クラシック歳時記in松本 (あるいはモーツァルトとともに1年を)

今春発売の内田光子/テイトのCDでようやく好きになれました・・・モーツァルト ピアノ協奏曲第9番「ジュノム」

音楽歳時記

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8月27日(土)晴れ

 またまた1週間のご無沙汰になってしまった。

 実は前回の21日の翌日から涼しい日が続いて、「ンン、これは季節の変わり目?」と思っていたら、どうやらこれは台風11号の影響で、しかもこの台風が超スローペースだったものだから、この1週間ずっと雨模様、台風模様で困った。「台風の時のクラシック音楽」って浮かばなくて…。考えたこともなかったナァ。

 で今日は久しぶりの晴天。それも台風が置いていった熱気でムンムンの残暑。「ミーンミーン」と蝉も最後とばかりに大合唱。
 
 ということで、まだもう1日夏の快適音楽をお届けしても良いでしょう、ということで、私のとっておきの1枚をご紹介しましょう。

 それはコレギウム・アウレウム奏するモーツァルトのセレナード第5番。

 コレギウム・アウレウム(黄金の楽団の意)は既に何回か紹介してきた1962年創設の古楽器の合奏団。

 最近は、特に1980年代以降(私の実感としてはホグウッド指揮エイシェントCO以降かな)、続々と古楽器演奏の団体が増え、今や古楽器を用いるだけではダメで、当時の演奏スタイルに忠実に演奏する、古楽器・古楽演奏が一般的になってきた。

 そこで古楽器演奏としては走りだが、古楽器を用いてるだけで、当時の演奏スタイルをとっていないコレギウム・アウレウムの演奏は、「中途半端」「偽古楽」の一言で片付けられて、もはや過去の人達という評価を一般には受けているらしい。

 BUT! 私は思うのです。

 過去の音楽作品が、作曲された当時はどのように演奏されていたのかを学問的に追究して、それを忠実に再現するということは、確かに重要なことだろう。

 また今日の古楽器・古楽演奏で名演奏として、多くの人を感動させる演奏も確かにあるだろう。

 しかしそのことと、その演奏が音楽的に素晴らしく、また美しく、人を感動させるということとは、また別の次元の話ではないか。18世紀の音楽をその当時の楽器を使っていない演奏だからすべてダメとか、19世紀的なロマンティックな演奏法をしているものはすべて聴く価値がないとか、それって何か教条主義的で、私には了見の狭い藝術の聞き方に思える。

 事実、私にとってはモーツァルトのセレナードやディヴェルティメント演奏で、最高に美音に酔い、うっとりとさせ、聴いている中、幸せな心地にさせてくれるのは、このコレギウム・アウレウムの演奏だ。

 羊腸弦で奏でるため、刺激音がなく柔らかい音色の弦楽器。古めかしく、どこか優しく懐かしい響きの木管楽器たち。それらをたっぷり響かせる、ゆっくりめの19世紀ロマン主義的な演奏のテンポ。

 それらが相俟って、聴く者にこの上ない安らぎを与えてくれる彼等の演奏を、古臭いと聞かずじまいの人は「もったいない」と思ってしまいます。

 こちらは死ぬまでずっと聴いていたいし、もし戦争がおきて空襲になったら、彼等のLPレコードだけは庭に穴を掘って埋めよう。そして再びそれらを聴ける日が来ることを祈ろう。

 (昔、第二次大戦の末期、吉田秀和は所蔵のSPレコードのうち、最後までメンデルスゾーンのピアノ三重奏曲第1番とどちらにするか迷ったあげく、フォーレのピアノ五重奏曲第2番のレコードを庭の穴に埋めたという。「私の好きな曲」(新潮文庫)より)

 最近コレギウム・アウレウムのモーツァルトやバッハ演奏がCDで再発売されたという。

 一時の魔女狩りの時期が過ぎ、ようやく落ち着いて聴くことによって、彼らの音楽の美しさや素晴らしさがまた懐かしくなった人が増えたということだろうか。

 再販された彼等のCD、すべてお薦めしたい。特にモーツァルトの全て、バッハの多く、シューベルトの八重奏曲などは特にお薦めだ。詳しくはhttp://www.bmgjapan.com/dhm/

