クラシック歳時記in松本 (あるいはモーツァルトとともに1年を)

今春発売の内田光子/テイトのCDでようやく好きになれました・・・モーツァルト ピアノ協奏曲第9番「ジュノム」

モーツァルト

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 今日は他の曲を話題にしようとLPレコードの棚からレコードを出し入れしていたら、テルツ少年合唱団

の「戴冠式ミサ」が出てきてビックリ!外盤(harmonia mundi 20 21875-9)だったので長いこと気づか

なかったのだ。いや、(演奏が)コレギウム・アウレウムのレコードだからとどこかの中古レコード屋さん

で見つけて買ってきたものの、苦手な宗教曲だったので、もしかしたら一度も針を下ろしてなかったのか

も知れない。過去に聴いた記憶がないのだ。

 さっそく聴いて二度ビックリ!合唱が少年合唱団なのはもちろんだが、ソリストもソプラノ役がハン

ス・ブッフヒールという可愛らしい男の子、アルト役もアンドレアス・シュタインという少年だった。

 で感想はというと、もうこれが最高!ボーイ・ソプラノ、ボーイ・アルト、少年合唱の天使のような歌

声が、聴いてるこちらの斜め前方45度の高みから、シャワーがゆっくりとスローモーションのごとく降り

注ぐように響き渡り、文字通り天上の音楽だ。

 テルツ少年合唱団の歌声は実力世界一。そんな宣伝文句は何度か目にしていた。この合唱団は1956年に

ゲルハルト・シュミット=ガーデン教授によって結成されたドイツの少年合唱団。とても早い時期から基

礎的な音楽教育を受けたメンバーの能力は非常に高く、また自発的訓練を基礎としているためか幼くして

ソロを歌えるメンバーも多いという。

 そう、何に感動したかって「自発的」な演奏、まさに音楽が自発性に、喜びに満ち溢れているのだ。

 この曲、戴冠式ミサ曲にますますハマってしまいそうだ。


                  ソプラノ(ボーイ・ソプラノ)ハンス・ブッフヒール
                  アルト(ボーイ・アルト)  アンドレアス・シュタイン
                  テノール           テオ・アルトマイヤー
                  バス              ミヒャエル・ショッパー
                  ゲルハルト・シュミット=ガーデン指揮 テルツ少年合唱団
                  合奏 : コレギウム・アウレウム合奏団 (1974年録音)
                  (国内盤 LP:HM-ULS3258 CD:BVCD-38058〜9)


 1981年版「レコード芸術」名曲名盤300選で宇野功芳氏と丸山圭介氏がベスト・レコードの第2位に推し

ていた。僕も早くCD買いに行かなくっちゃ!
   

【今日の作品】  セレナード第9番ニ長調K.320「ポストホルン」(1779年)

         ディヴェルティメント第17番ニ長調K.334 (1779〜80年)

         ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲変ホ長調K.364(1779年)

         ミサ曲ハ長調K.317「戴冠式ミサ」(1779年)

 
 NHK-BSの「毎日モーツァルト」は今、ケッヒェル番号でいうと300番台に来ている。1779年、モーツァ

ルト23歳。パリ、マンハイムへの彼の青年時代最後の大旅行からザルツブルクへ帰り、大司教コロレドの

もとで、宮廷オルガニストとして仕えていた頃である。

  1月から始まったこの番組、すなわちモーツァルトの人生の前半の大きな山場のような気がする。

 パリ、マンハイムへの旅はモーツァルトの人生にとっては、散々な旅だった。マンハイムでもパリでも

彼は就職活動に失敗し、その上パリで最愛の母アンナ・マリアを亡くす。落胆した彼が目指したのは父や

姉が待つ故郷ザルツブルクではなく、当時彼が恋していた歌姫アロイジア・ウェーバーがいたマンハイ

ム。しかしそこに彼女の姿はなかった。家族と共にすでにミュンヘンに引っ越していたのだ。父の制止の

手紙を振り切り、モーツァルトはミュンヘンへ。しかし9ヶ月ぶりに再会したアロイジアの応対はつれな

かった。ミュンヘンで歌手として成功し、今や名声も収入もモーツァルトをはるかに凌ぐようになった彼

女の心は、すでにモーツァルトから離れてしまっていたのだ。

 1778年12月29日、モーツァルトは父に宛てて手紙を書いた。

「25日無事当地(ミュンヘン)に到着したのですが、今までどうしてもお手紙できませんでした。お目に

かかって直接お話できる幸福な日まで、何事も申し上げますまい。今日はただ泣きたいだけです。…ご承

知の通り、もともと僕は字が下手くそです。でも生まれてから今度くらいまずく書いたことはありませ

ん。僕には書けないのです。心は今にも泣き出しそうです!どうかすぐ手紙を書いて僕を慰めて下さい…

ごきげんよう、最上の最愛のお父さん。新年おめでとう。これ以上は今日はとてもいえません。」(吉田

秀和編訳「モーツァルトの手紙」(講談社)より)

