クラシック歳時記in松本 (あるいはモーツァルトとともに1年を)

今春発売の内田光子/テイトのCDでようやく好きになれました・・・モーツァルト ピアノ協奏曲第9番「ジュノム」

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 <今日のモーツァルト>

             ピアノ協奏曲第22番変ホ長調K.482(1785年 29歳)


 目下、私の一番お気に入りのピアノ協奏曲。いや、モーツァルト作品全体の中で、今一番好きな曲かも

知れない。きっかけは学生時代からずっと聴いてきたこの曲のロベール・カザドシュのピアノ/ジョージ

・セル指揮クリーヴランド管弦楽団の演奏(LP: CBS-SONY 13AC1067)の廉価盤のCD(CD: FIC ANC-48)

を偶然手に入れたからなのだが。朝につけ、夜につけこの曲ばかり聴いている。特に第3楽章ロンドは朝

夕の出社退社の車の中で必ずかけている。そしてこの弾むような付点音符の陽気な旋律を聴きながらいつ

も思う。「もし日本中のドライバーが、このロンドを聴きながら運転をしていたら、イライラとか我先に

とか思う心が起こす交通事故など絶対に起きず、毎日happyな気分で過ごせるだろうに」と。

 この22番の第3楽章ロンドは映画「アマデウス」で使われたのでご存知の方も多いことと思う。

 場所はDVDのチャプター・リストのNo.17「内情を探る」。場面でいうと、サリエリが新しいメイドを

モーツァルト邸に送り込んで、モーツァルトたちが留守の間にそっと彼の作っている作品を見ようとす

るのだが、そのモーツァルト夫妻がピアノを召使の男たちに担がせて、自分たちは馬車で皇帝ヨーゼフ

2世が待つ野外演奏会に向かい、その御前で弾き振りで演奏するのがこのロンド。皇帝らの前で得意満面

にピアノを弾くモーツァルト。それを誇らしげに微笑みながら見守るコンスタンツェ。この映画でモーツ

ァルトが最も成功の頂点にいる場面かも知れない。軽快な馬のひづめの音と、この曲のテンポの良い付点

のリズムとが絶妙にマッチしていた。

 ちなみにこの少し前No.14「父レオポルト来たる」の直前、父レオポルトが初めてウィーンのモーツァ

ルトの住まいにやって来て待っているところへ、酔っ払い、ご機嫌でモーツァルトが朝帰りしてくるとこ

ろで使われていたのが、良く似たロンドのピアノ協奏曲15番の第3楽章。この主旋律って22番のロンドが

「タ、タンッ、タ、タンッ、タ、ターン、タ」と下から音階が上がっていくのに対し、15番のそれは反対

に高い方から下がってくるだけで、曲想は極めて良く似ているってことは前に指摘したとおりです。

(6/25ブログhttp://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/38372242.html

 さてこのピアノ協奏曲22番の3楽章の魅力ってどう言えばいいんだろう。天真爛漫、朗らかで悪戯好き

な、いつものお茶目なモーツァルトがそこにいる。でもそれだけじゃない。もうそれだけじゃない。

 この突き抜けたような明るさは一種の悟りに近い。

「死は最も親しい私の友人です。」とモーツァルトは父への手紙の中で書いたといわれる。

なぜ彼は若くしてそのような死生観を持ったのだろう?パリでともに旅先にあった母の死を目の当たり

にしたから?

 とにかくこれまでのような、いつもの陽気で底抜けに明るいモーツァルトの長調の曲なのに、なぜかこ

の曲の、それもフィナーレを聴いていると、その陽気さ、底抜けの明るさは「人間、いつかは死ぬんだ」

と悟りきった先にあるもの。「だから生きているうちが花なのさ。やりたいことをやって明るく生きよう

よ。」というモーツァルトのメッセージのように聴こえて、その至るところでその明るさに思わず涙ぐん

でしまうほど感動してしまう。

 せっかくCDでも聴くようになったので、デジタルにその箇所を指摘しよう。

 まずピアノがいきなり主旋律を奏で、オーケストラが和する冒頭の提示部が一段落したあとの、CDの演

奏表示でいうと1:20秒前後、オーケストラの3連附が「ザッ、ザッ、ザッ」とリズムを刻む中、静かにピ

アノが滑り込んでくるあたりのピアノのタッチのゾクゾク感!