 さてコレギウム・アウレウムの演奏するモーツァルトのセレナードで、私が最も愛するのは第5番ニ長調KV204です。(LP: TEICHIKU KUX-3251-H)(残念ながら上記の再販CDリストには入っていませんでした。)

(2006年、言わずと知れたモーツァルト・イヤーに、コレギウム・アウレウムのモーツァルトCDがまたまた再販され、この第5番も3枚組のセレナード集に収められています。(BVCD-38143〜45))


 モーツァルトのセレナードは第7番「ハフナー」、第9番「ポストホルン」、第10番「グラン・パルティータ」、第13番「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」と名曲が目白押しですが、この5番、隠れた名曲です。
 
 第1楽章。小気味よくリズムが弾む、軽快、快活なアレグロ楽章。旋律を弾く羊腸弦の弦楽器の柔らかな音色。そこに入る、鄙びて高雅な木管楽器の合いの手。

 第2楽章アンダンテ・モデラートの緩徐楽章。この楽章から2,3,4楽章とバイオリンのソロとオーケストラの掛け合いがあり、さながらバイオリン協奏曲の風情。この曲を作った同じ年にバイオリン協奏曲1番から5番まで書いたということと、大いに関係がありそうだ。

 コンサート・マスターのフランツヨーゼフ・マイヤーのバイオリンは1789年製ニコラウス・ガリアーノ。とびきりの美音は現代楽器のアルバン・ベルクSQのギュンター・ピヒラーと双璧!?カデンツァは小粋なウィーン風なフレージングで聴かせてくれる。

 第3楽章アレグロ。「ハフナー・セレナード」でもそうだったが、愉快なアレグロ楽章はモーツァルトのセレナードの華!カデンツァの独奏バイオリンは思いっきりロマンティックに耽美に徹し、音楽に、音そのものに陶酔させてくれる。

 第4楽章と第6楽章の2つのメヌエットに挟まれた真ん中、第5楽章アンダンティーノの緩徐楽章。後半のクライマックスだ。

 素朴な鳩笛のような、オカリナのような音色のギュンター・ヘラーのフルート(1790年製)、本当の鳩の「ホウホウ」というような低ピッチのクラウス・ボツキーのファゴット(1748年製)、そして鄙びた音色が心地よいけだるさを感じさせるクリスチャン・シュナイダーのオーボエ(1790年製)と交替していく管の独奏に、虹を掛けるように合わせる羊腸弦の弦楽器たちの音色の競演。もうまるで天国に遊ぶ心持ちだ。

 最終の第7楽章は、優雅なアンダンティーノと快活なアレグロが交錯する珍しい形のフィナーレ。最後、第1楽章、曲の出だしの雰囲気が戻って、曲も終わる。まるで長かった全曲が、実は一瞬の夢のできごとであったかのように…。

 18世紀の宮廷に遊ぶ想い…とは宇野功芳のレコード評。

 それはコレギウム・アウレウムの奏者たちが「偽古楽」の批判を怖れず、思いっきり19世紀的なロマン的な演奏をしてくれたからこそ、現代人にとっての本当の意味での癒しの音楽になったのだ、と僕は思う。

 墓場まで持っていきたいレコードだ。

 

 

 
 
  

 

8月20日(土)晴れ

 真夏の夜に楽しむ音楽も8曲目になりました。

 「エッー、真夏にシベリウス!?」と驚かれた方も多くいらっしゃると思います。

 シベリウスはやっぱ冬じゃないのとお思いの方、私もそう思います。チャイコフスキーをはじめとするロシアの作曲家同様、北欧フィンランドのシベリウスは冬のイメージ。私自身は「1月の作曲家」だと思っています。

 では何故?

