クラシック歳時記in松本 (あるいはモーツァルトとともに1年を)

今春発売の内田光子/テイトのCDでようやく好きになれました・・・モーツァルト ピアノ協奏曲第9番「ジュノム」

モーツァルト

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 雨の日のモーツァルト第2弾は弦楽四重奏曲15番ニ短調。実はこれ「実存の不安」と題して6月11日に

紹介しました。     (http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/37733790.html


   演奏:アルバン・ベルク四重奏団 (LP: K17C-8318  1977年録音 旧盤)

                       (CD: TOCE-13027 1987年録音 新盤)

                
 ここでもう一度紹介したくなったのは、季節的、歳時記的に、この曲は毎年まさにこの時季に聴いてき

たから。今の時季、9月の中旬頃、昔でいう9月15日の「敬老の日」前後の雨模様の頃。(20Cの最後20年く

らい、9月15日の敬老の日というとなぜか生憎の雨模様か曇り日が多かった。晴れない特異日なのかも知

れない。)

 曲については前述のブログに譲るとして、今お話したいのは、この曲を含め、モーツァルトの後期の弦

楽四重奏曲(ハイドン・セットの第1曲第14番以降、最後の23番まで)のそれぞれの曲の聴き時(と私が

考える時期)が、ちょうど秋の深まりに沿うように展開しているということ。

 つまり、


 第14番ト長調K.387             9月7日前後

                   (9/9 http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/41556481.html 参照)
        
                   (この14番とっても好きな曲なのに、弦楽四重奏って一般的じゃないのかな?

                    去年も今年もコメントなし。ちょっとかわいそう。)

 第15番ニ短調K.421             9月半ば(15日すぎ)(秋の長雨始まる)

 第16番変ホ長調K.428            9月下旬(すすきの穂が目立ってくる頃)

 第17番変ロ長調K.458「狩り」       9月下旬

 第18番イ長調K.464             10月上旬

            (16番、18番については 7/16 http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/39305340.html 参照)

 第19番ハ長調K.465「不協和音」     10月中旬

                (2005 5/28 http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/3639572.html 参照)

 第20番ニ長調K.499(ホフマイスター)   10月下旬

 第21番ニ長調K.575(プロシャ王第1番)  11月上旬

 第22番変ロ長調K.589(プロシャ王第2番)11月中旬

 第23番ヘ長調K.590(プロシャ王第3番)  11月下旬

 
 つまり14番の秋桜の影が揺れる初秋から、23番の晩秋、秋の終わりまで、曲がどんどん成熟し、かつ空

気がどんどん薄くなっていくように曲想が枯れて透明になっていく感じが、9月から11月の秋の風景の

変容にみごとにシンクロしている(ふうに私が勝手に思い込んでいる)ところが、モーツァルトの偉大さ

かなと思うのです。

           
            季節の推移という自然の理は神の成せる業(わざ)であり、

      モーツァルトの作品とその配列もまた神の御業(みわざ)の証(あかし)ではないだろうか(?)




P.S. 以前ピアノ協奏曲でも試みたことだが、上のモーツァルトの弦楽四重奏曲をこんな風に図式化した

ら、また何か新しい発見があるかも知れない。


                             18番 19番
                           17番     20番
                          16番        21番
                        15番           22番
                       14番              23番




P.S.2  15番についてもうひとこと。最終楽章、4楽章アレグレット・マ・ノン・トロッポ「主題と変奏

」は、同じモーツァルトのピアノ・ソナタ第11番K.311「トルコ行進曲付」第1楽章と並んで、史上最高

の変奏曲(ヴァリエーション)だ。「生きる哀しみ」の旋律がそこにある。



P.S.3   P.S.1で、モーツァルト後期弦楽四重奏曲の創作のピークをモデル化してみたが、その後さら

に聴き込んでみて、多少の修正をしたくなった。          
                                19番
                               18番 20番
                             17番     21番
                            16番       22番
                           15番          23番
                          14番

  ポイントは19番「不協和音」がやはりこのジャンルの最高峰だと再認識したこと。それと18番と20番

が、その渋さと内容の充実さにおいて対を成していると感じたからです。



 

