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4月1日(土)晴れ
4月のスタートは久しぶりのポカポカ陽気。今日の最高気温は昨日より+10℃の18℃の予想。東京では絶好の桜のお花見日?信州ではようやく梅の花がほころんだところです。
3月の終わりになって寒の戻りというのか、5日前は17℃まで気温が上がったというのに、その2日後は最高気温が4℃まで下がり、一昨日は雪が降った。
TVでも岐阜あたりでもちょうど咲いた桜の花に雪の景色が映っていたが、こちらでは梅の花に雪。
春の花の中ですべての花に先駆けて咲く梅の花は、寒の戻りの寒さにも遭い、時ならぬ雪にも遭う。それらを凌いで真っ先に、春が来たことを告げてくれるかのように咲く梅は、清雅・高潔のイメージとしてとらえられ中国では古来最も愛された花。
梅のことを花魁(かかい)ともいう。花の中の一番という意味。古来、梅を詠った詩人は多い。世界史にも出てくる11C北宋の政治家、王安石も<梅花>という詩で、
檣角(しょうかく…塀の隅)数枝の梅 寒を凌いで独自に開く
遥かに知る是れ雪ならずと 暗香の来たる有るが為めなり
と詠っている。
中国の詩人で私が最も愛する陸游(りくゆう)も、もちろん<梅花絶句>と題する連作で
青羊宮前 錦江の路
曾て梅花の為に酔うこと十年
豈(あに)知らん 今日の香を尋ねし処を
却(かえ)って是れ 山陰雪夜の船
と詠う。この時、陸游78歳。40代後半に10年近い歳月を送った、蜀の成都での梅見を懐かしんだ詩で、錦江、青羊宮といった成都にまつわる固有名詞が、どれも花に似合う美しい字面で興趣深い。
ここでも梅の花と雪はセットだ。一昨日は、折角咲いた梅の花に雪が積もることを不憫に思ったのだが、それがまた梅の可憐さを際立たせもし、風流ということになるのだなぁと考え直した。
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さて、昨年の4月(正確には4/2から。記念すべき第1作は「早春の安曇野にひばりのさえずり」(モーツァルト バイオリン協奏曲 第5番 イ長調 K.219 http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/1024047.html )から書いてきたこの「クラシック音楽歳時記 in 信州松本」も、季節がひと巡りして、一応のひと区切りをつける時が来た。
思えば山国信州の季節の話題と、その季節になると私が聴きたくなるクラシックの曲を紹介するという、超個人的でおよそ一般受けしそうにもない(今どき画像もない!)ブログを開設した時は、正直言ってはたして読んでくれる人はいるのか非常に不安だった。
はたして5月くらいまで最初の1ヶ月はほとんどコメントがなく、返事のない手紙をひたすら書き続けるような心境だった。
(初めてのコメントは原稿を途中で不用意に消してしまった嘆きに対する同情のお言葉でした。でも嬉しかった。)
そのうち5月くらいからでしょうか、さわやかな5月に相応しい「詩人の恋」など、シューマンの曲に対する、特に女性の反応が意外にあり、「ちさのさち日記」のちささんや「乙女ちっく日記」のクララさんなど常連さんが少しずつ増えていってくれました。
またこの時期「JBLでクラシックを聴く」のhs9655さんの励ましが励みになり、この1年間の中で一番忙しいはずだった6,7月もブログを書き続けることができたのです。感謝!感謝!
また一方で、当時ミュンヘンに滞在していた「Gladius Dei」のkalosさん(勝手にかろやんと呼ばせていただきました)や、オランダの「オランダとフランスのつれづれ日記」のなっくんなど、異国の方からリアルタイムでコメントをいただき、改めてブログの凄さも実感しました。
そして「Tutti Gabbati!」(旧「ピアノ・ソナタ第13番」)のzarathustrafujiこと、ふじやんの辛口時評にどれだけ刺激され、また対抗意識を燃やしブログを書かせてもらったことか。これまた感謝あるのみ!
例えば1年間のブログ記事のうち、自分自身での会心のひとつを挙げるとすれば、6/12の「愁ひつつ 岡にのぼれば 花茨(いばら) または「漂泊の思いやまず…」の回の シューベルト ピアノ・ソナタ第13番イ長調作品120D.664。
ここに再録させていただくとともに、ふじやん、そしてすぐに褒めていただいた「健康オタクの不健康生活」のローレライさんに感謝します。どれだけその後の活力となったことか!(6/12http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/4619666.html )
また年間の記事の中でもうひとつ選ばせてもらうとすれば、1/14の「炉辺のモーツァルト」(モーツァルト ピアノ協奏曲第21番ハ長調K.467 )。
これも「Spinnaker's Music Clip board」(旧「音楽の愉しみMarty101」)のSpinnakerさんにすぐに評価していただいて、とても嬉しかった!(1/14http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/23418928.html )
以上ここにお名前を挙げることができなかった皆さん、ごめんなさい。その他多くの人たちにアクセスしていただき、この寡作(1年間で93回でした)で遅筆(最後は週1のペース)のブログにもかかわらず、
開設当初は思ってもみなかった6000を超えるアクセス、1000を超えるコメントをいただき、そして65人もの貴重な固定ファンの皆さんに読んでいただいたことを本当に感謝いたします。
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さて、1年間のブログの締めくくり、そして2005年という年度の締めくくりに、マーラーの交響曲第2番「復活」を最後に紹介したいと思います。
1年の終わり、師走の慌しい時期にはベートーヴェンの第九を聴くというのが、日本人の習慣というか、年末の風物詩になりつつあります。
これはベートーヴェンのこの曲が声楽を伴う大編成の楽曲で、それ自体聴いていると何となく改まった気持ちになるということに加え、
この曲のモティーフが「苦悩を貫いて歓喜に至れ」というベートヴェンのモットーに最も適っていること、
そしてそれが越し方1年を振り返り、大変だったことへはそれをよく乗り越えた自分を称え、来年はその上に立ってもっと良いことがありますようにと、
まるで神社に初詣に行って祈るような感情を日本人がこの曲から感得するレベルに達している証左ではありますまいか。
そんな年末の第九のように、毎年この時季、年度末になると私が聴いてこの1年度の区切りをつけたくなるのが、マーラーの「復活」なのです。
声楽入りの5楽章まである長大な交響曲のうち、いつも聴くのは30分以上は演奏に要する最終楽章の後半。(LPでいうと2枚組の2枚目のB面!)