 そして楽章の中間部メヌエット (CD 4:00前後から始まる)アンダンティーノ・カンタービレ、変イ長

調 。まず管に出て、次いでピアノがなぞるこの旋律こそ、平行して作曲していた「フィガロの結婚」の

あの大団円で流れる、アルマヴィーヴァ伯爵が自身の浮気心への許しを乞い、伯爵夫人がそれを許す♪pe

rdono♪(許したまえ)の旋律を思い起こさせる。映画「アマデウス」をご覧の方は、あの映画の中で最

も印象的な場面のひとつである、息子の世俗的な栄達を望む父レオポルトと、これまた世俗的な幸せな生

活を夢見るコンスタンツェが言い争いをする中で、ひとり仕事場にあるビリヤード台の上で玉を転がしな

がら「フィガロ」の作曲を続ける孤独なモーツァルトの姿に重なるあの旋律がこの♪perdono♪の音楽だ

 かつて「セビリアの理髪師」ではあんなに情熱的に愛してくれた夫が、長いこと愛の言葉を掛けてくれ

ることもなく、フィガロと結婚しようとする侍女スザンナに手を出そうとしている。この自分がスザンナ

に変装しているのにも気づかず、くどきの言葉を連ねる夫を、それでも「許そう」とする伯爵夫人。彼女

の心は、我々東洋風にいえば「諦観」ということになるのだろうか。そして「許し」の旋律はそのまま

我々にとっては「癒し」の音楽になる。

 「いずれ人は死すべきもの。だからこそ人生明るく生きようじゃないか。深刻ぶっていたってしょうが

ない。」モーツァルトという作曲家の音楽にも彼の人生そのものにも、「諦観」にも通じた、人生の達人

ともいうべき決然としたものを感じる。このピアノ協奏曲第22番は、底抜けに明るい楽想だけに、その

ことを聴く者に強く意識させる一曲だ。

 そういう想いがこみ上げてくるのを禁じえぬまま、いよいよ曲の大団円(CD 9:30秒過ぎ)にやってく

るピアノの最後のモノローグでは、もうこらえられない。「田舎っぺ大将」の大ちゃんの鼻ちょうちんの

ような大粒の涙がちょちょ切れてしまう私であります。


 この曲は1785年の12月23日、ウィーンはブルク劇場で皇帝ヨーゼフ2世臨席のもと開かれた、音楽家の

遺族たちのためのチャリティー演奏会で初演され、その第2楽章アンダンテ ハ短調がアンコールされた

という逸話を持つ。

 また第1楽章ではティンパニーも活躍する、快活かつ堂々としたスケールの大きな協奏曲で、私個人的

にはモーツァルト全27曲のピアノ協奏曲の頂点に立つ作品と今は考えています。

 仮にこの曲が頂点とすると、モーツァルトの後期のピアノ協奏曲は

                   22番
                 21番  23番
               20番      24番
             19番          25番
           18番              26番
         17番                  27番


という興味深い前後のシンメトリーが成り立つと思うのですが,如何でしょうか?


 演奏は前述したロベール・カザドシュのピアノ、ジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団の1959年

の録音を好んで聴いてます。この自然児のような演奏に慣れ親しんでいると、評判のバレンボイムの弾き

振りの演奏などは、あたかも「フルトヴェングラーのモーツァルト」とでもいうような、テンポを動かす

やり方に不自然さを感じてしまうのであります。


   






 

 <今日のモーツァルト>

              弦楽四重奏曲 第18番 イ長調 K.464(1785年 28歳)

              弦楽四重奏曲 第19番 ハ長調 K.465(1785年 29歳)

              ピアノ協奏曲 第20番 ニ短調 K.466(1785年 29歳)

              ピアノ協奏曲 第21番 ハ長調 K.467(1785年 29歳)

 
 前回のブログでSQ(弦楽四重奏曲)第18番K.464のことを書いていて、ふっと、モーツァルトの弦楽四

重奏曲の最高峰といわれる「ハイドン・セット」全6曲の最後の2曲、第18番と第19番。それにピアノ協奏

曲の短長、対をなす2曲の傑作、第20番、第21番の合わせて4曲がケッヘル番号でいうと、464、465、466

467と、ひと続きになっていることに気がついた。(NHK-BSの「毎日モーツァルト」でも7月に入り、この

4曲がほぼ立て続けに紹介された。)

 実際これらの曲はいずれも、1785年の2月から3月のほぼ1ヶ月の間に演奏会のために急いで作曲され、

そして披露された。まず2月11日のメール・グールベでの予約演奏会のために大急ぎで作曲されたのがピ

アノ協奏曲の20番 K.466。この日演奏会に招かれ、初めてザルツブルクからやってきた父レオポルトが

ウィーンのモーツァルトの住まいで見たのは、気ぜわしく3楽章の写筆真っ最中の息子の姿だという。

 次いで翌2月12日には、通称モーツァルト・ハウス(当時のモーツァルトの住居)でハイドンを招いて

の2回目の弦楽四重奏曲の演奏会が開かれ、18番K.464と19番K.465が披露された。

 さらに3月10日にはブルク劇場の予約演奏会で、これまた前日完成したばかりのピアノ協奏曲21番が

演奏された。

 父レオポルトの娘ナンネルへの手紙でも分かるように、ウィーンでの当時のモーツァルトの生活は多忙

を極めていた。午前中は名家の子女へのピアノのレッスン。夕方からは予約演奏会。作曲の時間は午後の

ひとときと、演奏会が跳ねたあとの真夜中。「弟は深夜1時よりも早く寝たことがありません…」

 以前からあらゆるジャンルに及ぶモーツァルトの作品群のうち、最も傑作揃いのジャンルは弦楽四重奏

曲とピアノ協奏曲だと何度も述べているが、その中でも弦楽四重奏の18番、19番とピアノ協奏曲の20番、

21番はそれぞれのジャンルの最高峰を成す作品だと思う。(ピアノ協奏曲では次の22番、23番が最高とい

う声もむろんあると思いますが。)それがこんなにも踵を接するように次々と同時期に出来上がっている

とは…。自分的には天才モーツァルトの音楽人生の中でも、この1785年頃がその創作活動のピークだった

のではないか。今回「毎日モーツァルト」を視聴して強く感じたことのひとつです。

 それぞれの曲についてはPf協20番を除いて、すでにこのブログで紹介、コメントしてあるので、そちら

を見ていただくとして・・・

       SQ18(2006 7/16 http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/39305340.html )