 
 確かこの前の日曜日くらいまで、妙に蒸し暑く残暑が厳しかったような覚えがあるのだが、今週のこの

肌寒さはどうだろう!21Cに入り、こんなに早い秋雨前線到来も記憶にない。こんなに寒くなるというこ

とは温暖化は大丈夫だろうと言う方!その認識は違います。地球温暖化は具体的には、国際的に正しくは

「気候変動・・・」というように、気候が今までと違ってくることを指すのだ。極端なことをいえば真冬

が4月ごろ突然真夏になってしまう砂漠のモンゴルのような気候に日本がなっていくということなのだ。

確実に温暖化は進んでいる。この夏休みの新聞記事で、僕が最もショックを受けたのは、この夏北極圏に

住むあるイヌイット(エスキモー)の部落で夏の暑さに耐えられず、ついにクーラーを入れたという話で

ある。何しろ昼間31℃まで気温が上がってしまい、もともと厳冬用に隙間風が入らないように作られてい

る彼らの建物の構造では、想定外に暑くなってしまった室内の熱気を外に出すことができず、どうしよう

もなくエアコンを入れたのだという。同情を禁じえないが、信州松本に住んでいるのだから夏どんなに暑

くても、クーラーを入れるのだけはやめようと頑張ってきた自分としては、がっくりと臍のあたりから力

が思わず抜けていってしまうような話だった。(=_=;)(涙)

