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9月には帰らない ただひとり残っても
明日あたり燈台へ 波しぶき見に行こう
未来が霧に閉ざされていた頃は
この潮騒が重すぎて泣いた
今はもう負けないわ 9月には帰らない
無口な人は夏の日にはかなさを
うまく言えずにバスの窓おろす
今はもう負けないわ 9月には帰らない
この歌は1978年、ユーミンこと荒井由実が結婚して松任谷由実となって最初に出されたアルバム「紅雀」
の第1曲目に収められていた「9月には帰らない」という曲。
80年代前半の大学生にとって、ユーミンと中島みゆきの二人は特別な存在のシンガー・ソングライター
だった。私の所属していたサークル内でも、皆ユーミン派とみゆき派のどちらかに分かれていた。中島み
ゆきは北海道の藤女子短期大学国文科卒業。一方の松任谷由実は多摩美術大学日本画科の卒。だからとい
う訳ではないが、中島の歌は秘めた女の情念を連綿と歌う(「うらみます」とか「生きていてもいいです
か」)結構ウェットでヘビーな詩の世界。一方のユーミンは恋愛の一場面一場面を、まるで映画のスチー
ル写真のように切り取ったかのような感性の鋭さ、新鮮さがあった。(だから私などは「中島みゆき=紫
式部、ユーミン=清少納言」説をサークル内で吹聴して歩いたものだった。)
そんなユーミンには荒井由実時代も含めて、「コロンブスの卵」のように彼女だからこそ真っ先に発見
したような季節感。「あー、そういわれてみれば今頃の季節って、ホントそんな感じだよな」って共感す
る季節のとらえ方がある。彼女には万葉集以来日本の歌人に連綿と受け継がれている続いている優れた
「季節の発見者」としての側面がある。
「生まれた街で」(in ミスリム)「雨のステイション」(inコバルト・アワー)「かんらん車](in
流線型’80)などの名曲の中で、この「9月には帰らない」は季節的に今頃、晩夏、初秋のどこかけだる
くもの哀しい気分に満ちた曲だ。
歌詞は短く、多くを語らない。しかし推測するところ、主人公は海辺の街を故郷として、今都会(おそ
らくは東京)の大学生という設定。9月になって大学の夏休みは終わった。多くの友人が帰京したが、彼
女は帰らずに故郷の街に残っている。東京で知り合った彼氏と、この夏のバカンスの間に何か齟齬があっ
たのだろうか。故郷の街に程近い岬の燈台に海を見に行く。東京に出る前、高校時代まではあまり好きに
なれなかったふるさとのこの海辺の風景。今は東京で待つ彼氏から、そっと身を隠すように、潮に包まれ
るように好ましい気持ちで、海岸線を歩いている…。
無論この先の展開を曲は語っていないが、おそらくはしばらくして、踏ん切りをつけて主人公は東京へ
帰る。彼氏のいる東京へ。しかし故郷の海を以前と違い、近しく好ましいものとして捉えられるように変
わった彼女は、以前の彼女とは違う彼女になっている。彼氏との関係も以前とは違った見方で接する大人
の女性になって…。
後日談がある。東京から故郷に田舎教師となって帰った私が、数年後職場の研修旅行で銚子の犬吠岬に
行った。銚子の街から車で岬に着くと、目の前には330度太平洋が開け、岬の白い燈台の横の砂浜に、白
い波頭が次々と押し寄せていた、その風景を見た途端、学生時代によく聴いていたユーミンのこの曲のこ
とを思い出し、ユーミンが「9月には帰らない」で描いた海岸というのはここではないかと直感した。
その後2,3年後にユーミンがFMラジオで、この曲をかけた時に「この歌は銚子の犬吠岬に行った時に作
った曲です。」と語り、あの研修旅行で初めて犬吠岬を訪れたときに感じた直感は正しかったんだなっと
ちょっぴり自慢したくなった日のことを今思い出す。
今でも時々、今日のような夏の名残りの厳しい残暑と、秋の風が交錯するけだるい晩夏の日の午後、こ
の曲の収められている「紅雀」を取り出しては聴いている。(LP:TOJT-10638)(CD:CA32-1131)
P.S. 私が故郷信州へ帰って、クラシック音楽を季節感を感じて聴くような聴き方をするようになったの
は、もしかしたら学生時代にユーミンの歌に季節を感じて聴いていたことが案外ルーツなのかも知れない
そういう意味では私にとってユーミンはクラシック音楽への水先案内人だったのかも知れない。
(そういえば大学3年の頃、マーラーの交響曲第9番第4楽章とユーミンの「コンパートメント」(in 時の
ないホテル)のメロディやコードの類似性について一文を書こうかなと思っていたことを想い出した。)
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