愛小説

が生まれ、お芝居が存在し、芸術作品があるのだというのも、また人間世界の真実だろうと思う。

               

                涼しさや 鐘をはなるる かねの音              蕪村

 今年の夏は梅雨の間はいろいろあったが、梅雨明け後は晴天が続く、典型的な「梅雨明け十日」の安定

した真夏の日々。当地松本では暑いことは暑いが、ここ数年の異常な、terriblyな暑さというのではない

許容範囲の暑さである。何といっても夜そんなに寝苦しくなく、朝は涼しい。ウーン、信州の夏はこうで

なくっちゃと、地球温暖化への愚痴も少なくなる。

 そこでここ信州で20年近く、クラシック音楽を聴いて涼しく過ごした「真夏の一日」を再現というか、

紹介してみよう。昨年の「クラシック音楽歳時記」の夏の部と当然ダブることになるのですが、お許しあ

れ!

          ******************************

 朝5時少し前。すでに空は明るく、東の空から陽が登る気配も。窓を明けると白樺の林をぬう高原の風

のような涼しい空気が肌に心地良い。そんな夏の日の爽やかな始まりに、バッハの無伴奏ヴァイオリン・

パルティータ第1番を聴く。(http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/7608704.html


 まだ涼しさの残る午前7時ちょっと前。庭に出て芝生を踏んで、その露がひんやりと素足に心地良い。

そんな時間に聴いてみたいのが、マーラーの交響曲第3番の第2楽章と第3楽章。

 (http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/7766586.html )

 第2楽章は「野の草花が私に語ること」という幻の表題が示すとおりの、静かで控えめな緩徐楽章。

伸び放題の我が家の芝生の庭が、「ヒナゲシの野」(1907,ウィーン・オーストリア美術館蔵)とか「白

樺の生えた小作地」(1900,同館蔵)といった、同じ世紀末のウィーンで活躍した画家グスタフ・クリム

トの絵に描かれた淡い印象の草原にでもなったかのようになる。

 第3楽章は「動物たちが私に語ること」という訳で、マーラーが幼少期ボヘミアの森で動物たちを友達

に遊んだこと。年に1度の村のお祭りで広場のあちこちから聴こえてくる、回転木馬、射的、人形芝居の

手回しオルガン、軍楽隊の男たちの合唱…。それらの音がポリフォニーとなって、彼の耳にこだまする。

おもちゃ箱をひっくり返したような「大騒ぎ」の音楽。マーラーの幼い頃の思い出が一杯つまった音楽。

中間のトリオで、遠くから聞こえてくるポストホルンの響きが森、大自然への郷愁として聴こえます。


 午前8時。すでに陽は高く昇り、通勤の車が動き出し、今日もまた慌しい一日が始まる。信州の夏の一

日はダイナミックだ。涼しい朝、そこから太陽が高度を増すに従って、グングンと温度が上がり、日中は

30℃を超え、上昇した暑さは勢い余って、夕方には大粒の夕立となって落ちてくる。(遠く遠雷も聞こえ

る)そんな夏の日のダイナミックさを先取りするように、ブルックナーの交響曲第7番第1楽章を聴く。

やっぱりブルックナーの音楽の持つ自然な流れを決して妨げないワルターの演奏で聴きたいな。

http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/7995864.html


 お昼(正午)。すでに気温は30℃。盆地特有の天候で、朝夕は涼しくとも日中はグングン温度が上昇する

お昼を食べるのも少しげんなりしてしまうが、ここはひとつバッハのヴィオラ・ダ・ガンバ ソナタ第1番

を風鈴代わりにBGMとしよう。(http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/7655633.html

 ゆっくりとしたヴィオラ・ダ・ガンバのチェロに似た低音が、昼日中(ひなか)に感じるわずかな微風

のようであり、それに相和すチェンバロのコロコロと珠を転がしたような音色が、かすかな涼しさをもた

らす水滴のように感じられたら、火炎地獄の中のお慰み。このあと扇風機をかけて、お昼寝に入れたらど

んなにいいだろう。


 午後1時。こんな暑さで大脳もヒート・アップしてしまいそうな時は、昼寝に限るでしょう。

そんなお昼寝のお伴は何といっても、バッハの「ゴルトベルク変奏曲」。これが暑気払いにもってこいの

音楽だ。とりわけロシアのバイオリニスト、ドミトリ・シトコヴェツキー編曲による弦楽演奏版がいい。

  (http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/8070987.html)

  弦楽三重奏版(LP:ORFEO S 138 851 A) 弦楽オーケストラ版(CD: WPCS-21209)