 旅先での母の死、就職活動の失敗、そして失恋。1年4ヶ月ぶりに故郷ザルツブルクに戻ったモーツァル

トだったが、しかしそこで待っていたのは単調で鬱々とした日々だった。パリ、マンハイム、ミュンヘ

ン、そしてウィーンと、旅の空で見てきた音楽都市に比べ満足なオペラ劇場ひとつない田舎街。そして音

楽に理解のない大司教コロレドのもとで仕える宮廷オルガニストの職。作るのは儀式のための宗教音楽ば

かり。しかも長くなりすぎないように、反復を止め、30分以内で曲を完結するようにというコロレドの要

求。

 ウィーンに向かって旅立つまでのこの故郷での2年間。もっぱら教会のための音楽の作曲と演奏に明け

暮れる日々の中で、モーツァルトの心中はいかばかりだったろうか。

 「名誉にかけて誓いますが、僕にはザルツブルクとその住民は、とても我慢できません。彼らの言葉、

彼らの生活態度がたまらないのです。…」(帰郷直前に父に宛てた手紙)

 鬱々と、そして悶々とした日々であったことが想像される。しかしここで天才の奇蹟がおこる。この

2年間のザルツブルク時代に、モーツァルト20代前半の傑作が次々と生まれるのだ。よくモーツァルトの

作品は実生活を必ずしも反映しないといわれるが、その典型的な例を我々はここに見ることになる。

 他にも挙げたい曲はあるが、番組でも採り上げられた4曲を。4曲とも、「ピアノ協奏曲第27番」や

「クラリネット協奏曲」など最晩年の曲のような一皮剥けた諦念のような凄みこそないものの、いずれも

美しい旋律に満ち溢れ、構成にも破綻がなく実に充実した作品ばかりで、彼が生涯に生み出した曲の中で

も最上級に挙げられると思う。

 例えば「戴冠式ミサ」。実に交響曲を思わせる重厚なオーケストレーション。ハイライトのアニュス・

デイの終わりでは、ソリストたちのオペラを思わせる華やかな重唱と合唱。モーツァルトが渾身の力で書

きあげた傑作だ。(この曲は今でもザルツブルク大聖堂で、毎年元旦、市民によって演奏され新年を迎え

ているという。)ラファエル・クーベリック指揮 バイエルン放送交響楽団&合唱団。エディット・マテ

ィス(ソプラノ)(LP:G-18MG4638)。番組でのヨッフム/バイエルン放送響の演奏も良かった。

 「ポストホルン・セレナード」の、たとえば第1楽章、第7楽章(フィナーレ)の充実ぶりはどうだ。

「充実」という言葉を音符にしたかのようだ。後期交響曲を思わせる堂々とした足取り。これは当時マン

ハイム学派が発明したという「クレシェンド奏法」をモーツァルトが巧みに取り入れたためだという。

(クレッシェンドなんて技術はもっと前からあったと思っていた。いきおいオーケストラの音量が大きく

なりバロック、古典派の比較的静かな曲想から、ロマン派への変化の重要な要素なのだという。)  

                       ベーム/ベルリン・フィル(1970年録音)(G-MG2248)

 なおこの曲では、コレギウム・アウレウム合奏団(1976年録音)(LP:HM-ULS3236)(CD:BVCD-38043)のひ

なびた管楽器の音色が個人的に大変気に入っている。第3、第4楽章のフルート、オーボエ、ファゴットの

独奏はまるで天上の楽園にいる思いで、去年夏に紹介したセレナード第5番K.204の演奏と全く同じ愉悦

を味わうことができます。(8/27のブログ http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/10031520.html