      (ハイドンの弦楽四重奏曲をたゆまぬ研究心で徹底的に研究し尽くした努力

       の結晶。それを感じさせぬ自然な「しみじみとした」大人の逸品。)



       SQ19 (2005 5/28 http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/3639572.html )

(通称「不協和音」「形式と内容の一致、モーツァルトの美しい旋律と転調の妙が

       弦楽四重奏というがっちりとした形式の中に完璧に調和した作品。」)


       ピアノ協奏曲21(2006 1/14 http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/23418928.html )

      (冬の暖炉の前で聴きたくなる。外の寒さに縮込んでいた身体が、暖炉の温もりで徐々に

       ほぐれ、張りつめていた気持ちまでホッとして溶けていくような、何気ない幸福感に包

       まれながら炎を見つめる。そんな時に聴きたいのが、この曲の第21番の第2楽章。)


 ここでは「毎日モーツァルト」のピアノ協奏曲第20番ニ短調 K.466の回の作家石田衣良のコメントを

紹介するにとどめる。

 「モーツァルトは短調の曲ってすごく少ないんですけれど、モーツァルトの短調の曲というのはどれも

すごく傑作が多いんですよ。でそれは日本人にとってすごく分かりやすいものだと思いますね。ちょっと

怖いくらいのせっぱ詰まった感じっていうのがあるんですよね。普段はそういうのをめったに出さない人

なのに、この20番では追いかけられて逃げて行く感じというのが出ていますから、それは本当にモーツァ

ルトの曲には珍しいものですね。」

(20番についてはまた回を改めて。実はこの頃からモーツァルトのそういった表現は目立っていくとい

うことをテーマに…。)

 それともうひとつ、21番のピアノ・コンチェルトの回のゲストの料理研究家の服部幸應氏のコメントが

個人的に良かったと思うので、紹介します。

「ピアノ・コンチェルト21番(第2楽章)というのはね、自分にとっては子守唄とつながるような、自分

の心の中では母とのつながりも感じるし、大地とのつながり、星のキラキラ光っている夜空ともつながる

それも夏の空でも、秋の空でも、冬の空でも(春の空はね、曇ってることが多いので見たことないけれど

も)3つの中でね、いつ聴いてもいいですよ、これ。砂浜にバタンと大の字に寝て、よく夜、星を見てる

んですよ。これは沖縄の海なんか多いんですけど、でフッと気がつくと頬の辺に雨なんか落ちてきたこと

もあるんですよ。でもまたスーッと晴れるんですよ。それがまた何か人生のね、自分が大の字になって、

上を見た時に、あぁ、モーツァルトって自分が今まで生きてきたのも、またこれからの自分の人生みたい

なものも含めて、何か大きく体の中に生きているんですね、あのメロディというか。あの作曲っていうの

は、天才だと思いますね。」

 蓼科の森の中で、大自然とモーツァルトの音楽とが一体となっていることを感じた滝田栄のように、服

部氏もまた、沖縄の海岸で星を見つめながら、大自然の律動のように自分の体の中にモーツァルトの旋律

が鳴っているのを感じている。「クラシック音楽歳時記 in 沖縄海岸 at night」だ。

 さて本題に戻って、これらの作品ができ上がった1785年初めというのは、モーツァルトにとってどんな

時だったのだろう。ウィーンに本拠を置いて活動するようになって丸4年。当時のウィーンの聴衆の好み

にもしっかり習熟した上で、自分の本当に書きたい曲を書ける術をしっかりと獲得した時期といってよい

だろうし、おそらくは翌年完成する「フィガロの結婚」。音楽家モーツァルトの金字塔と誰もが認めるこ

の最高傑作の完成に向けて、平行して着々と準備しつつあった、彼の創作活動の最も脂がのった頃だった

といって過言ではないだろう。

<今日のモーツァルト>

   弦楽四重奏曲 第16番 変ホ長調 K.428 (1783年 27歳)
   
   弦楽四重奏曲 第18番 イ長調 K.464 (1785年 28歳)


「僕はロック少年だったから、やっぱり自分の音楽体験の出発点はギターだと思うんですね。だからど

ちらかというと、弦楽器を多く聴くかもしれません。しかしどんな音楽を聴いてても、どんな楽器でも好

きですね。最近ますますそうです。いろいろな楽器、それぞれ個性を持ってますからね。いまだに弦楽器

は、他よりも少し深くなじんでいるかも知れません。クラシックとなると、そうですね、弦楽四重奏曲は

わりと好きです。個別のメロディの絡みあい方が、楽器の数が少ないほど良く分かるんですね、聴いてて

モーツァルトはやっぱりメロディ(旋律)の天才ですから、そういう形で聴くと彼のすごく「らしい」とこ

ろが満喫できるような、そんな感じがします。」

 NHK-BS「毎日モーツァルト」の弦楽四重奏曲第18番の回で、ブロード・キャスターのピーター・バラカ

ンが弦楽四重奏曲の魅力について、こう語っていた。

 イギリス出身(たぶん)のこの人やC・W・ニコルさんには、とても好感が持てる。日本を愛し、日本文

化に深く触れることによって、ある意味現代の日本人以上に日本人らしい奥ゆかしさを獲得している。そ

して彼らが語る日本語は我々以上に正しく、きれいな日本語で、穏やかで、謙譲の美徳に溢れている。

 物静かで控えめなバラカン氏の語り口が、すでにモーツァルトの弦楽四重奏曲の魅力そのものを表現し

ているとも言えるが、私にはこの発言に思わす膝を打つものがあった。

 前々からクラシックではピアノよりも弦楽器の音色が好きだといろんな回で言ってきたが、なぜそう

なのかは自分でもよく説明できなかった。

 小さい時にピアノのお稽古に通うというようなことがなく、ピアノという楽器に親しみを持つ機会がな

かったのはもちろんだが、その他に理由があったのだ。つまり僕の音楽体験の始まりもロック、それもビ

ートルズの音楽、つまりギター、つまり弦なのだ!

