●●館主・宋 竹仙の≪やきものつれづれ草≫●●

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汝官窯 #16 汝官窯青磁奩式三足香炉



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                   御題詩文(台底)




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                  御題詩文の一部拡大




 
器の外底に焼きつけられた詩文を拡大して見ると、金泥で描かれた文字らしいことが判った。なかなか達筆で描かれた筆文字であるが、滑らかな磁器表面に、文字はわずか盛り上がっている。

かって、この文字部分の成分分析を公立機関で測定してもらったことがある。それによると、金、銀、鉛など複数の成分が含まれていることが判った。面白いことに、その他の成分として、器体(磁器)の成分も併せて検出されていて、明らかに文字を焼き付けた段階で、金泥と磁器の融合が行われたことが証明された。

この金泥文字は800度前後の温度で焼き付けられたと推定されるが、もちろん、簡単に擦って落ちるようなことはない。文字の表面はややくすんでいるが、おそらく含まれた鉛成分の酸化被膜と思われるが、ごわごわした布などでこすると以前の輝きを取り戻すことが出来る。

乾隆帝御題詩文が焼きつけられた陶磁器類は、この作品以外でもかなりの数が見つかったようだが、金泥で描かれたものが一番多く、その他として、黒や白などの上絵彩料で描かれたものもある。さらに特殊な例として、詩文文字を丁寧に彫り込んだ作品もある。いずれも、「後世に絶対残す」とした、乾隆帝の思い入れと執念が見て取れるのである。

この作品が、西暦1778年(乾隆43年)乾隆帝67歳の時に「後世に残す名宝」と位置づけられた以降、今日までの経緯は全く謎である。前回に述べたように、この作品が乾隆帝の手に入るまでの、流転の歴史は知る由もないのはもちろんのこと、収蔵された以降も不明のままであるが、推論としても乾隆帝以降の流転顛末を知りたいものである。

この作品の所在が確実に証明できるものとして、)盟彡(960-1127)で焼成されたこと。乾隆43年(1778年)に乾隆帝が収蔵したこと。J神10年(1998年)宋竹仙が収蔵したこと。この3点だけは間違いないだろう。そこで、△らに至る経緯の中で北京紫禁城郊外の円明園宝物殿に大切に納められていたらしいと推察される根拠を探ってみたい。

次回では、この作品が放つメッセージを読み砕いてみたい。


現代に学ぶこと多し、中国陶磁史…




この作品は、こちらの美術館で鑑賞できます。

       中和堂中国美術館

宋竹仙老人のコレクションに関心のある方は、こちらをごらん下さい。

       中和堂コレクション

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