●●館主・宋 竹仙の≪やきものつれづれ草≫●●

宋 竹仙のブログへようこそ!! 中国陶磁に魅せられて四半世紀。

全体表示

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

やきもの談義(その15) 地下に眠る皇帝の歴史


やきものを通して中国の歴史をひもといてみますと、
強大な権力を持った『皇帝』との関わりが最も強い事が良く判ります。


イメージ 1

               天青釉弦文長頚胆瓶(てんせいゆう げんもん ちょうけいたんへい)
                 汝官窯:北宋朝時代 ( 960〜1126 )
                 (高さ)21.6cm   (直径)20.5cm          


                

歴史の生き証人は「やきもの」だった!


あの万里の長城を築いた秦の始皇帝が中国を統一して以来、
清朝ラストエンペラー溥儀で終焉を迎えるまでの二千年の間に、
何回となく国が替わり、皇帝が代わり、離合集散を繰り返しました。

皇帝支配の封建制度を維持し続けた、その歴史の生き証人こそ、
その時々に創られた残したものが、特別な陶磁器だったのです。

歴代の、地上の歴史資料は消された!?


前にも言いましたが、統一国家の日本の文化史は伝世品で歴史を語れますが、
国家転覆クーデーターの連続であった中国の歴史は、
埋蔵品(土中古)が発掘された資料をみて、語るしかない訳です。

現存している歴史的資料の殆どは土中古(発掘品)であるのはその証拠です。

三種の神器は死んでも守り通す…


人類の常として、
国家崩壊の瀬戸際に国家の再興を願って隠すものと言えば、
莫大な価値の物となりましょう。

勿論その朝廷を背負って立つ、三種の神器レベルのものでなければなりません。

やきものは腐らないので、地下に隠せた!


莫大な価格で、腐らず、傷まず、燃えず、
新品同様の価値を何時までも持ち続ける事の出来るものと言えば、
金銀細工と陶磁器以外は無かったと思います。

当然、当代随一の一級品ばかりを地下に隠し(窖蔵品という)たのです。

歴代の力量は、残された焼き物で判る。


知ってか知らずか、各代の皇帝は、
国家財政が傾くほど金に糸目を付けないで、
皇帝専用の窯を築いて特別の陶磁器を焼かせました。

栄耀栄華と権力の象徴としたものを、
国家消滅の際にはそれを隠し、

それが昨今の都市再開発で数々発見されて、
素晴らしい歴史文化財として、

時空を越えて我々を魅了し続けているのです。





こちらの美術館では、常設展示で美しい陶磁器が鑑賞できます。

       中和堂中国美術館

宋竹仙老人のコレクションに関心のある方は、こちらをごらん下さい。

       中和堂コレクション

開く コメント(0)

やきもの談義(その14) 白化粧


女性(時には男性も使う?)白粉(おしろい)は、
秦の始皇帝時代に、宮中の女官が用いたのが最初のようですが、
日本では七世紀末に、鉛のおしろいが初めて使われました。


イメージ 1

               青花白釉凸花龍鳳文蓋壺  「内府」款
               (せいか はくゆう とっか りゅうほうもん がいこ)
                 永楽官窯:明朝永楽期( 1403〜1424 )
                 (高さ)26.6cm  (直径)26.8cm          





                

おしろいは、下地の欠点をカバーするもの?


唐三彩の中にも、艶やかなおしろいで化粧をした婦人俑が有ります。

下地の欠点をおしろいでカバーする、この単純で最も効果的な方法は、
やきものの中にも早期に採用された技術です。

やきものの下地は、白い地肌に限る!


その昔の中国の青磁や白磁は、
窯場近くの磁土の色合いを生かしながら、
釉薬の色合いと造形で美を競い合ったものです。

宋朝に彩絵磁器が出現してからは、
やきものの美的表現が、絵付け手法によって多様化かつ格段の進歩をしました。

その結果、絵付けをより鮮やかに見せる為には、
出来るだけ白い地肌が必要になりました。

地グロな胎土では、良い焼き物にならない


彩絵磁器の初期の物は、磁州窯の掻き落とし手や鉄絵、宋赤絵が有名です。

しかし、磁州窯の磁土は灰白色の冴えない色をしているので、
胎土に白化粧をしてから、鉄釉などで彩絵して焼成したのです。

あの景徳鎮の土は白かった!!