 小6でジョージ・ハリソンの「マイ・スイート・ロード」で音楽の世界に入り、中学では先祖返りでビ

ートルズにはまり、高校ではビートルズ以後の70年代ロック、とりわけイエスなど、イギリスのプログレ

ッシヴ・ロックをよく聴いていた。

 そんな自分がご他聞に洩れず中1の音楽の最初の時間にヴィヴァルディの「四季」の洗礼を受け、クラ

シック音楽という、それまでの自分の生きてきた世界とは無縁のような世界がこの世にはあることをちょ

っぴり知り、中2で遊びに行った友達の家でドボルザークの「新世界」のレコードを聴かせてもらい、40

分もする長いクラシックの曲を初めて飽きずに通して聴け、そして中3でやはり別の友達の家で当時のFM

番組雑誌に載っていた松本零士氏の「不滅のアレグレット」と題した大指揮者ヴィルヘルム・フルトヴェ

ングラーの伝記漫画を読み、その年の大晦日に繰り返し繰り返し聴いたベートーヴェンの7番のシンフォ

ニーと出会うことで、決定的となった。自分にとってクラシック音楽がこの世で一番の大切な友になった

ということが。

 前ふりで随分長くなってしまったが、要するに自分がなぜ弦の方に親しみを感じるようになったか

という長年の疑問が、バラカン氏の言葉で氷解したのだ。多謝!多謝!!

 と同時に、自分がなぜモーツァルトのおびただしい作品群の中で弦楽四重奏という、いささか渋くて地

味なジャンルに親しみを感じているのかも代弁してもらったような気がする。

 「個別のメロディの絡みあい方が、楽器の数が少ないほど良く分かる。」「そういう形で聴くとメロデ

ィの天才としての彼のすばらしさ、モーツァルトらしさが満喫できる。」

 これに先日、池内紀が「毎日モーツァルト」で語った「弦というのは文字通り糸を捻ったり、ほぐした

り、弾いたり。音が非常に優しいのと、柔らかい。それがもつれあって、特に弦楽の場合は悪戯坊主たち

が転げ廻って遊んでいるっていう感じがするんですよ。」という言葉を足せば、弦楽四重奏の魅力はあら

かた語り尽くしてもらったかのようだ。

 加えてこの16番と18番という、ハイドン・セットといわれるモーツァルトの6曲の弦楽四重奏曲の中で

も最も地味(と一般には考えられているよう)な2つの曲は、浮わついたところのない「成熟した大人の音

楽」としての魅力に満ち溢れている。

 
 まず件のバラカン氏がコメントした18番の弦楽四重奏曲イ長調K.464。実際に弦楽カルテットを演奏

する立場で、これこそモーツァルトの弦楽四重奏曲の最高傑作であると断言する人がいる。

(井上和雄「モーツァルト 心の軌跡 −弦楽四重奏が語るその生涯ー」(音楽之友社)1989年)

「これこそ弦楽四重奏中の弦楽四重奏、僕らが愛してやまない最高の音楽である。」(同書220ページ)

