クラシック歳時記in松本 (あるいはモーツァルトとともに1年を)

今春発売の内田光子/テイトのCDでようやく好きになれました・・・モーツァルト ピアノ協奏曲第9番「ジュノム」

音楽歳時記

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10月20日(木)快晴

 久しぶりに気持ち良く晴れた。朝方は雲が多かったが、どんどん少なくなっていって、お昼頃には雲一つない快晴に。どうやら日本中そうらしい。秋の移動性高気圧が日本列島に居座り、秋雨前線はようやく消滅したようだ。

 昔だと秋雨前線は9月いっぱいで、10月の声とともに今日のような気持ちのよい、そして1年で一番高ーい秋の空がやってきたものだ。

 「風」、「影」、そして「空」。そんな順番で秋が深まっていったように思う。(半分過去形なのが、何だか寂しい。そう、ここまで暦は、ずれてきてしまっているのだ。)

 せっかくのいい天気。気を取り直そう。快晴の真っ青な空の下、今日は常念岳をはじめ、北アルプスがくっきりと全部見える。

 そして今年初めて今日そう見えるのだが、常念やアルプスの山々が紫に色づいてきた。今日の光線の加減と木々の色づき(紅葉)が相まって、この時期の山は紫色に、陰影濃く、くっきりと見えるのだ。

 そんな10月の天高く快晴の空の下、聴いてみたいのが、モーツァルトのピアノ・ソナタ第13番K.333。

 第1楽章は、まるで真珠が手のひらからぽろぽろとこぼれ落ちるように始まる、とても愛らしい曲だ。
 
 明るいがどこか憂いを帯び、もの想いに沈んでいるようなところもある第2楽章アンダンテ・カンタービレの緩徐楽章を経て、フィナーレは再び第1楽章の気分が戻る。

 とても快活で、でもおちゃめではない、もっと大人の落ち着いた優しさが感じられるチャーミングな曲がK.333なのだ。

 この曲は今まで、第7番K.309からの6つのソナタ同様1777年頃パリで作曲されたという説があったが、最近自筆譜の研究により、もっと後のコンスタンツェとの結婚の翌年1783年ウィーンで書かれたという説が有力だという。

 大人の落ち着きという点で、新しい説に頷けるような気がする。

 もう一つ、今日のような天気の秋の日にこの曲を聴くと連想するものがある。それは有名な尾崎喜八の「田舎のモーツァルト」という詩だ。

    田舎のモーツァルト 
               尾崎喜八

   中学の音楽室でピアノが鳴っている。
   生徒たちは、男も女も
   両手を膝に、目をすえて、
   きらめくような、流れるような、
   音の造形に聴き入っている
   そとは秋晴れの安曇平、
   青い常念と黄ばんだアカシア。
   自然にも形成と傾聴のあるこの田舎で、
   新任の若い女の先生が孜々として、
   モーツァルトのみごとなロンドを弾いている。

 もちろんロンドというから、この時若い女の先生が弾いていた曲は、有名な第11番のソナタK.331
第3楽章のトルコ行進曲なのだろう。

 しかし、目の前に青い空と常念の秋の風景を見ていると、その静かな落ち着いた空間をバックに流れている曲は、どうしてもこのピアノ・ソナタ第13番K.333の方が、より似つかわしく私には思えるのだ。

 私の聴いている演奏はクラウディオ・アラウが1985年スイスで録ったもの。(LP:PHILIPS 416 829-1)(CD:ASIN: B00005FF2T amazonで見たMozart piano sonata全集(ただしディスク番号なのかどうか分かりません。)
 (CDではアラウ爺さんのが手に入らないので、イングリット・ヘブラーの1986年に録音した演奏を聴いています。)

 この時アラウは何歳なのだろう。80は超えているだろう。ピアニストほど年を感じさせない職業はない。溌剌とした演奏だ。

 何よりジャケットがかっこいい。黒い背景に真っ白いマフラーを巻いて、垂らしたアラウの立ち姿が凛々しくすら感じる。



 