 閑話休題。早くも秋雨前線である。昨年はこれの到来が遅く10月になってからだったので、例年よりク

ラシック歳時記「秋の部」が半月ずつ遅れた記述になってしまったのだが、今年は逆に数日早い。学校で

は水泳の補習週間だったのに、寒すぎて消化できずに困っている。

 さてこう何日も雨が続くと、雨の日に似つかわしい曲が聴きたくなる。

 そう思って、出勤どきにラックに手を伸ばして、取り出して行きのカーステで聴いた曲がモーツァルト

交響曲の25番K.183だ。

 言わずと知れた映画「アマデウス」の主題歌として使われた曲である。僕自身はモーツァルトを本格的

に聴き始めた大学時代、比較的早く29番イ長調K.201とのカップリングのLPを買って親しんだ曲だが、

世間一般的にはこの「アマデウス」の映画ヒットを境に有名曲の仲間入りをしたように思う。同じト短

調の40番ほどは昔から大衆人気を勝ち得ていた曲ではなかったように記憶している。

 しかし今や、押しも押されぬモーツァルトの代表曲。40番とセットでモーツァルトにとっての「宿命の

ト短調」ともてはやされている。

 改めて聴いてみても確かに名曲である。特に当時17歳、ザルツブルク時代の少年時代の同時期の作品群

の中でとび抜けて優れた「天才の証明」のような作品で、かつての神童モーツァルトが「突如天才として

火を噴いた」という形容がよくされる。

 実際1月から今回のNHK-BS「毎日モーツァルト」を毎日見ていった者として、神童モーツァルトといえ

ども、ケッヘル番号に従って作られた作品を年代順に追って見て行くと、それなりに一歩一歩音楽家とし

て成長し、作品として徐々に徐々に進歩している流れを番組を通じて感じていたのだが、番組の前半、す

なわちモーツァルトのザルツブルク時代の作品の中で、理解に苦しむほど全体の流れを乱すように突如現

れた天才的作品との印象を与えたのが、「ピアノ・ソナタ第8番イ短調 K.310」とこの交響曲25番の2つ

だ。

 前者が前後の作品に比べとび抜けた完成度の高さと衝撃力の強さを兼ね備えた曲として誕生した理由は

何となく理解できる。就職旅行の旅先であるパリで付き添ってきてくれた母がにわかに体調を崩し、急速

に死が彼女に忍び寄っている気配を敏感に感じ取ったモーツァルトが、母の死を予感しながらこの曲を書

いた。その特殊な状況が天才モーツァルトに、同時期の作品群から一頭抜きん出たデモーニッシュなピア

ノ曲を作らせたという一応の説明ができる。

 しかしこの25番のシンフォニーがなぜこの時期に作られたのかは、今日までのところ自分を納得させる

だけの理由を思いつけない。「突如天才が火を噴いた」というありきたりの常套句を繰り返すしかないの

だ。

 それほど人類史における稀有の天才モーツァルトの天才としての成熟、発展の過程の全体を眺めても、

この17歳という時期にこの交響曲が書かれたというのは、それだけでひとつの「事件」であると思う。



 雨の日、まず聴きたくなるモーツァルトの曲というと、この25番をまず想う。

 単純にいえば、モーツァルトの長調の曲は晴れた日に聴きたいものであり、短調のそれは雨の日に聴き

たくなる曲である。当たり前といえば当たり前の話である。(さらにもうひとつ言えば、特別1年中雨の

多い地域があるとすればそれは別として、普通はだいたい地球上どこでも晴天の日の方が多く、雨の日の

方がそれよりは少ないのではないか。モーツァルトの曲も全体では圧倒的に長調の曲が多く、短調の曲は

印象的なものが多いにしても数としては少ない。それは晴天の日の方が雨天の日よりも多いという自然の

理と同じだと、ずっと思っているのですが、それって乱暴な意見ですか?)だが他の作曲家に比べ、その

当たり前の原則が徹頭徹尾当てはまるのがモーツァルトの曲だと思う。(「全て偉大なものは単純であ

る。」(W.フルトヴェングラー))

 もうひとつ、雨の日になるとこの曲のことを想い出すのは、僕の愛聴盤がイシュトヴァン・ケルテス指

揮 ウィーン・フィル・ハーモニー管弦楽団だということと少しは関係があるかも知れない。

 「毎日モーツァルト」では、有名なオットー・クレンペラー指揮フィル・ハーモニア管弦楽団の演奏だ

った。ケルテス盤に比べ、もの凄く速い。オーケストラの合奏がこわれる寸前といっていいほど速い。そ

れによってこの曲の持つ恐ろしいまでのデモーニッシュな印象の表出に成功していることは間違いないが

(当時の英EMIの録音の悪さもあろうが)音響としての潤いはなかった。

 その点、ケルテス/ウィーン・フィルはロココの音楽と形容してよいほどの、穏健なテンポとしっとり

としたオーケストラの音の潤いがあった。それが雨の日に似合ったのかも知れないなと、激しく降る帰り

の車中でふと思った。

      (1972年のウィーン、ゾフィエンザールでの録音)(LP: SLC-8139)(CD: KICC-8251)


        
        
           秋の夜に紫朝をきけばしみじみとよその恋にも泣かれぬるかな   吉井勇

                      紫朝・・・盲目の新内芸人

 
 (半月以上のブランク、ごめんなさい! この時期職場が一番忙しい時期でした。)


<モーツァルトを全曲聴く>に挑戦のたぶさんのブログ『大好きがいっぱい!』の「モーツァルト:管楽

器のための協奏曲」の回(http://blogs.yahoo.co.jp/tab_jun/39301405.html )で、ホルン協奏曲第1番

K.412の第1楽章冒頭の旋律が

「これを聞くと私はなぜか、オペラ『魔笛』のパパゲーノのアリアを思い出してしまうのです。」

とたぶさんが仰ると、すかさず「ツァラストラ」ふじさんが

「わたしはロシア民謡の「トロイカ」を思い出すんですけどね。♪ふゆーの白樺な〜みきー を長調にし

た感じに聞こえません?」

とコメント。お二人の比喩がとてもよく分かるだけに、大爆(笑)。

 確かにホルン協奏曲第1番は「トロイカ」を長調にした曲とは秀逸な発想。おみごと!


 そんなユーモアのやり取りを読んでいたら、私の頭の中にも封印していたその手の発想がムラムラと

(フツフツと?)沸いてきましたよ。

 「モーツァルトの曲で「タン、タン、タヌキの金○○○♪ 」そっくりの曲があるって知ってました?