いわば「玄人好み」なのだ。その証拠にあのベートーヴェンがこの曲を大変気に入り、その第4楽章を筆

写したというのは有名な話である。

 振り返ってみよう。モーツァルトがハイドンの「ロシア四重奏曲」と呼ばれる6曲の弦楽四重奏曲を書

いたのが1781年。モーツァルトはこれらに強い刺激を受けて、1782年から1785年にかけて6曲の弦楽カル

テットを書き、これらを次の有名な献辞とともにハイドンに捧げたのがいわゆる「ハイドん・セット」で

ある。「親愛なる友、ハイドンへ。ひとりの父親が、広い世間に彼の子どもらを送り出そうと決心した結

果、しあわせな偶然によって、最も親しい友人となった高名なお方の手にゆだね、その保護と指導をお願

いするのが、小生の義務だと存じます。敬愛する友よ、ここに6人の息子をお送りいたします…。」

 そのうち18番は次の19番「不協和音」と並んで、ハイドん・セットの最後の2曲として、1785年1月に、

自宅にハイドンを招いて聴かせるため、急いで上梓した作品といわれている。

 ちなみにそれから1ヶ月もしないうちに(僕が、モーツァルトが晩年聴衆と離反し困窮のうちに死んで

いく原因となったきっかけと考える、そしてここからロマン派音楽が始まったと考える)ピアノ協奏曲第

20番ニ短調が、3月にはピアノ協奏曲第21番ハ長調が生まれる。さらに幻想曲ハ短調K.475、ピアノ四重

奏曲第1番ト短調K.478がこの年作られ、翌1786年にはあの不朽の名作「フィガロの結婚」が誕生する。

アルフレッド・アインシュタインがいうように「1784年から1785年という2年間はモーツァルトの創作活

動のハイライト」といってもよいだろう。

 第1楽章 アレグロ イ長調。地味な、しかし十分に落ち着いた大人の風格の第1主題である。この曲は

実はこの第1楽章第1主題のモティーフが曲全体、すべての楽章に顔を出す極めて有機的な手法がとられて

いる。この第1主題がすぐにイ短調に転ずるのも見事というほかない。ただひたすら、この平凡だが幸せ

な旋律だけが延々と続いていく。自然さの極みのような耳に心地良いメロディ。眠りを誘うような1/f

すなわち「揺らぎ」の曲というべきだろうか。

 第2楽章 メヌエット イ長調。第1楽章と拍子も同じ3拍子。揺らぎの音楽という雰囲気は継続する。

 特徴的なのは第3楽章 アンダンテ ニ長調。主題と7つの変奏曲から成る、僕の好きなバリエーショ

ン。そして極めつけにユニークなのが第6変奏。何とチェロの伴奏がひたすら「タンタン、タンタン、
 
タンタカタッタ」というまるで太鼓連打のようなリズムを刻みつづける。このチェロのリズムを聴いてい

るとモーツァルトの音楽が完全に時代を超えていることが分かる。シュールなのだ。

 第4楽章 フィナーレ アレグロ イ長調。ポリフォニックな下降する旋律(あの偉大な41番「ジュピ

ター」シンフォニーの第4楽章を想起させる)がその後、フーガにも取れ、ソナタ形式にも取れる自在な

展開で、透明に流れていく。

 ひとことでいえば「平凡なようでいて、実はシュールな」渋い、「違いの分かる男」(どこかのインス

タント・コーヒーの宣伝文句じゃないが)にしか分からぬ作品といえようか。

 
 一方第16番変ホ長調K.428は、1783年8月にモーツァルトが妻コンスタンツェを伴って初めてザルツブ

ルクに里帰りする直前に書かれたといわれる。

 この曲について「毎日モーツァルト」では、あの平野クン(平野啓一郎)が「この曲1曲で、その後の

クラシック音楽の展開をすべてやり尽くしてしまった感のある曲」というふうに紹介している。

 ウーン、恐るべし平野啓一郎。彼に代わって彼の言わんとすろところを語ってみよう。

 まず第1楽章冒頭の2拍目でいきなりオクターブ上昇する、平野クン流に表現すると「何かちょっと変

な」旋律。これは以前説明した、同時期に作曲された「ハフナー」交響曲や、弦楽四重奏曲の15番の冒頭

でも見られる「音の跳躍」で、その当時のモーツァルトのお気に入りの表現だったのかも知れない。

 そしてこの冒頭の旋律が長調なのに、そこはかとなく淋しげで儚げな短調のようなたたずまいなのも

非常に印象的である。そのはかなさは、例えれば日本映画の傑作、鬼才森田芳光監督が漱石の文学世界に

挑戦した「それから」(松田優作主演)に出てくる薄幸のヒロイン美千代を演じた藤谷美和子が醸し出し

ていた淋しさ、はかなさ、といったら分かっていただけるだろうか。(無理?)

 そして極めつけは、第1楽章をはじめ、この曲全体を通じて明白な「半音階的なメロディの進行」の多

用。19Cを待たずして、モーツァルトはあのワーグナーの専売特許をこともなげに使っていたのだ。すべ

てのロマン派的表現は、実はモーツァルトに始まる?

 さらに第2楽章 アンダンテ・コン・モートでは何と旋律らしい旋律、メロディらしいメロディがな

くなっているのだ。旋律がなく、チェロの分散和音に代表される和音の微妙な変化のみで、曲を進行させ

ている。これはシューベルトの世界?あるいはワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」の世界?ロマン派

の先駆というより、ロマン派を飛び越え、20Cの現代音楽の幕開けのような新鮮な手法。

 平野クンの言いたかったのはこれらのことではないだろうか。

 14番ト長調K.387がコスモスの影が薄くなった9月中旬の信州の風景ならば、この16番K.428は秋の

長雨が済んで、ススキの穂の影が一層薄らいで見える9月終わりから10月はじめの信州の秋の透明な風景

のような、徹頭徹尾「しみじみとした」感じの支配する曲なのである。


 演奏は16番がおなじみのウィーン・アルバン・ベルク四重奏団の旧盤(LP: K17C-8319)

 18番はカール・ズスケが第1バイオリンを務めるベルリン弦楽四重奏団(LP: OC-7293-K)

 ズスケのバイオリンはアルバン・ベルクのピヒラーほどの煌びやかさはないが、人柄を表わすような、

衒いのない誠実な演奏である。

        モーツァルト ピアノ協奏曲第17番ト長調K.453(1784年 28歳)

 
 この曲は昔から僕の大好きな曲だ。僕にとって「お気楽モーツァルト」「陽気なモーツァルト」といっ

た時に代名詞のように頭に浮かぶ、オペラ・ブッファにも似た曲である。底抜けに明るい陽気さが、いか

にもモーツァルトらしい。

 まず第3楽章フィナーレを聴いてほしい。これはまるであの「魔笛」に登場するパパゲーノの旋律では

ないか!「ホイサッサ、エサホイサッサ、サッサ、サササのサ」と聴きながら、思わず合いの手を入れて

しまうようなおどけた節回し。人生最初に作曲したクラヴィーア・ソナタK.1から最晩年の「魔笛」まで

モーツァルトの中に生涯流れ続けたメロディなのだろう。モーツァルトその人をこの1曲に凝縮した曲と

いってもいい。

 ところが今回「毎日モーツァルト」で新発見があった。(それとも僕が知らないだけだったのか?)

