クラシック歳時記in松本 (あるいはモーツァルトとともに1年を)

今春発売の内田光子/テイトのCDでようやく好きになれました・・・モーツァルト ピアノ協奏曲第9番「ジュノム」

モーツァルト

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 「モーツァルト・イヤー」に沸いた2006年もあと少しで終わります。

 今もNHK教育では、ザルツブルク、ウィーン、プラハなどモーツァルトゆかりの地で行なわれた今年の

コンサートを振り返る番組をやっています。

 日本でもアーノンクールの「レクィエム」を始めとするNHK音楽祭その他で、数多くのモーツァルト作

品の公演がありました。

 クラシックの離島みたいなこの信州でも「コシ・ファン・トゥッテ」が生で見られたのはそのおかげか

も知れません。

 しかし個人的に今年一番印象的だったのは、モーツァルトが生まれた1月から亡くなった12月までほぼ

1年間ウィーク・ディの毎日放映されたNHK-BSの「毎日モーツァルト」という番組です。

 モーツァルト生誕の1月27日に特別番組をやったあとの、翌週の1月30日から先日12月29日までの正味11

ヶ月。41週間、全205回。全部見ました、録画しました と言いたいところですが、2月のイタリア旅行中

の1回と、何と一番期待していた交響曲39番の日(Gコード予約してあったのに、その日に限って早く帰宅

したので、手動で録ろうとして何と失敗してしまったのです)の計2回録りそこねがありました。

 が、まぁいいでしょう。手元には計7本のビデオ・テープが残りました。「おとうさん、そのビデオ

一生見るんでしょう。」とは息子の弁。あえて否定はしません。

 録ったはものの、夕方の放送時間には間に合わなかったので、毎日取りあえずその日寝る前の時間に見

ては次の日のセット。その繰り返しですから、本当にじっくりと見たわけでもないので、これからもう一

度見たくなった、聴きたくなった曲のところを折りにふれてじっくりと鑑賞します。案外一生かかるかも

知れませんね。(それにこの番組の全部を収録したDVDのシリーズが発売されるそうですが、その値段が

何と20万円!私なんか3本500円のビデオ・テープに録ったから1000円ちょっとで「モーツァルト大全集」

を揃えてしまったことになりますね。)

 さてこの番組のおかげでモーツァルトの主要な作品を年代順(ほぼケッヘル番号順)に一覧したので、

1.モーツァルトが一番好きといいながら、あまり詳しくなかったピアノ作品や声楽作品(オペラ、宗教

  音楽)を一通り知ることができた。

2.よく知っている曲についても、その作品が作られた頃のモーツァルトの様子や背景を知り、あわせて

  モーツァルトの人生の中のどこら辺に位置する作品なのかを知ることができた

という点で、自分には画期的な番組だった。

 何より200年以上も前にこの世に存在したヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトというひとりの

歴史上の人物の生涯を、音楽とともにこれほど詳細に辿れたということは、まさにこの番組を見ること

なしにはできないことだと思う。

 またこれが「神から愛されし(amadeus)」世界中の人々から愛されたモーツァルトだったからこそ、全

200回にも及ぶ番組になったわけで、これが好評だったからといって、バッハ没後300年とか、ベートーヴ

ェン没後200年とかに「毎日・・・」とやってもこれほど盛り上がるとは思えない。

 さてこの番組で初めてその存在や素晴らしさを知った作品、または再評価させられた曲は枚挙にいとま

がないが、ザッと挙げただけでも、

 K.1のクラヴィーアのための小品(これがパパゲーノの主題そっくり)

 ヴァイオリン・ソナタK.296、301、302、306(いずれもマンハイムでのアロイジアとの日々)

 ヴァイオリン・ソナタK.304、ピアノ・ソナタ第8番K.310(パリでの母の死)