 次のディヴェルティメント17番K.334はすこぶるチャーミングな曲。第3楽章のメヌエットは「モーツ

ァルトのメヌエット」といったら、この曲を指すくらい有名な旋律。それ以上に魅力的なのが、第4楽章

のアダージョ!コレギウム・アウレウム合奏団(1981年録音)(LP:HM-ULS3310H)(CD:BVCD-38048)の、今

度はコンサートマスター、フランツヨーゼフ・マイヤーらの羊腸弦の柔らかな響きに魅了される。さらに

最後の第6楽章フィナーレを彼らは他のどの演奏よりも遅いテンポで、この永遠のロンドを心ゆくまで歌

い抜く。永遠に終わりがないかのように…。

 「ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲変ホ長調K.364」も傑作だ。長調短調の配置は逆だが

バッハの「二つのヴァイオリンのための協奏曲ニ短調BWV.1043と並び賞される名曲だと思う。

 第1楽章。やや長い序奏の後オーケストラに導かれるように、あたかもヴィオラとヴァイオリンが線を

ひくように、ユニゾンでスーッと入ってくるところなど、あまりの美しさにめまいを起こしたような錯覚

を覚える。カール・ベーム指揮ベルリン・フィル・ハーモニー(1964年録音)(LP:G-MGX7076) / コリ

ン・デイヴィス指揮ロンドン交響楽団 アルテュール・グリュミオー(Vn)他(1964年録音)(LP:Ph-X8663)

/ コレギウム・アウレウム合奏団 フランツヨーゼフ・マイアー(Vn)他(1978年録音)(LP:HM-ULS3310

H)(CD:BVCD-38039)の3種を聴いてきたが、ここはベルリン・フィルの往年の名手ブランディス(Vn)カ

ッポーネ(Va)のソロが魅力的なベーム盤を推しておきます。


 さて失意の旅の末、戻った故郷で不本意な生活を余儀なくされたこの頃のモーツァルトが、なぜ彼の生

涯に亘っての代表作ともいえる傑作を次々とつくることができたのか?

 モーツァルトほどその作曲当時の私生活とできた作品が乖離している音楽家はいないと言われる。そう

言ってしまえば、この疑問はそこで終わってしまうのだが、一方で前回のヴァイオリン・ソナタホ短調K

.304やピアノ・ソナタ8番ハ短調K.310のように明らかに母の病と死が反映された曲もあることも事実

だ。

 このザルツブルク時代の傑作でも、ポストホルン・セレナードの第5楽章 アンダンティーノのニ短調。

ディヴェルティメントK.334の第2楽章 主題と変奏 アンダンテのニ短調。協奏交響曲K.364 第2楽章

アンダンテのハ短調といった中間楽章の短調は、それまでの彼の作品の中に出てくる短調に比べ、ずっと

陰影に富んだ、奥行きのある哀しみの音楽として深まっており、これらの曲が名作であることを決定づけ

ている。故郷にて父と姉ナンネルの存在に、旅での相次ぐ試練、苦悩の経験が癒されながら、モーツァル

トの中で見事に芸術的に昇華されていたのだろう。

 無論技術的なことをいえば、何よりも当時の音楽の最先端地パリとマンハイムで、胸いっぱいに吸収し

てきた音楽様式と流行を、ここザルツブルクで作品として花開かせたことは間違いない。

 もうひとつ月並みな言い方だが、人は制約と不自由があればあるだけ、それを乗り越えようとするエネ

ルギーを漲らせていくのではないだろうか。十七音の俳句、あるいは三十一文字の短歌といった定型詩で

あればこそ、そこに込めようとする詩人の情熱のダイナミズムは、自由詩のそれ以上に凝縮され、極端に

緊張を孕みながら芸術としての質を高めていく。

 「宗教音楽」という枠の中で、彼が渾身の力を込めてそのオペラティックなエンターテインメント性を

、そしてシンフォニックな創作能力を発揮したのが「戴冠式ミサ」であり、友人の門出を祝ったり(ディ

ヴェルティメントK.334)、大学の卒業式を祝う(ポストホルン・セレナード)ために依頼された「機

会音楽」という場で、彼は旅に明け暮れた前半生で吸収しえた音楽的資質の全てを燃焼させたのではない

だろうか。

 
 ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。彼がついに大司教コロレドと決別し、故郷ザルツブルク

を後に、自由を求めて音楽の都ウィーンに向かったのは、その2年後の1781年、モーツァルト25歳の時で

ある。


 

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 モーツァルト  ヴァイオリン・ソナタ第28番 ホ短調 K.304  ( 1778年 22歳 パリにて)

     クララ・ハスキル(Pf)アルテュール・グリュミオー(Vn)(LP:Philips X-8552)(CD:Aile Disk GRN-509)



 モーツァルトの短調の曲は、長いことあまり好きになれなかった。

 モーツァルトの作った600を超える曲の圧倒的多くが長調の曲なのに、数少ない短調の曲がまるでモー

ツァルトの代表曲のように言われることが腑に落ちなかったからだ。(たとえば交響曲第40番ト短調K.