10月15日(土)雨

 今日も雨。これを秋雨前線のせいといってよいのだろうか。例年だと9月の後半がそれにあたり、10月の声とともに爽やかな秋晴れ、というパターンなのだが…。

 それはともかく今日も雨の日に似合う曲を紹介しよう。

 思ったより生暖かい雨の匂いを感じながら、浮かんできたのがラヴェルのピアノ三重奏曲とショーソンのピアノ三重奏曲。(この2つの曲、実は同じLPレコードの両面に入っている。)

 ラヴェルもショーソンも僕にとっては「雨の作曲家」。以前ラヴェルは弦楽四重奏曲を(http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/6171241.html)、
ショーソンはピアノとヴァイオリンと弦楽四重奏のためのコンセール(協奏曲)(http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/6038266.html)を紹介した。

 知名度からいえばラヴェルのピアノ・トリオの方が有名だろうが、ここは一つ自分の趣味でショーソンの若書きのピアノ三重奏曲を採り上げたい。(本当は2つ迷ったのですが)

 前回フランクのピアノ五重奏曲を紹介した。その理由は僕の大好きなショーソンの「PfとVnとSQのための協奏曲」の雰囲気に似た曲ということだった。

 そして今日のショーソンのピアノ・トリオもまさに同じ理由で、彼の傑作「コンセール」の世界を三たび味わってもらおうという魂胆からだ。

 19世紀後半、近代フランスの作曲家エルネスト・ショーソンについては、コンセールのところでも書いた。フランクに師事し、わずか44歳で事故死するまでの20年間に、歌曲を中心に40ほどの作品を日曜作曲家的に遺している。

 室内楽では「コンセール」(有名なのはおそらくこれだけだろう)の他に、今日紹介するピアノ三重奏曲とピアノ四重奏曲が1曲ずつあるのみ。

 強いて加えれば、ピアノ五重奏のスタイルにソプラノが加わった「果てしない歌(終わりなき歌)」Op.37。失われた愛に対する女性の切々たる心情をうたったシャルル・クロスの歌詞が素晴らしい。

 それを加えても4曲しかない彼の室内楽のレコードを、4曲とも持っているのは幸いだ。(トリオとカルテットは外盤だが)

 ところで僕はなぜショーソンの作品にこんなにも魅かれるのだろう?あるレコードのジャケットには次のような解説がある。

 「ショーソンの音楽は、繊細さと高貴なリリシズムに於て、フランスのどの作曲家とも異なる全く固有の世界を開いている。そこにはこの作曲家の体質にぬぐい難い影を落としている憂愁が深く滲透しており、それが彼の音楽にデリケートな感情のひだを添えることにもなる。…彼はフランスの作曲家の中でも最もフランス的な存在の一人といえる。」(家里和夫)

 繊細さ、抒情性、気品、ある種の奥ゆかしさ、そして官能性…。僕がショーソンに感じる魅力も言葉にすればその辺になろうかと思う。

 19世紀前半シューベルト、シューマンにみられるドイツロマン派音楽の抒情性。後期ロマン派、とりわけワーグナーの編み出した半音階旋律の官能。そして師フランクの「循環形式」によって高められた曲の統一感。

 それらが、19世紀に一世を風靡した近代フランス音楽家の中でも、とりわけショーソンという作曲家の中に見事に結実し、数こそ少ないが、まさに珠玉の作品としてひっそりと遺されているのではないだろうか。

 さてピアノ三重奏曲のレコードに針を下ろそう。

 第1楽章。あまり遅くならず。冒頭から雨だれのようなピアノの伴奏の中、ヴァイオリンの甘美な旋律。そして決然と第1主題が始まり、ヴァイオリンとピアノの美しい対話が続く。