 それはこの交響曲第4番が、暑苦しさを呼ぶ厚化粧の音楽とは正反対の、涼しさを呼ぶ、例えて言えば「真夏の夜の怪談のBGM」にぴったりって感じの音楽だから。

 第1楽章冒頭、チェロ、コントラバスの低弦がひきずるように音階をなぞる。初っ端からお化けが出そうな雰囲気。途中日本の横笛のような音を出すフルートの切り裂くような音に続いて、ティンパニーが突然の登場。「ヒュー、ドロドロッ」。(何か西洋音楽とは思えない雅楽のような雰囲気)そしてホルンのファンファーレ。

 この曲の特徴は、最初から最後まで全オーケストラによる総奏というものが殆どない。息の長い旋律(メロディ)が影を潜め、それぞれの楽器が奏でる短いフレーズがモザイク的に積み重ねられて曲が進んでゆく。

 シベリウスといえば、北欧フィンランド最大の作曲家だが、時代的には19世紀末から20世紀前半に活躍した、ちょうど前回紹介したウィーンのシェーンベルクと同時代だ。

 シェーンベルクがはじめ後期ロマン派の巨大な作品を書いていたのち、1908年頃からそれまでの西欧音楽の基本であった調性と決別し、無調の曲を書き始めたように、シベリウスもまた1899年完成の交響曲第1番、1902年の交響曲第2番では後期ロマン派のスタイルを忠実に受け継いだ作風であったものが、ちょうどシェーンベルクと同じ頃、作風を大きく変える。

 つまり、1907年の第3番を過渡期として、1911年完成したこの交響曲第4番から、後期ロマン派とは正反対の方向、つまり音楽に拡散ではなくして求心性を求め、楽器の使用法も極めて簡素化し、小じんまりとした中にデリケートな音色と無駄のない充実した書法を聞かせるようになる。その到達点が最後の交響曲第7番で、ここでは完全な単一楽章にまで作品が磨かれ、そぎ落とされていく。

 同じ交響曲作家のマーラーが交響曲を極限まで肥大化させたのに対し、シベリウスは交響曲をぎりぎりまで簡素化し、音楽に透明感とデリケートなリリシズムを与えたのだ。

 しかしこの簡素化、無駄の無さというのは、聴き手にはかえって多大な緊張を強いるため、一般のファンからは敬遠されるきらいがあり、真にシベリウスらしい交響曲は4番以降であるのに、一般に人気のあるのは依然として第2番ということになっている。

 私もいかにも後期ロマン派的な、またどこかチャイコフスキーを思わせるような若書きの交響曲第1番も個人的には好きですが、シベリウスの交響曲の真骨頂という点ではこの4番、そして7番、5番あたりの魅力を楽しんでいただきたいと思います。(ただし季節的には4番以外はやはり冬のイメージです。)

 1つ言い忘れていたが、シベリウスが同時期のマーラーやシェーンベルクとは対極的な音楽の作り方になっていったのには、やはり北欧フィンランドという土地柄、風土が影響しているのではないか。

 フィンランドはご承知のように、歴史的にヨーロッパでありながらヨーロッパでない、つまりあのフン族の大移動のフン族の末裔、アジアの血を受け継ぐ国柄。
 
 そう考えると普通の西洋画のようにキャンパスいっぱいに絵の具を隙間なく塗りこめるような描き方ではなく、東洋画、特に日本画、水墨画のように絵中に塗りこめない空間をたくさん残しながら、サッと一筆で必要最小限の描き方で、その場全体を描こうとするやり方に、シベリウスの最小限に簡素化されたオーケストレーション法というのは共通するところがあるのではないだろうか。

 第3楽章。ここがこの曲のクライマックスであろう。その後半、オーケストラが初めて総奏し、フン族の末裔、フィンランド1000年の悲哀をこの一瞬に封じ込めたような旋律。

 そして最終、第4楽章冒頭の忘れがたい和音、哀しみの和音が、鉄琴の登場と共に一瞬にして長調へと変貌する場面など、ここそこに非常に印象深いところを散りばめた、シベリウスの交響曲の中でも指折りの傑作だと私は思うのです。

 演奏はイギリスのサー・ジョン・バルビローリ指揮のハルレ管弦楽団演奏の1969年録音のもの。(LP: EAC-50051)バルビローリをはじめ、伝統的にイギリスの指揮者、オーケストラはシベリウスの演奏に定評がある。(私がシベリウス演奏で好きなのはこのバルビローリ、ハルレ管と、ネーメ・ヤルヴィ指揮エーテボリ管弦楽団(スウェーデンのオーケストラ))

