クラシック歳時記in松本 (あるいはモーツァルトとともに1年を)

今春発売の内田光子/テイトのCDでようやく好きになれました・・・モーツァルト ピアノ協奏曲第9番「ジュノム」

音楽歳時記

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             9月には帰らない  ただひとり残っても
             明日あたり燈台へ 波しぶき見に行こう

             未来が霧に閉ざされていた頃は
             この潮騒が重すぎて泣いた

             今はもう負けないわ  9月には帰らない

             無口な人は夏の日にはかなさを
             うまく言えずにバスの窓おろす

             今はもう負けないわ  9月には帰らない



この歌は1978年、ユーミンこと荒井由実が結婚して松任谷由実となって最初に出されたアルバム「紅雀」

の第1曲目に収められていた「9月には帰らない」という曲。

 80年代前半の大学生にとって、ユーミンと中島みゆきの二人は特別な存在のシンガー・ソングライター

だった。私の所属していたサークル内でも、皆ユーミン派とみゆき派のどちらかに分かれていた。中島み

ゆきは北海道の藤女子短期大学国文科卒業。一方の松任谷由実は多摩美術大学日本画科の卒。だからとい

う訳ではないが、中島の歌は秘めた女の情念を連綿と歌う(「うらみます」とか「生きていてもいいです

か」)結構ウェットでヘビーな詩の世界。一方のユーミンは恋愛の一場面一場面を、まるで映画のスチー

ル写真のように切り取ったかのような感性の鋭さ、新鮮さがあった。(だから私などは「中島みゆき=紫

式部、ユーミン=清少納言」説をサークル内で吹聴して歩いたものだった。)

 そんなユーミンには荒井由実時代も含めて、「コロンブスの卵」のように彼女だからこそ真っ先に発見

したような季節感。「あー、そういわれてみれば今頃の季節って、ホントそんな感じだよな」って共感す

る季節のとらえ方がある。彼女には万葉集以来日本の歌人に連綿と受け継がれている続いている優れた

「季節の発見者」としての側面がある。

 「生まれた街で」(in ミスリム)「雨のステイション」(inコバルト・アワー)「かんらん車](in

流線型’80)などの名曲の中で、この「9月には帰らない」は季節的に今頃、晩夏、初秋のどこかけだる

くもの哀しい気分に満ちた曲だ。

 歌詞は短く、多くを語らない。しかし推測するところ、主人公は海辺の街を故郷として、今都会(おそ

らくは東京)の大学生という設定。9月になって大学の夏休みは終わった。多くの友人が帰京したが、彼

女は帰らずに故郷の街に残っている。東京で知り合った彼氏と、この夏のバカンスの間に何か齟齬があっ

たのだろうか。故郷の街に程近い岬の燈台に海を見に行く。東京に出る前、高校時代まではあまり好きに

なれなかったふるさとのこの海辺の風景。今は東京で待つ彼氏から、そっと身を隠すように、潮に包まれ

るように好ましい気持ちで、海岸線を歩いている…。

 無論この先の展開を曲は語っていないが、おそらくはしばらくして、踏ん切りをつけて主人公は東京へ

帰る。彼氏のいる東京へ。しかし故郷の海を以前と違い、近しく好ましいものとして捉えられるように変

わった彼女は、以前の彼女とは違う彼女になっている。彼氏との関係も以前とは違った見方で接する大人

の女性になって…。

 後日談がある。東京から故郷に田舎教師となって帰った私が、数年後職場の研修旅行で銚子の犬吠岬に

行った。銚子の街から車で岬に着くと、目の前には330度太平洋が開け、岬の白い燈台の横の砂浜に、白

い波頭が次々と押し寄せていた、その風景を見た途端、学生時代によく聴いていたユーミンのこの曲のこ

とを思い出し、ユーミンが「9月には帰らない」で描いた海岸というのはここではないかと直感した。

 その後2,3年後にユーミンがFMラジオで、この曲をかけた時に「この歌は銚子の犬吠岬に行った時に作

った曲です。」と語り、あの研修旅行で初めて犬吠岬を訪れたときに感じた直感は正しかったんだなっと

ちょっぴり自慢したくなった日のことを今思い出す。


 今でも時々、今日のような夏の名残りの厳しい残暑と、秋の風が交錯するけだるい晩夏の日の午後、こ

の曲の収められている「紅雀」を取り出しては聴いている。(LP:TOJT-10638)(CD:CA32-1131)



