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2月4日(土)晴れ(ただし最高温度−3℃)
今日は立春(春に立(はい)る日)。旧暦で今年の正月は1月29日。それから7日目の人日の節句(1月7日)の朝に7種の野菜が入った粥を食べるのが七草だが、今年はちょうど今日立春と重なることに気がついた。
昔から、これから寒さ本番を迎える新暦の1/7の七草では何か無理があるなぁと思っていたが、旧暦で考えると実に理に適い、季節を意識し、楽しんでいる行事だということに改めて感心し、農事暦としての旧暦の意味深さを改めて思った。
それが明治政府の矢継ぎ早の諸改革によって、西洋の太陽暦に変えられたのが1872(明治5)年。今と同じでスピードが勝負とばかりに何でも改革することが良いことで、古い制度、習慣を捨ててしまうことによって失うものの大きさに思いを馳せるなどということは、おそらく無かったのだろう。
だがそれによってその後の日本人は、農業など自然に関わる生業(なりわい)に携わる人を除いては、暦によって実生活の中で季節の運行を意識し、味わい、楽しむという風習や、そこから生まれる美意識を捨ててしまったのではないか。
春立ちける日詠める 紀貫之
袖ひぢて結びし水の氷れるを 春立つ今日の風や解くらむ (「古今集」)
(袖を濡らして掬った水が凍っていたのを、春立つ今日の風は融(と)かすのだろうか)
しかし「暦の上では・・・」の言葉通り、今日は寒気が入って久しぶりの真冬の寒さ、最高気温が−3℃。(東京も最低気温が氷点下になったらしい。)晴れてはいるのだが、周りの空気全体が冷蔵庫になってしまったようだ。
もうしばらく冬の音楽を紹介してもいいでしょう。
前回「1月の作曲家」として挙げたシベリウス。考えてみたらまだ1曲しか紹介してないので、今日は交響曲第1番を。
シベリウスは、19世紀の終わりから20世紀前半にかけて7つの交響曲を作った(他に交響詩的性格のクレルヴォ交響曲がある)マーラー以後20世紀最高の交響曲作家だと思う。(ということはショスタコーヴィチよりも評価しているということになりますが)
シベリウスの交響曲では両端楽章のポピュラーな旋律から、第2番が突出して人気があるが、他にも傑作が多い。私的にはこの1番、4番、5番、そして7番が好きだ。しかしこの4曲、曲としての性格がまるで違うのが面白い。
全体的に見ると初期の1、2番と、3番を過渡期として4番以降とでは同じ作曲家とは思えないほど違うと思う。そしてシベリウスの交響曲作曲家としての個性的な作品はやはり後期のそれであろう。
初期、特に1番はシベリウスの個性が色濃く出ているというよりは、ベルリンやウィーンで身につけた伝統的なドイツ・ロマン派の作風、そして彼が誰よりも敬愛していたチャイコフスキーなどロシア国民楽派の影響が強い(無論シベリウスの場合、正確にいえばフィンランド国民楽派ということになりますが)、後期ロマン派的な交響曲であるのが特徴だ。
従って後期の曲がシベリウスならではの簡素で透明感のある音色であるのに対し、この1番はチャイコフスキー的な分厚く、熱いサウンドを聴くことができる。そしてそれはより直截にフィンランドの大自然を描写する。
出世作「フィンランディア」と同じ1899年に書かれたこの曲は、
第1楽章 不気味なティンパニーの音を背景として、クラリネットが寂寥とした半音階的なモティーフを吹く。と弦に決然とした旋律の第1主題が出、トランペットがそれに加わり、さらにそこへトロンボーンとホルンがアーチを描くように被さる。
ここを聴くと、根雪の下をすでに雪解け水がせせらぎのように流れ出し、やがて遅い春の日に奔流のように
流れ下る、壮大なスケールのフィンランドの自然の一風景を想像せずにはいられない。
クラリネットが(あるときはイングリッシュ・ホルンが)曲全体を通してコケティッシュに活躍し、ファゴットの低音に低弦のうねりとホルンの咆哮がからむ。そして弦が美しい魅惑的な旋律を紡ぐという、シベリウス・サウンドに魅了される。
クラリネットとハープによる静かな終結。
第2楽章 アンダンテ 組曲「クリスティアン2世」の第2曲エレジーを思い出させる、静かで抒情的な緩徐楽章である。
シベリウス作品ではフルートも含めた木管楽器はいつもチャーミングで愛苦しい存在であり、金管は常に雄々しい。
第3楽章 スケルツォ 荒々しい大地の蠢動。ティンパニーの乱打。第1楽章の主旋律と並んで、この楽章のいかにも粗野で荒削りな音楽が、この曲の一番の魅力だ。
フィンランドの木々の原始的なたたずまい。そこに挑むように分け入っていく男たちのバイタリティ・・・。
第4楽章 フィナーレ 冒頭から弦の全奏によるlament、悲歌。中間部、フルートのさえずりと金管の鈍い反応。クラリネットも加わった木管と、金管との対話。
終結は弦の奏でるところの物語性の強い、フィンランディアのメロディにも通じるヒロイックな旋律。大自然を前にした人間の虚しい努力、自己犠牲。人間存在のはかなさ・・・。
クライマックスではトライアングル、タンバリン、そしてシンバルとやんちゃに鳴り物を多用するのもシベリウスの管弦楽曲の特徴の1つ。
そして最後は弦が解決音の和音を奏で、どこまでも続く雪と氷の大地が眼前に広がる。が、短調が解決されないまま、弦の2つのピチカートで静かに全曲の幕は閉じられる。
演奏はネーメ・ヤルヴィ指揮エーテボリ交響楽団。(1982年)(LP: BIS LP-221)(CD: BIS KKCC9091)
金管の瑕疵も一部にはあるが、前回も書いたようにwarmな、暖かみのあるシベリウスを聴かせてくれる。エーテボリ響の音、BISの録音。私は好きだ。
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