 交響曲第31番「パリ」、第32番、第33番、第34番

 戴冠式ミサ、

 ピアノ協奏曲第12番、第13番、第15番、第17番(「むく鳥」)、第18番、第22番

 ピアノ・ソナタ第10番K.330、第11番K.331「トルコ行進曲付き」、第12番K.332

 弦楽四重奏曲第15番ニ短調、第18番、第20番

 ミサ曲ハ短調「大ミサ」K.427

 幻想曲ハ短調K.475

 交響曲第38番「プラハ」、第41番「ジュピター」

 クラリネット五重奏曲K.581、クラリネット協奏曲K.622

 グラスハーモニカのためのアダージョとロンドK.617

 あたりになろうか。

 また毎回のゲストの「I LOVE MOZART」も面白かった。何よりたった1、2分のトークで、その人の人

間性とモーツァルトへの造詣の深浅が出てしまうのは恐ろしくもあった。

 印象に残るコメンテーターとしては小塩節、小柴昌俊、赤川次郎、池内紀、ピーター・バラカン、梯剛

之、江守徹、滝田栄、菊池洋子、松田理奈、平野啓一郎、ダニエル・ハーディングだったかな。

 さぁ、2006年が終わる前にこの回も終わりにしよう。次のモーツァルト・イヤーは2041年になるのか

な。それまで僕は生きているのだろうか?


 それにしてもナレーターの俳優山本耕史はいいなぁ。「初めてオペラを見ます」といっていきなりモー

ツァルト・イヤーのザルツブルク音楽祭のアーノンクールとネトレプコの「フィガロの結婚」S席で見れ

るんだもんなぁ!


 

 

 1ヶ月以上のごぶさたです。その間なかなか更新されないにもかかわらず、毎日のように訪問していた

だいた方々に申し訳ないと思う気持ちと、見捨てないでいただきありがたい気持ちでいっぱいです。

 それにしても11月は僕にとって鬼門のようです。昨年の11月もほぼ1ヶ月ブランクができてしまいまし

た。今年は各種研究会、学会、フォーラム、セミナー、そしてオペラ鑑賞にコンサートと毎週のように週

末イベントがあり、東京や長野、あっそういえば教え子の結婚式に伊那に行ったこともありました。

 考えてみれば「文化の秋」「スポーツの秋」「芸術の秋」「読書の秋」と秋は何かにつけて、1年やっ

てきたことの集大成としての発表会その他のイベントが目白押しなのですが、その秋の中でも季節が押し

迫った11月にそれらの行事が集中するのだなと改めて思いました。

 さてそんなこんなでモーツァルトの記念イヤーとしての大詰めのところで、またクラシック音楽歳時記

としても昨年書けなかった「秋(晩秋)の作曲家ブラームス」の作品を取り上げられなかったのは痛い。

特に11月にブラームスのさまざまな室内楽曲を紹介できなかったのは2年続けてで、それではこのブログ

のタイトルである「クラシック音楽歳時記」の重要なレパートリーがごっそり抜けてしまっていることに

なってしまい、訪れてくれた皆さんに申し訳ない気持ちと、自分自身残念な気持ちで一杯です。

 まっ、ブラームスは来年またその時季に紹介するということで、このブログを来年も続けるモチベーシ

ョンにさせていただきたいと思います。

 で問題はモーツァルトですよね。11月、12月と留守を決め込んでいる間に、TVの「毎日モーツァルト」

はどんどん進み、モーツァルトの命日である12月5日(番組では「アヴェ・ヴェルム・コルプス」を放

送)も過ぎ、ついに先日「レクィエム」でモーツァルトの生涯を閉じるところまでいってしまいました。

(今週最後の1週間はフィナーレ特集で全205回の番組も終了だそうです。)