P.S. 私が故郷信州へ帰って、クラシック音楽を季節感を感じて聴くような聴き方をするようになったの

は、もしかしたら学生時代にユーミンの歌に季節を感じて聴いていたことが案外ルーツなのかも知れない

そういう意味では私にとってユーミンはクラシック音楽への水先案内人だったのかも知れない。

(そういえば大学3年の頃、マーラーの交響曲第9番第4楽章とユーミンの「コンパートメント」(in 時の

ないホテル)のメロディやコードの類似性について一文を書こうかなと思っていたことを想い出した。)

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 白露( 冷涼にして露 白(かがや)く )

 古くは『礼記』に「孟秋の月 涼風至り 白露降る」とあるように初秋の景物。二十四節気のひとつ、

仲秋八月の節気「白露節」はちょうど新暦の九月七日ころ。太陽の黄経が165度に達したときにあたり

秋らしい気配が次第に強まるころである。(石川忠久の文章による)

 唐の詩聖、杜甫にそのものズバリ「白露」という詩がある。


          白露 甘子(かんし)に団(まどか)なり
          清晨(せいしん) 馬蹄(ばてい)を散ず
          圃(ほ)は開く 石に連なるの樹
          船は渡る 江に入るの渓(たに)
          几(き)に凭(よ)りて魚楽を看(み)
          鞭を回(めぐ)らせば鳥棲急なり
          漸く知る 秋実の美なるを
          幽径 恐らくは蹊(こみち)多からん


          きらきら光る露がみかんの実に丸く結ぶ季節となった
          朝早く 馬に乗ってぶらぶら出かけた
          やがて彼方に果樹園が現れ、石垣の上に木々がひろがっている
          私の乗った船は、大江にそそぐ谷川を渡って果樹園に至る
          園中では脇息(きょうそく)にもたれて魚の遊泳を眺め
          馬に乗って帰ろうと鞭を振ると、ねぐらへ帰る鳥たちが気ぜわしそうにしている
          秋のみかんが美味しく熟するのがだんだんにわかってきた
          園中の隠れた小道に、きっと人の足跡による道筋がたくさんできるだろう

                                         (石川忠久訳)

       

 秋を告げる風が吹き(モーツァルト交響曲第39番)、何回かの雨を経て、気がつくと心なしか物の影が

弱く、薄く、長くなっている。そんな季節感が今頃の信州です。

 そんな今頃の季節に、モーツァルトの弦楽四重奏曲の14番を聴いてきました。

(昨年9/15のブログ http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/11507087.html

 温暖化の影響か、昔より真昼の残暑は厳しく感じますが、さすがに朝夕は秋のたたずまいを感じる今日

このごろです。今年は昨年よりも順調に秋の訪れが来ているように思うのは気のせいでしょうか。

 
       群雀声する竹にうつる日の影こそ秋の色になりぬれ        永福門院(鎌倉末)

 
   9月5日 ふれあいコンサート3        松本市音楽ホール(ハーモニー・ホール)

   武満徹/海へ III

          演奏  フルート:工藤重典  ハープ:吉野直子


   宮沢賢治/注文の多い料理店(音楽:三宅一徳)