 バルビローリの指揮したレコードは、ブラームス、マーラー、シベリウスと持っている。1960年代のEMIということで音質的に恵まれない面があるが、いずれもけれんみのない、奇をてらわない誠実な演奏と、透明感のあるサウンドで、個人的に好きな指揮者の一人です。

 そうそう、ジャクリーヌ・デュ・プレを伴奏したハイドンやエルガーのチェロ協奏曲も印象に残る演奏です。このシベリウスのレコードでは、余白に弦楽合奏のための組曲「恋人」作品14や「ロマンス」作品42も入っていて、こちらも夏の夜を涼しく過ごせる佳作です。

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8月18日(木)晴れ

 皆さん、1週間のご無沙汰です。玉置宏です…。なんてギャグは40代以上の方にしか通じませんね(^_^;)。
 実はこの1週間、何と*年間か愛用していたレコード針が折れて、レコードが聴けずにいたのです。夜を中心に音楽を聴く「書き入れ時」だったのに…。そんな訳でブログも更新できずにごめんなさい。

 お盆も過ぎてそろそろ暑さも峠を越えたのだけれど、まだまだこの季節に紹介したい曲があります。

 という訳で今日はシェーンベルクの室内交響曲第1番を。

 シェーンベルクについては8/6に「浄夜」を紹介し、また「ふじさん」から宿題を頂きました。
「何でシェーンベルクなんてけったいなのが好きやねん?」(というようなニュアンスのコメントを)
なのでそれにもお答えできれば・・・というつもりで書いとります。

 前にも書いた通り、シェーンベルクは20世紀現代音楽の開拓者。マーラーのあと後期ロマン派を受け継ぐ存在だったが、やがて西洋音楽の限界を調性の限界ととらえ、無調の曲を書くようになり、最終的に十二音技法を生み出して、その後の現代音楽の流れを決定づけた、いわゆる新ウィーン学派のはじめの人。

 そこでシェ−ンベルクというと難解な、あるいは耳に心地良くない現代音楽の作曲家というイメージがあると思います。私も彼の後期の無調や十二音技法の曲は、そんなに聴きたいとは思いません。何と言っても音楽だから聴いていて楽しくないと。

 だからピアノ曲と歌曲を除いて、一時レコードを買い集めたことがあるけれど、今頻繁に聴くのは「浄夜」作品4(1899年)、交響詩「ペレアスとメリザンド」作品5(1903年)、そしてこの室内交響曲作品9(1906年)の3つ位。

 一般にシェ−ンベルクが無調の世界に足を踏み入れたと言われるのが、1908年に書いたシュテファン・ゲオルゲの詩による15曲の歌曲集「中空にかかれる庭園」作品15。この作品のプログラムに彼は次のように書いた。

 「ついに初めて、多年目の前に漂っていた表現と形態の理想に近寄るのに成功した。今私はこの道に決定的に足を踏み入れ、自分が既存の美学のあらゆる枠を打破したことに気がついた。」

 ということで「浄夜」や「ペレアスとメリザンド」が後期ロマン派の爛熟の極致という趣きの曲であるのに対し、この室内交響曲はいわば、一応ホ長調という調性がありながら、限りなく無調に近いような、まさに両者のはざ間、ぎりぎりのところに屹立している緊張感、潔癖さが感じられます。

 曲は古典的な4つの楽章が1つに圧縮された1楽章形式で、「室内」交響曲と銘打っているのは、バイオリン2、ビオラ、チェロ、コントラバス各1、フルート、オーボエ、イングリッシュ・ホルン各1、クラリネット3、ファゴット、ホルン各2の15人の独奏者のために作られたことによる。

 全体で17分ほどの曲だが、特に口ずさめるような旋律がある訳ではない。

 では僕は何に惹かれて、この曲を夏の夜に聴くのだろう?
 
