クラシック歳時記in松本 (あるいはモーツァルトとともに1年を)

今春発売の内田光子/テイトのCDでようやく好きになれました・・・モーツァルト ピアノ協奏曲第9番「ジュノム」

音楽歳時記

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 先日、NHK-FMで白神典子(しらがふみこ)シュナイダーのピアノ独奏で、ブルックナーの交響曲第7番第2楽章アダージョを聴いた。静かなピアノ演奏で聴くと、あのブルックナーが敬愛するワーグナーの訃報に接し、この曲を追悼に捧げたという旋律が、しみじみとしかし感動的に胸に迫る。

 「これは名演だ。」ラジオを聴きながら、こう叫んでしまった。

 最近、純然たる管弦楽曲をピアノ独奏で演奏するCDが目に付く。ファジル・サイの「春の祭典」(WPCS-21228)は有名だが、ニコライ・トカレフの「シェエラザード」の演奏もすごかった。

 これら最近の若手の野心的な演奏は、リスト以来の弾き手の超絶技巧、ヴィルトゥオーゾ性の誇示という面もあると思う。

 しかしこの白神のブルックナー(KKCC-2319)や、ちょっと古いところで岡城千歳のワーグナー編曲集(PPR224521)など、後期ロマン派の巨大な管弦楽曲をピアノソロで弾く試みは、単にそれだけでなく、巨大なオーケストレーションに隠れた彼らの音楽の、旋律の単純な美しさを再発見する楽しみがそこにはある。

 ところでこの白神のブルックナーのしみじみとした演奏(岡城のワーグナー演奏もそうだが)、CDタイトルの〜秋の宵 静かな思い〜言い得て妙である。

 秋というか、私には小春日和の縁側の日だまりで、丸くなって眠っているネコの横で静かに聴いていたいsituationだ。または冬のサンサンと陽の射すテラスで、シクラメンを愛でながら聴く音楽というイメージかな。

 とにかく不思議と心の中から、じわじわぽかぽかと暖かくなるような癒され、元気の出る音楽だ。

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9月23日(金)晴れ

 今日は秋分(秋に分かる)。あちらこちらで運動会の声。庭にはその名の通り彼岸花が、スーッと伸びた茎の上に冠のような鮮やかな朱色の花をつけている。そして田んぼはもう一面黄色に色づき、稲穂が重そうに実った首(こうべ)を垂れている。

今頃の田んぼって、何か秋の匂いがしませんか?、何かこうっ昔懐かしいような籾殻の匂いというか、お米の匂いというか…。そして稲刈りが済んだ田んぼからは急に藁の匂いがして…。

そういえば今年は随分と稲刈りが早かった。9月に入るとまもなく始めたところもあり、大方先日の3連休に済ませたところが多かったようだ。この分だとこの3連休で殆どが済んでしまうんだろうか。

 昔はもっと遅かったような気がする。10月に入ってすぐ位?子どもが生まれた時は、妻を入院させる時は当時の住宅の周りの田は一面黄金色だったのが、子どもが生まれて(10月9日)退院すると既に稲刈りが済み、刈られた稲が一斉にはぜ掛けに干されていたっけ。

 今年が米の生育に好条件だったのか。それともやはり温暖化が進んできた証なのか…。

 さて田んぼだけでなく、林や周りの山々も何となく色づいてきて、本格的に秋になったのだなぁと感ずるこの時季、聴きたくなるのが、ブラームスのセレナード第1番だ。

 ひろ@音楽的生活(http://blogs.yahoo.co.jp/tea_time1)のひろさんのおっしゃるように、秋といえばやはりブラームスの季節ですね。

 夏の残暑厳しい頃には、重たくてちょっと暑苦しい彼の音楽が、少し肌寒さを感じるようになってくると、急に聴きたくなるのです。ドボルザークもそのタイプかな。

 二人の音楽は共に重厚で、暖かみがあり、ちょっと粘着質で人懐っこい。(特にブラームスはウィーンで活躍したにもかかわらず)どこか垢抜けなくて田舎っぽい、土の香りがするような共通点がある。