          演奏  ヴァイオリン:島田真千子   コントラバス:池松宏

                オーボエ:宮本文昭      クラリネット:四戸世紀

                パーカッション:菅原裕紀   ギター:遠山哲朗

                ピアノ・キーボード:三宅一徳

                朗読:野沢那智


   ブラームス/ピアノ四重奏曲第3番 ハ短調 作品60

          演奏  ピアノ:ジョエル・ファン   ヴァイオリン:ジェニファー・ギルバート

               ヴィオラ:鈴木学           チェロ:上村昇



 感想をひとこと。

 ブラームスのピアノ四重奏曲第3番は僕の大好きなブラームス作品のひとつ。その最大の魅力は第3楽

章 アンダンテ ホ長調 4/4。深い情緒にみちた緩徐楽章である。

 ロマンティックな旋律にあふれるブラームスの全作品全楽章の中でも、1、2をあらそう甘く切なくロマ

ンに満ちた楽章だ。

 ピアノのシンコペーションのリズムにのって、チェロが朗々と浪漫と哀切にみちた旋律を歌い上げる。

 全体を通じて、ブラームスの人生を彩った数々の魅力的な女性たちの面影が浮かんでは消え、同時に彼

女たちの誰ひとりとも最終的には決して結ばれることのなかった男の悲哀(というよりはブラームスが選

べなかったのだ。人生を賭けることができなかったのだ。)と悔恨が切々とこちらに伝わってくる。

 その理由は明らかだ。

 彼は彼の生涯を決定づけた女性、クララ・シューマンとは決して結ばれることはなかった。生涯、永遠

に思慕の対象でしかなかった。その後出会った女性たち、アガーテ・フォン・ジーボルト(弦楽六重奏曲

第2番を捧げた女(ひと))、エリーザベト・フォン・ヘルツォーゲンベルク、ユーリエ・シューマン(シ

ューマン家の三女)、歌手ヘルミーネ・シュピースおよびアリーチェ・バルビたちは、いずれもクララへ

の愛の「形代(かたしろ)の恋」の対象でしかなかったのだ。

 先程、「全体を通じて、ブラームスの人生を彩った数々の魅力的な女性たちの面影が浮かんでは消え」

といったが、それは正確な表現ではなかった。日頃LPレコードで長年聴き込み、この曲の第3楽章を初め

て実演で聴いたのは初めてだった私の前には、やがてはっきりと見えてきたのだ。ステージの彼ら演奏者

の後ろにおぼろげながらに立つクララの姿が。

 3曲あるブラームスのピアノ三重奏曲のうちの最後、すなわち彼が42歳の時に完成したこの曲は、実は1

854年ブラームス21歳の年に3楽章形式の作品として一応の完成を見ていたのだ。

 この年、その半年前にシューマン夫妻に出会った若きブラームスの眼前に起こったこと。師ローベル

ト・シューマンの突然の自殺未遂。取るものもとりあえず駆けつけた彼の前に、6人の子と更にもうひと

りを身籠ったまま憔悴しきったクララの姿。ここから約2年、彼はひたすらクララのため、シューマン家

のために夫に代わって稼がねばならなくなったクララの演奏旅行の留守の間、子どもたちの面倒を見たり

自ら演奏旅行に同行して指揮をしたり。そして急速にクララと親密の度合いを深めていく。

 しかしその関係も1856年精神病院入院中だったシューマンが没すると(今年はシューマン没後150年!)

ブラームスは自らデュッセルドルフのクララの元を去る。35歳。14歳年上の成熟した人妻であったクララ

は、しかし彼にとっては美しければ美しいほど、魅力的であれば魅力的であるほど、思慕するだけの対象

であり、その先へ一歩進むことは北国ハンブルク出身の内気な青年にはできなかった。自分を世に出して

くれた恩師ローベルトの妻であったがゆえに。

 いずれにせよ、この曲はシューマンの死という悲劇、クララへの複雑な愛と思慕。それらが込められ、

ブラームス自身が「ピストルを自らの頭に向けている人の姿」と称したとされる程あの若きゲーテの傑作

「若きウェルテルの悩み」を彷彿とさせる気分に満ちている。 既婚女性(ロッテ(シャルロッテ))への

思いに悩み、自殺する青年(ウェルテル)。この曲が「ウェルテル四重奏曲」といわれる所以である。

 この曲に限らない。後年のブラームスの作品はこの世では成就しなかった彼のクララへの想いが音楽作

品となったものばかりである、といっても言いすぎではあるまい。

 そんなブラームス作品でもとりわけ魅力的なこの作品が、実演はもちろん、CDでもなかなか出ていない

のは残念だ。(私の聴いているのはローマ四重奏団の録音年代も分からない古いLP。HELIODOR MH5039)

