|
昨日の土曜日は陸上大会の引率で長野へ。大変穏やかな良い天気で、格好の行楽日和だった。とりわけ
他県から信州に来られた観光客は満喫したんじゃないかな。良い天候の下、各地で梨、ぶどう、プルーン
など秋収穫の果物の最盛期。そして思いの外進んでいた黄葉、紅葉。9月に入って急に寒い日が増えたせ
いだろうか、去年よりはずっと早く木々が色づき始めていた。今年は順調に黄葉が楽しめるかも知れな
い。今日は午前中、安曇野市(旧 堀金村)の「ほりで〜ゆ 四季の郷」にお風呂に入りに。(松本近
在、あるいは安曇平にある公共の湯としては一番のおススメ。施設の内外がきれいで、レストランも気取
らず利用しやすい。何より露天風呂から常念が真正面!…今日は見えませんでしたが)再来週くらいが黄
葉の見ごろのよう。(道すがら土手に咲いていた「萩」の葉が黄葉していた。萩の葉って黄色くなるん
だ。今まで知らなかった。)
*******************************
午後は久しぶりの雨。だからという訳でもないが、「雨の日に似合うモーツァルト」の第3弾としても
推奨できる弦楽五重奏曲第4番ト短調K.516を聴く。
この曲と、その1ヶ月前にできた同じく弦楽五重奏曲第3番ハ長調K.515は一対をなすと同時に、翌年書
かれた交響曲第40番ト短調K.550と第41番ハ長調K.551「ジュピター」の組み合わせにもよくなぞられる
つまり
交響曲第40番ト短調K.550 交響曲第41番ハ長調K.551「ジュピター」
×
弦楽五重奏曲第3番ハ長調K.515 弦楽五重奏曲第4番ト短調K.516
いわばこの2曲は「室内楽の40番、41番」という訳で、モーツァルトの室内楽曲の最高傑作と評価する
人もいる。今日はそのうち第4番ト短調を。
この曲は日本では何といっても、戦後すぐの小林秀雄の長篇エッセイ「モオツァルト」で有名になった
「モオツァルトのかなしさは疾走する。涙は追いつけない。涙の裡に玩弄するには美しすぎる。空の青
さや海の匂いの様に、万葉の歌人が、その使用法を知っていた”かなし”という言葉の様にかなしい。こ
んなアレグロを書いた音楽家は、モオツァルトの後にも先にもない。まるで歌声の様に、低音部のない彼
の短い生涯を駈け抜ける。」
小林が「モオツァルトのかなしさは疾走する」といったのには、元本がある。フランスの詩人アンリ・
ゲオンがその著書「モーツァルトとの散歩」の中で、この曲の冒頭、第1楽章第1主題を「走る悲しみ
tristesse allante」と表現したそれである。
それ以来交響曲40番がト短調で、この曲も同じト短調であることから、(モーツァルトにとっての)
「宿命のト短調」という、キャッチ・フレーズのような言葉がはやり、この曲は40番シンフォニーに迫る
人気曲となった。(モーツァルトの室内楽作品としては全く異例のことと言わねばなるまい。)
日本の戦後を代表する文芸評論家のひとり、小林秀雄のお墨付きは大きかった。その著書「モオツァル
ト」からモーツァルティアンになった日本人は多い。
しかし私は、ことモーツァルトに関する限り小林秀雄の功罪は相半ばするように思う。
功はもちろんモーツァルト・ファンを増やしたこと。罪は小林が引き合いに出した「疾走するかなしみ
」と称する弦楽五重奏曲第4番に代表されるような「短調の曲こそモーツァルトの音楽の神髄」というモ
ーツァルトの作品の内のわずかにしかならない短調の曲を、ことさら強調して日本人がありがたがるよう
な風潮を作り出してしまったことだ。それにより圧倒的多数を誇るモーツァルトの長調の曲に対する評価
を不当に貶めてしまった。パパゲーノのテーマにしろ、フィガロの「もう飛ぶまいぞ」にしろ、長調の曲
=短調の深刻な曲よりも軽い、軽薄な、価値の低いもの というような長年の日本人のモーツァルトに対
する対峙の仕方を決定づけてしまったように思う。もっといえば長いこと、日本ではモーツァルトは「二
流のショパン」「ベートーヴェンの前座」という地位を与えられてしまった部分があるように思う。
そこにはベートーヴェンのような深刻な短調の曲こそ価値があるというような、19世紀的なロマン派至
上主義が見え隠れするし、それを彼の地より輸入した明治以来の教養主義を受け継いだ小林の限界が取っ
てみえるように思う。第一、件の文章の「空の青さや海の匂い」や「万葉の歌人が使用法を知っていた