秋という季節も、単なる夏から冬への橋渡しの期間というのではなく、人生の頂点ともいうべき輝く夏の季節が過ぎ、後は冬に向かって、人生の最後に向かってゆっくりと下っていくだけだというわびしさを感じさせる季節であり、来し方を振り返りつつも、これからは諦めること、諦念の情を友とすることが賢明な生き方なのだ、と人は心のどこかで自分を納得させたりするのだ。

 秋の陽の翳り、そんな言葉にブラームスの音楽はやはりぴったりなのだ。

 そのブラームス・シーズンの幕開けを告げる曲が、僕にとってはこのセレナード第1番。

 実はこの曲を知ったのは割と最近、8年前。東京の中古レコード屋で見つけたベルナルド・ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団の外盤で聴いたのが初めてであった。

 一聴して、傑作だと思った。クラシック音楽歴20数年にして、それまでこの曲を知らなかった不明を恥じた。

 よくブラームスファンは彼の交響曲が4つしかないことを嘆く。それでバイオリンとチェロのための二重協奏曲や、ピアノ協奏曲第1番を「第5の交響曲」などと呼ぶ人もいるが、私はこの曲こそブラームスの交響曲第5番というに相応しいと思う。

 重量感あふれる管弦楽の音色。各楽章の多彩な表現。コーダに向かって圧倒的に盛り上がっていく、感動的なフィナーレ。毎年9月に当地で開かれるサイトウ・キネン・フェスティバルで、是非メインに取り上げてほしい曲だ。

 作品番号11。若書きのブラームス25歳の作だ。当時彼はドイツ中部の小都市デトモルトの宮廷に仕え、9月から12月の3ヶ月間、ピアノ教師と合唱の指揮をした。3ヶ月の給料で1年分の生活費を得ることができた彼は、1年の残りの期間を故郷ハンブルクに戻り、創作活動に専念することができた。

 ウィーン古典派の音楽に憧れていた彼は、当時ハイドンの曲を研究し、往時流行ったセレナードを2曲創作した。この曲はそのうちの一曲で、重厚さに満ちながらも、快活、晴朗、健康的な曲に仕上がっている。

 この曲を一度も聴かれたことのない方は、あの「ハイドンの主題による変奏曲」を思い浮かべていただくと良い。終楽章などは非常によく似ているといってよい。

 しかし、すでにブラームスはここに至る数年間、激動の日々を過ごしていたのだ。

 彼が音楽家としてデビューしたのは、彼が20歳の時。「自分と同じ魂の夢想」をシューマンの音楽に見出した彼は、デュッセルドルフのシューマン夫妻宅を訪ね、自作のピアノ・ソナタを弾いた。

 ブラームスの天才をただちに見出したシューマンは、彼が創刊した『新音楽時報』に「新しき道」というエッセイを書き、ブラームスの才能を激賞し、一夜にして彼は若き名声を得たのだった。

 だが、翌年にはシューマンが精神錯乱からライン河に身を投げ、自殺未遂を図り、そのまま精神病院に収容される。恩師の異変にブラームスは直ちにデュッセルドルフに急行し、シューマンが世を去るまでの2年半の間、残されたシューマン一家のために献身的に援助の手を差し伸べた。

 当時シューマンの妻クララは6人の子どもを抱え、さらにもう一人を身籠っていた。ブラームスは何くれとなく家族の面倒を見、ピアニストとして家計を得るため演奏旅行をするクララに同伴したりして、二人の間は急接近することになる。

 音楽史上有名な大恋愛の末、シューマンと結ばれたクララは夫よりも9歳年下の当時33歳。夫の新しい弟子ブラームスから見れば13歳年上の美しい成熟した女性ということになる。

 いつしかお互いへの尊敬と親愛の情が、恋愛感情に発展していくことは自然のことであった。ブラームスの手紙の呼びかけは「尊敬する夫人」から「最も貴重な友」へ、そして「愛するクララ夫人」から「愛するクララ」へと変化していく。