 だから今回貴重なライブの機会ということで、内田光子の「皇帝」、ショスタの5番をあえて諦めてこ

のチケットを取ったというわけ。

 会場はいつものサイトウ・キネンらしく矢部達也など、同僚のプレイヤーも大勢聴衆に加わった華やか

な雰囲気で、ブラームスの始まる頃には内田光子も駆けつけ、小澤征爾の隣りに並んで座って聴いていた

 2日後の彼女のリサイタルも楽しみだ。



P.S. この曲、ブラームスのピアノ四重奏曲第3番。わが信州的古典音楽歳時記でいうと、11月、晩秋の

秋と冬を分ける冷たい雨に、舗装の道の上に踏みしだかれた紅葉の葉(桜の葉っぱなんかイイねぇ)が濡

れそぼる、そんな季節の風景の中で聴きたい曲ではある。

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信州に早や秋の風

 毎夏、我が家では夕方になると、東の方から風が吹いてきて、ようやく暑さがしのげるようになる。

 その風が夕べは「ヒュルヒュルヒュルーッ」と今シーズン初めて音を立てて吹いてきた。ンー、これは

もしかして「秋を告げる風」(?)と思ったら、今朝まわりの山々を見ると、東の美ヶ原も西の北アルプス

も、この夏初めてくっきりとした濃い陰影を伴って見える。そしてまだ夕方の涼風にはまだ早い午後2時

頃から、やはりヒュルヒュルヒュルーッと音を立てて東風が庭の方から吹き込んできた。

 もう間違いない。毎年筑摩(つかま)神社の花火の夜か、お盆には吹く、秋の風第1号だ。

 依然として太陽は照りつけ残暑は厳しいのだけれど、ふと気がつくと陽の角度が低く、その分山々がく

っきりと見えるようになり、涼しさを呼ぶ風が吹く。毎年の信州の夏の中に秋の訪れを感じる季節(とき)

だ。そのことは昨年の9月6日のブログに書いた。http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/10793392.html

 去年はこの「最初の秋風」宣言が慎重になりすぎて遅くなってしまったが、だからという訳ではないが

ちと早い気もするが、このブログの読者のみなさんに「信州に早や秋の風」が吹きましたよ とお伝えし

ます。

 という訳で私の1年の生活の中で区切りになっている、モーツァルトの39番のシンフォニーを聴いてい

るところ。今年は先頃買ったばかりの1976年録音のコレギウム・アウレウムのCDで聴いています。

 (CD:BVCD-38140〜42)

 暑いといってもこの風が吹けば暑さの峠はとうに越した。残暑の中、健気にも独り立つ百日紅(さるす

べり)の鮮やかな紅い花に元気をもらって、残暑の日々を乗り切っていこう!


          涼風の曲りくねって来たりけり                     一茶

       
       秋来ぬと目にはさやかに見えねども 風の音にぞ驚かれぬる         藤原敏行

 
       君待つと我が恋ひをれば 我が屋戸のすだれ動かし秋の風吹く         額田王  


 

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 今年の夏は梅雨の間はいろいろあったが、梅雨明け後は晴天が続く、典型的な「梅雨明け十日」の安定

した真夏の日々。当地松本では暑いことは暑いが、ここ数年の異常な、terriblyな暑さというのではない

許容範囲の暑さである。何といっても夜そんなに寝苦しくなく、朝は涼しい。ウーン、信州の夏はこうで

なくっちゃと、地球温暖化への愚痴も少なくなる。

 そこでここ信州で20年近く、クラシック音楽を聴いて涼しく過ごした「真夏の一日」を再現というか、

紹介してみよう。昨年の「クラシック音楽歳時記」の夏の部と当然ダブることになるのですが、お許しあ

れ!