 件のフィナーレの旋律、実はこれ、作曲当時モーツァルトが飼っていた「ムクドリ」のさえずりを模し

た、いわば「ムクドリ」のテーマだったという。モーツァルトが鳥かごの中のむく鳥をつっつきながら、

鼻歌まじりに浮かんできたのが、この曲というわけだ。

 1784年の春、モーツァルトの家計簿にはこの時のむく鳥を購入した記録がつけられているという。

         「むく鳥34クロイツァー、それはきれいな声だった。」

 そしてその言葉と一緒に、このピアノ協奏曲第17番第3楽章冒頭の旋律が五線譜に書き込まれていたと

いうから間違いない。確かにこれは「むく鳥」のテーマなのだ。(しかしピアノ協奏曲「むく鳥」じゃネ

ーミングとしていまイチだよね。)

 さらに何とナント、モーツァルトにはそのむく鳥に捧げた一篇の詩が残されているという。それがまた

傑作だ!

              いとしの道化  一羽のむく鳥

              憎めないやつ

              ちょいと陽気なおしゃべり屋

              時にはふざける いたずら者

              でも あほう鳥じゃなかったね

 
 これって何?詩なの?語呂も悪ければ、別に韻を踏んでるわけでもなさそうだし、詩を捧げると称して

モーツァルトがふざけてるとしか思えないですよね。TVの前で思わず声を出して笑ってしまった。

 鳥かごの前で突っつきながら、鳴き声を真似しながらむく鳥と戯れているモーツァルト。彼こそ「魔

笛」の鳥指し男。パパゲーノはやはりモーツァルトその人だったんだなと、妙に納得してしまう。

 この曲が作られた1784年というのは、午前中は貴族の子女へのピアノのレッスン、夜は個人演奏会とい

った生活がいよいよ軌道にのり、暮らしぶりも豊かになっていた。そこへ妻コンスタンツェの2度目の妊

娠が分かり、モーツァルト夫婦は喜びに包まれる。そんな生活のゆとりから生まれたモーツァルト一流の

ユーモア溢れる1曲というのだが、はたしてそう単純に考えていいものだろうか。少なくとも僕にはそう

は思えない。

 その週の最終日に出てきて、次のピアノ協奏曲18番の第2楽章の魅力を語った作家の赤川次郎はモーツ

ァルトのことを「やっぱり淋しい人だったんでしょうね、きっと。短調の曲を聴いていると、ただきれい

な旋律だけでは飽き足らない人だったんだなって思います。」といった。

 この18番変ロ長調K.456は第2楽章ト短調の緩徐楽章が有名だが、この身も世もないような哀しみの調

べはモーツァルトの作品の中でも、「協奏交響曲変ホ長調K.364」の第2楽章やポストホルン・セレナー

ドニ長調K.320の第5楽章アンダンティーノ(どちらも4/23のブログ

http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/34021349.html参照)、「フィガロの結婚」の侍女バルバリーナの

