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11月5日(土)快晴
今日は今季一番の天気だったかもしれない。朝から夜までずっと快晴で、今鮮やかな三日月(性格には四日月?)と金星(宵の明星)がお互いを引っ張りっこしているように西の空に浮かんでいる。
昼はあんまり天気がいいので、松本城まで行ってきた。お城北側のお堀端に植わっている桜の木の紅葉は、今が最高だ。
桜の葉っぱの紅葉が大好きだ。単純な赤ではなく、何と表現したら良いのだろう。紅く、黄色っぽくもあり、きれいな茶色の部分もある。桜独特の紅葉で、思わずハッと息を呑むほどで凄絶ですらある。
一日中良い天気だったけれど、今の季節は午後陽が傾きかけてから、夕映え、黄昏までの時間帯が一番穏やかで神聖なひとときという感じがする。
そんな秋の穏やかな午後、そして黄昏時にブラームスのピアノ協奏曲第2番を聴いてみたい。
この曲は1881年ブラームス48歳、二度目のイタリア旅行から帰った後の夏、ウィーン郊外のプレースバウムに滞在した際に書き上げられた。
イタリア旅行、そしてブラームスお気に入りの夏の避暑地での自然に囲まれた中で作られただけに、交響曲第2番、ヴァイオリン協奏曲、ヴァイオリン・ソナタ第1番などと同様に、落ち着いた重厚さを持つブラームスの作品には珍しい陽気さすらある。(この曲では第4楽章がそう。)
第1楽章。アレグロ・ノン・トロッポ。冒頭、ホルンが高らかに、柔らかでノスタルジックな、そしてことの外明るい第1主題を吹く。とそこにピアノが早くも登場し美しく絡んでくる。
このあたりはブラームスがベートーヴェンの第4、第5ピアノ・コンチェルトを研究したあとが窺える。ベートーヴェンの4番はピアノがいきなり主旋律を、5番では壮大なアルペッジョを弾いて曲を開始させ、それまでの協奏曲のイメージを一新させてしまった。
これに対しブラームスはホルンとピアノが手を携えてノスタルジックに曲を開始するという方法をとった。それがこの曲のしみじみとした滋味深さの基調となっている。
第2楽章。アレグロ・アパッショナート。この曲唯一の短調の楽章(ニ短調)。文字通り情熱的なスケルツォ。そして思いっきりの泣き節、ブラームス節。
学生時代、この曲を聴いて泣いた奴がいた。失恋した彼の中野の下宿にみんなで慰めに行った夜、そいつは僕が貸したカセットテープに入っていた、この曲の第2楽章を聴いて男泣きした。
こいつは高田馬場に当時あった名曲喫茶「らんぶる」でも泣いた。もうかなり小汚くなった薄暗い店内で、「ブラームスか何かかけてくれ」というから交響曲第3番をリクエストした。
その第3楽章を聴いて、そいつはまた男泣きした。でも不思議とブラームスの音楽は男が泣いている姿に似合っていた。「見っともないからやめろ」などとは決して思わなかった。
今思えば懐かしい情景だ。そいつも今は管理職。仲間内では一番出世だ。
第3楽章。アンダンテ。冒頭、朗々としみじみと、チェロがヴィオラとの美しい対位法を伴って、主旋律を綿々と繰りひろげて行く。そう、この曲は「ピアノを伴った交響的楽曲」なのだ。
それに対しピアノはまるでドビュッシーの「沈める寺」のように、一音一音どこまでも広がっていくように沈潜してゆく。
まるで黄昏の中に溶けながら沈んでいく秋の太陽のように。
第4楽章。アレグレット・グラツィオーソ。ピアノによる軽妙な舞曲風の主題で始まる。
重苦しい鉛色の冬雲の下で育ったブラームスにとって、イタリア旅行は「魔法にかかったような日々」であり、ウィーンの知人に「イタリアでは春がまだ少年時代のように息づいています」と書き送らせた。
そんな、直前のイタリア旅行で浴びた陽光が音楽になったかのような、この第4楽章。しかしピアニストにとってはこの楽章をアレグレットの速さで弾くことは至難の技であるらしい。
そうでなくとも4楽章形式。全体で50分になんなんとする交響曲的協奏曲。この大作に多くのピアニストがチャレンジしている。
その中で私が長年聴いてきたのはウィルヘルム・バックハウスがカール・ベーム指揮のウィーン・フィル・ハーモニーと競演した1967年録音のレコード(LP:LONDON SLC8011)(CD: POCL6010)
「鍵盤の獅子王」と呼ばれたバックハウスが10歳の1895年、彼は神童として何とブラームスその人の前で「御前演奏」をしたという。そして巨匠からこの協奏曲終楽章冒頭主題に、「Zu frohlichen Anfang」(喜ばしい始まりに)と書いた楽譜をプレゼントされたというエピソードを持つ人だ。
吉田秀和はこのコンビの実演を1968年ザルツブルクで聴いたという。第1楽章冒頭のホルンとのかけあいのピアノの出だしが実に柔らかく、演奏全体にうるおいと詩味があったと書き残している。
一番新しい「クラシックベスト演奏100」でも第2位に入っている、永遠の名盤だ。
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