          ******************************

 朝5時少し前。すでに空は明るく、東の空から陽が登る気配も。窓を明けると白樺の林をぬう高原の風

のような涼しい空気が肌に心地良い。そんな夏の日の爽やかな始まりに、バッハの無伴奏ヴァイオリン・

パルティータ第1番を聴く。(http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/7608704.html


 まだ涼しさの残る午前7時ちょっと前。庭に出て芝生を踏んで、その露がひんやりと素足に心地良い。

そんな時間に聴いてみたいのが、マーラーの交響曲第3番の第2楽章と第3楽章。

 (http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/7766586.html )

 第2楽章は「野の草花が私に語ること」という幻の表題が示すとおりの、静かで控えめな緩徐楽章。

伸び放題の我が家の芝生の庭が、「ヒナゲシの野」(1907,ウィーン・オーストリア美術館蔵)とか「白

樺の生えた小作地」(1900,同館蔵)といった、同じ世紀末のウィーンで活躍した画家グスタフ・クリム

トの絵に描かれた淡い印象の草原にでもなったかのようになる。

 第3楽章は「動物たちが私に語ること」という訳で、マーラーが幼少期ボヘミアの森で動物たちを友達

に遊んだこと。年に1度の村のお祭りで広場のあちこちから聴こえてくる、回転木馬、射的、人形芝居の

手回しオルガン、軍楽隊の男たちの合唱…。それらの音がポリフォニーとなって、彼の耳にこだまする。

おもちゃ箱をひっくり返したような「大騒ぎ」の音楽。マーラーの幼い頃の思い出が一杯つまった音楽。

中間のトリオで、遠くから聞こえてくるポストホルンの響きが森、大自然への郷愁として聴こえます。


 午前8時。すでに陽は高く昇り、通勤の車が動き出し、今日もまた慌しい一日が始まる。信州の夏の一

日はダイナミックだ。涼しい朝、そこから太陽が高度を増すに従って、グングンと温度が上がり、日中は

30℃を超え、上昇した暑さは勢い余って、夕方には大粒の夕立となって落ちてくる。(遠く遠雷も聞こえ

る)そんな夏の日のダイナミックさを先取りするように、ブルックナーの交響曲第7番第1楽章を聴く。

やっぱりブルックナーの音楽の持つ自然な流れを決して妨げないワルターの演奏で聴きたいな。

http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/7995864.html


 お昼(正午)。すでに気温は30℃。盆地特有の天候で、朝夕は涼しくとも日中はグングン温度が上昇する

お昼を食べるのも少しげんなりしてしまうが、ここはひとつバッハのヴィオラ・ダ・ガンバ ソナタ第1番

を風鈴代わりにBGMとしよう。(http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/7655633.html

 ゆっくりとしたヴィオラ・ダ・ガンバのチェロに似た低音が、昼日中(ひなか)に感じるわずかな微風

のようであり、それに相和すチェンバロのコロコロと珠を転がしたような音色が、かすかな涼しさをもた

らす水滴のように感じられたら、火炎地獄の中のお慰み。このあと扇風機をかけて、お昼寝に入れたらど

んなにいいだろう。


 午後1時。こんな暑さで大脳もヒート・アップしてしまいそうな時は、昼寝に限るでしょう。

そんなお昼寝のお伴は何といっても、バッハの「ゴルトベルク変奏曲」。これが暑気払いにもってこいの

音楽だ。とりわけロシアのバイオリニスト、ドミトリ・シトコヴェツキー編曲による弦楽演奏版がいい。

  (http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/8070987.html)

  弦楽三重奏版(LP:ORFEO S 138 851 A) 弦楽オーケストラ版(CD: WPCS-21209)

 涼しげなバイオリンやヴィオラ、チェロの響きが、暑さに疲れた我々の耳にややけだるく、そして心地

よく聴こえ、うとうとと気持ちよく午睡(お昼寝)に引き込んでくれる。シエスタ、そう夏は日本人もも

っとシエスタしましょう!ラテン系や東南アジアの人たちのように。


 シエスタから目覚めたら、もう3時過ぎ。午後の残照。でもこれからはもう温度がこれ以上上がること

はない。そんな昼寝上がりのボヤッとした頭に、クリスタルなピアノの響きに刺激され、弦も気だるく、

かつ涼しく聴こえるピアノ五重奏の傑作を。シューベルトの五重奏曲「ます」です。

  (http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/8191654.html

 うまく時間に入りませんでしたが、けだるい夏の午後に暑さを忘れ、天国に遊ぶ心地にさせてくれる

2つの演奏として、コレギウム・アウレウムの

  シューベルトの八重奏曲( http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/10192385.html