 「コンセール」のところで触れたが、この「決然と」というのもショーソンの音楽の特徴の1つかも知れない。それがただただ優しいばかりの抒情に流れるのでない、曲に一種の引き締めをもたらしている。

 第2楽章。速く。冒頭の弦のユニゾンがいつまでも耳に残るほど印象的。

 主部はそのユニゾンの旋律を時々繰り返しながら、長調に転じ、明るく快活に進む。わずか4分ばかりの短さといい、「コンセール」の第2楽章を思い出させるが、あのショーソン一世一代の名旋律にはちょっと及ばない。

 第3楽章。ゆっくりと。緩徐楽章である。第1楽章の雰囲気が、一層の憂愁を伴って戻ってくる。勿論伴奏に終始してはいるが、今まで目立たなかったチェロの音色が優しく胸に響く。

 第4楽章。快活に。再び長調となり、第1楽章の主題などを繰り返しながら、文字通りの「循環形式」を採って大円団に向かうが、しかし最後は甘く切なく「決然と」曲を閉じる。

 およそ30分の曲だが、全体を通してまるで「コンセール」の習作のように曲調が似ている。この曲があって初めてあの傑作「ピアノとヴァイオリンと弦楽四重奏のためのコンセール(協奏曲)」がある。

 そう思いながら2つの曲を行きつ戻りつ聴き比べるのも、雨の日の一興かと考える次第です。

 演奏は、LP最後期と思われる1983年に録音されたボーザール・トリオの外盤。(PHILIPS 411 141-1)A面は先ほどもいったラヴェルのピアノ三重奏曲。この曲もいずれ機会があれば紹介したい名作です。

 
 

 

 

 

 

 

 

10月10日(月)曇り

 昨日に引き続き、雨天が続くうちに「雨の日に聴きたい曲」を紹介してしまおう。季節の推移が読めなくなってきていて、いつ秋雨のシーズンが終わってしまうかも分からないから。

 6,7月の梅雨の季節に室内楽を中心にかなり紹介したつもりだが、まだまだたくさんある。梅雨の時季に紹介できなかったものを、思うまま挙げてみたい。

 まずフランクのピアノ五重奏曲だ。(僕の場合どうしても雨というとフランス近代の室内楽が浮かんできてしまう。)

 この曲は古今のピアノ五重奏曲の中で、シューマンとブラームスのそれと並ぶ,三大ピアノ五重奏曲という評価を受けている。(次の大関クラスがドヴォルザークやショスタコーヴィッチかな?)

 (ただしこの場合のピアノ五重奏曲と呼ぶのは、弦楽四重奏団にピアノが加わる構成のものだけを指す場合が多く、例えばモーツァルトのピアノ五重奏K.422は「ピアノと管楽器のための五重奏曲」だし、

 シューベルトの有名な「ます」(7/31参照http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/8191654.html )は、第2バイオリンの代わりにコントラバスを入れた特殊な構成であるため、通常はピアノ五重奏曲の仲間には数えず、表記も「五重奏曲」とだけされる。2曲とも良い曲だけにちょっと残念!)

 ともかくこれらの曲の中でフランクのそれは、三大ピアノ五重奏曲といわれる割には最も知られてなくて、CDの種類やコンサートの実演の回数も極端に少ないのではないだろうか。(今年のサイトウ・キネンの室内楽コンサートでプログラムに載ったのはとても貴重だったといえる。)

 それは、日本では近代フランス室内楽というジャンルがそれほどまだ一般的ではないという事情によるもので、この曲のせいではない。実に渋く、素晴らしい傑作だ。

 一言でいうとすれば何と言えばいいのだろう。そう、あのショーソンの名曲「ピアノとバイオリンと弦楽四重奏のためのコンセール(協奏曲)」(7/1参照http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/6038266.html )と同じ世界。

 ショーソンのコンセールに感銘した人が、夢かなうならば、もう一度あの感動を味わせてくれる別の曲に出会ってみたい。そんな願いに応えてくれる曲が、このフランクの五重奏曲だと思うのです。