元朝以降、やきものの主流が景徳鎮に移り、
青花や釉裏紅の、鮮やかな色合いの彩絵磁器が開発されました。

純白な磁土に、鮮やかな藍色や紅色でイメージ通りの絵を描くことができる…
その瞬間の匠の興奮が伝わってくる思いです。

磁州窯の磁土では不可能だった、まっ白い肌に、じかに画くことができたのです。

その景徳鎮窯でも「白化粧」をした!!


しかし、上には上があるもので、

景徳鎮の匠はそんな純良な磁土の表面に、更に精製したカオリンで白化粧を掛け、
より一層純白な素肌にして彩絵をして、目の覚めるような特上品を残しました。

勿論、これらの作品は官窯の上手の物です。上の画像の作品がよい例です。
一度見たら忘れられない感激が味わえます。



こちらの美術館では、常設展示で美しい陶磁器が鑑賞できます。

       中和堂中国美術館

宋竹仙老人のコレクションに関心のある方は、こちらをごらん下さい。

       中和堂コレクション

開く コメント(0)

やきもの談義(その13) 中国陶磁の値段


恐らく、中国陶磁の値段を聞くと皆さんはびっくりすると思いますが、
過去の海外オークションでは皿や壺とか成化豆彩の高足杯などがウン億円を優に越し、
この近年には元代の青花壷が三十数億円で落札されたそうです。

本当にこんな値段の価値があるのでしょうか。


イメージ 1

            粉青釉瓜稜輪花式瓶(ふんせいゆう かりょうりんかしき へい)
              郊壇下官窯:南宋朝時代( 1126〜1279 )
              (高さ)39.7cm   (直径) 23.1 cm           


                

中国から流出して、世界が価格を決めた?


それには中国陶磁がどの様な経緯で海外に流出したのかを知る必要があります。

十七世紀後半にヨーロッパで巻き起こったシノワズリー(中国趣味)の影響のもと、
諸国が中国に侵略して略奪したり、朝廷自ら換金の為に売り払った、
官窯の数々が市場に流出してブームが始まりました。、

その後の大戦前後には、二級品や民窯の物が流出して値段を釣り上げ、
中には写しを平気で本歌並みの高値で売買されたのもこの頃です。

文化大革命のあと、中国開発ブームが火をつけた!!


文化大革命のあと、中国全土が開発ブームに乗って未曾有の大流出劇の連続でした。

眼の利くコレクターには官窯の良品を自分の手に収める事の出来る絶好のチャンスとなり、
特に「窖蔵品(こうぞうひん)」と言われる超一級品も手にする事が出来ました。

そのおかげで、それまでの価格は高すぎたことが判明!


それらの作品が発表される都度、
これまで断続的にしか判らなかった中国陶磁の全体像がそのベールを次第に剥がされました。

その結果、過去のオークションは実態を超えた人為的高価格だったようだし、
老舗と言われる古美術店の価格も、高過ぎたように思われます。

何を基準に価格を決める?


それでは何を基準に価値を決めるべきかと言いますと、
『官窯の一級品』のみが、中国陶磁(即ち世界の)頂点に立つブランドとして最高価格に君臨し、
官窯でも什器備品、二級品、不良品、キズモノなどは当然評価が低いものです。

当然、民窯の作品は官窯に比べて低くなります。
極端なことを言えば、民窯百点を以てしても官窯一点にかなわないと思います。

みなさんがお求めになるとしたら?


資産価値としては官窯。
楽しむには民窯。

ただし、中国陶磁に標準価格が有る訳でなく、
あくまでも値段は相対で決めることが原則です。

どうしても欲しければお財布と相談してください。



こちらの美術館では、常設展示で美しい陶磁器が鑑賞できます。

       中和堂中国美術館

宋竹仙老人のコレクションに関心のある方は、こちらをごらん下さい。

       中和堂コレクション

開く コメント(0)

やきもの談義(その12) 成化豆彩


中国古陶磁の官窯磁器は大形な物が中心ですが、その理由として、

何物も大きなものが好きな大陸的発想。
権力者である皇帝の好み。
朝貢の賓客に権威の大きさを誇示するには大型は迫力がある、
国家的行事を執り行う宮廷は広大かつ薄暗いので、祭器として大形は見栄えがした。

…等です。


イメージ 1

             

                

『成化豆彩(せいかとうさい)』は女性好み?