 「モーツァルト…」のブログを標榜しながら、肝心の晩年の珠玉の名作を番組の進行に沿って採り上げ

ることができなかったのは本当に残念で、期待してこのブログをのぞきに来てくれた方々に申し訳ないの

ですが、今年残された数日、あるいは来年に少し入ってもモーツァルトの話題を採り上げていこうと思い

ますので、よろしくお付き合い下さい。


 で今日は最晩年の傑作の中から「クラリネット協奏曲 イ長調K.622」を。

 この曲は「ピアノ協奏曲第27番変ロ長調K.595」と並んで、一代の天才モーツァルトの「白鳥の歌」

と呼ぶにふさわしい曲だと思う。

 両者に共通したもの。それは良い意味で脂の抜けきった、肩の力が抜けたしみじみとした曲想とたたず

まい。西洋音楽でありながらまるで東洋の山水画のような枯れた色調によって、わが国古来の「もののあ

はれ」を表現したかのような枯淡の境地に達した。言い換えれば此岸にいながら彼岸の世界を音楽で表現

したといってもよい。病苦と経済的困窮に追いつめられていたモーツァルトが死の年についに到達した、

紛紛たる余分な虚飾の一切を廃した、美のエッセンスのみで作り上げた音楽で、彼の作品の中でも特に

渋い作品の範疇に入ると思います。

 この曲の完成は死の2ヶ月前。クラリネットの名手アントン・シュタードラー、彼のために書かれたと

いう話は有名だ。クラリネットがモーツァルトの時代に発展を遂げ、オーケストラの一翼を担う重要な楽

器の仲間入りをしたことも良く知られているが、ここではクラリネットという楽器が「面白うてやがて哀

しき」その音色から、モーツァルトの作品、特に後半の作品に共通する「哀しみをたたえた長調」の表現

の重要な要素となっていること。またモーツァルト晩年の彼自身が持っていた「諦念」の心境を良く表す

存在だったことを指摘したい。

 その具体例がこの「クラリネット協奏曲」であり、「クラリネット五重奏曲イ長調K.581」そして

「クラリネット三重奏曲変ホ長調K.498」だ。

 特に最後のK.498はK.622やK.581よりは知られていないが、モーツァルトの室内楽の名曲だと思

う。この曲は「ケーゲルシュタット・トリオ」と呼ばれ、モーツァルトが当時はやったケーゲルシュタッ

ト(九柱戯)という現在のボーリングに似た遊びに興じながら、この曲を作曲したという眉唾のエピソー

ドを持つ。その真偽はともかくとしてこの曲は1786年に作られた割に、最晩年の上の2曲に共通する「明

るさの中の哀しさ」「諦念」を感じさせる名曲で、同じ時期に作られたピアノ・トリオよりずっと優れた

作品になっている。それはひとえにクラリネットという楽器が主役を成しているからに他ならない。

 またこのクラリネット・トリオはケッヘル番号が示すとおり、あの「フィガロの結婚」K.492の完成

に近いせいか、この曲の第3楽章など、「フィガロ」の記事で触れたあの伯爵夫人の perdono 許しの音楽

に近しい雰囲気を持つ。しみじみとした「許し」の音楽が「癒し」の音楽となって我々の胸を打つ。

 クラリネットがモーツァルト晩年の作品における「諦念」を表現しているといえばもう一つ、一般には

交響曲第39番K.543がモーツァルトの「白鳥の歌」と言われているが、それはなぜか?私見では第3楽章

メヌエットのトリオでクラリネットが主旋律を吹く。その「面白うてやがて哀しき」クラリネットの音色

が、39番をして辞世の交響曲たらしめているような気がするのだ。


 さてクラリネット協奏曲である。完成したのが1791年の10月の初めといわれる。死の2ヶ月前である。

「魔笛」の上演が始まり、その成功の手ごたえを感じ取った時期ではあるが、病苦は一層彼に迫り、借金

は増え、最愛のコンスタンツェはバーデンでの温泉治療に出かけ、傍らにはいない。その「魔笛」の作曲

の真っ最中に書いたコンスタンツェへの手紙にはこんなことが書いてある。