 もっとも曲自体はフランクの作品の方が先にできている。(1879年。ショーソンのコンセールは1891年。)何しろフランクはショーソンやダンディの先生なのだから。

 つまりフランクは、19世紀後半から20世紀初頭にかけて一世を風靡した「近代フランス音楽」の主要作曲家の中で、最も初期の人といえる。(フランクは1822年生まれ。(ブラームスよりも実に11年も早い!)フォーレは1845年、ショーソンは1855年、ドビュッシーは1862年、ラヴェルは1875年生。)

 フランクは大器晩成の人だった。今日演奏される彼の作品はすべて彼が50歳を過ぎてからであり、彼の音楽家(作曲家)としての真価が世間に認められたのは、1890年彼の最後の大作「弦楽四重奏曲」によってであるが、その半年後、不幸にも彼は乗合馬車の棒を脇腹に受けたことが元で肋膜炎を患い、68歳の生涯を閉じた。

 彼はドイツとの国境に近い、ベルギーのリェージュに生まれ、幼い頃から「ピアノの神童」といわれ、彼が13歳の時、一家はフランス、パリに出て市民権を得る。フランクの父が子の音楽の才能を見込んで、パリのコンセルヴァトワール(パリ音楽院)に入学させようと考えてのことだった。

 つまり彼は国籍上フランス人、フランス文化圏の人だが、リュージュ生まれであること、そして母親がドイツ人だったことから、フランスの作曲家でありながら、重厚で論理的、そしてやや晦渋なドイツ音楽の特徴を色濃く持った作風を持つ人であることが納得できる。(唯一の交響曲ニ短調を聴けば一目瞭然!)

 ステージ・パパの期待に応え、15歳でパリ音楽院に入学し、ピアノと作曲のクラスで抜群の成績を残すが、保守的な教師たちを刺激するような大胆な作品を書いたため、教師たちから睨まれ、学業半ばで楽院を去ることになる。

 それは、息子をいち早く名声高いピアニストとして世に出したかった父親の希望でもあったのだが、しかしその目論見はうまく成功しなかった。父親の売り込み方法にも問題があったろうが、何よりフランク自身の性格が、華やかな演奏家生活に向かなかったのだ。

 そこで彼は50歳になるまで、世間に認められることなくパリの教会でオルガニストとして過ごす。教会を訪れて彼のオルガン演奏を聴いたリストが「バッハの再来だ!」と賞賛の声をあげたというエピソードにもかかわらず。

 フランクがようやく世に認められた、すなわちパリ音楽院に迎えられたのは彼が50歳の年、1872年だった。しかしそれは作曲科ではなく、オルガン科の平教授としてであった。

 その後も同僚やサンサーンスなど当時のフランスの楽壇から軽視され続けたが、彼は57歳でこの「ピアノ五重奏曲」を、64歳で有名な「ヴァイオリン・ソナタ」を、そして66歳でベルリオーズ以降のフランスで最も偉大な「交響曲ニ短調」を作曲し、死の半年前に「弦楽四重奏曲ニ長調」を書いて1890年68歳で生涯を閉じる。

 まさに大器晩成。素朴な人柄であること、また世間の無理解によって不遇をかこちながらも、晩年ますますもって偉大な作品を書き続けた点で、ブルックナーの人生と音楽とに重なる部分があるように思う。

 さてこの「ピアノ五重奏曲」は、敬虔な教会音楽風な作風の彼にしては、情熱と憧れに満ちた一曲である。一説によると作曲当時、彼は若い弟子の一人で、アイルランド出身の閨秀詩人であり作曲家のオーギュスタ・ホームズに、秘かな想いを寄せていたという。