(この話題、スカトロ好きのモーツァルト自身大喜びするんじゃないかな?)さてその曲は何でしょう?

 何だかNHK-FMの「おしゃべりクラシック」や「気ままにクラシック」の「アレッ、よく聴くとどこか似

ているかもコーナー」みたいになってきましたが…。



 
 
 正解は・・・









 

 トリオソナタ集(ロンドン・ソナタ)Op.3から ソナタ ト長調 K.11


 第1楽章冒頭(そうして楽章の中に何度か出てくる)の付点リズムのメロディがそれっ。

 私の聴いているモーツァルト・トリオは鍵盤楽器がハンマー・フリューゲルなせいか、

 タン、タン、タンの音色が普通のピアノよりもそれっぽく聴こえる。(1973年録音 LP:ULS3302〜3H)

 最近出たBMGのドイツ・ハルモニア・ムンディ モーツァルト名盤撰[6](CD: BVCD-38155〜7)にも

収められていて、録音は違うがハンマー・フリューゲルなので、同じ演奏効果があるかも知れない。



 でも…一瞬(芸)ですよ。…(=_=;)




 

 <今日のモーツァルト>

        コンサート・アリア「私は知らぬ、この優しい愛情がどこからきたのか」K.294

        ヴァイオリン・ソナタ第24番 ハ長調K.296

 1月の終わりから始まったNHK-BS「毎日モーツァルト」は、モーツァルトが30歳の年、1786年の5月初演

の大作オペラ「フィガロの結婚」K.492 登場、の7月の末でひと休み。今月は夏の特集ということで

「モーツァルトと街」「モーツァルトと女性」といったさまざまなテーマで特別番組を組んでいる。

 私も今までこの番組の進行に沿う形でブログを書いてきたのだが、何せ向こうは週に5回(5曲)のペー

スで進むのに対し、こちらは週末にやっと1日の更新ということで、時間があれば書こうと思いながらそ

のままになってしまった話題も多い。そこでこれまでを振り返って幾つかのテーマを「落ち穂拾い」して

みようと思う。「補遺 毎日モーツァルト」だね!