「僕は用件がうまく整理されて、もう一度君のそばに行きたいということしか考えてない。君と別れてか

ら、僕がどんなに時間を長く感じているか、とても信じられないだろう!僕の今の感じはうまく説明でき

ないが、何というか、とっても辛いある種の空虚感、あるいは決して満足することのない、従って止むこ

とのないあるものへの憧れ。それらがいつもいつも続いていて、日一日と大きくなる。バーデンで君と一

緒に子どもみたいに面白がっていた時のことを思うと、今ここでは何て物悲しい、退屈な時間を送ってい

るんだろうと考えると、仕事さえ楽しみにならない。」(7月7日)

 また9月7日には台本作家ダ・ポンテへの手紙の中でこうも書いている。

「小生はもう頭も混乱し、気力も尽きてしまっています。(中略)作曲している方が休息している時より

疲れないので、仕事を続けています。それだけでなく、僕はもう自分の終わりの鐘がなっているなと、

ふっと気づかされるような感じがします。僕はもう息もたえだえです。自分の才能を楽しむ前に死んで

しまうのです。ですが生きるということは実に美しいことでしたし、僕の門出は華々しい前途を約束する

ものでした!だが自分の運命を勝手に変えるわけにはゆきません。誰も自分の命数を計れるものはなく、

ひたすら諦めねばなりません。何事も摂理の望む通りに行なわれるのでしょう。」(吉田秀和の訳による)

 このような心境の中で、この清澄な協奏曲は書かれたのだ。

 第1楽章アレグロ、第2楽章アダージョ、第3楽章ロンド、アレグロ。全楽章を通じてカデンツァがない

のも、この曲の表面的な華やかさを拝した、簡素な美点を生み出しているといえる。

 この中では何といっても第2楽章アダージョの筆舌に尽くしがたい美しさが白眉である。クラリネット

五重奏曲の第2楽章ラルゲットと並んで、静かに微笑みをたたえた女性(ひと)が目に涙を浮かべている

ような美しさに例えられ、何度も映画音楽にも使われている。
 
 静かにクラリネットのモノローグで始まり、それにオーケストラが和する。ベーム/プリンツのCDでは

1分15秒から始まる第2主題。憧れと諦念が入り混じった美しくも哀しいテーマをクラリネットが3回歌う

すると1分55秒から、オーケストラはもうそれ以上に美しいメロディを奏でるのはこの世では不可能と

ばかりに、同じ旋律をこれも3度奏する。つまり同じテーマがクラリネット、オーケストラと受け継がれ

て都合6回鳴るのである。打ち寄せる潮のように、徐々に高まるその旋律が胸にこみ上げ、落涙しない人

はいないだろう。

 この曲のこの場面を聴いて、唐突かもしれないが、あの平安時代に我が世の権勢を誇った藤原道長の

栄華を伝えるエピソードを思い出した。三女の威子が皇后の位につき、これで3人の娘が皇后になった

立后の儀式の宴席で、道長は「この世をば我が世とぞ思ふ 望月の欠けたる事も無しと思へば」という有

名な歌を詠んだ。返歌を求められた「小右記」の作者は「御歌 優美なり。酬答するに方(すべ)なし。

満座ただこの御歌を誦(じゅ)すべし」と答え、その場に居合わせた皆が、この道長の歌を何度も歌った

という、あの有名な逸話である。

 権勢の限りを尽くした道長とモーツァルトとは、いささか奇異な取り合わせかもしれないが、あのモー

ツァルトですら、この美しい旋律の後にどんな違うメロディも続けることができないと考え、「酬答する

に方(すべ)なし。満座ただこの御歌を誦(じゅ)すべし」の心境で、この哀しいほど美しい旋律を繰り

返したのではないだろうか。

 
 演奏はドロテーア・デスマロヴィッツ手描きのクラリネットの絵のジャケットが印象的な、ウィーン・

フィルの主席奏者アルフレート・プリンツのクラリネット、カール・ベーム指揮ウィーン・フィルハーモ

ニーのLP。(G-MG2437)20年来この演奏を愛聴して、少しも飽きることがありません。





 