 クララもブラームスへ宛てた手紙の中で、心許す者へだけの表現「Du あなた」を用いるようになっていく。

 しかし師シューマンの死が現実のものとなると、ブラームスはあれほど高揚していたクララへの想いを自ら断念させる。持って生まれた自制心が、自ら一線を越えることをさせなかったのである。

 内省的な性格の彼にとって、丸2年の日々を捧げ、あれほど接近し、自分をさらけ出すことができた女性を諦めることは、彼のその後の人生にまで影響を与える。

 その後出会った運命の女性、アガーテ・フォン・ジーボルトや、シューマンの娘ユーリエとの恋愛も、結局彼のもう一押しがなく実を結ばず、ブラームスはクララへの特別な想いを残しながら、生涯独身を貫くことになるのである。

 クララ一家がベルリンに去り、自らもデトモルトでの宮廷仕えを選んだ25歳のブラームスが書いたこの「セレナード」。

 表面上の快活さにも拘わらず、たとえば第3楽章のアダージョ・ノン・トロッポ、この緩徐楽章の底に静かに流れるのはクララへの断念。ブラームスの音楽の特徴である諦念の感情が、早くもこの作品、この楽章に現れていることを、静かに聴きとっていただきたいのです。

 演奏は前述したベルナルド・ハイティンク指揮のアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団。(1976年)(LP: PHILIPS 9500 322)

 この演奏、このレコードは僕の20年以上に亘る音楽生活にとっても、画期的なものとなった。

 自分のステレオを持ち、20年以上クラシック音楽を聴き続けて、この時初めて自分の好みというものを発見した気がした。つまり自分の一番好きなオーケストラの音が分かったのだ。それがアムステルダム・コンセルトヘボウであり、ハイティンクの指揮なのだ。

 どちらもいぶし銀というか、煌びやかさとか華やかさとかとは違う、重厚で生真面目で、派手さはないが楷書のようなオーソドックスな、かっちりとした音楽をやる音や解釈が好きなのだ、ということに初めて気づいたのだった。

 何か何十年も生き、中年にさしかかって、ようやく自分の気づかなかった性格を発見したような気恥ずかしさというか、こそばゆい感覚を味わったことを覚えている。

 以来このレコードは、私の秋の風物詩となり、またまた「あとこの曲何回聴けるかなぁ」と呟きながら、毎年ステレオの前で耳を傾けているのです。

 

 

 

9月15日(木)晴れ(最高気温25℃)

 関西のふじさんから、関西も今日から秋になったよ、というコメントをいただきました。

 松本も昨日までの残暑が嘘のように、朝夕は少し肌寒く、昼間の最高気温も25℃!

 前回からの続きで言うならば、残暑の中、庭を吹き抜ける「風」によって、人はまず秋の到来を知る。
その後、何回かの雨(大抵この時季の雨は野分、つまり台風による雨)の日を経て、ある日ふと気づくのです。道端の、既に満開になっている秋桜のかたまりの影が長く道路に伸びている。その影が薄く、弱くなっていることに。

 それは真夏のような暑さのあるうちは気が付かないのですが、ちょっと涼しくなると、影が薄く、言い換えれば陽の光が弱くなっていることに気づく。考えてみれば当然です。太陽が最も高い位置にあったのは6月の末。それからもう3ヶ月近く経つのです。陽は傾き、ものの影は長くなり、そして薄くなっている。

 いつの季節もそう。自然は日一日と少しずつ季節を変えている。それを何日かして人は、ある時ハッと気づく。その繰り返しです。

 でもほかの時に比べて、夏から秋への季節の変化がひときわ印象深いのは何故でしょうか。

 それは人生で言えば、ちょうど青春の時期を過ぎて中年にさしかかる時のような、あるいは人生の上り坂の時期が終わって、これからは下り坂になるんだということを初めて自覚した日のような、淋しさ、悲哀、大げさにいえば衝撃を伴うものだからでしょうか。