  モーツァルトのセレナード第5番K.204(http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/10031520.html)も

ご推薦いたします。(追記 この愛すべきコレギウム・アウレウムのセレナード5番K.204のCDが

 7/26再発されました。(CD:BVCD-38143〜45)3枚組「ハフナー」も入ってお得です。)



 午後5時過ぎ。太陽が西の山に沈んで、ようやく暑さも一段落。我が家では庭のある東の方角から、夕

方になると風が吹いてくる。さらなる涼しさを求めて庭に水でも撒こうかという、そんなタイミングに聴

きたくなるのがハイドンのチェロ協奏曲第2番。(http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/7201367.html)

 昼からやたらチェロの曲が多いのは、一般にチェロの音というのは、無論バイオリンと比べて低音だが

ただ低いのではなくて、聴いていて何か心地よい清々しさというか、風通しの良い音に感じませんか。音

の太い分、真ん中が透けるような爽快感がある。朗々と深々と弾くと、自然に爽やかな風を起こすような

そのチェロの音色が涼しさを呼ぶように思うのです、ハイ。


 午後7時過ぎ。ようやく漆黒の闇が訪れ、夏の夜がやってきた。夏の夜。それは1年の中でもクラシック

音楽を楽しむのに最も適した時間の一つだ。(これも山国信州だからかも知れないが)昼間は35℃近い猛

暑だった夏の一日も、この時間になると漸く微かではあるが涼しくなってくる。そんな時間、あのまるで

お祭り騒ぎのような昼間の暑さ、喧騒は去ったが、何かその余韻のような、軽い興奮が体の芯に残ってい

る感覚ってありませんか?それを、心地よく鎮めてくれるような、冷やしてくれるようなクラシックの名

曲を聴いて、この夏の一日をクール・ダウンして終わらせることにしましょう。(ここ信州では窓を閉め

ても扇風機さえあれば、それができます。東京なら冷房なしではクール・ダウンもできますまい。)

まずはこの時間帯、露払いにヴィヴァルディのチェロ・ソナタ第1番を聴きましょう。

  (http://chikuma46.exblog.jp/)やはり音の真ん中が涼しく透けているようなチェロの音色が、涼

しさを呼んでくれます。

 
 さあ、お楽しみはこれからだ。火照った体に、心では熱く、しかし皮膚感覚としてはあくまでも涼しさ

をもたらしてくれる、クラシックの名曲の数々を、夜が更けるまで聴くとしよう。ここからは順不同で「

夏の夜を涼しく過ごす」候補曲を紹介していきます。


 サン・サーンス交響曲第3番「オルガン付」(http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/8486903.html

 チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番(ただしアルゲリッチがコンドラシンとやったあのスリリングな

          ライブ盤に限りますが)(http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/8772053.html

 マーラー 交響曲第1番「巨人」(できれば小澤/ボストンのフレッシュな演奏で)

                     (http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/3162830.html
 
 シェーンベルク 浄められた夜   (http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/8636286.html

 リムスキー・コルサコフ 「シェエラザード」(http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/8571935.html)

 シェーンベルク 室内交響曲第1番(http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/9430156.html

 シベリウス 交響曲第4番(http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/9528465.html

 シベリウス弦楽合奏のための組曲「恋人」作品14「ロマンス」作品42(LP: EAC-50051)

 モーツァルト フルートとハープのための協奏曲 (LP:CC-1099)

 モーツァルト セレナード第7番「ハフナー」(http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/8974370.html)

「エマ・カークビーの肖像」(ルネッサンス、初期バロック歌曲)(ルーリー/ホグウッド)(POCL-2522)


         ***************************


 さて、いくらかでも涼しく夏を過ごしていただけたでしょうか?

室内の風通しを考える、夕方、庭に水を撒くなどして、とにかく信州に住んでいるのだから、クーラーだ

けは使わないで夏を過ごしたいという思いの実現の方法の1つとしての、「夏を涼しく過ごすクラシック

音楽のすすめ」でした。では日付が変わらないうちに、今日はモーツァルトの「フルートとハープのため

の協奏曲」でも聴いて、ぐっすり眠りにつきたいと思います。おやすみなさい。ZZZZZ…




 


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