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 2週間のごぶさたですみません。

 さて遅ればせながら10月末日まで開いていた投票「モーツァルトの後期交響曲で一番お好きな曲は?」

に、多くのご参加を頂きましてありがとうございました。改めまして感謝いたします。

 その結果を発表すると、

            第1位  交響曲第40番           12人 

            第2位  交響曲第41番「ジュピター」    8人       

            第3位  交響曲第39番            6人

             同    交響曲第38番「プラハ」      6人

            第5位  交響曲第36番「リンツ」       1人

                                            ということになりました。

 まぁ、順当といえば順当。やはり「宿命のト短調」40番の人気の根強さとともに、41番「ジュピター」

の万人が認める偉大さを再確認しました。私個人としてもこの2曲の素晴らしさについて、「毎日モーツ

ァルト」の番組とともに振り返るきっかけとなる今回の投票でした。

 ところで41番「ジュピター」の段で、薬師寺東塔を見て「凍れる音楽」と評したフェノロサの脳裏に浮

かんだ音楽として、順当なところで「ジュピター」を挙げておきましたが、実はどうしても「ジュピタ

ー」を聴くと、堂々たる西洋建築の四角四面の建物を想像してしまうので、その点自分の中ではそうは言

っても違和感が残っていたのです。で今回戴いたwilliam_kapellさんのコメントに背中を押されて、前言

撤回で声高に叫んでしまいましょう。

 「フェノロサが薬師寺東塔を「凍れる音楽」と評したその時の彼の脳裏に浮かんでいた音楽は、モーツ

ァルトの交響曲第39番だー!」

 なぜって今回気づいたのですが、39番って第3楽章メヌエットはもちろん第1楽章も3拍子だったんだ!