 「風」によって秋の到来を知り、「影」の薄さによって秋の深まりを実感する、そんな今頃の季節にぴったりだと思う音楽が、今日ご紹介するモーツァルトの弦楽四重奏曲第14番です。

 モーツァルトの弦楽四重奏曲は全部で23曲あるが、その中でこの14番から始まり、19番「不協和音」(5/28付で紹介)に終わる6曲は「ハイドン・セット」と呼ばれ、この分野の彼の作品群の中の最高峰であることはよく知られている。

 (20番以降の作品が悪いという訳ではない。この6曲の完成度が飛びぬけて高いのだ。その点20番以降はちょっと枯れすぎている。要するにピークを過ぎた感じがしてしまうのだ。しかしそれはそれでその枯れた感じを、たとえば11月の晩秋に味わうのも一興!)


 また季節感という点では、シューベルトの弦楽四重奏曲が、ちょうど3月の春先のBGMに8番あたりが相応しく、1曲ごとにまるで季節の深まりに合わせるかのように、順を追うごとに作品が充実し、最後の15番が4月の終わり頃に似つかわしい。作品の充実と季節の深まりがパラレルになっているように、モーツァルトの弦楽四重奏(SQ)は丁度その逆。

 つまり14番が秋の始まりの曲だとすると、15番、16番…と順を追うごとに季節は深まり、最後の22番、23番あたりは晩秋のすすき野、枯れ野に似合ったどんどんシブい曲になっていると言えませんか?

 閑話休題。ハイドン・セットというあだ名は、モーツァルトがこれらのSQを作るに当たり、このジャンルを確立し、100以上のSQを遺したハイドンのそれを徹底的に研究し、主題(テーマ)同士の緊密な構成感を獲得するに至ったことを、ハイドンに感謝し、これ等6曲の傑作群を感動的な献呈の辞とともにハイドンに捧げたという、有名なエピソードに由来する。

 この14番。4楽章全てが魅力的だ。

 第1楽章。アレグロ・ヴィヴァーチェ・アッサイ(非常に生き生きと速く)。不意に始まる第1主題。揺り籠に揺られるようなシンコペーションと極端なまでの強弱の波が印象的で、一度聴いたら忘れられない人懐っこい第2主題。そうとは気づかぬほどの転調の妙。

 第2楽章。メヌエット。異例なほどの長く壮大なメヌエット。ここでも半音階とシンコペーションのテクニックが、絶妙に駆使され、極めて多彩な表現となっている。

 第3楽章。アンダンテ・カンタービレ。モーツァルトらしい優雅さを湛えた、美しい緩徐楽章。この楽章に限らないが、モーツァルトの音楽の最大の美点は、転調の妙。長調の曲があっという間に短調になり、また気づかぬ速さで長調に戻る。例えていえば、旧軽井沢の別荘地域の森を車で駆け抜ける時の、陽の光が木洩れ日となって照らしたり遮られたりを、瞬く間に何度も繰り返す感じだろうか。

 モーツァルトほど目にも止まらぬ速さで、長調から短調へ、短調から長調へ。最短距離、最短時間で転調できる作曲家は他にいない。だから冗長という言葉とはまるで無縁な、淀みのないきわめて自然な流れの音楽になるのだ。

 そしてたとえばこの曲のどの楽章を取っても、それは長調なのに、なぜか哀しくなる。微笑みの目元にうっすらと涙が光っているような。この曲が秋という季節を連想させるのは、その辺りなのだろうか。

 第4楽章。冒頭の4声のフーガは、あの「ジュピター」フィナーレ冒頭の、感動的なまでに完璧なフーガを誰の耳にも想起させる。この曲を作る直前、ウィーンでモーツァルトはある男爵のもとでバッハの音楽を知るという「バッハ体験」と呼ぶに相応しい経験を積んだという。

 モーツァルトその人の中から、湧くように出てくるコケティッシュな旋律。そこへバッハの崇高な対位法と、ハイドンから学んだ緊密なソナタ形式の融合という、それはまさに鬼に金棒の書法を彼が自分のものとした瞬間だったのである。