 うまく言えないが、この17分の間たゆとうシェーンベルク独特の音(サウンド)の世界を楽しんでいるのですね。ホルンの咆哮、弦のピチカート…。内に熱いロマンを秘めながら、あくまで響きとしてはクールな質感。これがシェーンベルク・サウンドの特徴ではないかと思うのです。

 また小気味よいテンポと弛緩する部分の対比も印象的。

 この作品は1906年7月25日、ある湖のほとりで完成され、翌1907年春ウィーン・フィルのメンバーによって初演されたということです。

 演奏はピエール・ブーレーズ指揮のドメーヌ・ミュージカル・アンサンブル(C-OW7571)。

 シェーンベルクのレコード、CDは種類が多くないのですが、この曲については他に1981年録音のシノーポリ指揮BPOメンバーによるもの(G-28MG0239)、シェルヘン指揮1964年のウィーンでの録音(Westminster MVCW-18016)などがあるようです。


 

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 8月11日(木)晴れ時々曇り

 夜はぐっすり眠っていらっしゃいますか?

 いくら虫の音の応援があっても、熱帯夜の日はなかなか寝付けませんよね。床に着いても眠れぬまま、すぐ30分、1時間と経ってしまいます。

 午前0時を回ってしまった時、私が最後の手段で掛けるのがこのモーツァルトのハフナー・セレナードです。

 エー最近の自分のブログで紹介している夏を涼しく感じさせる曲のレパートリーを振り返ってみると、

 1.弦楽合奏が主体で、バイオリンなどのその弦の響きが涼やかな曲
 2.ピアノの音色がコロコロと鈴が転がるように涼しく感じる曲(ます、チャイコンなど)

 の2つに大別されるようです。今日の曲はもちろんその1に入ります。

 モーツァルトにはおびただしい数の「セレナード」「ディヴェルティメント」または「カッサシオン」と呼ばれる機会音楽がある。どれも18世紀半ばから後半に栄えた、様々な祝祭や楽しみのために作曲された多楽章の楽曲だ。

 つまり当時の貴族や富豪からの依頼で、その家の祝典や食事の際のムードを盛り上げるBGMの生演奏のために作られた作品という訳だ。

 セレナードというのはセレ(sere= イタリア語の夕方、晩の意)から生まれた言葉で、夜、戸外で小編成のアンサンブルによって演奏されるものを指し、日本語にすれば「夕べの音楽、夜曲」ということになります。番号の付いたものとしては第13番K525まである。(これが有名な「アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク」)

 ちなみにディヴェルティメントは「喜遊曲」と訳される、同じく小編成で主に室内で演奏する目的で書かれた作品で、番号の付いたものとしては第17番K334まである。

 またカッサシオンというのは「通りを進んで行く」という言葉に由来すると言われ、セレナードと同じく夜の野外音楽として人気を博した。カッサシオンの最初と最後にはマーチ(行進曲)が入っているので、おそらくこれを自分たちで演奏しながら、音楽家たちが入場してパーティーが始まったのでしょう。

 しかし3つの音楽にはそれほどの高い垣根がある訳ではないので、セレナードとかディヴェルティメントという呼び名はたまたま付いたと考えた方が良さそうです。

 いずれにしても今日の本題のセレナードというのは、もともと夜の野外パーティーなどの余興の音楽(BGM)として作られたものなので、モーツァルトの住んでいたザルツブルクの気候から考えて、夏の夜を涼しく快適に過ごす工夫が施された音楽と考えていいでしょう。

 この曲の「ハフナー」というニックネームは、ザルツブルクの市長をつとめたことのある名門のハフナー家からの依頼で、その家の娘マリア・エリザベートの結婚式の余興の音楽として書かれたところから付いた。

 ところで「ハフナー」という呼び名の作品はもう1曲あって、それはその6年後に、今度はハフナー家の当主ジークムント・ハフナー2世が貴族に列せられた時のお祝いの音楽がそれで、最初セレナードだったものを、交響曲に改めた。これが交響曲第35番「ハフナー」という訳です。

 今日の「ハフナー」セレナードK250は、8楽章から成り、全体で60分近くかかる長大な作品。よっぽど宴会が長かったんだろうな。おそらくこれを繰り返し、繰り返し演奏したのでしょう。