日本の寺院の塔のあの三角のイメージ。特に薬師寺のそれの、各層の屋根と裳階(もこし)とが作り出す

長短ー長短ー長短の軒の出入りが作り出す自然なリズム。そのイメージに適う音楽は3拍子の軽やかな身

のこなしを持つ39番しかありえない、とへんな確信を今回持ったことをご報告しておきたいと思います

 さて1月からつづいているNHK-BSの「毎日モーツァルト」も、いよいよ晩年の作品に入り、今はK.588

の「コシ・ファン・トゥッテ」あたりを放映しています。これから「ピアノ協奏曲第27番」や「クラリネ

ット協奏曲」はたまた「魔笛」といった晩年の傑作がぞくぞくと登場してきます。そこで

 「モーツァルトの晩年の名作で一番お好きな曲はどれですか?」

というテーマで第2回の投票をまた始めましたので、コメントをお寄せいただければ嬉しいです。

よろしくお願いします。

 
 続いて41番「ジュピター」。これこそローマ神話に登場する最高至上の神(ユピテルの英語読み。ギリ

シア神話に出てくるゼウスと同じく、神々の中の王)の名よろしく、雄大かつ壮麗な、古典交響曲の最高

峰の高みに立つ。優美にして壮大。古代ギリシア以来の西洋の美の基準たる「均整と調和」balance &

harmony を音楽でこれほどまでに表現しえた作品は、やはり空前絶後だろう。よくギリシア彫刻やギリシ

ア建築に例えられるのだが、僕が目を閉じると浮かぶのは2月に行ったヴァティカンの聖ピエトロ教会の

壮麗な建物だ。

 そのような印象を我々が抱くのは、やはり第1楽章冒頭の「ド-ソ-ド-ソ-ド」の堂々たるテーマ。そし

て終楽章の「ド-レ-ファ-ミ」というモーツァルトの生涯に亘る旋律(8歳の時の最初のシンフォニー

(K.16)や交響曲33番の第1楽章などに、たびたび登場している)をバッハから吸収した対位法を駆使し

た規模雄大、雄渾無比なフーガに発展させたことによる。まさに葉加瀬太郎の言う「金字塔」だ。


 (そしてこれは昔から思っていたことだが、)この曲が堂々としている割には、変な重々しさや圧迫感

がなく、むしろ軽やかなところから、明治の初め「お雇い外国人」の論理学の教授としてヘーゲル哲学を

東大生に教えに来日し、当時の日本人が軽視していた法隆寺など伝統的な日本美術の保護と再発見に努め

たアーネスト・フェノロサが、奈良で初めて薬師寺東塔を見たときに「凍れる音楽」と表現したというエ

ピソ−ドを想い出す。

 実はこの話、高校の日本史で使う図説資料に「各層、屋根の下に裳階(もこし)がつき、六重に見える

が三重の塔である。調和のとれた優雅さからフェノロサは「凍れる音楽」と称した。」とカラーの美しい

薬師寺東塔の写真の横に解説が載っている話なのだ。が、毎年ここを教えるときは必ずツッコミを入れる

「ではなぜフェノロサという外国人はこの写真の塔を見て『凍れる音楽』と言ったのでしょうか?」と。

 「それはこの塔が形としてバランスが取れ、全体として調和が取れている点。またそれはなぜそういう

ふうに感じるかというと、三重の塔各層の軒(屋根)と裳階とが作り出す長短交互の出入りが、見る者に

心地良い律動美、すなわちリズムを感じさせるからではないでしょうか。それが凍れる音楽、すなわち

frozen musicという感嘆の表現になったんじゃないかな?」と指摘する。

 そこで生徒の目がキラリと光った(ような気がした)ら、さらに調子に乗って次なる問いを発する。

「それじゃぁ、この時東塔を見ながらフェノロサの脳裏に浮かんだ音楽というのは、いったいどんな

音楽だとあなたは思いますか?」(実際にそう発問してみたのは、今までに1回しかないのだが。)

 ハーバード大出の、19世紀当時のアメリカを代表する哲学者、知識人であり、ギリシア以来のいわゆる

西洋の古典的教養を付身した彼であるから、やはりその脳裏に去来した音楽はクラシック音楽、それもロ

マン派以前の古典派の音楽であろう。塔の持つ優美かつ壮大な構成美から、一般的に考えればハイドンま

たはモーツァルトの交響曲。そしてそこに独特のリズムと軽やかさを感じたとすればモーツァルトのそれ

と考えるのが順当だろう。

 では何番の交響曲?  調和、均整、壮麗…。 東塔を讃える言葉のつれづれから考えれば、やはり41番

「ジュピター」を連想するのがまず異論のないところではないだろうか。(僕個人は東塔の持つ一種の清

冽、さわやかさからして「静謐」の交響曲39番だと思いたいのですが。)(特にリズム、律動美という点

でいえば「ジュピター」の第3楽章。この3楽章メヌエット、前回の「アイネ・クライネ・ナハトムジーク

」の第3楽章メヌエットと非常な共通点があり、ともに大傑作であると今回感じました。)


  カール・ベーム 指揮 ベルリン・フィルハーモニー(1962年)(LP:MG4015)

  ブルーノ・ワルター 指揮 コロンビア交響楽団 (1960年)(LP:20AC1804)

  コレギウム・アウレウム合奏団(1977年)(バイエルン州キルヒハイム フッガー城 糸杉の間)

                           (LP:ULS-3233-H)(CD:BVCD-38142)