 演奏は、LPではアルバン・ベルク四重奏団の1977年録音の旧盤を愛聴しています。(K17C-8318)アルバン・ベルクは1987〜1990年にかけてEMIに新録音を残し(TOCE-9001)、完成度からいってそちらがベスト盤の誉れ高いのですが、旧盤の若々しい躍動的な演奏も捨てがたいところ。

 CDは、廉価盤(1000円)のベルリン弦楽四重奏団のもの(TKCC-15279)を主に車の中で流していますが、個人的にはこれで十分満足して聴いています。このシリーズ、ジャケットのフェルメールの絵も魅力の一つですね。


 

9月6日(火)曇り

 夏の終わり頃、依然として太陽は照りつけ厳しい残暑が続いているのだけれど、ふっと思いがけず、夏の間には感じられなかった強さの風が庭を吹き抜ける一瞬、というものが毎年ある。

 そう、夏から秋への季節の変化は、年によって違いはあるけれど、立秋からお盆すぎ頃にかけて、まず最初に「風」によって感じることができる。

 この季節感、季節の変化を感じる心は、歴史を遡っても日本人共通のものだったらしく、平安時代の和歌集『古今和歌集』には、藤原敏行が詠んだ人口に膾炙した歌がある。

 「秋来ぬと目にはさやかに見えねども 風の音にぞ驚かれぬる」

 この歌は『古今集』の「秋歌」(秋の巻)の冒頭にある。つまり今から1000年以上も前に(今年はちょうど『古今和歌集』誕生1100年だ!)、既に日本人の感性の中に風によって秋の到来を知る、という季節感、美意識が定着していたのだ。

 さらに時代を遡って1300年前の万葉の頃の歌には、おそらくこの時季に詠まれたであろう僕の好きな歌がある。

 「君待つと我が恋ひをれば 我が屋戸のすだれ動かし秋の風吹く」(額田王)

 万葉の女流歌人額田王がこのとき待っていたのは、相思相愛の最初の夫、大海人皇子ではなく、その兄で時の権力者中大兄皇子。

 略奪愛に近い形で大海人から引き離され、今、中大兄皇子の想い人になっているであろう額田王の心中はどうだったのだろうか。それはともかくとして、想い人が来た気配と感じられたこの風は、「すだれ」という言葉から、やはり秋の初めの風であったように思われる。

 今、毎年毎年この時季に秋を告げる風を身に受けながら、このような皮膚感覚を古(いにしえ)の人たちと共有していることへの不思議さと、何かしら安堵の感と感謝の念を感じずにはいられない。

 またこの季節感の共有というものが、日本文学の一番の特徴であり、価値でもあるように思う。

 さて今年はいつその風が吹いたのだろうか。結論から言うと、ちょうどその頃から台風が幾つも日本にやって来て、今年は秋を告げる風なのか、台風の風なのか、判然としないまま今日を迎えてしまったというのが正直なところだ。
 
 候補はいくつかある。猛暑が続いた先月の20日にシベリウスの4番のことを書いたその翌日、21日の日曜日。急に涼しくなって少し涼しい風が吹いたのだが、遠くから近づいて来た台風11号の影響だったようだ。

 またその台風(それとも次の台風かな)がゆっくりと過ぎ去った28日の日曜日の夜、「ヒュルヒュルヒュルー」と音を立てて風が吹き込んできたのだが、またもや遠い台風14号の影響かなと躊躇しているうちに、超鈍足台風のお蔭で1週間が過ぎてしまった。
 
 明日は9月7日、白露(はくろ…冷涼にして露白(かがや)く)。暦はどんどん進んでしまい、もう秋に入っていることは間違いない。

 例年一番季節の境い目というか、変化がはっきり分かる夏から秋の季節の切り替わりの瞬間(「今日から秋!」っていう)を、今年は確信をもって確認することができなくて、何だか一つ損をしたような気分だ。

