●●館主・宋 竹仙の≪やきものつれづれ草≫●●

宋 竹仙のブログへようこそ!! 中国陶磁に魅せられて四半世紀。

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宋竹仙老人より、おわびです。


私は、このところメニエル病にかかり、近況の更新が出来ませんでした。耳鳴り・めまい・難聴とはこんなものかと、五体満足の時には気にもかけなかった老いの症状から、改めて身体の神秘に感心しております。まだ完全復帰ではありませんが、ぼちぼちと更新いたしますので、たまに覗いてみてください。


汝官窯 #12 汝官窯三足香炉の例



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                   汝官窯三足香炉




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                 汝官窯三足香炉の台底付近

 


祭祀用の祭器である正式な汝官窯青磁の三足香炉は、直径が17兪宛紊梁膩燭覆發里任垢、今回ご紹介するこの三足香炉は、直径が8僂个りの小さな香炉で、1千年ほど昔の北宋朝皇帝親王貴族たちの、個人持ちの小さな香炉です。

日本人には奇抜な形をした香炉と思われますが、この形の香炉は、別名「奩式(れんしき)三足香炉」と呼ばれる、古代から祭祀用祭器の代表的な形で、奩式とは小物入れの意味です。

時の皇朝にあって、公式な祭器はざらにある訳ではなく、皇帝はともかく、親王や貴族は遠目で祭器を眺めながら、そのおこぼれに預かろうと、祭器のミニチュアーを特別に創らせて自室に飾り、悦に入っていたのでしょう。

次回は、正式な祭祀用祭器であり、清朝乾隆帝も手に触れたであろうと思われる、数奇な運命をたどった「汝官窯青磁奩式三足香炉」をご紹介いたしましょう。



現代に学ぶこと多し、中国陶磁史…




この作品は、こちらの美術館で鑑賞できます。

       中和堂中国美術館

宋竹仙老人のコレクションに関心のある方は、こちらをごらん下さい。

       中和堂コレクション

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汝官窯 #11 汝官窯三犠尊の例



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                   汝官窯三犠尊




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                 汝官窯三犠尊の台底付近

 


「三犠尊」とは、いけにえの「羊」が三頭組み込まれた「尊」の形を言います。羊は古代からいけにえの具にされた、可哀想な家畜ですが、反面、逆境に耐えてしぶとく生き抜く生物の代表でもあります。

陶磁器を焼成する「窯」と言う文字も、起源は「羊を穴に入れて火で焼く」から来ているように、やきものとの関わりも古代から在ったものと思われますね。

「三犠尊」が、重要な祭祀の祭器として汝官窯青磁に残されていたということは、時たま起こる乱世の動きを鎮める為のものとして、重要視していた証拠でしょうか。あるいは、あらぬ殺生を犯したことを悔い改めるための、懺悔のためのものかもしれませんが…

この汝官窯三犠尊も、汝官窯青磁の他の多くの作品と同様に、泥漿(でいしょう)を型に流し込んで胚胎を作り、素焼した後に釉薬をかけて本焼成したものです。写真で見える足元の奥の複雑な空間なども、流し込み工法だから出来る技術ですが、数千年前の青銅器鋳込み技術が生かされている、素晴らしい技術ですね。

汝官窯三犠尊の作例は大・中・小のさまざまな大きさのものがありますが、最大のもので40センチ近い高さものもあります。宋代の青磁焼成技術で40センチ高さというものは、その時代では最高技術でなければ焼けませんでしたから、やはり、国家的な歴史に残る作品といえましょう。時の工匠達は「羊」に託して生きざまを残した訳です。



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汝官窯 #10 汝官窯弦文貫耳瓶の例



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                   汝官窯弦文貫耳瓶




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                 汝官窯弦文貫耳瓶の台底付近

 


この形の貫耳瓶は、古くから祭祀用の祭器の定番で、後世の官窯磁器には必ず出現する。古代青銅器の時代にも見られる形から見て、特別な用途があったものだろう。

太い首の中ほどに2条の弦文が現れていて、なんとなくぽってり気味の全体を引き締めている。もちろんこの弦文は官窯磁器の約束デザインである。何故弦文が官窯磁器の約束事であるかについての理由は、浅学の小生には良く判らないが、恐らく易経の卦(け)文から来ているのではなかろうか。