 6ヶ月近く見てきた番組の流れの中でまず思い出すのは、3月の終わり頃やってた、マンハイムでのアロ

イジアへの恋心と、後ろ髪を引かれながらも彼女を残してパリに旅立ってしまったところ。

 アロイジアとはマンハイムの宮廷劇場の歌手フリードリン・フォン・ヴェーバー(あの有名なカール・

マイア・フォン・ヴェーバーの伯父にあたる)の次女アロイジア・ヴェーバー、当時17歳。彼女自身も宮

廷でも歌った駆け出しの歌手で、肖像画を見ると、ふっくらした頬の純な少女だった。

 ヨーロッパでも有数の音楽都市マンハイムでさまざまな音楽仲間と知り合ったモーツァルトは、とりわ

けこのヴェーバー一家と親しくなり、一緒に演奏旅行をする中で、ソプラノ歌手として非常な才能を持っ

たアロイジアのために幾つかのアリアを作曲し、モーツァルトがピアノ伴奏をし、アロイジアが歌うとい

うsituationの中で、彼はすっかりアロイジアに惚れこんでしまったのだ。


 モーツァルトがお熱を上げた女性というのは、「フィガロの結婚」の時のナンシー・ストーラス、「ド

ン・ジョヴァンニ」の際のヨゼファ・ドゥーシェク、そしてこのアロイジアのように高い音の出る美人の

ソプラノ歌手(コロラトゥーラ)っていうパターンが一番多いみたい。

 しかしその中で、モーツァルトがその生涯で最も強く愛した女性といえば、やはりアロイジア・ヴェー

バーではなかったか。

 もちろん彼の妻はコンスタンツェ・ヴェーバー。いわずと知れたヴェーバー家の4女でアロイジアの妹

 彼女が浪費家だとか、モーツァルトを置いて頻繁にバーデン・バーデンなどの温泉地に保養に出かけ散

財し、あげくにそこで若い男と戯れて、噂を聞いてモーツァルトがやきもきするとか、コンスタンツェに

は何かといい噂はないのだが、モーツァルト自身はずっと恋女房だと思っていたみたい。

 「おはよう!かわいい女房さん。君がよく眠り、何にも煩わされず、あまり突然起きたりせず、風邪を

ひかず、身をかがめたり反らしたりしないで、小間使いに腹をたてず、戸口の敷居につまずいたりしない

ことを祈るよ。僕が戻るまで家事の心配はしなくていい。とにかく君に何事も起こらないよう!」

これは新婚間もない頃、モーツァルトが早起きをして馬の遠乗りに出かけた時に、妻の枕元に置いた走り

書きのメモ。どうですか?女性の方々、朝起きてこんな置き手紙が置いてあったら。何気ない、いや他愛

もない表現だけれど、それだけに愛情が伝わってくる、『ラブレターの書き方』の教科書なんてのがあっ

たら、是非掲載されるべき優れた女性への恋文ですよね。

 という訳で「惚れ上手」のモーツァルトのこと、奥さんを大事にしたことも確かだけれども、アロイジ

アと結婚できなかったから、その妹コンスタンツェと一緒になったという面は絶対にあると思う。いわば

「形代(かたしろ)の恋」。

 何せ外見だけ考えても「黒い髪に黒い瞳の決して美人ではない」(とモーツァルト自身が言っている)

コンスタンツェと、最初は清楚、お次は妖艶な歌姫の肖像画が残るアロイジア。面食いのモーツァルトが

どちらかを取れといわれたら、後者を取るでしょう、おそらく。そして何といってもアロイジアには、モ

ーツァルトを生涯魅了し続けた天性の美しいソプラノの声がある。(モーツァルトはすでに人妻になった

アロイジアに生涯にわたって数々のアリアを捧げている。)

 さて、話を戻して、生涯を通じて最も愛したアロイジアとモーツァルトはなぜ結ばれなかったのか。

 それはパリで就職口を探すよう父親に叱責され、泣く泣くアロイジアのいるマンハイムを離れ、モーツ

ァルトがパリに旅立ってしまったから。

 ここにモーツァルトの人生を考える上で重要な要素(だと僕が思う)である、父レオポルトへのファー

ザー・コンプレックスという問題が横たわっているように思う。

 1778年2月4日の手紙でモーツァルトは父に、ヴェーバー一家のために(つまりアロイジアのために)イ

タリアに一緒に旅行するので、アロイジアがヴェローナの宮廷歌劇場の歌手になれるよう働きかけをして

くれるよう頼んでいる。モーツァルトとしては自分のつくったオペラで、コロラトゥーラを駆使したソプ

ラノをアロイジアに歌わせ、オペラの本場イタリアで一旗上げようという目論見なのである。というより

どうしたら恋するアロイジアと長くいることができるか、そのためにどのような戦略が必要かつ父レオポ

ルトを説得できるか、世渡りに疎いモーツァルトが必死に考えた策なのである。

 しかしそれに対する父の答えは冷たかった。

 「お前が平々凡々たる音楽家として世間から忘れ去られてしまうか、それとも有名な楽長として(あく

までレオポルトの頭の中には、出世というのはどこかの楽長になるというレベルなのですね)後世の人た

ちにまでも書物の中で読んでもらえるようになるか、それはひたすらお前の理性と生き方にかかってい

る。」(1778年2月12日の手紙より)

 モーツァルトの心は揺れ動く。父の言葉にしたがってもはや就職の見込みのないマンハイムを離れるべ

きか、それとも父の意思に背いても愛するアロイジアのいるこの地にとどまるべきか。

 そんな悩める22歳の青年モーツァルトの元へ、父からの決定的な手紙が届く。

 「お前はパリに発つのです!しかもすぐに!パリに行けば世界的な名声を得ることができるのだ。」

 父にきつく戒められ、3月モーツァルトはついにマンハイムを離れる決意をする。出発の2日前、マンハ

イムの音楽仲間がささやかな演奏会を開いてくれた。曲目は、


 3台のピアノのための協奏曲K.242(ピアノ協奏曲第7番)(アロイジアが第2ピアノを弾いた)