550。たとえば弦楽五重奏曲第4番ト短調K.516。この弦楽クインテットなどは、その第1楽章冒頭の旋律
 
を、小林秀雄が彼のエッセイの中で「疾走する悲しみ」と表現して、一躍モーツァルトの作品中の人気曲

のひとつになったものだ。)

 僕にとってモーツァルトの曲のイメージは、さわやかな初夏。あるいは澄みわたった青い空に鰯雲が浮

んでる初秋の風景。どちらにしても明るく快活な長調の曲のイメージだ。

「モーツァルトの曲は深刻さがないのはいいけれど、単純で軽すぎて何だか物足りない」っていう人がい

る。その人はきっと彼の長調の曲を指してそう言っているのだろう。冗談じゃない。モーツァルトの音楽

の真髄は長調の曲にある。僕はそう信じて疑わない。モーツァルトの長調の曲ほどその単純さと快活さの

影に、言い知れぬ深い哀しみや孤独を感じる音楽はない。

 たとえば晩年のクラリネット五重奏曲の第2楽章。映画「幸福」に使われた曲。まさにその名のとおり

幸福な心境とはこのようなものだ、と告げているかのような美しく穏やかな音楽だ。幸福感が永遠に続く

かのように充溢している…。しかし若い時はともかくとして、僕たちはある年齢を過ぎるとだんだん分か

ってくる。幸福とは決してそんなに長く続くものではないということを。だからある年齢を過ぎると、幸

福の瞬間にも決して100パーセントそれに浸ることはできない。いつこの幸福感は根こそぎ誰かに持って

いかれてしまうのではないか、とむしろ不安に思う。それが本当に幸福というものが分かったということ

ではないだろうか。

 このことは残念ながら僕が言い出したことではなく、いつか、15年ほど前にFMラジオで吉田秀和が言っ

ていたことだ。しかしそれを聞いた時よりも、今この年になって吉田秀和が言っていたことがいよいよ良

く分かる。今やこれから得るものよりも、失うものの方が多い、という年齢になったということだろう

か。

 話を戻そう。たとえばこのクラリネット五重奏曲第2楽章の美しさはよく、目にいっぱいの涙をうかべ

ながらも、口元に笑みを湛えた美しい女(ひと)の微笑みにたとえられる。モーツァルトの長調が天真爛

漫で単純な音楽のように見え、その背景に実に深淵で複雑な感情をたたえていることの一つの例である。

 
 この短調のヴァイオリン・ソナタを見直すきっかけになったのは、例の「毎日モーツァルト」だ。「母

の病」という回でこの曲が紹介されていた。全部で42曲あるモーツァルトのヴァイオリン・ソナタのう

ち、この曲K.304をはじめとするK.300台の最初の6曲が、モーツァルト22歳。母とともにパリを旅し

ていた時分の作品である。そして彼がなかなか実を結ばぬ就職活動に奔走している間に、旅先の宿舎でひ

とりモーツァルトを待ち続けた母は急速に健康を害してゆき、やがて1778年7月3日、息を引き取る。

 その夜、モーツァルトがザルツブルクにいる父に宛てて書いた手紙は、彼の遺した書簡の中で最も有名

なものである。「非常に不快な悲しいお知らせをしなければなりません。お母さんの加減が大変悪いので

す。…人はまだ望みがあるといいますが、僕はあんまりあてにしていません。もう数日の間、昼も夜も恐

れと望みの間にいますが、何事も神様の御旨にお任せして、ただあなたや姉さんも僕と同じようになって

下さることを望んでいます。…それではご機嫌よろしゅう。お身体にお気をつけになって、神様の御心に

お任せ下さい。そうすると慰めが得られます。愛するお母さんは万能の主の御手の中にあります。もし御

心に添うなら、僕がお願いするように、彼女を僕らにお返しになりましょうし、僕らは神の御恵みに感謝

しましょう。…それではご機嫌よう、愛するパパ、どうかご健康に気をつけて下さい…。」(「モーツァ

ルトの手紙」吉田秀和編訳(講談社)1974年)