 その判定にぐずぐずしていたのが、この1週間のブランクの理由でした。

 さて前ふりがだいぶ長くなってしまったが、この夏から秋への時季、秋の到来を告げる爽やかな風を身に浴びるように、一日中でも聴いていたいのが、モーツァルトの交響曲第39番だ。僕がモーツァルトの中で最も愛する曲である。

 ご承知のようにこの交響曲は35番以降のいわゆる6大交響曲の一つであり、特に、続く40番ト短調、41番「ジュピター」とで3大交響曲と呼ばれ、それぞれ全く様相の違うこの3曲をわずか1ヶ月半で書き上げたという、モーツァルトの天才の証明のエピソードとしてよく取り上げられる。

 一般には「宿命のト短調」40番や、古典派交響曲の最高峰41番「ジュピター」に比べても、また「ハフナー」「リンツ」「プラハ」とそれぞれ愛称のついたその他の6大交響曲に比べても、名前のついていないこの39番は、人気や演奏会で演奏される回数は随分低いように思われる。

 しかし私はモーツァルトの作った最も優れた交響曲だと思う。「調和と均衡」(バランス&ハーモニー)という点で41番を凌ぐ。一言でいって、軽やかであり爽やかな曲だ。

 第1楽章。アレグロ・コン・スピリット。3分ほどのやや長いハイドン風の荘重な序奏(重々しいのは曲全体の中でここだけ)の後、弦に出る颯爽とした第1主題(テーマ)。これこそ万葉の古より日本人が連綿と感じ取ってきた、秋の到来を告げて吹き渡る風を音楽で表現したものであるかのようだ。

 酷暑に別れを告げ、ようやく凌ぎやすい季節がやってくることへの喜びと同時に、そうとはいえ、あの夏の情熱の日々が過去のものになっていってしまうことへのある種の哀しさ、はかなさ。その二面性を持ちながらも、あくまでも爽やかな主旋律が風のように鳴り渡る。

 第2楽章。アンダンテ。第1楽章の旋律が持つ哀しさ、はかなさがここではさらに展開され、静謐(せいひつ)な世界が形作られている。静謐な世界といっても天国というよりは、そこは彼岸という言葉の方が相応しいようだ。
 
 私にはその彼岸の世界に、静かに白鳥が佇んでいる情景が目に浮かぶ。この39番が時にモーツァルトの「白鳥の歌」と言われるのは、そんなこの第2楽章のイメージから名づけられたのではないだろうか。モーツァルトの交響曲の中で、最も優れた緩徐楽章だと思う。

 第3楽章。メヌエット。一度聴いたら忘れられない、モーツァルトその人のような人懐っこい旋律。

 中間部トリオも有名だ。当時としては珍しいクラリネットが旋律を吹く。(余談だが、妻のお産の時、秋だったということもあり、普段しょっちゅう聴いていたこの曲のこのクラリネットの3拍子の部分に合わせて、二人で「ヒーヒーフー」の呼吸法の練習をしていた。こんな曲でお産の呼吸法やったのはうち位だよねって、時々そんな思い出話が出る。)

 第4楽章フィナーレ。ブレスト。軽快でユーモラスで、まさしくモーツァルト自身のような音楽。フィガロや魔笛のあの、ドタバタでどんでん返しの世界に真っ直ぐにつながっている。そして全くの予告なしに、曲はスパッとあっけなく終わる。

 後のベートーベンなどロマン派の人には考えられないあっけない終わり方だが、モーツァルトには「バイオリン協奏曲第3番」など似たものはいくらでもある。自分の曲にさほどの執着を見せない、モーツァルトならではの軽(かろ)み、美意識がそこにある。

 以上改めて振り返ると、この曲はその軽やかさ、溌剌さ、爽やかさから、モーツァルトその人が音楽になった曲であるかのような印象を受ける。そこが私がモーツァルトの作品の中で、最もこの曲を愛する理由なのかも知れない。

 演奏はフランス・ブリュッヘン指揮18世紀オーケストラなどの最近の古楽器演奏のものも評価が高いが、私はこの曲はやはりブルーノ・ワルター指揮のコロンビア交響楽団の昔の演奏を愛します。(LP: CS SOCL1053)(CD: SRCR2302)