 コンサート・アリア2曲 「静かな空気」(『レ・パストーレ』より)

            「私は知らぬ、この優しい愛情がどこからきたのか」K.294


 もちろんモーツァルトが伴奏し、アロイジアが歌った。モーツァルトにとっても、アロイジアにとって

も万感胸に迫る演奏会だったことだろう。

 「ヴェーバー嬢は僕への想い出とささやかな感謝のしるしとして、2対のレース編みの袖飾りを心を込

めて編んでくれました。別れる時、みんな泣きました。玄関の戸口に佇(たたず)み、僕が街角を曲がるま

でずっと「さようなら」と叫んでいました。」(3月24日の手紙より)

(この場面、番組では当の3月24日に放送してくれました。NHKも芸が細かいのぅ。この日使われたBGM

はヴァイオリン・ソナタK.296。モーツァルト特有の憂いを秘めた穏やかな長調の調べが哀しい。)

 ヴォルフガングよ、なぜアロイジアを残してパリに行ってしまったんだぃ?

 パリで職を見つけ、ひと旗あげてアロイジアを迎えに来ようと想ったのかぃ?

 人生は移ろいやすい。ましてや女心は移ろいやすい。時を逃がしたら、それは二度と手にはできないん

だよ!

 案の定、それからわずか9ヶ月後。パリで職を得られず、その上旅先で母も亡くした傷心のモーツァル

トは父の帰郷せよという言葉を無視して、マンハイムのアロイジアの元を訪れる。しかし一家はすでにミ

ュンヘンへ。この年の暮れ、ようやくたどり着いたミュンヘンで再会したアロイジアは、もう9ヶ月前の

アロイジアその人ではなかった。すでにミュンヘンで歌手として成功し、脚光を浴びていた彼女の心はす

っかりモーツァルトから離れていた。冷たくそっけないアロイジアの態度にモーツァルトは落胆する。

「今日はただ泣きたいだけです。…もともと僕は字が下手くそです。でも生まれてから今度くらいまずく

書いたことはありません。僕には書けないのです。心は今にも泣き出しそうです…」(12月29日父あて)

 
 それから3年半後。1782年の8月4日、ウィーンのシュテファン大聖堂でモーツァルトはアロイジア

(すでにウィーンの宮廷俳優ヨーゼフ・ランゲと結婚していた。ちなみにこの夫君は、後にモーツァルト

の肖像画の中で最も有名な、憂いを帯びた未完成のモーツァルト像を描いた、あのランゲである)の妹

コンスタンツェと結婚する。故郷にいる父の反対を押し切って。

 
 1778年22歳のモーツァルトには父の意思に背いて、アロイジアとの人生を選ぶことはできなかった。

 しかし1782年26歳の彼は、父の懇願を無視し、コンスタンツェと結婚した。

 その違いは何だろう。もちろんその間の1781年5月の大司教コロレドとの反目から故郷ザルツブルクを

飛び出し、ウイーンに新天地を求めたことが大きい。コロレド、そしてザルツブルクとの訣別は、同時に

初めて父からの独立を意味する。様々な束縛から離れ、ウイーンで自らの才能だけに頼って生きようとし

た青年モーツァルト。

 しかしその後もモーツァルトの意識にはたえず父の存在というものがあったに違いない。映画「アマデ

ウス」でも父レオポルトが死んだショックを振り払うように、というより死後も自分の中に住み続け君臨

しようとする父の影を断ち切るように、すなわち自らのファーザー・コンプレックスとの戦いがオペラ

「ドン・ジョバンニ」のモチーフだというように描かれていた。(さらには未完の「レクイエム」の謎

の依頼者に、父の幻影を見るというような味付けもしていた。)