 全3楽章から成り、彼女への激しい情熱のほとばしりのような第1楽章冒頭の主題が全曲を統一的に貫く、フランク独特の「循環形式」が曲の統一感を高めている。

 第1、第3楽章のテンポの速い熱っぽい気分に対して、緩徐楽章にあたるレント・コン・モルト・センチメントの第2楽章は、ゆったりとした抒情的な楽章で、ピアノと対話しながら進む弦楽四重奏の重層的な響きが、どこかオルガン的で、フォーレの同種作品を連想させる。(7/9参照http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/6558672.html )

 冒頭でも触れたが、この曲を収録したLP、CDはとても少ない。私はCDではジュリアード弦楽四重奏団とホルヘ・ボレットのピアノ(1978年の録音)。(SONY SRCR2587)

 LPは何と1961年録音のウィーン・フィル・ハーモニー四重奏団(第一バイオリンはあのウィリー・ボスコフスキー!)とクリフォード・カーソンのピアノの演奏を聴いている。(LONDON GT9369)(往年のクラシック愛好家学生だった人間には懐かしいGTの廉価盤シリーズ!)

 その他の演奏としてはリヒテル/ボリショイ劇場SQ(ビクター)、ジャン・ユボー/ヴィオッティSQ(エラート)あたりが名盤とされているように思う。

 ショーソンの時の紫陽花ではなく、今度は色づき始めた木々の葉が雨に濡れ光るのを見つめながら、秋の雨の一日、静かにフランクの秘められた情熱のメロディに、耳を傾けてみたい。





 

10月8日(土)雨

 どうやら5日位から半月遅れの秋雨のシーズンに入ったらしい。

 いつもなら9月の後半、敬老の日あたりからお彼岸をはさんで9月いっぱい、雨の時季が続く。今年はそれがなかった。半月それだけ夏の暑さが長引いたということだろうか。

 この時季の長雨は、6月の梅雨の雨と違って一雨ごとに寒くなる訳なので、濡れると身体が芯から冷えてしまうし、どこかしょぼしょぼと淋しさ、侘しさを感じてしまう。

 そんな秋の雨の時季に似合った曲を幾つか紹介してみたい。(そうはいっても同じ雨なので、梅雨のシーズンに紹介しきれなかった曲という意味合いもあるが、できるだけ秋の雨らしい曲を選んでみたい。)

 まずは先月につづいてモーツァルトの弦楽四重奏曲を。
 
 ハイドンセットの14番以降23番まで、モーツァルトのSQは皆、秋にぴったりの曲想だ。

しかも14番から23番まで、順を追うごとに渋く、枯れて透明な感じが強まっていくので、9月から11月までの秋の深まりの進行に従って、番号順に聴き進めていくという楽しみ方もある(ように思う。)

 その中でこの15番は唯一の短調の曲だ。

モーツァルトの短調の曲といえば、交響曲40番、同25番、ピアノ協奏曲第20番、弦楽五重奏曲第4番などいずれも名曲揃い。

そして「宿命のト短調」などと、多分に短調であることが運命的であるかのように言われることも多い。

だからといってモーツァルトのイメージを40番とかト短調とかで捉えてしまうと、モーツァルトという人の本質を見誤ってしまうように思う。

あくまでもモーツァルトは長調の人だ。圧倒的な数の曲がそう、というだけでなく、魔笛のパパゲーノのアリアとか、フィガロの「もう飛ぶまいぞ、この蝶々」とか序曲とか、ピアノ協奏曲第22番フィナーレとかのように、底抜けに明るくコケティッシュな曲がモーツァルトの基調だろう。

その上に僅かな例外としてあるモーツァルトの短調の曲は、だからこそ意味が出てくるのだと僕は思う。

 さて弦楽四重奏曲第15番ニ短調である。

 まぎれもなく古典派の弦楽四重奏曲でありながら、まるで後のロマン派のSQ、たとえばシューベルトのSQ第13番「ロザムンデ」(4/15参照http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/1501598.html )などを予告するようなロマン性秘めた曲だ。