 肉親の死という事実から家族が受けるであろう衝撃を、少しでも和らげようとしてついた、明白な、そ

してあまりにも美しい嘘。それから6日後、モーツァルトはやっと本当のことを父と姉に伝えている。

 「お父さんも姉さんも、僕のこの小さな嘘をお許し下さい。あなたがたのことを考えると、この恐ろし

い知らせを突然お知らせする勇気がなかったのです。…僕は泣いて気を鎮めようとしました。あなたがた

も泣かずにいられないものなら、どうぞお泣きになって気をお鎮め下さい…。」

 一方、最初の手紙を父に宛てて書いた同じ夜、モーツァルトは同じくザルツブルクにいる親友のブリン

ゲル神父には、本当のことを書き送っていた。「最良の友よ!(他言無用)友よ、僕と一緒に悲しんでく

れたまえ!今日は一生で最も悲しい日だった。聞いてくれたまえ、僕の母が、僕の愛する母はもういな

い!神が母をお召しになったんだ…。」と率直に母の死を伝え、死までの二週間、どんなに苦悩や不安、

心痛と戦ってきたか察してほしいと、切々と自分の悲しみを訴えている。

 母の死の直前に作られたというこのヴァイオリン・ソナタK.304は、この友人に宛てた手紙のよう

に、母の死の予感、そして彼の心の中の不安を、短調で直截に表現している。


 第1楽章 アレグロは彼の室内楽の作品にしては音の強弱の対比鋭く、劇的な表現が目を引く。このこ

とをアルフレッド・アインシュタインは「モーツァルトの作品の中の奇蹟のひとつ。それは感情の最も深

い奥底から発して、後にベートーヴェンがその門を開いた偉大なドラマの世界の扉を叩く交互的な対話風

のスタイルに到達している…」と述べている。

 第2楽章 テンポ・ディ・メヌエット 真に傑作なのはこの第2楽章だ。(名曲と呼ばれるもののうち

真に傑作の名に値するのは、第1楽章よりも後続の第2楽章以降がより優れている曲だと僕は思う。)

出だしのピアノのモノローグ。母を失うかも知れない予感が音符になった、というよりもモーツァルトと

いう「天才の孤独感」そのものを曲にしたような音楽に僕には聴こえる。そしていつも思う、モーツァル

トのピアノ・ソロの素晴らしさ。それはチャーミングな右手の旋律に、何気なくつけているようにみえる

左手による和音の深さ、シュールさ。(それを初めて実感したのは、例の映画「アマデウス」のエンディ

ングで使われた、ピアノ協奏曲第20番第2楽章のピアノ・ソロの部分だった。)そしてそれにからんでく

るヴァイオリン。ピアノが奏でたその旋律を、今度はヴァイオリンが弾くと、もっと哀しく聴こえるの

だ。

 ピアノからヴァイオリンへ、ヴァイオリンからピアノへと主旋律が受け継がれていくその自然さも見事

だが、もっと見事なのは、この楽章の真ん中で二度繰り返される、この曲唯一の長調の部分。悲しみで胸

がいっぱいになりながらも、目の前の人を気づかい、自分の心のうちを覚られぬようにそっと浮かべる微

笑み。そう、この長調の音楽は、父や姉に直截に母の死を知らせなかった、モーツァルトの肉親への優し

さそのものだ。

 再び冒頭の短調のメロディが繰り返された後の、ラストも素晴らしい。さながら母の魂が昇天するイメ

ージを既視したかのように、ヴァイオリンが飛翔して曲は閉じられる。

 「毎日モーツァルト」の番組では、この曲の魅力をノーベル賞物理学者、小柴昌俊は次のように語って

いた。「エッ、この曲のどこがいいかって?アンタだってそういうふうに聞かれたら、困っちゃうんじゃ

ないの?まぁ、強いて言えば、ちょっともの悲しいところ。それが心に沁み込んでくるというのかな。」

(僕もこんなふうに端的にものを言えるようになりたいものだ。)