カヴァティーナ「なくしてしまった」などに匹敵するほど痛切だ。

 ところがこの18番のピアノ協奏曲ができた頃、モーツァルトには待望の次男カール・トーマスが授かっ

ている。普通に考えればこの曲に喜びを爆発させてもいいはずと思うのだが…。

 逆に底抜けに明るい17番はむしろ、最初の子テオドールを失って9ヶ月あまり。哀しみに心の中にぽっ

かりと空いた空白を埋めるため、慰めるために飼い始めたのが件のむく鳥ではなかったか?そして

 鳥かごの中でさえずるむく鳥に癒され、モーツァルトは悲痛な心を隠し、努めて陽気にふるまい、オペ

ラ・ブッファのように、深刻さの微塵もない万人を楽しませる曲を書いてくれたのではないだろうか。

 モーツァルトのピアノ協奏曲17番は、そういう曲だと私は思う。

 以下3つの楽章の印象を簡単に述べる。

 第1楽章 アレグロ  軽やかな第1主題が滑るように転がるように始まる。一聴してすぐにオーケス

トラの充実ぶりに気づく。とりわけオーボエ、フルート、ファゴットといった管楽器の活躍が印象的だ。

前々からウィーンに来てからのモーツァルトの作品は、ザルツブルク時代に作られた曲とどこが違うのか

気になっていた。私見ではクラリネット、バセット・ホルンなどに代表される管楽器の扱いがよりうまく

なって、弦と管とのバランスが絶妙になり、作品に深みと奥行きが出てきたといえるのではないかと思

う。過去にも管だけのディヴェルティメントなどもあるにはあったが、どちらかといえばザルツブルク時

代の曲は弦主体の、澄み切ってはいるが、やや単調な一筆書きのような曲が多いのに対して、ウィーン時

代の作品は弦と管がうまく溶け合った、ふくらみのある充実したものが多いように感じる。一番印象的な

のがファゴットの使い方がうまいこと。その音色が効いて曲にふくらみと陰影が増している。

 第2楽章 アンダンテ 緩徐楽章  静かに始まる長い長いオーケストラの序奏。長調なのにどこかほ

の暗い、清澄とした癒しの音楽。オーボエ、フルート、ファゴットと受け継がれる主旋律。ようやくピア

ノがそこに加わる。憧れに満ちたピアノのモノローグ。だが次の瞬間には一転して短調へ。たったひとつ

の和音でピアノは何事もなかったかのように長調から短調へ。心に沁みるピアノの短調の調べ。そしてま

た長調の世界へ。この静かなモーツァルトの世界には長調も短調ももはや関係がなくなる。ひたすら緩や

かに、伸びやかに、くつろぐことのできる癒しの世界。あのコケティッシュな両端楽章に挟まれたとは思

えない静謐な世界。数あるモーツァルトのピアノ協奏曲の第2楽章でも出色の出来ばえかと思う。モーツ

ァルトを聴く喜びここに極まれり。

 第3楽章 アレグレット 終楽章。 件のパパゲーノを思わせる旋律(実は むく鳥のテーマ(笑)と5つの

変奏からなる。この曲を聴いて心弾まない人、体が自然に動き出さない人はいないだろう。軽妙でコミカ

ルな主題が例によって、オーボエ、フルート、ファゴットの順番に受け渡される。第4変奏でやや短調で

神秘的な曲想になるも、第5変奏、プレストのコーダでは一転して「今のはウソ泣きでした。アッカンベ

ーッ」とでもいわんばかりに、最後はホルンが加わって、ドタバタ劇のオペラ・ブッファのような賑やか

な大円団でお開きに。

 しかめっ面をしている人に、肩に力が入りすぎている人に「元気出せよ、力みすぎるなよ。」って、落

ち込んでいる人に「人生そう捨てたものじゃないよ」って、ポーンと肩を叩いてくれるような、モーツァ

ルトその人のような1曲である。

 演奏は学生の頃から愛聴しているロベール・カザドシュのピアノ、ジョージ・セル指揮クリーブランド

管弦楽団(1968年)のもの。(CBS SONY 13AC1066)前回の15番とセットになったものだが、15番よりず

っと音がいい。確かにオーケストラのトゥッティ(強奏)ではやや荒い音になるものの、オーボエ、フル

ート、ファゴットの木管トリオの音がほの暗く、生々しく、明晰に聞こえて気持ちが楽しくなる。


  この曲を聴かずしてモーツァルトを語ることなかれ。

 



 





 

              

 

 

 
  
     モーツァルト ピアノ協奏曲第15番変ロ長調K.450(1784年 モーツァルト28歳)


 滝田栄は文学座、劇団四季出身の俳優。NHK大河ドラマ「徳川家康」の主演をされて以来久しぶりにそ

の姿を拝見したが、その誠実そうなお人柄を感じさせるとともに、家康の頃から全然変わらない若々しさ

に脱帽した。その滝田氏がモーツァルトのピアノ協奏曲第15番についてこう語っている。

 「僕は長野県の蓼科の森の中に住んでいるんですけど、その森の中でね、たとえば春の雪解けの水のせ

せらぎの音とか、新緑の緑の喜びとか、空の色とか、あと、深い森に沈んでいく太陽の輝きの荘厳さとか

そういう自然の喜びとか自然の中の命というものと、モーツァルトの曲のメロディが共鳴しあっているの

がよーく分かるんですね。『ひとつだ』と。『あぁこれひとつだ』という感じがすごくするんです。で、

果たして自然に対する讃歌だけなのかなっと思うとそうじゃなくて、この曲が自然を讃えながらなおかつ

もしかしたら一人の美しい女性に捧げたラブレターなんじゃないかって、フッと思うような感じもするん

ですね。非常に面白いですね。そういうことを感じさせてくれるんです。」(NHK-FM「毎日モーツァル

ト」)

 毎日を高原の森の中で暮らし、そこで音楽を聴く喜びに触れていればこその言葉。梯剛之にとっての

ピアノ協奏曲12番のように、これはまさに「滝田栄のクラシック音楽歳時記 in 信州蓼科」だ。

 しかもこの15番、時期的に近いこともありその12番に印象が大変よく似ている。したがって梯の12番へ

の賛辞、たとえば「若葉が芽吹いてきて、若葉が育っていくような明るい感じ、天から光が注いで来るよ

うな、何か軽い香りがしてくるような感じ、小鳥もホントに啼いていたり」というような形容が、そのま

まこの15番の第1楽章にも当てはまる。

 つまり滝田氏のように信州の自然の中で、森の木々のそよぎや匂い、動物たちの気配、季節の移り変わ

りを間近に肌で感じて毎日を過ごしている人や、都会といいながらも未だモーツァルトが生きていた時代

との連続性を日々感じ取ることができるウィーンという街に身を置く梯さんのような人には、本当に自然

に身近に感じられる「生活のBGM」のような曲なのだろう。

 自然であること、ナチュラルであること、自分に正直であること。そうで在る人にとってはモーツァル

トの音楽は空気のように心地良い、また無くてはならないもの。またそのような人はいつまでも若々しい

久しぶりに見た滝田栄が昔とまるで変わらないように見えたのは、きっとそのせいだろう。(彼のHPで彼

が仏教に大変造詣が深く、仏陀の足跡を訪ねながら足かけ3年インドで禅修行を重ねたことなどを知りま

した。)