 というより、このK.421あたりから、あえて聴衆を意識しない、モーツァルトの内面の吐露としか思えないような曲が増え、それが後のベートーベン、シューベルトなどロマン派の登場に道を開いたと言えなくもない。

 第1楽章。アレグロ。

 序奏なしでいきなり、ソット・ヴォーチェ(ひそやかに柔らかく)と書かれた第1主題が始まるのは前に紹介した14番(http://blogs.yahoo.co.jp/chikuma46/11507087.html )と同じ(ただしこちらはもちろん短調)、モーツァルトらしいところだ。

 が、ワンフレーズ過ぎた(4小節位?何しろ楽譜の知識がないのでそういう説明がうまく言えません)あと、その場の空気を引き裂くように、突然旋律が2オクターヴ上がる。

 まるで、今まで悲しみを慎み深くじっと堪えていた人が、突然こらえきれずにワァーッと泣き出したかのような唐突な慟哭の表現に、僕達はハッと不意をつかれ、息を呑み、悲しみの深さに初めて気づく。

 しかしそれはあくまでも一瞬。大げさに泣きわめいたり、崩れてしまうのではなく、あくまで音楽の形式感を保ち続ける。誤解を怖れずに言えば、そこがロマン派の凡百の輩との違い、モーツァルトの音楽の素晴らしさだと思う。


 第2楽章アンダンテ。この曲唯一の長調(ヘ長調)。
 
 穏やかな優しさに満ちた楽章。静かに、あくまでも穏やかに曲は進むが、途切れ途切れ奏でられるテーマに、長調の影に秘められた不安や哀しみを感じずにはいられない。

 しかしこの曲のホントの凄さは、後半の第3,第4楽章にある。

 第3楽章メヌエット。ニ短調。

 悲しみをひきずるようなメヌエットだが、ことに聴きどころは中間部のトリオだ。

 他の楽器のピツィカートにのって第1バイオリンが奏でる、地の底から舞い上がるような長調の旋律のこの世のものとも思われない、尋常でない美しさ。

 そして少しも長調には聴こえない。まるで地の底から湧いてくるような、あるいは月明かりに泥の中から咲きいで、美しい花びらに涙のしずくを溜めた「はすの花」のような美しさに再び息を呑むと同時に、あまりの美しさに怖ろしささえ感じる。

 僕はこの曲のこの箇所を聴くと、なぜかシューベルトの「未完成」の第2楽章を想い浮かべてしまう。

 第4楽章フィナーレ。アレグロ・マ・ノン・トロッポ。シチリアーノ風の主題と4つの変奏曲からなる。

 第1楽章の「ひそやかに柔らかい」悲しみの旋律。第3楽章の「凄絶なまでに」美しいトリオを聴いてきた者にとって、ひときわ胸に沁みる主題と変奏だ。

 決して声高には叫んでいない。あくまでも淡々と、円舞曲のように気品高く変奏は進む。しかし聴く側にはとっては、悲しみがこらえてもこらえても、じわじわと波のように湧いてきて止めることができない。

 モーツァルトは決して声を荒げはしない。しかし変奏が終わり、テーマが戻ってきた最後の最後に再び第1バイオリンに悲痛な嘆きを歌わせて、曲は終わる。

 なぜモーツァルトはこんなにも悲痛な曲を書いたのだろうか。

 この曲を作曲した1783年6月。モーツァルト27歳。妻コンスタンツェが長男ライムントを産んだ頃といわれる。

 初めての子が生まれようとする、まさにその頃、彼はこんなにも憂愁に満ちた曲を書いた。まるでこの愛する長子が2ヶ月後には、そのはかない生命を終えるのを予見してでもいるかのように。