 涼しげなバイオリンやヴィオラ、チェロの響きが、暑さに疲れた我々の耳にややけだるく、そして心地

よく聴こえ、うとうとと気持ちよく午睡(お昼寝)に引き込んでくれる。シエスタ、そう夏は日本人もも

っとシエスタしましょう!ラテン系や東南アジアの人たちのように。


 シエスタから目覚めたら、もう3時過ぎ。午後の残照。でもこれからはもう温度がこれ以上上がること

はない。そんな昼寝上がりのボヤッとした頭に、クリスタルなピアノの響きに刺激され、弦も気だるく、

かつ涼しく聴こえるピアノ五重奏の傑作を。シューベルトの五重奏曲「ます」です。

  (http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/8191654.html

 うまく時間に入りませんでしたが、けだるい夏の午後に暑さを忘れ、天国に遊ぶ心地にさせてくれる

2つの演奏として、コレギウム・アウレウムの

  シューベルトの八重奏曲( http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/10192385.html

  モーツァルトのセレナード第5番K.204(http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/10031520.html)も

ご推薦いたします。(追記 この愛すべきコレギウム・アウレウムのセレナード5番K.204のCDが

 7/26再発されました。(CD:BVCD-38143〜45)3枚組「ハフナー」も入ってお得です。)



 午後5時過ぎ。太陽が西の山に沈んで、ようやく暑さも一段落。我が家では庭のある東の方角から、夕

方になると風が吹いてくる。さらなる涼しさを求めて庭に水でも撒こうかという、そんなタイミングに聴

きたくなるのがハイドンのチェロ協奏曲第2番。(http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/7201367.html)

 昼からやたらチェロの曲が多いのは、一般にチェロの音というのは、無論バイオリンと比べて低音だが

ただ低いのではなくて、聴いていて何か心地よい清々しさというか、風通しの良い音に感じませんか。音

の太い分、真ん中が透けるような爽快感がある。朗々と深々と弾くと、自然に爽やかな風を起こすような

そのチェロの音色が涼しさを呼ぶように思うのです、ハイ。


 午後7時過ぎ。ようやく漆黒の闇が訪れ、夏の夜がやってきた。夏の夜。それは1年の中でもクラシック

音楽を楽しむのに最も適した時間の一つだ。(これも山国信州だからかも知れないが)昼間は35℃近い猛

暑だった夏の一日も、この時間になると漸く微かではあるが涼しくなってくる。そんな時間、あのまるで

お祭り騒ぎのような昼間の暑さ、喧騒は去ったが、何かその余韻のような、軽い興奮が体の芯に残ってい

る感覚ってありませんか?それを、心地よく鎮めてくれるような、冷やしてくれるようなクラシックの名

曲を聴いて、この夏の一日をクール・ダウンして終わらせることにしましょう。(ここ信州では窓を閉め

ても扇風機さえあれば、それができます。東京なら冷房なしではクール・ダウンもできますまい。)

まずはこの時間帯、露払いにヴィヴァルディのチェロ・ソナタ第1番を聴きましょう。

  (http://chikuma46.exblog.jp/)やはり音の真ん中が涼しく透けているようなチェロの音色が、涼

しさを呼んでくれます。

 
 さあ、お楽しみはこれからだ。火照った体に、心では熱く、しかし皮膚感覚としてはあくまでも涼しさ

をもたらしてくれる、クラシックの名曲の数々を、夜が更けるまで聴くとしよう。ここからは順不同で「

夏の夜を涼しく過ごす」候補曲を紹介していきます。


 サン・サーンス交響曲第3番「オルガン付」(http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/8486903.html

 チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番(ただしアルゲリッチがコンドラシンとやったあのスリリングな

          ライブ盤に限りますが)(http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/8772053.html

 マーラー 交響曲第1番「巨人」(できれば小澤/ボストンのフレッシュな演奏で)

                     (http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/3162830.html
 
 シェーンベルク 浄められた夜   (http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/8636286.html

 リムスキー・コルサコフ 「シェエラザード」(http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/8571935.html)

 シェーンベルク 室内交響曲第1番(http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/9430156.html

 シベリウス 交響曲第4番(http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/9528465.html

 シベリウス弦楽合奏のための組曲「恋人」作品14「ロマンス」作品42(LP: EAC-50051)

 モーツァルト フルートとハープのための協奏曲 (LP:CC-1099)

 モーツァルト セレナード第7番「ハフナー」(http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/8974370.html)

「エマ・カークビーの肖像」(ルネッサンス、初期バロック歌曲)(ルーリー/ホグウッド)(POCL-2522)


         ***************************


 さて、いくらかでも涼しく夏を過ごしていただけたでしょうか?

室内の風通しを考える、夕方、庭に水を撒くなどして、とにかく信州に住んでいるのだから、クーラーだ

けは使わないで夏を過ごしたいという思いの実現の方法の1つとしての、「夏を涼しく過ごすクラシック

音楽のすすめ」でした。では日付が変わらないうちに、今日はモーツァルトの「フルートとハープのため

の協奏曲」でも聴いて、ぐっすり眠りにつきたいと思います。おやすみなさい。ZZZZZ…




 


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