 モーツァルトの音楽の生命である曲の自然な流れ、地球上で一人重力から免れているような軽やかさ、低音がしっかりと高音を支えているからこそ生み出される全体の絶妙な調和(ハーモニー)と均衡(バランス)。これらをしっかりと再現しているのは、やはり20世紀最高のモーツァルト指揮者ワルターではないでしょうか。

 毎年毎年、この時季にこの曲を聴く。それこそ毎日のように聴く。それでも思う。

 「あと何回、この晩夏から初秋という一年で最も好きな季節を迎えられるのだろうか。
  そして自分は死ぬまでにあと何回、このレコードを聴けるのだろうか。」と。


  「人生 看得(みう)るは 幾(いく)清明(せいめい)」(蘇東坡)


 

 

 

 






 

 

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8月29日(月)晴れ

 朝晩幾分涼しくなったとはいえ、日中は30℃を越える真夏日。まだ夏の曲を紹介してもいいだろう。

 前に午後はバッハのゴルトベルク変奏曲(弦楽版)を聴きながらシエスタ(お昼寝)しましょ!といいましたが、そのお昼寝の夢の中に出てくるような曲が、今日紹介するシューベルトの八重奏曲です。

 彼の室内楽としては最大の規模のもので、編成はバイオリン2、ビオラ、チェロそれぞれ1に、コントラバス、クラリネット、ファゴット、ホルン各1。

 編成も大きいが、長さも長い。室内楽ながら有に1時間にならんとする長さだ。いったいにシューベルトの曲は当時(ロマン派初期)としては長い。交響曲8(9)番は「天国的長さ」(シューマン)と言われ、その他にも弦楽五重奏曲、弦楽四重奏曲第15番など…。

 シューベルトの曲の長さという点にこだわると、それがシューベルトという作曲家の魅力であり、本質につながる話なので、それこそ長い長ーいお話になってしまう。

 なのでここでは簡潔にいうが、ハイドンが作り、ベートーベンが完成させたソナタ形式という曲の作り方によって、いくつかの旋律が浮かんだだけで、ソナタ形式という型にはめて作れば、一つの作品ができる。ベートーベン、ブラームスなどの作品の多くはそうやって作られた。

 しかしシューベルトは違う。彼の脳裏には次から次へと魅惑的な旋律が浮かび、彼はそれを書き留めるのに精一杯。ソナタ形式に頼らぬとも有に一曲分の長さの作品ができてしまう。

 しかも彼は浮かんできた旋律を愛し、慈しみ、それを繰り返し繰り返し飽きるまで弾き続け、さらにその主題をいくつにも変奏し、もうこれでいいや、というところで曲を閉じる。全部がそうではないが、そう考えた方が良さそうな作品がたくさんある。

 (タイプはまったく違うが、同じ考えで曲を長く長−く作っていったのがブルックナーだと思う。シューベルトは実はブルックナーの直接の先駆者なのだ。)

 さてこの曲をシューベルトが作った経緯は、実は彼が尊敬するベートーベンが遺した七重奏曲に匹敵する曲を書こうとしたからだ。

 勿論ベートーベンの七重奏曲(当時この曲はウィーンでは知らぬ者がないと言われた程、流行った曲だった)のような曲を書いてくれ、という依頼があったからなのだが、6楽章であること、さらにその構成まで殆どそっくりに近い。意識してそうしたのだ。

 今、両者を聴き比べると、シューベルトの八重奏曲の方が曲として断然素晴らしい(と私は思う)。「青は藍より出でて藍より青し」である。

 第1楽章。アダージョの序奏からアレグロの主部へ。曲に推進力があり、室内楽というよりは交響曲風だ。しかし今聴いているコレギウム・アウレウムの演奏では、いつものドイツ、キルハイムにあるフッガー城、糸杉の間の残響豊かな空間に、ナチュラルホルンや1790年モデルのクラリネットの鄙びた音色が響きわたり、夏の午後の物憂く、けだるい雰囲気をいや増す。何だか自分が寝ているのか、起きているのか分からなくなってくる。

