●●館主・宋 竹仙の≪やきものつれづれ草≫●●

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汝官窯 #7 汝官窯出戟尊の例



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                   汝官窯弦文出戟尊




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                 汝官窯弦文出戟尊の台底付近

 


従来の汝官窯の研究者によると、戦前戦後に収蔵された世界中の汝官窯青磁の伝世品は、その数量では70数点のみで、器形も、碗とか皿・盆などの限られたものだけとされてきた。

しかしながら、近年の10数年にわたる民窯である「汝窯跡」の発掘調査が完了し、その成果として、少なくとも「汝窯」は北宋初期から150年間以上の長期に焼成が行われていたことが判明した。

民窯である「汝窯」からは「汝官窯青磁」の照明になる「天青釉の陶片」が発掘されなかったために、民窯「汝窯跡」が官窯「汝官窯跡」であったとは証明できなかったが、官窯だけの焼成技術である「素焼焼成窯」が存在していたことが発見されたので、官窯の要素を持っていた窯であることは、ほぼ間違いないと思われる。

汝官窯のことを伝える古文書の中で「汝官窯青磁はたとえ不良品といえども全て都へ納めた」と言われ、窯出しのあとの不良品は破壊しなかった訳であるから、窯跡から天青釉の陶片が見つからないのは自然である。かって「故宮」というTV番組で汝官窯青磁の取材場面があったが、汝窯跡近くのトウモロコシ畑を掘ると天青釉の陶片がザクザク出てくる場面があったが、これなどひどいヤラセ場面だったと言わざるを得ない。

近年発表された「汝窯跡」発掘の最大の3大成果として、〜脳鴇得窯が見つかったことから「汝官窯跡」と思われる。⊂得期間が北宋初期から150年以上であったことから、「汝官窯青磁」は70数点をはるかに上回る数量の作品が現存するあるはずである。O劼箸皿・盆など以外の種々さまざまな器形があったことが判明。である。

この種々さまざまな器形の例として、私のコレクションの中からいくつかをご紹介しましょう。

今回は≪汝官窯弦文出戟尊≫の例です。この形は青銅器の時代から既に存在している官窯のシンボル的な器形で、「尊(そん)」とは「樽(たる)」の意味と言われますが、日本的にいえば「お神酒徳利」でしょう。「弦文」とは器形の中に見れる横一文字の筋で、これも官窯のシンボルです。「出戟」とは四方に張り出した「戟(とげ)」のことで僻邪の意味です。

現代に学ぶこと多し、中国陶磁史…




この作品は、こちらの美術館で鑑賞できます。

       中和堂中国美術館

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汝官窯 #6 汝官窯青磁の陶片です。



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         画像 汝官窯青磁「盤」の高台付近の断面です。




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         画像 汝官窯青磁「盤」の高台付近の断面です。(拡大図)

 


最初にお断りしておきますが、添付画像の陶片資料は、完品であった汝官窯青磁の「盤」(直径約20僉砲旅眤翩婉瓩里發里任后A芦鵑泙任款匆陲靴泙靴親魎瑛卆勅Г痢嵜綫臻漾廚稜吠劼任呂△蠅泙擦鵑里如△間違いないように願います。

この陶片の例のような、汝官窯青磁の完成品の断面を観れるのは、大変珍しいことです。汝官窯に限らず通常の陶片は、古窯跡から採取した不良品を破壊した残片ですので、完成品とは違う物を我々は観て論じたりしがちです。

宋代の言い伝えによれば、汝官窯青磁は、窯出しの後は不良品といえども全て宮廷に納めたと言われます。その証拠に、近年終了した民窯の「汝窯」の窯跡からは「雨過天青」の汝官窯青磁の陶片はついに出なかったそうですので、某所「汝窯展」として展覧されている発掘資料展でも、汝官窯青磁陶片は出ておりません。ただ、民窯である「汝窯」跡の一隅に、官窯を裏付ける「素焼窯」跡が見つかりましたので、「汝官窯」が在ったことは間違いないと思います。

画像資料から判りますように、汝官窯青磁の代表的な胎土は若干ピンクがかっていて、滑らかな感じの土です。「雨過天青」色した釉薬は、瑪瑙と羊歯灰を混ぜたそうですが、釉中には大小の泡が混在し、釉は細かく貫入しています。釉と胎土の境界はわずかに溶け込んだ層を形成していて、素焼してから釉薬を後掛けして焼成した事が良く判ります。

画像上部の斜め上に向かって高台断面が見えますが、その先端は釉薬が掛かっておりません。この盤は、高台の土見せが露胎になっていて、前回の水仙盆のような爪を立てて焼く工法ではないことが良く判ります。汝官窯青磁の器形はいろいろありますが、基本的には、公式な祭祀祭器の要素を持つものは爪立て工法、日常的な什器備品的要素のものは高台工法と分けたようです。



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汝官窯 #5 水仙盆裏側の爪跡です。


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                         画像 [側の爪跡(直径2mm)拡大図

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                         画像◆…淦彁温洋(直径3mm)拡大図

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                         画像 爪跡参考例(長辺3mm)拡大図
                   