ところが、歴代王朝の中に、好んで小型のやきものを作らせた皇帝がいました。

明朝十五世紀後半の皇帝・成化帝は一六才の若さで帝位につきましたが、
実際の院政は、乳母であった万貴妃に牛耳られておりました。

その影響で、
成化官窯は、万貴妃の趣味趣向に添う物として、掌に載る程の小型で文様も優しい物が多く、
『成化豆彩』という、宮廷奥の院を彷彿させる、独特の色絵様式が完成されました。

鮮や、瀟洒、華やか、気品が成化豆彩の特徴


成化時代の染付磁器は、外国から良質のコバルトの輸入が途絶え、
細々と国産コバルトを混ぜながら官窯磁器を焼きました。

その染付の弱さを補って余り有るのが、鮮やかで、瀟洒で、華やかで、気品の有る、
中国古陶磁歴史上最も有名な、色絵(五彩磁)として創られた『成化豆彩』なのです。

成化豆彩は…


細く軟らかいコバルト染付の縁取り線描で本焼きをして、
その上に、緑、赤、黄、茶、紫、と彩色して、錦窯で焼き上げたのが成化豆彩です。

それらは、小杯とか高足杯とか小壺等の、掌に乗る程の器皿に限られている、
と従来は考えられていましたが、近年の発見では、成化帝の青年期以降には、
大型の豆彩磁器も焼かれたようです。

成化豆彩磁器の希少性は?


従来の定説では、「成化豆彩磁器は、数が少なく、希少価値がすこぶる高い」と、
言われておりました。チキンカップで数千万円したとか…

近年に発掘された景徳鎮官窯跡からは、夥しい数の成化豆彩磁器の破片が見つかり、
その当時は大量に焼かれたことが判明してからは、希少価値がやや下がりました。

有名な成化豆彩にあやかって?


余りにも成化豆彩が有名なので、
後世これにあやかって「大明成化年製」銘款は歴代使われていますし、
日本の古伊万里にも良く見かけますが、もちろん本歌にはかないません。


こちらの美術館では、常設展示で美しい陶磁器が鑑賞できます。

       中和堂中国美術館


宋竹仙老人のコレクションに関心のある方は、こちらをごらん下さい。

       中和堂コレクション

開く コメント(0)

やきもの談義(その11) 「何々の花」様式


中国の古いやきものの文様は実に様々な工法を用いて表現していますが、
そのいずれの方式でも何々の花という漢字で書き、それが同時に工法も表しています。

草花の「花」文様以外の工法迄も花と表現するのですから漢字文化の懐の広さを感じます。

イメージ 5


                

日本陶芸界でも通用している代表的な様式をご紹介致しましょう。




【印花】と【貼花】


【印花】文様を彫りつけた型を生乾きの坏体に押し付け文様を作る様式で、
    宋代の定窯や耀州窯の碗や皿に多い。繍花とも言う。

【貼花】胎土と同じ土で文様または像を造り、坏体に貼りつけて露胎又は釉を施し焼成する。
    唐三彩に貼花文が多い。

イメージ 1
 
イメージ 2


【刻花】と【劃花】


【刻花】金属工具を使い生乾きの坏体に文様を刻み込む様式で、
    深く鋭い表現と工人の匠の力が優劣を決める。北宋初期に多い。

【劃花】生乾きの坏体に竹ベラを使って文様を彫り込む様式で、
    刻花より浅く繊細な文様から大きな面積の文様まで表現出来て立体感も出せる。
    元代の景徳鎮や龍泉窯が有名である。

イメージ 6
 
イメージ 7


【剔花】と【法花】


【剔花】乾燥後の坏体の表面を文様に沿って掻き落とし、
    胎土や化粧掛けの色との対比で文様を作る。磁州窯が有名。

【法花】土を軟らかく溶いて坏体の文様の縁を盛り上げ、
    その内外に鉛低温釉の色ガラスを焼きつける。
    色の混じりが無いので鮮やかである。明代中期に多い。

イメージ 3
 
イメージ 4


【暗花】もありますね


【暗花】錐のような金属工具で坏体の表面に文様や文字を切り込み、
    透明釉を施し焼成する。釉を透かして文様がほのかに見える。
    宋代〜清代の白磁、青白磁や単色釉磁に多い。





こちらの美術館では、常設展示で美しい陶磁器が鑑賞できます。


       中和堂中国美術館


宋竹仙老人のコレクションに関心のある方は、こちらをごらん下さい。

       中和堂コレクション

開く コメント(0)


.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事