 今回一番うれしかったこと。「ジュピター」だけはさすがのワルター/コロンビア響も今ひとつだと

長年感じていた(齢80を超える老ワルターが作り出す、ゆったりたっぷりのペースがさすがに遅すぎて、

音楽の勢いが感じられず、弛緩してしまっている)のだが、(それだけに録音はやや潤いがなく荒さが目

立つが、音楽にアポロン的な引き締まりを感じるベーム/BPOの男性的で筋肉質な演奏を最良のものとして

いた。特にフィナーレの終結部でのペガサスが大空を駆け抜けるような、まさに「天馬空を行く」表現を

最も好んでいた)、今回このワルターのレコードを買って20年以上の歳月が経って、初めてこの演奏の良

さに気付けたことだ。

 若い頃聴いて、弛緩と感じていたものが、遅めのテンポと、ティンパニーやコントラバスなど低音部の

音の厚みを比較的強調するワルターの丁寧な音作りが、今回この曲の堂々たる風格を良く活写していたこ

とに、ようやく気付いた。ベーム/BPOでのお気に入りのフィナーレ終結が、ワルター/コロンビアでも最

も好ましい表現、つまりここのところはあの最晩年のジングシュピール「魔笛」の第1幕の大団円でザラ

ストロを称えるあの場面と全く同じ終わり方をする。つまり「ジュピター」交響曲は「魔笛」のメルヘン

と叡智の世界を現わすシンフォニーなのだということを再認識できた。


 20年という歳月を経て、ようやくワルターの「ジュピター」の大人さを、虚心坦懐に聴くことができる

ように、自分の中の何かが変わったのだ。これからは40番と同じように、人生最後のその日までワルター

の「ジュピター」の世界に遊ぶことになる。


 もちろん39番を含めて、これでようやく自分はモーツァルトの三大交響曲を、本当の意味で鑑賞できる

立場に立ったような気がするのだ。




          ゆく秋の大和の国の薬師寺の塔の上なるひとひらの雲          佐佐木信綱(明治)



 

 

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 「人のためとかサービス精神ではなくて、自分に対して問いかけた曲という感じがするんですね。特に

この39番、40番、41番というこの3つはつながっている感じがするんですが、その中での40番というのは

モーツァルトが初めて『どうしよう?』と迷った。悩んだ。苦しんだ時に『どうしよう?』と迷ったその

時の深い不安とか悩みというものを、人に見せなかったものを、交響曲で書いちゃっている感じがするん

ですね。あの冒頭の旋律が…。

 ハムレットが『生きるべきか、死ぬべきか。それが問題だ。』と自分に問いかけたのと同じように、追

いつめられて、非常に傷ついて弱りきって疲れ果てたモーツァルトが『生きるべきか、死ぬべきか』じゃ

なくて、『音楽か、死か?』どちらかだと。で、最初僕はその迷いが分からなかった。もっと若い時に聴

いた時には、何々だろうこの音楽は。何を訴えているんだろうか、分からなかった。しかし自分が大人に

なって『あぁ、迷いなんだ。苦しいんだ、モーツァルトは。』と思ったときに、モーツァルトが大好きに

なるきっかけになりましたね。」


 「人間の生き生きした、何か、こう、生きてるって素晴らしいぜってことが、何か音がキラキラ、キラ

キラしてさっ、そのことだけを伝えようとしているんだけど。41番に関してはもう、全てがそうですよ。

ハ長調だぜっ。ハハハハッ…(笑)。やっぱり一番堂々とした調でそれを書いて、あんな曲はできちゃう

んだ。無駄な音なんてどこにもひとつもないし、演奏してる方も『生きてるって素晴らしいな』って思え

る。金字塔というか、人生の自分の名前を刻んだっていうか、そんな感じ。端から端まで「My name is

Mozart」っていう曲だもの。ホントに。そこが一番好き。」


 ふたつの発言、誰が何のことについて語った言葉か、お分かりですか?