 自らの父親コンプレックスの呪縛から逃れるほどにはまだ成長していなかった22歳のモーツァルト。

 それがために彼は、おそらくは生涯に出会った中で最も愛したであろう女性アロイジアをしっかりと離

さずに自分の元につなぎとめておくことができなかった。


 この話が私の心を打つのは、この世に生まれたいかに多くの男と女が、様々な理由から、モーツァルト

のように一生で一番好きだった人と一緒には なれなかっただろうという事実への感歎からである。そし

てその冷徹な人生の真実から多くの悲劇がうまれ、喜劇ができ、さらにはそれをモチーフにした恋愛小説

が生まれ、お芝居が存在し、芸術作品があるのだというのも、また人間世界の真実だろうと思う。

               

                涼しさや 鐘をはなるる かねの音              蕪村

 <今日のモーツァルト>

             ピアノ協奏曲第22番変ホ長調K.482(1785年 29歳)


 目下、私の一番お気に入りのピアノ協奏曲。いや、モーツァルト作品全体の中で、今一番好きな曲かも

知れない。きっかけは学生時代からずっと聴いてきたこの曲のロベール・カザドシュのピアノ/ジョージ

・セル指揮クリーヴランド管弦楽団の演奏(LP: CBS-SONY 13AC1067)の廉価盤のCD(CD: FIC ANC-48)

を偶然手に入れたからなのだが。朝につけ、夜につけこの曲ばかり聴いている。特に第3楽章ロンドは朝

夕の出社退社の車の中で必ずかけている。そしてこの弾むような付点音符の陽気な旋律を聴きながらいつ

も思う。「もし日本中のドライバーが、このロンドを聴きながら運転をしていたら、イライラとか我先に

とか思う心が起こす交通事故など絶対に起きず、毎日happyな気分で過ごせるだろうに」と。

 この22番の第3楽章ロンドは映画「アマデウス」で使われたのでご存知の方も多いことと思う。

 場所はDVDのチャプター・リストのNo.17「内情を探る」。場面でいうと、サリエリが新しいメイドを

モーツァルト邸に送り込んで、モーツァルトたちが留守の間にそっと彼の作っている作品を見ようとす

るのだが、そのモーツァルト夫妻がピアノを召使の男たちに担がせて、自分たちは馬車で皇帝ヨーゼフ

2世が待つ野外演奏会に向かい、その御前で弾き振りで演奏するのがこのロンド。皇帝らの前で得意満面

にピアノを弾くモーツァルト。それを誇らしげに微笑みながら見守るコンスタンツェ。この映画でモーツ

ァルトが最も成功の頂点にいる場面かも知れない。軽快な馬のひづめの音と、この曲のテンポの良い付点

のリズムとが絶妙にマッチしていた。

 ちなみにこの少し前No.14「父レオポルト来たる」の直前、父レオポルトが初めてウィーンのモーツァ

ルトの住まいにやって来て待っているところへ、酔っ払い、ご機嫌でモーツァルトが朝帰りしてくるとこ

ろで使われていたのが、良く似たロンドのピアノ協奏曲15番の第3楽章。この主旋律って22番のロンドが

「タ、タンッ、タ、タンッ、タ、ターン、タ」と下から音階が上がっていくのに対し、15番のそれは反対

に高い方から下がってくるだけで、曲想は極めて良く似ているってことは前に指摘したとおりです。

(6/25ブログhttp://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/38372242.html

 さてこのピアノ協奏曲22番の3楽章の魅力ってどう言えばいいんだろう。天真爛漫、朗らかで悪戯好き

な、いつものお茶目なモーツァルトがそこにいる。でもそれだけじゃない。もうそれだけじゃない。

 この突き抜けたような明るさは一種の悟りに近い。

「死は最も親しい私の友人です。」とモーツァルトは父への手紙の中で書いたといわれる。

なぜ彼は若くしてそのような死生観を持ったのだろう?パリでともに旅先にあった母の死を目の当たり

にしたから?