 第2楽章アダージョ。鄙びた音色のクラリネットの息の長い主題が続く。物憂いモノローグが何かを想い出させる。そうだ、モーツァルトのクラリネット五重奏曲の第2楽章だ。夢見るようなクラリネットの音色が心地よく、本当に寝てしまいそうだ。あっ!最初から寝てたのか。

 クラリネットにからむチェロの音も素晴らしい。1760年製のニコラ・ガグリアーノを弾くのは第1チェロ奏者ルドルフ・マンダルカ。当時専門家の間ではマンダルカこそ世界一のチェリストという意見も多かったという。しかし彼は個人プレーヤーの道を選ばず、コレギウム・アウレウムのアンサンブルを選んだのだ。

 第3楽章アレグロ・ヴィヴァーチェ。スケルツォの楽章でこの曲の中では最も短いが、最も印象に残る。その躍動感、楽器たちの夢見る音色ゆえに。

 第4楽章アンダンテ。もしかしたらこの楽章がこの曲のハイライトかも知れない。緩徐楽章だが、主題と7つの変奏とコーダから成る。

 ちょうど以前紹介した、歌曲「ます」の旋律を主題とした五重奏曲「ます」の第4楽章をイメージしてもらえばよい。主題(テーマ)は、自作のジングシュピール(歌芝居)「ザラマンカの友人たち」から採った、いかにもシューベルトらしい美しいメロディ。この楽章こそロマンティック度全開だ。

 次々といろいろな楽器が受け継いで、七つの変奏が続くのだが、やはりチェロとクラリネットがからむ第4変奏が、自分的には一番好きだ。


 主題と変奏。theme and variation. 初めにも書いたが、シューベルトの音楽には「ます」のように変奏曲の楽章の曲というのが、結構あり、それが彼の作品が長い一つの理由になっている。

 でも私には彼が変奏曲を好むのが良く分かるような気がする。なぜなら主題(テーマ)と変奏(ヴァリエーション)とは人生そのものだから。「人生は変奏曲だ。」

 私は思うのです。人間ってその一生の中で、様々な展開の中で、年代ごとに変化しているようでいて、実は生まれついた時からの、物心ついた頃の自分と全然変わっていないのではないか。

 変化しているように見えて、成長しているように見えて、一生を通じて変わらない核(コア)のようなものを抱き続けているのではないか。その変わらない主題(テーマ)が、ただ変奏曲(ヴァリエーション)となって、様々な形になって現れたにすぎないのではないかと。

 「三つ子の魂、百まで」といいますが、年を重ねるにつれて変貌している、あるいは成長していると自分では思っているその深部では、生まれてきた時と変わらないテーマがいつも通奏低音のように鳴り響いている…。

 もしかしたらシューベルトという人は28歳という生涯の中で、そのことを分かっていたのではないかなって、ふとそんなことを思うのです。

 
 第5楽章メヌエット。夢見るようなクラリネットの音色。ホルンの音はまるで彼岸、あるいは天国から聞こえてくるようだ。

 第6楽章フィナーレは、アンダンテ・モルトのドラマティックな序奏から快活なアレグロへ。小粋なフィナーレのフレージングが、この曲がウィーンの街の空気の中で生まれてきたことを改めて感じさせる。 
 
 全体を通して、夢見るような曲想、音色が、真夏のけだるい白昼夢のBGMのような印象を僕にもたらしたのでしょうか。

 演奏は、できればこれもコレギウム・アウレウムのもので聴いてみてほしいのです。録音も1978年と彼等としては比較的新しい部類に入るし、昨年、廉価版CDとして再販されたので、お求め安くなったのではないでしょうか。

 先輩のベートーベンの七重奏曲がカップリング、というのがご愛嬌ですね。(Bmg ジャパン BVCD38054 )

 

 
 

 


 
 

 


 

 
 

 

 

 

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