 だから子どもが死んだから哀しい曲を作ったとか、そんな皮相な見方でモーツァルトの曲を考えることはできない。

 ただ、モーツァルトのいかにもモーツァルトらしい長調の、底抜けに明るい曲想の背後に、常にこの曲に現れたような憂愁と哀しみが潜んでいることに、我々は気づくしかないのである。

 演奏は今回もウィーン・アルバン・ベルク四重奏団。(LP:TELEFUNKEN K17C-8318)何度も言うが、アンサンブルの緊密さと第1バイオリン、ギュンター・ピヒラーのとびきりの美音で、他の追随を許さない。

 ただしこれは旧盤(1977年)。EMIの新盤(CD:TOCE-13027)の方が完成度の点で、さらに優れているかも知れません。


P.S. この曲を書いたのがモーツァルト27歳。今ひょっと思ったのですが、この曲の憂愁は、彼が8年後に忍び来る死の影を、初めて意識した証だったのかも知れませんね。

 



 

 

 
 

 

10月2日(日)晴れ

 9月、結構今年は涼しくて、先週東京に行った折りも快適だったが、ここへ来てまた暑くなった。今日などは風が涼しいものの、「残暑」という感じ。

 昨日も幼なじみの友人の床屋さんで散髪してもらいながら、二人で「10月の初めの神道祭り(松本市内繁華街の縄手通り沿いの四柱神社のお祭り)って言えば、昔はもう寒かったよねぇ」と話していた。「10月でこんなに暑いなんてことはなかった」とはうちの奥さんの弁。

 「またまた温暖化の影響って言いたいんでしょ」とお思いも読者も多いと思いますが、その通りです。歳時記とか季節感ってものは、「今年もそうだ」っていう一種の安堵感に支えられているものだと思う。

 それがどんどん崩れていったのでは、繊細な季節の変化を愛でる日本文化のアイデンティティの存亡にかかわる問題だと思う。事態は深刻です。日本が世界のどこよりも、この問題に熱心にならねばならない文化的な理由がそこにあります。

 またまた前置きが長くなってしまった。先月、秋の訪れを告げる「風」の音楽としてモーツァルトの39番を、深まりを気づかせる「影」のBGMとして弦楽四重奏の14番を紹介し、本格的な秋を実感する曲として、毎年恒例のブラームスの「セレナード第1番」を紹介した訳ですが、実は今年はそれと並んで、ドヴォルザークの交響曲第7番が聴きたくてしょうがなかった。

 理由は単純で、やはり先月NHK-FMで聴いたアシュケナージ/チェコ・フィルの新譜(でもないのかな? CANYON PCCL-00441)の演奏が素晴らしかったからだ。

 実は昔、学生時代、当時定評のあったケルテス/ロンドン響の廉価盤を買って聴いたのだが、何回か聴いて、さっぱりいい曲だと思えず、売ってしまった経験がある。それ以来この曲のレコードは持っていなかった。

 しかし今回は妙に胸にズシンとくるものがあり、「セレナード第1番」に匹敵するほど秋の風景にマッチしている気がして、そのFMの録音を何度も聴いていた。

 すると、世の中というものは不思議にどこかでつながっているもので、たまたま松本のクラシックCD・LP専門のレコード店「クレモナ」に、大量に中古LPが入荷したという情報が入り、買いにいったら、このドヴォ7のレコードに出会えたのだ。

 (このクレモナはクラシック関係のCD・LPだけを扱っている、全国でも珍しい貴重なお店だ。サイトウ・キネンの会場、まつもと市民芸術館のまん前にある。)

 演奏はこれまた名演と呼ばれるジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団のもの(LP: CBS SONY 13AC212)。

 家に着くと、待ちきれず針を下ろす。さすが名演奏と長く言われてきただけある。オケが完全に鳴りきっている。一糸乱れぬアンサンブル。フルート、クラリネット、オーボエのソロも耳に鮮やかに響く。