首の両脇についたパイプ状のものは貫耳(かんじ)といい、青銅器に良く使われた形の名残である。この形状の由来は良く判らないが、青銅器の貫耳は蓋を縛るときのひもを通す穴として付けられたようだから、宋代の官窯磁器にも公式な祭器としてのステイタスとして継承されたものと思われる。

この汝官窯青磁の胎土はややピンクがかっていて、瑪瑙と羊歯灰を使った釉薬の天青釉が合わさった、とても柔らかい感じの色合いは、見る人をうっとりとさせる魔力がある。大変薄い均一な釉層であるが、細かくひび割れしているために、あたる光線で千変万化する。

汝官窯弦文貫耳瓶として現存するいくつかの例のうち、大変貴重な作品がコレクションの中にあるのでご紹介したい。1千年ほど前の宋代に作られた作品が、18世紀半ばころの清朝乾隆帝がこの作品を手にして、御題詩を金文字で焼き付けた、たぐいまれなる作品である。
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汝官窯 #9 汝官窯紙槌瓶の例



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                   汝官窯紙槌瓶




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                 汝官窯紙槌瓶の台底付近

 


この形をご覧になって、60才過ぎの皆様ならばきっと思い出されるかと思いますが、昔の田舎で「わら縄」を撚る前のわらを叩いてなめす時の道具と似ていますね。この作品は汝官窯の紙槌瓶と言いますが、日本では「砧(きぬた)」と言って、木槌で絹の生地を打ってやわらかくしたり、つやをだしたりする道具のことを言います。

この作品が造られた北宋朝は、紀元前2百年ほど昔に中国で発明された「紙」が1千年ほどの時を経て高度に発達し、この紙の改良に合わせて「墨」「筆」「硯」などの文房具が発達するとともに、≪水墨書画≫芸術が最高水準に到達した時代です。

「中華芸術は紙から始まった」とよく言われますが、中国固有の特殊な繊維を良く日にさらし、叩いてよくなめし、何層にも漉いて≪水墨書画≫専用の特殊な紙が開発されたからこそ、水墨の芸術が完成されたのでしょう。

宋朝の皇帝初め貴人文人達がステイタスとして追い求めたこの水墨芸術の、根幹をなす紙を造るうえで欠くことのできない道具が「紙槌」だったのです。いかに重要なものであったかが、この「汝官窯紙槌瓶」として特別に作られ残されたことから覗うことが出来ます。

作品に見られる盤口は、実際の「紙槌」では叩く胴と把手だけでよい訳ですから、使い勝手から見ても日本と同じように恐らく付いていなかったと思われます。ですが「汝官窯紙槌瓶」としては官窯の象徴として盤口は欠くことのできない必要なデザインでした。

この「汝官窯紙槌瓶」は底裏に爪跡がありますので、以前に申し上げましたように、祭祀用祭器またはそれに準ずる公式な用途を持った作品です。



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汝官窯 #8 汝官窯胆瓶の例



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                   汝官窯胆瓶




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                 汝官窯胆瓶の台底付近

 


器形の下部が平べったく潰れた瓶を「胆瓶(たんへい)」と言います。この作品は汝官窯の胆瓶の例です。日本では「下蕪(しもかぶら)」と言うようですが、そう言われてみれば蕪の形に良く似ていますので、日本の言い回しの方が風情がありますね。

直径・高さとも20冂の作品ですが、均整のとれた器形は北宋汝官窯の筆頭と言っても良いでしょう。ただし、高台をまわして土が見えますので、これは公式な祭祀用の祭器ではなく、皇帝直々の居室か宮殿の備品と思われます。

胴の直径と高さをバランスさせながら、割と太めの首は長さを釣り合わせながら口辺を外側にわずか張り出させている。この器形に辿りつくまでの試行錯誤は容易ならざるものを感じ、今更ながら宋朝文化の底深さを感じざるを得ない。

汝官窯青磁に共通する、流し込み型抜き工法による胚胎の成型技術は、この器形でいかんなく発揮されている。この複雑に流れるような器肌のカーブは、ろくろ成形では不可能であったと思われる。

予め造形の設計段階で石膏型を充分絞り込み、これで良しとなったところで本番にかかったのだろうが、素焼での変形分を織り込むことは、命をかける程の苦労があったのではなかろうか。

今我々が1千年近く昔に作られたこの作品を見るときに、所望された貴人の芸術観と、それを受けて立つ工匠達の、打てば響く関係を見抜くことこそ、これら作品が文化財としてのおおいなる価値なのではなかろうか。



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