足の先に露胎部分を見せないで焼くには、焼成時に足の先まで釉薬を掛けて焼く必要があります。そのまま匣鉢(さや)に入れますとくっ付いてしまいますので、底裏を支えるように小さな爪を立てて足先を持ち上げて匣鉢に入れて焼き、焼成後に爪を割って取り去ります。

素焼した後に総釉掛けし、本焼成する前に爪を立てて本焼成したのか、あるいは、胚胎を仕上げた後に爪を立てて、そのまま爪も一緒に素焼をし、その後に釉薬をかけて本焼成したのか、その辺は明らかになっていませんが、画像で見る限りは後者の工法のようですね。

従来の説では、爪跡は「ゴマ粒程の小さなもの」と言われましたが、参考画像でもお分かりのように、けっこう大粒のものがあります。特に汝官窯初期作品の爪跡は、大粒で不揃いの物がよく見受けられます。

画像,論萋ご紹介の汝官窯水仙盤の爪跡です。画像△亘盟彌藉の汝官窯水仙盆の爪跡です。画像は汝官窯碗の爪跡です。

この爪跡を良く観察しますと、本来の胎土の色と思われるものが目視できますが、これだけで胎土を決めつけては間違いのもととなりましょう。後世の汝官窯青磁を再現しようとした歴代の倣製品の中には、この爪跡に本物と似た土を込めて焼いたものがあることを申し上げましたが、検証は慎重にしたいものです。次回は本当の胎土と検証するために、陶片の画像をご紹介しましょう。



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汝官窯 #4 水仙盆の裏側の形状です。


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                     画像 [側形状
                   



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                     画像◆ー个甓実Δら見た形状



汝官窯水仙盆は、年に1回、それもほんの数日間だけ皇帝に見てもらうためだけの、超ぜいたく品です。いわば祭祀の祭器に近い用途のために作られたものですから、全てに細心の注意を払って作られました。

たとえば、前回ご紹介しました、見た目を良くするための水盤の口辺のカーブを前後で変えるとか、今回の画像のように四つ足の先端まで釉薬で覆うなどは、そのよい例です。作る側からすれば、足の先端は釉薬を塗らないで露胎にすれば焼成が楽ですが、それをわざわざ釉薬でカバーする…

足の先端まで釉薬が掛かっていれば、もしも皇帝がしげしげと覗きこんでも見苦しい足先の胎土が見えない訳で、そこまで気を使って作られた、「特別なやきもの」であると言われる所以であります。

ただ、実際には水仙盆は四つ足ですから、このまま間っ平らなテーブルに直に置きますとガタガタとして安定しないでしょうから、水仙盆のそれぞれの足に高さを合わせた木製の受け皿を予め用意されていたものと思われます。

このように、焼成時に匣鉢(さや)にくっ付かないで足の先まで釉薬を掛けて焼くには、胚胎全体に総釉掛けしてから小さな爪を立てて底裏を支えて焼き、焼成後に爪を割って取り去ります。画像では6個の爪跡が見えますね。

この爪跡を良く観察しますと、本来の胎土の色とかが目視できますので、汝官窯青磁の秘密に迫ることが出来るのです。もっとも、後世の汝官窯青磁を再現しようとした歴代の倣製品の中には、この爪跡に本物と似た土を込めて焼いたものもありますので、検証は慎重にしたいものです。次回は爪跡や陶片の画像をご紹介しましょう。



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汝官窯 #3 水仙盆の口辺の形状です。


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                     画像 _漆泙両綯爾鮗个瓩ら見た形状
                   

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                     画像◆‐紊ら見た汝官窯青磁水仙盆の形


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                     画像 上図の下端を斜めから見た形状   

画像△亮命燭任發呂辰りと判りますように、水仙盆の長手方向の前縁と後縁のカーブが微妙に違いますね。これは水仙を眺めた目線を水仙盆に移したときに、若干外側に開いた口縁の前と後が最も美しいカーブで見えるように、予めカーブを変えているのです。

それでは、この水仙盆の正面はどちらになるのでしょうか。画像,伐菫の写真で、向きを変えた時に見える違いをご覧ください。

画像,蓮⊆蠢阿慮辺のカーブも向こう側の口辺のカーブも素直に見えて、全体がゆったりとした美しい楕円形に見えますね。それに比べて画像は、手前側の口辺のカーブがぎこちなく歪んで見えませんか? ですから、もちろん正解は画像,梁Δ正面となります。

画像,伐菫のどちらが美しく見えるかは比較して初めて気がつくトリックですが、画像,里茲Δ鉾しく見せるためには、やきものを知り尽くしたうえで精緻な設計が施されていたことに、驚嘆するばかりです。

この水仙盆のように、設計しつくされて完成したやきものを作ったのが宋代の官窯でした。宋代の官窯は、全て素焼してから形の整ったものだけを選別し、それに釉薬を上掛けして本焼成して完品を作りました。ですから、この水仙盆は素焼の段階で口辺のカーブは既に決まっていたいたということです。

春節のころ、森閑とした貴人の居室のテーブルには雨過天青色した汝官窯の水仙盆に株立ちの水仙がしつらえられ、高貴な香りを放ちながら訪れる人々に春を告げている。そんな、水仙と水仙盆が一体となって最高の美しさを表現するための、まさに芸術作品といえるでしょう。



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