P.S. モーツァルトのヴァイオリン・ソナタについては、ちょうど1年前の桜の花の季節に2曲を紹介した

ので、再録しておきます。

 4/16 春はバイオリン・ソナタ 2 … モーツァルト バイオリン・ソナタ第35番ト長調K.379

       http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/1543884.html

 4/17 モーツァルトのバイオリン・ソナタをもうひとつ  第42番イ長調K.526

       http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/1630081.html


 


 



 
 

 

ブログ再開します

2006年 4月 8日 (土)曇り時々雨、時々晴れ、そして黄砂


新しい年度も始まり、このブログも気分一新、タイトルも代え、新たにはじめたいと思います。

昨年度1年間、十二分に書けたとはいえないが、とにかく春夏秋冬の季節に合ったクラシック音楽を採り

上げて、ここ20年来の僕のクラシック音楽の聴き方を読者の皆さんにご紹介する、というコンセプトは、

3月でひと区切りにしたいと思います。そして新年度は

1.気軽に更新できるブログ

2.モーツァルト生誕250年の年ということで、僕の一番好きな音楽家モーツァルトの作品を改めて聴き

  直してみる

3.昨年度紹介しきれなかった季節を感じる曲を、落ち穂拾いのように採り上げる

4.季節にとらわれず、その日聴いたクラシック音楽の話をする

5.画像取り込みにも挑戦してみる

などのポリシーでブログを綴ってみたいと思いますので、昨年度同様、ご愛顧のほど、よろしくお願いい

たします。

ところでモーツァルト・イヤーの今年、日本だけではなく世界中でモーツァルト・ブームが過熱してい

るという。地元ザルツブルクを抱えるオーストリアでは観光客の爆発的増加、記念グッズの販売等による

経済的な「モーツァルト効果」を1兆円と見込んでいるそうな。実はこの2月に初めてイタリアにヨーロッ

パ旅行した自分も味を占めて、次はウィーンとザルツブルクに行ってみたいという気持ちが日々募るばか

り。

そんな今年モーツァルト・イヤーの、日本における一番の注目は、僕はNHK-BSの「毎日モーツァルト」

(月〜金午前8:01〜8:11、午後6:50〜7:00)という番組だと思うのです。紹介される曲が短すぎるという

ご意見もありますが、わずか10分間の中で、モーツァルトの人生の軌跡に沿って、重要なそして名曲を

次々に紹介していく手際の良さは、やはり秀逸だと思うのです。出勤前、帰宅後(たいてい間に合いませ

んが)に見ることで、1日の心地よいリズムをつくってくれるようです。今まで1日を除いて、全部録画し

ています。(イタリア旅行中は息子が撮ってくれました。)毎日1人ずつモーツァルト・ファンが登場

し、モーツァルト頌を披瀝してくれてますが、今まで登場した人たちの中では何といっても年の功、ドイ

ツ文学者の小塩節と宇宙物理学者の小柴昌俊がイイねぇ。満面の笑みを湛えて、目の中に入れても痛くな

いわが孫の自慢話でもするように、モーツァルトの魅力を語るその語り口は説得力がある。(その反対に

最悪は砂川しげひさ…僕の大好きな29番のシンフォニーを何であんな人、あんなコメント紹介する訳?

そんだったら僕ら素人に語らせた方がまだマシだよ、ホント。)

とにかくモーツァルトの誕生日1/30から命日の12/5までの240日、240曲を紹介するという小さな、そして

壮大なこの企画を、この1年の日々の楽しみにすることにしましょう。

 あっ、それからこのブログのタイトルは、木耳社という出版社から出された同名の書籍から採りまし

た。この本なんと20年も前、僕の大学生時代に買った日記形式というか、能率手帳形式の代物。つい最

近、朝日の1面下の書籍広告の欄に広告が載っててビックリ!20年前と全く変わらない体裁で、モーツァ

ルト・イヤーに便乗して再発売したということでしょうか。こんなところにも<モーツァルト効果>が現れ

ているのでしょうか。(でも、考えてみればこの本、生誕250年、没後250年、生誕300年…と記念年のた

びに売れて在庫がはけて、出版社にとっては結構ヒット書籍かもね。)



<今日の1曲>

モーツァルト (ヴァイオリンとピアノによる)「羊飼いセリメーヌ」による12の変奏曲」K.359(1781)

         ヘンリク・シェリング(Vn)イングリット・ヘプラー(Pf)(Ph-PC5614〜5619)(LP)

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