 さて第1楽章。「タァン、タラララン、タラララン」とひょうきんな、人を食ったようなファンファーレの後の序奏のメロディは、あの「フィガロの結婚」の冒頭のフィガロが伯爵をからかう「もし踊りをなさりたければ」そっくり。

 また加速がかかって始まる軽快な主部の第2主題は「魔笛」のラスト、パパゲーノとパパゲーナが幸せ一杯に「初めにちっちゃなパパゲーノ(男の子)、お次はちっちゃなパパゲーナ(女の子)」と神様から授かったたくさんの子どもたちを引っ張り出す時のメロディそのもの。

 どちらも茶目っ気たっぷりのモーツァルトそのもののような、全篇愉悦に充ちた音楽が展開されていく。「お気楽」モーツァルトの真骨頂のような楽しい楽章。

 そのお気楽ムードは曲の最後まで続くのだが、つづく第2楽章から第4楽章まではバイオリン協奏曲風に、バイオリンの独奏の部分がある。おそらく当日のコンサートマスターが名人芸を披露して、お祝い、お祭りの雰囲気に華を添えるためのモーツァルトの粋な演出でしょう。

 短調なメヌエットの第3楽章の後の、第4楽章ロンドがこの曲のハイライトです。
 
 のちにクライスラーによってバイオリンの独奏曲に編曲されたので、「モーツァルトのロンド」という名で単独で演奏されるほど親しまれている。

 小オーケストラの中を独奏バイオリンが、まるで蝶々がひらひら跳んでいるように、あるいは4/19付のブログに書いたモーツァルトのバイオリン・ソナタ第42番イ長調K.526 のように、オーケストラとかけっこするように、軽快な、お気楽な旋律を延々と弾き続けていく。

 この「ひらひら」舞って「とことこ」駆けていく、気持ちいーいソロ・バイオリンの音色を聴いている頃には、ようやくお待ちかねの「おねむ」に入れるのではないでしょうか。

 演奏は先日のNHK-FMでもやっていたカール・ベーム指揮ベルリン・フィルの1970年のものが、今聴いても新鮮かつ夜風のひんやり感が出た(?)演奏です。(Vnソロ:トーマス・ブランディス)(G MG-2402)(そう言えばカール・ベームのモーツァルト演奏は70年前後にベルリン・フィルと、そして70年代後半から80年代前半にウィーン・フィルと録音していますが、全体的に前者が硬質でクールな感じ、後者がソフトで暖かい印象がしますね。ベームの年齢も関係しているでしょうが…。)

 もう一つ個性的なのが、古楽器演奏の先駆けコレギウム・アウレウム合奏団の同じく1970年の演奏。いつもながら残響豊かなドイツ、バイエルン州キルヒハイムにあるフッガー城の糸杉の間で、羊腸弦の古楽器で美しく、かつロマンティックに演奏されたレコードは私の大切な宝物です。(Vnソロはコンサートマスターのフランツヨーゼフ・マイヤー)(ULS-3127-H)

 













  

8月8日(月)晴れ

 暦の上では昨日が立秋(秋に立(はい)る日)。とはいえ、まだまだ暑い日が…と常套句では続くのだが、やはり違う。

 まず暑さに身体が慣れたのか、それほど暑さが気にならなくなってきた。そしてここ数日蝉(ミンミンゼミ)の鳴き声がやかましくなってきて、昨夜くらいから虫の音(特にコオロギの声)が聞こえるようになった。

 そうか、蝉とかこおろぎとかは、夏の盛りが峠を越えて秋に近づいていることを、我々に教えに来てくれたのか。

 中国南宋(12世紀)の詩人、楊万里(ようばんり)に「夏夜(かや) 涼を追う」というぴったりの詩がある。

  夜熱(やねつ)依然として午熱に同じ
  門を開きて小(しばら)く立つ月明の中(うち)
  竹深く樹(き)密にして虫鳴く処(ところ)
  時に微涼有り 是れ風ならず

 昼間と変わらぬうだるような暑さの熱帯夜、微かに涼しさを感じさせてくれたのは、暗がりから聞こえた虫の音だった。今も昔も虫の音が最初に涼しさを運んでくれる、この天の恩寵は変わらないのだ。(このように中国の詩も宋の時代になると、唐詩に比べて繊細で感覚的な表現が多い。)

 ともかくも立秋を過ぎ、夏の暑さも第二ラウンドに入ったが、こおろぎの助けを借りながら乗り切っていきましょう。

 さて本題の夏の夜に聴くクラシック。第五夜はチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番!