 とにかくこれまでのような、いつもの陽気で底抜けに明るいモーツァルトの長調の曲なのに、なぜかこ

の曲の、それもフィナーレを聴いていると、その陽気さ、底抜けの明るさは「人間、いつかは死ぬんだ」

と悟りきった先にあるもの。「だから生きているうちが花なのさ。やりたいことをやって明るく生きよう

よ。」というモーツァルトのメッセージのように聴こえて、その至るところでその明るさに思わず涙ぐん

でしまうほど感動してしまう。

 せっかくCDでも聴くようになったので、デジタルにその箇所を指摘しよう。

 まずピアノがいきなり主旋律を奏で、オーケストラが和する冒頭の提示部が一段落したあとの、CDの演

奏表示でいうと1:20秒前後、オーケストラの3連附が「ザッ、ザッ、ザッ」とリズムを刻む中、静かにピ

アノが滑り込んでくるあたりのピアノのタッチのゾクゾク感!

 そして楽章の中間部メヌエット (CD 4:00前後から始まる)アンダンティーノ・カンタービレ、変イ長

調 。まず管に出て、次いでピアノがなぞるこの旋律こそ、平行して作曲していた「フィガロの結婚」の

あの大団円で流れる、アルマヴィーヴァ伯爵が自身の浮気心への許しを乞い、伯爵夫人がそれを許す♪pe

rdono♪(許したまえ)の旋律を思い起こさせる。映画「アマデウス」をご覧の方は、あの映画の中で最

も印象的な場面のひとつである、息子の世俗的な栄達を望む父レオポルトと、これまた世俗的な幸せな生

活を夢見るコンスタンツェが言い争いをする中で、ひとり仕事場にあるビリヤード台の上で玉を転がしな

がら「フィガロ」の作曲を続ける孤独なモーツァルトの姿に重なるあの旋律がこの♪perdono♪の音楽だ

 かつて「セビリアの理髪師」ではあんなに情熱的に愛してくれた夫が、長いこと愛の言葉を掛けてくれ

ることもなく、フィガロと結婚しようとする侍女スザンナに手を出そうとしている。この自分がスザンナ

に変装しているのにも気づかず、くどきの言葉を連ねる夫を、それでも「許そう」とする伯爵夫人。彼女

の心は、我々東洋風にいえば「諦観」ということになるのだろうか。そして「許し」の旋律はそのまま

我々にとっては「癒し」の音楽になる。

 「いずれ人は死すべきもの。だからこそ人生明るく生きようじゃないか。深刻ぶっていたってしょうが

ない。」モーツァルトという作曲家の音楽にも彼の人生そのものにも、「諦観」にも通じた、人生の達人

ともいうべき決然としたものを感じる。このピアノ協奏曲第22番は、底抜けに明るい楽想だけに、その

ことを聴く者に強く意識させる一曲だ。

 そういう想いがこみ上げてくるのを禁じえぬまま、いよいよ曲の大団円(CD 9:30秒過ぎ)にやってく

るピアノの最後のモノローグでは、もうこらえられない。「田舎っぺ大将」の大ちゃんの鼻ちょうちんの

ような大粒の涙がちょちょ切れてしまう私であります。


 この曲は1785年の12月23日、ウィーンはブルク劇場で皇帝ヨーゼフ2世臨席のもと開かれた、音楽家の

遺族たちのためのチャリティー演奏会で初演され、その第2楽章アンダンテ ハ短調がアンコールされた

という逸話を持つ。

 また第1楽章ではティンパニーも活躍する、快活かつ堂々としたスケールの大きな協奏曲で、私個人的

にはモーツァルト全27曲のピアノ協奏曲の頂点に立つ作品と今は考えています。

 仮にこの曲が頂点とすると、モーツァルトの後期のピアノ協奏曲は

                   22番
                 21番  23番
               20番      24番
             19番          25番
           18番              26番
         17番                  27番


という興味深い前後のシンメトリーが成り立つと思うのですが,如何でしょうか?


 演奏は前述したロベール・カザドシュのピアノ、ジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団の1959年

の録音を好んで聴いてます。この自然児のような演奏に慣れ親しんでいると、評判のバレンボイムの弾き

振りの演奏などは、あたかも「フルトヴェングラーのモーツァルト」とでもいうような、テンポを動かす

やり方に不自然さを感じてしまうのであります。


   






 

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