●●館主・宋 竹仙の≪やきものつれづれ草≫●●

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汝官窯 #21 汝官窯青磁奩式三足香炉



イメージ 1
                

                   金文字部分の欠落




 
御題詩文の他の部分の拡大図だが、写真の白○で表示したところの文字部分で、文字の一部に金泥そのものがはぜ欠落しているのである。さてさて、何時、何処で、このはぜ欠落が発生したのだろうか?その謎が解き明かせられれば、この作品の来歴が自ずと判明する訳なのだが、残念ながら、それを証明する術は、今は無い。

従って、これから記述することは、私、宋竹仙老人の推論であることをお断りしておきたい。

清朝皇帝の離宮・圓明園宝物殿。アロー号事件を契機として圓明園を占拠していたフランス軍は、1860年10月7日8日の両日に、宝物殿に収蔵されていた全ての宝物文物を略奪し破壊し切り裂さいてしまったのである。150万点と言われた膨大な数量の皇帝の収蔵品が一瞬間でこの世から消滅した瞬間である。(このことは事実である。)

(ここから推論である。)当日、この情景を目の当たりにした圓明園の官吏達は、略奪破壊にたけり狂ったフランス軍兵士の目を盗んで、貴重な宝物文物を少しでも救うために緊急避難を試みた。しかしながら、相手は武器を持った兵士達であるから、我が身さえ命の危険に曝しながらの隠密行動であるから、せいぜいが両手に抱えて衣服で隠し、素知らぬ顔で屋外に持ち出すしかなかったので、持ち出す作品も限られていた。

ところが、身に隠して持ち出した園内のその先には、フランス軍兵士達が戦略品をうずたかく積んで歓声を挙げているではないか。たとえその目を逃れて園外に出ようとしても、全ての出入口は既に封鎖されていて、誰も出入りが出来ない。

その時、官吏たちの目の前に見えたのは、宝物殿に隣接する池であった。そうだ!あの池に持ち出したものをとりあえず投げ込み、池の底に埋めて隠しておこうではないか!!数ある宝物の中でも、幸いにも、苦労して袖の下に隠して持ち出してきたのは、水につけても傷まない陶磁器である。よし!略奪に嘆き悲しんでいる素振りをして池に入り、袖の力を抜けば兵士たちに見つからず池底に隠せる…

圓明園内の全ての宝物文物が消滅し、やがてイギリス軍によってすべての施設が破壊・焼却されて、そのご150年の眠りに就いたのである。園内に作られた人工池に導水されていた水源も閉鎖され、何時の間にかヘドロだけの干上がった池池には雑草が生い茂り、かっての風光明美な情景の跡かたもなくなってしまったのである。

あの時、どさくさで池に放り込まれた陶磁器たちは、その後どうなったのか?

現代に学ぶこと多し、中国陶磁史…




この作品は、こちらの美術館で鑑賞できます。

       中和堂中国美術館

宋竹仙老人のコレクションに関心のある方は、こちらをごらん下さい。

       中和堂コレクション

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