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9月5日 ふれあいコンサート3 松本市音楽ホール(ハーモニー・ホール)
武満徹/海へ III
演奏 フルート:工藤重典 ハープ:吉野直子
宮沢賢治/注文の多い料理店(音楽:三宅一徳)
演奏 ヴァイオリン:島田真千子 コントラバス:池松宏
オーボエ:宮本文昭 クラリネット:四戸世紀
パーカッション:菅原裕紀 ギター:遠山哲朗
ピアノ・キーボード:三宅一徳
朗読:野沢那智
ブラームス/ピアノ四重奏曲第3番 ハ短調 作品60
演奏 ピアノ:ジョエル・ファン ヴァイオリン:ジェニファー・ギルバート
ヴィオラ:鈴木学 チェロ:上村昇
感想をひとこと。
ブラームスのピアノ四重奏曲第3番は僕の大好きなブラームス作品のひとつ。その最大の魅力は第3楽
章 アンダンテ ホ長調 4/4。深い情緒にみちた緩徐楽章である。
ロマンティックな旋律にあふれるブラームスの全作品全楽章の中でも、1、2をあらそう甘く切なくロマ
ンに満ちた楽章だ。
ピアノのシンコペーションのリズムにのって、チェロが朗々と浪漫と哀切にみちた旋律を歌い上げる。
全体を通じて、ブラームスの人生を彩った数々の魅力的な女性たちの面影が浮かんでは消え、同時に彼
女たちの誰ひとりとも最終的には決して結ばれることのなかった男の悲哀(というよりはブラームスが選
べなかったのだ。人生を賭けることができなかったのだ。)と悔恨が切々とこちらに伝わってくる。
その理由は明らかだ。
彼は彼の生涯を決定づけた女性、クララ・シューマンとは決して結ばれることはなかった。生涯、永遠
に思慕の対象でしかなかった。その後出会った女性たち、アガーテ・フォン・ジーボルト(弦楽六重奏曲
第2番を捧げた女(ひと))、エリーザベト・フォン・ヘルツォーゲンベルク、ユーリエ・シューマン(シ
ューマン家の三女)、歌手ヘルミーネ・シュピースおよびアリーチェ・バルビたちは、いずれもクララへ
の愛の「形代(かたしろ)の恋」の対象でしかなかったのだ。
先程、「全体を通じて、ブラームスの人生を彩った数々の魅力的な女性たちの面影が浮かんでは消え」
といったが、それは正確な表現ではなかった。日頃LPレコードで長年聴き込み、この曲の第3楽章を初め
て実演で聴いたのは初めてだった私の前には、やがてはっきりと見えてきたのだ。ステージの彼ら演奏者
の後ろにおぼろげながらに立つクララの姿が。
3曲あるブラームスのピアノ三重奏曲のうちの最後、すなわち彼が42歳の時に完成したこの曲は、実は1
854年ブラームス21歳の年に3楽章形式の作品として一応の完成を見ていたのだ。
この年、その半年前にシューマン夫妻に出会った若きブラームスの眼前に起こったこと。師ローベル
ト・シューマンの突然の自殺未遂。取るものもとりあえず駆けつけた彼の前に、6人の子と更にもうひと
りを身籠ったまま憔悴しきったクララの姿。ここから約2年、彼はひたすらクララのため、シューマン家
のために夫に代わって稼がねばならなくなったクララの演奏旅行の留守の間、子どもたちの面倒を見たり
自ら演奏旅行に同行して指揮をしたり。そして急速にクララと親密の度合いを深めていく。
しかしその関係も1856年精神病院入院中だったシューマンが没すると(今年はシューマン没後150年!)
ブラームスは自らデュッセルドルフのクララの元を去る。35歳。14歳年上の成熟した人妻であったクララ
は、しかし彼にとっては美しければ美しいほど、魅力的であれば魅力的であるほど、思慕するだけの対象
であり、その先へ一歩進むことは北国ハンブルク出身の内気な青年にはできなかった。自分を世に出して
くれた恩師ローベルトの妻であったがゆえに。
いずれにせよ、この曲はシューマンの死という悲劇、クララへの複雑な愛と思慕。それらが込められ、
ブラームス自身が「ピストルを自らの頭に向けている人の姿」と称したとされる程あの若きゲーテの傑作
「若きウェルテルの悩み」を彷彿とさせる気分に満ちている。 既婚女性(ロッテ(シャルロッテ))への
思いに悩み、自殺する青年(ウェルテル)。この曲が「ウェルテル四重奏曲」といわれる所以である。
この曲に限らない。後年のブラームスの作品はこの世では成就しなかった彼のクララへの想いが音楽作
品となったものばかりである、といっても言いすぎではあるまい。
そんなブラームス作品でもとりわけ魅力的なこの作品が、実演はもちろん、CDでもなかなか出ていない
のは残念だ。(私の聴いているのはローマ四重奏団の録音年代も分からない古いLP。HELIODOR MH5039)
だから今回貴重なライブの機会ということで、内田光子の「皇帝」、ショスタの5番をあえて諦めてこ
のチケットを取ったというわけ。
会場はいつものサイトウ・キネンらしく矢部達也など、同僚のプレイヤーも大勢聴衆に加わった華やか
な雰囲気で、ブラームスの始まる頃には内田光子も駆けつけ、小澤征爾の隣りに並んで座って聴いていた
2日後の彼女のリサイタルも楽しみだ。
P.S. この曲、ブラームスのピアノ四重奏曲第3番。わが信州的古典音楽歳時記でいうと、11月、晩秋の
秋と冬を分ける冷たい雨に、舗装の道の上に踏みしだかれた紅葉の葉(桜の葉っぱなんかイイねぇ)が濡
れそぼる、そんな季節の風景の中で聴きたい曲ではある。
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