”かなし”という言葉」などのくだりは、若山牧水の剽窃ではないのか。
同じ文学者として早くからモーツァルトのオペラ(もちろんブッファを中心とする)を評価していた大
岡昇平の方が、小林より審美眼があったと私は思う。
しかし時代は下る。高度成長期を経て豊かな社会に生きるようになった21Cの日本人が「生誕250年」
の今日、空前のモーツァルト・ブームを作っているのは、決して小林のような短調第一主義からではな
い。悲しみの人生の中で、ピアノ協奏曲第17番や第22番のような無類の愉悦に満ちた作品を紡ぎだす、モ
ーツァルトの人生の達人ぶりに人々は共感しているのだ。それだけ日本人が文化的に成熟した証だと私は
思っている。
いささか弦楽五重奏曲第4番に不利な前振りになってしまった。少なからぬこの曲のファンの方にも少
し嫌な思いをさせてしまったかも知れぬ。ただ「毎日モーツァルト」などで年代順に、順を追って彼の作
品を聴いてきた者のひとりとして、確かにこの曲は、一度聴いたら忘れられないほどの印象深い始まり方
をしているのは間違いないけれど、同じ短調の室内楽作品としてならば、例えば前に見た弦楽四重奏曲第
15番ニ短調K.421(ハイドン・セット第2番)の方が全体としては数段優れた作品ではないだろうか。
それは曲のせいというよりも、室内楽アンサンブルという点で鉄壁というべき均衡を誇った弦楽四重奏
に、ヴィオラひとつ加えただけでその均衡を保つのが難しくなる、弦楽五重奏曲という形式の持つ難点ゆ
えといえるかも知れない。(その後も弦楽五重奏というと、チェロ2挺を用いたシューベルト晩年の傑作
がある程度で、ブラームスの弦楽五重奏曲も彼の他の室内楽作品に比べ、ブラームスに栄誉をもたらして
いるとはいえないだろう。)
もうひとつ語らねばならないのが、この曲とモーツァルトの父レオポルトの死との関係だ。この曲が完
成したのが、1787年5月16日。レオポルトがザルツブルクで姉ナンネル夫婦に看取られながら死んだのが
5月28日(僕の誕生日!)。父の死を意識しながらこの曲は書かれた。その証拠に、遡る4月4日モーツァ
ルトはその人生で最後となる父への手紙をしたためた。
「…最近のお手紙で大変良くおなりだと伺っていただけに、今ひどく落胆する報せを受けました。あな
たが本当にご病気なんですって!何とか安心できるようなご自筆の手紙をどんなに僕がほしがっているか
申し上げるまでもありません。僕はいつも万事を最悪なふうに想定する習慣を作ってしまいましたが、
それでもどうかしてお元気なお手紙を拝見したいと思っています。死は ー厳密にいえばー 僕らの生の
本当の最終目標ですから、僕はこの数年来、この人間の最上の友人と大変仲良しになってしまったので、
死の姿を見ても少しも恐ろしいと思わないどころか、むしろ大いに心を安め慰めてくれるものと考えてい
ます。こうして僕は死が我々の真の幸福への鍵であることを知る機会を考えてくださったことで、神様に
感謝しています。僕はいつもベットに就くごとに、ひょっとすると明日はもういなくなっているかもしれ
ない。だが僕を知っているものは誰だって、僕が交際のおり不機嫌だったり憂鬱だったりしていたことは
ない、といってくれるだろうと考えないことはありません。そうしてこの幸福について、僕は毎日創造主
に感謝し、すべての隣人に対してこの幸福を心から願っています。…僕がこれを書いている間にあなたが
快方に向かわれることを祈ってやみません。…それにしても、まもなくあなたからほっとするような手紙
を頂けることを願ってます。そうしてこの快い希望の中で、家内やカールともどもあなたの手にキスしま
す、永遠に あなたの最も忠実な息子」 (吉田秀和の訳による)
こうして弦楽五重奏曲第4番ト短調K.516は、パリで母の死を予感して書かれたピアノ・ソナタ第8番イ
短調K.310とともに、モーツァルトにとって特別な作品となった。
スメタナ四重奏団/ヨセフ・スーク(1976年録音)(LP:OX-7089)
P.S. この曲、室内楽曲の割には良く知られているせいか、レコードには恵まれているようです。
1960年代ではブタペストSQ/トランプラー(1966)、70年代はスメタナSQ/スーク
80年代はアルバン・ベルクSQ/ヴォルフ(1986)、90年代はラルキブデッリ(1994)
と、ほぼ10年ごとに名盤が出ているようです。 さて2000年代の名演奏は?
|