前半の大オーケストラの咆哮、呻吟が一段落した後、舞台の後方から金管が、マーラー幼き日に生まれ故郷ボヘミアはカリシュトの兵舎から遠く聞こえてきただろうラッパの音を、そして近くからフルートがボヘミアの森に啼くナイチンゲール(夜鶯)の声を模するところから。
マーラーは28歳で最初の交響曲第1番「巨人」を書いた。タイトルの大仰さとは裏腹に、この曲で自作の歌曲集「さすらう若者の歌」の旋律を用いた彼は、ひとりの女性への想いを断ち切り、自らの青春時代に決別をしたのだった。(5/21 http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/3162830.html)
それを受けて、この「復活」の第1楽章は葬送の曲で始まる。「私はこの第1楽章を<葬送の祭典>と名づけた。それはこの祭典の主人公が、第1交響曲で私が墓に埋葬した人物だからだ。
そこで直ちに大きな疑問が浮んでこよう。なぜ生きているのか?なぜ悩み苦しんだのか?我々が生き続けようとするからには、これらの疑問の全てに答えなければならない。
この疑問の呼びかけに耳を傾ける全てのものに答えなければならないのである。そして私は第2交響曲の終楽章にその答えを出したのである。」(マーラー自身の言葉)
その答えとは、1894年彼が敬愛した大指揮者ハンス・フォン・ビューローの葬儀の時に彼にひらめいたものだった。
「ちょうどその頃ビューローが亡くなり、私は彼の葬儀に参列した・・・。私が不帰の客となった人をしのび座っていた時の気持ちは、まさに私がひきずっていた作品の精神そのものだった。
そのときオルガン席から合唱隊が、クロプシュトック(18Cのドイツの詩人)のコラール<よみがえらん!>を歌い始めたのだ!
それは稲妻のように私を貫いた。そしてその瞬間、いっさいがくっきりと、鮮やかな姿をとって私の魂の前に立ち現れていた!」 (同 酒田健一 訳)
よみがえる そう よみがえるだろう
わが塵なるものよ
つかの間の想いを経たならば
死すことを知らぬ生命!
(中略)
おまえを呼び給いし方が
さずけてくださるだろう
再び花咲くために
おまえは種として蒔かれる… (深田 甫 訳)
こうしてクロプシュトックの「復活」を原詞に、マーラー自身が加筆したテキストを、ソプラノおよびアルト独唱と合唱が壮大に歌い上げる終楽章が完成した。
必ずしも、この歌詞に込められたマーラーの想いにとらわれなければならないことはないだろう。むしろ曲のこの大団円における、あざといばかりの彼の劇的なオーケストレーションに注目すべきだ。
先程のステージの向こうから聞こえてくる金管のファンファーレ、フルートの夜鶯の木霊から始まり、地の底からかすかに湧き上がってくる無伴奏による「復活」の合唱。
オーケストラ演奏に導かれ、始まるアルトとソプラノの競演。一瞬の沈黙の後の男性合唱の高らかな響き。「生き続けると覚悟を決めるんだ!」
そして最後はオルガンと鐘の音を加えた崇高な響きのうちに、天国にたどりついた魂の救済の勝利をうたいあげる壮麗さで、全曲をしめくくっている。
時期的に「復活祭」の季節だからという先入観もあるかも知れないが、4月に始まり3月に終わる仕事に携わっている者にとって、越し方1年を振り返り、また始まる新しい年度もがんばろうと自分に気合を入れてくれる気がする曲なのである。
演奏はバーンスタイン、アバドの名演もあるが、私はずっとズービン・メータ指揮ウィーン・フィルの1975年の録音を聴いている。(LP:LONDON L36C-5033,4)
メータ指揮するウィーン・フィルの豊麗かつ大変きめ細かい演奏は、何度聴いてもみずみずしく鮮やかで、メゾのクリスタ・ルードヴィヒと、ソプラノのイレアーナ・コトルバスの独唱も、絹のような光沢と輝かしさがある。
それでは以上で「クラシック歳時記 in 信州松本」は閉じたいと思います。1年間のご愛読、本当にありがとうございました。
(最大文字5000字を超えるそうなので、続きはその2に書きますね。)
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