 さて我らがモーツァルトが音楽の都ウィーンに出てきて3年。彼のピアノ協奏曲やハルモニー・ムジー

ク(当時流行った管楽アンサンブル)を主要レパートリーとする、彼個人の予約演奏会が大盛況。加えて

演奏者としても当代一のヴィルトゥーゾ・ピアニスト、人気ピアニストとして華々しい活躍ぶり。彼のウ

ィーンでの人気の絶頂の時期といっていいでしょう。

 この頃ハイドンはモーツァルトを「人柄においても名声においても、私の知っている最大の作曲家」と

称したといわれるし、モーツァルト研究家のアルフレッド・アインシュタインはこの84年から2年くらい

が「モーツァルトの器楽作曲の頂点」と呼んでいる。

 その高揚感が、この曲の両端楽章に見られるような溌剌さ、元気のよさ、陽気さに出ているような

気がする。

 そういえば、あの映画「アマデウス」にもこの曲の第3楽章が登場する。人気絶頂で、お小遣いもタッ

プリなモーツァルトが夜通し遊びまくって、大道芸人の見世物などで雑踏賑わう休日のウィーンの街を朝

帰りする場面に使われていた。つまり「お気楽モーツァルト」のテーマソングという訳だ。この辺りの

ミロス・フォアマンのモーツァルトの作品の使い方は心憎いばかりだ。(ただし、片手にワインボトル握

って、天下の公道で歩きながらワイン ラッパ飲みのご帰還シーンは、やり過ぎの感あり。モーツァルト

は冗談好きでも、決してこんなデリカシーのない輩ではないと個人的には信じています。)

 もうひとつ、この15番の第3楽章アレグロ・ロンドは、後の22番のピアノ協奏曲(これも涎が出るほど

大好きな協奏曲!)の第3楽章によく似ている。いや、そっくりだ。全く同じリズム、節回しを15番では

音階が上から降りてくるのに対し、22番は下から上がっていくだけの違い。「お気楽モーツァルトさん」

はひとつの旋律で2つの名曲を書き分けてしまう。この省エネぶりはまさに天才だ。「毎日…」で脳科学

者、茂木健一郎が交響曲「リンツ」を4日で書いてしまったモーツァルトの作曲の速さを「彼の頭の中に

は既にいろんなメロディの引き出しが一杯あって、作曲とはいうものの、実はそれらを必要に応じて

取換えひっかえ、入れたり出したりしているに過ぎないのではないか」と言ったのを思い出させる。

 そういえば番組の中でこんなエピソードが紹介された。あるピアニストがモーツァルトの演奏に驚き、

こう言った。「僕は汗をかくほど努力しなくてはダメだ。それでいて全く拍手が来ない。ところがあなた

ときたら、ただ遊んでいるだけだ。」モーツァルトはこう答えた。「僕だって努力を必要としましたとも

これ以上、努力しなくてすむようにね。」

 
 第1楽章 アレグロ 冒頭の第1主題は「モーツァルトの最もschalkhaft(茶目っ気な)ムード」とドナル

ド・フランシス・トヴィが呼ぶもの。冒頭からホルンが活躍するところが、森における狩りの場面を連想

させる曲で、そこが当時の上流階級の人間には人気だったのかも。そこまで読んでいたとすれば、やはり

恐るべしモーツァルト!主部に入ると曲想が、先ほどもいった12番のコンチェルトの第1楽章との類似を

感じさせる。佳境に入ると、これでもかといわんばかりのヴィルトゥーゾな演奏技巧を要求する部分の連

続。本当にこの頃のモーツァルトって、ノリにノっていたんだね。

 第2楽章 アンダンテ 一転してピアノとオーケストラの弦セクションが交互に、美しく落ち着いた旋

律を奏で合う。殿方が狩りの森で獲物を馬に乗って追いかけ、やんちゃに駆け回っているのを、日傘をさ

して、遠くから微笑ましそうに見つめる貴婦人のテーマ曲のイメージ?

 第3楽章 アレグロのロンド 従前よりさんざん語ってきたように、モーツァルトの陽気さ、快活さの

サンプルのような魅力的な楽章。後の名作22番を予告する、愛すべき音楽である。フィナーレには曲冒頭

に登場した「狩りの場面」を告げるホルンの響きが、再び勇壮に鳴り響いて締めくくる。弦楽四重奏曲に

「狩り」というニックネームを持つ作品(17番 変ロ長調K.458)があるが、僕に名づけさせてもらえば

この曲こそ「狩りの協奏曲」だ。


 演奏はロベール・カザドシュのピアノ、ジョージ・セル指揮クリーブランド管弦楽団。(LP:CBS SONY

13AC1066) はっきりいって録音は良くない。何せ1968年のものだから。しかしこのカザドシュ/セルのコ

ンビのモーツァルトのピアノ協奏曲のシリーズは、皆好きだなぁ。件の22番も。

 セル/クリーブランドの、伝説の完璧演奏ぶりが、モーツァルトの音楽作品の完璧さを際立たせている

からだろうか。思いの外、愉悦に満ちた愛すべき演奏である。

 (最近の演奏をお聴きになりたい方はモダン・ピアノではなくて、当時の楽器ハンマー・フリューゲル

で弾いているものをおススメします。曲想がHfにマッチしていると思います。)

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