 エーッ、この暑いのにチャイコフスキー?という御仁もいらっしゃることでしょう。チャイコフスキーの音楽って、冬の寒い時に一杯ひっかけてカーッと熱くなるウォッカみたいなものじゃないの。

 一般的には私もそう思います。個人的には「チャイコフスキーは12月の作曲家」と考えています。(それはまた冬にゆっくりと。)

 でもね、このチャイコのピアノ・コンチェルトを一度聴いてみて下さい。それもできればこのマルタ・アルゲリッチのピアノ。キリル・コンドラシン指揮バイエルン放送交響楽団の1980年の記念碑的なライヴで。(LP: PHILIPS 20PC-2001)(CD: PHILIPS UCCP-7003)=\1000!

 何というスリリングで、エキサイティングな演奏だろう。音楽を聴いているのに、まるでジェットコースターに乗っているようなめくるめく爽快感!そしてそれがもたらす興奮は、胸の内をカーッと熱くしてくれるのも確かだけれど、表面的な皮膚感覚はあくまでクーーール !(It's cool!)気持ちイーィ!

 第1楽章冒頭の導入部、あのあまりにも有名な変ニ長調の旋律が2度繰り返された後、(CDでは4:08後)アルゲリッチの独壇場が始まる。スタジオよりもライヴでこそ真価を発揮する「クラシック界の類稀なるじゃじゃ馬」。(ピアノ界の女王、と差し障りのない表現にしておこうかな。)

 聴衆の期待する空気を察知し、自らのテンペラメントだけを頼りに全てを燃焼しつくすことに徹するタイプの芸術家だけに、気分が乗り切った時の彼女の演奏は鮮烈な、凄絶この上ない美しさとスピード感で聴き手の心を奪ってしまう。

 そういう意味ではアルゲリッチは、カルロス・クライバーと極めてよく似た気質の芸術家といえる。

 そんな彼女の長い演奏活動の中でも、これほど乗りに乗った会心の出来栄えの演奏は、他にただ一度1965年ワルシャワでのショパン国際コンクール本選会でのショパンのピアノ協奏曲第1番のライヴのみであろう。

 これほどまでにアルゲリッチの演奏が燃えたのは、何といっても共演者が、スラヴ魂あふれるチャイコフスキーの旋律を知り尽くしたコンドラシン指揮するところのバイエルン放送交響楽団だったということだろう。

 kalosさんも書いておられるように、コリン・デイヴィスを相手に、またラファエル・クーベリックを迎えてあのウィーン・フィル以上の名演を残す実力派オーケストラ。

 そして指揮者コンドラシンにとっても、旧ソ連から亡命し、西側で本格的に活躍するこれは最初の仕事であった。そして名門アムステルダム・コンセルトヘボウに招かれ、これからという翌年1981年客死したこの偉大な指揮者のこれはオマージュとなった。

 聞けばこの二人の組み合わせは、アルゲリッチのたっての希望で実現したという。彼女の最初のチャイコのこの曲の録音の相手は、当時夫だったシャルル・デュトワ。

 デュトワ然り、ロストロポーヴィッチ然り。彼女の共演者は常に彼女に選ばれ、彼女の情熱が注がれた者のみがその栄誉を担う。

 してみると、この第3楽章の独奏者と指揮者ががっぷり四つに組んだまま、音楽が第4コーナーを回って未曾有のスピードでゴールへと駆け抜けていく様を聴くにつけ、コンドラシンはアルゲリッチの期待に応え、見事に「じゃじゃ馬ならし」をなし遂げた、本当に男の中の男だったと彼の急死を惜しむのである。
 

 


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