 前者は俳優の滝田栄がモーツァルトの交響曲第40番について語った言葉。そして後者はヴァイオリニス

トの葉加瀬太郎の交響曲第41番「ジュピター」についての発言。


 ともに先日のNHK-BS「毎日モーツァルト」でのコメントなのだが、どうでしょう?なるほど、という気

もするし、まぁそんなもんかなって気もする。決して2人がどうのこうのというのではなく、どんな人だ

ってこの人口に膾炙した2つの名曲を前にして、今さらどんな耳目を驚かすことが言えようか、と開き直

りたくなってしまう。

 どんな気の利いた美辞麗句を用いようが、それはこの200年の間にどこかの誰かによって言い尽くされ

てしまっていることだろうし、それらを超える言説を探そうという気力さえ起きない。それほどの名曲な

のだ。だからなのか、ステレオを買ったばかりの学生時代はともかく、最近ではこの2曲のレコードを改

めてターンテーブルに載せて聴いてみようという気持ちすら湧かなかった。逆説的だが、それほどこの40

番と41番の存在価値を重く感じている。評論することも、能動的に自分から聴くことすらもできぬほど、

がんじがらめになっていた。

 だから今回「毎日モーツァルト」で採り上げられることが、自分にとって何か変化を与えてくれる、あ

るいはこの2曲について、自分にとっての新しい発見が与えられるチャンスのような気がして、内心楽し

みにしていたのだ。


 そして今回の収穫。まず40番については、作曲当時1788年夏(モーツァルト32歳)フリーメーソンの盟

友にして富裕な商人であるミヒャエル・プフベルクに、何度も借金依頼の手紙を出していたのだが、その

中にたびたび出てくる「あの暗い考え」の存在を知ったこと。

「私の現状はどうしても借金せずにはいられないほど困窮しています。でも誰に頼ったらいいのでしょう

最上の友よ、あなたを措いて他に誰ひとりいません。…ここ(家賃のより安いウィーン郊外のアパート)

に移り住んで10日の間に、以前の住居の2ヶ月分より、もっと多くの仕事をしました。もし暗い考えがこ

れほどたびたびやって来ないのでしたら、(全力をあげてこれを追い払わねばならぬ始末ですが)なお

はかどったことでしょうに…。」(1788年6月27日。この日交響曲39番を完成させている!)

 思えば今までも、一見陽気なモーツァルトが時々垣間見せた短調の世界、例えば交響曲第25番、ピア

ノ・ソナタ第8番、弦楽四重奏曲第15番、弦楽四重奏曲第4番などがあった。しかしこの40番ト短調は

そういったモーツァルトが本来持ち、彼自身振り払おうとした「暗い考え」melancholy そのもので成り

立っている曲なのではないか。

 文豪スタンダールがいみじくも「melancholyの天才」と名づけたモーツァルトの、この哀しみに満ちた

曲を生涯愛した楽聖シューベルト(僕の中では楽聖はベートーヴェンではなくシューベルトなのです。)

は「この曲からは天使の声が聞こえる…」と言って涙したという。


 本当に久しぶりに自分のステレオ装置で、このK.550を聴いてみる。


  ブルーノ・ワルター 指揮 コロンビア交響楽団(1959年)(LP:20AC1804)(CD:22DC5578)

  カール・ベーム 指揮 ベルリン・フィルハーモニー(1961年)(LP:MG4015)

  コレギウム・アウレウム合奏団(1972年 バイエルン州キルヒハイム フッガー城 糸杉の間)

                 (LP:ULS-3129-H)(CD:BVCD-38142)


 20年来ワルターの柔らかで、音楽そのものが自然な息づかいをしているようなモーツァルト演奏をひた

すら愛してきた(その理由のひとつに、学生時代、銀座のヤマハホールで見た「フルトヴェングラーと巨

匠たちの時代」というドキュメント映画に登場した1930年代にワルターがベルリン・フィルを振って40番

の第4楽章を指揮した姿が、今でもステレオの前で目を閉じて聴いていると残像となって浮かび上がって

くるということもあるかも知れない。)が、今回何年ぶりかで針を落とし、清廉ではあるがやや武骨な印

象だったベーム/ベルリン・フィルの演奏に、今までになく親しみを感じたのは収穫だった。

                                                (つづく)



 

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