 そして何より曲の素晴らしさが、今度はしっかりと伝わってくる。学生時代のケルテスの演奏が悪かったという訳ではないだろう。そうではなくて、自分がドヴォルザークの音楽の良さに、7番の渋さに魅力を感じられるような聴き手に、やっとなってきたということだろう。

 (しかし完璧主義者と呼ばれるセルの演奏の凄さは、これまで1枚しか持っていなかったそのレコードだけでも十分に分かる。コダーイ「ハーリ・ヤーノシュ」組曲とプロコフィエフ交響組曲「キージェ中尉」のカップリング。軽く楽しんで聴ける小曲を、完璧なテクニックと透徹した音色で、藝術作品として聴く者を感動さす、しかも名録音(13AC803)。)

 ドヴォルザークに話を戻すと、彼の交響曲では何といっても圧倒的に9番「新世界から」と8番が有名で、実演でもよく取り上げられるクラシック音楽全体の中のポピュラーな作品だが、それに続くとなると、この7番がたまに取り上げられるくらいで、あとは殆どない。

 この7番。ドヴォルザークという作曲家の持つ土の匂い、野性味、男くささ、そしてチェコ、ボヘミアの民族色を一番感じることのできる交響曲ではないだろうか。

 第1楽章から印象的な付点のリズムが、第3楽章スケルツォ、第4楽章フィナーレと全曲を貫いていて、特に第3楽章はチャーミングな舞曲のようで親しみ深い。付点リズムが曲全体の統一感も形作っている。

 しかし今回聴いて気づいたことは、この曲の例えば第1楽章を聴いていると、あのブラームスの「セレナード1番」の第1、第2楽章によく似たフレーズが何回も出てくるということだ。

 第2楽章アダージョも、男のリリシズムというか魅力的な旋律だが、どことなく「セレナード」第3楽章アダージョの哀愁に似ていなくもない。

 もちろんあちらがニ長調、こちらはニ短調なので、曲想はやや暗く、より悲劇的で感傷的だが、雰囲気はとてもよく似ている。

 実は恥ずかしながら、今の今までドヴォルザークの音楽が、ブラームスの音楽から多大な影響を受けていることに気づかなかった。ブラームスという人がもっと古い時代を生きた音楽家のように、どうしても思ってしまうのだ。

 しかし実際には8歳しか違わず、ブラームスの方はともかく、ドヴォルザークは音楽の都ウィーンで活躍する先輩ブラームスに、憧れと尊敬の気持ちを抱いていたようだ。

 シューベルトと同じで、とかくメロディー・メーカーとして天賦の才を持つがゆえに、交響曲の作曲においてもメロディに頼り過ぎてしまう彼が、がっちりと形式を作り上げるブラームスの作曲法をお手本にしていただろうことは、十分に想像できる。

 この7番は、その2年前に書かれたブラームスの第3交響曲に感銘を受けて作られたという。そのブラ3との類似性をここでは論じることができないが、私がこの曲を聴いて感じたブラームスの「セレナード第1番」との類似性も、あながち根拠のないものではなさそうだ。

 この秋、今まで正直聴いてこなかったドヴォルザークの交響曲にこだわっていこうと思ったのは、ブラームスという作曲家の向こうに(次に)、ドヴォルザークという未踏の山域があることにようやく気づいたからである。

 両者が、田園の音楽、土の匂いのする音楽、そして男くささのする音楽という共通性を持っているからこそ、今まで秋といえばもっぱらブラームスの音楽ばかりを注目してきたが、より深く秋を楽しむためには、ドヴォルザークという未知の領域を探検する冒険が残されていたことを、誰に感謝しようか。

 アシュケナージ?レコードショップ「クレモナ」?LP入荷の情報を寄せてくれたM氏?

 自分の周りにいるすべての人に感謝しなければ、1枚のレコード、1つの音楽も聴くことはできないのだが、まずはドヴォルザークその人に、そして彼に多大な影響を与えたブラームスにも、感謝の気持ちを捧げようと思う。

 

 


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