●●館主・宋 竹仙の≪やきものつれづれ草≫●●

宋 竹仙のブログへようこそ!! 中国陶磁に魅せられて四半世紀。

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汝官窯 #2 水仙盆の形です。


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                  上から見た汝官窯青磁水仙盆の形 
                     
                    汝官窯・北宋(960〜1127)
   

2月6日のブログで、1千年の時空を超えて、私のコレクション≪汝官窯青磁≫の水仙盆に、南房総・鋸南の和水仙を活けた写真をご紹介しましたが、その時の水仙盆を詳しく見て行きましょう。

写真でもはっきりと判りますように、水仙盆の長手方向の前縁と後縁のカーブが微妙に違いますね。これは水仙を眺めた目線を水仙盆に移したときに、若干外側に開いた口縁の前と後が最も美しいカーブで見えるように、予めカーブを変えているのです。

これは、目線の錯覚をとことん計算して設計されて作られたという事です。もちろん水仙盆は水仙を美しく引き立てるための什器ですが、あくまでも水仙と水仙盆が一体となって最高の美しさを表現するための、まさに芸術作品といえるでしょう。

この水仙盆のように設計しつくされて完成したやきものを作るには、それは並の努力だけでは出来ません。それを可能にしたのが宋代の官窯でした。歴代の中国のやきものは生掛け焼成が普通ですが、官窯は全て素焼してから形の整ったものだけを選別し、それに釉薬を上掛けして本焼成することによって完品を得ることが可能だったのです。

それでは、この水仙盆の正面はどちらになるのでしょうか。現物を目の前にして、向きを変えて見ればすぐ判りますが、写真ではちょっと判りにくいかも知れませんね。次回は向きを変えた2枚の写真で比較してみましょう。


現代に学ぶこと多し、中国陶磁史…




この作品は、こちらの美術館で鑑賞できます。

       中和堂中国美術館

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       中和堂コレクション

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汝官窯 #1 水仙盆です。


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                  汝官窯青磁水仙盆 ( じょかんようせいじ すいせんぼん )
                     
                    汝官窯・北宋(960〜1127)
   

2008年2月28日、1千年の時空を超えて、私のコレクション≪汝官窯青磁≫の水仙盆に、南房総・鋸南の和水仙を活けて見ました。お花は無手勝流ですので下手ですみません。お許しのほどを…

世界中のやきものの頂点に君臨する、北宋朝(960〜1126)官窯青磁の最高傑作が、≪汝官窯青磁≫です。(このことは以前にもご紹介いたしましたので、そちらのページをご覧ください。雨過天青ってなに

汝官窯青磁の中でもこの水仙盆は、皇帝たちが1年でほんの数日だけ、水仙の花を愛でるためだけに特別造られた、超贅沢品です。今回は剣山に活けましたが、本来は、圃場で栽培された水仙を開花直前に球根ごと水仙盆に移し替え、室内で皇帝達が愛でるためのものです。

写真だとはっきり判りませんが、水仙盆の前縁と後縁のカーブが微妙に違います。これは写真のアングルのように、水仙を眺めた目線を水仙盆に移したときに、若干開いた口縁の前と後がピッと平行に見えるように、予めカーブを変えているのです。

したがって、汝官窯青磁の水仙盆は、皇帝が鑑賞する正面が決まっているということです。それほど、北宋の芸術観は厳しく完成されていた証拠で、あくまでも水仙と水仙盆が一体となって、最高の美しさを表現した、まさに芸術作品といえるでしょう。

水仙盆以外の汝官窯青磁にも、皇帝に供する場合に粗相のないようにするための、この種の正面を予め決めておく形状とか印が付けられている作品が多くあります。それらの印などは正面からは絶対見えませんので、某美術館展示の水仙盆正面に黒印が見えるのはいかがなものでしょうか。





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≪私の美術館≫#23 粉彩の壺です。


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                  粉彩萬花文壷 ( ふんさい ばんかもん こ )
                     「乾隆年製」款
                    嘉慶官窯・清/嘉慶初期(1795〜1799)
   
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「琺瑯彩磁器」とは、紫禁城内に特別造られた≪琺瑯作房≫と呼ばれる工房で、輸入された「琺瑯彩料(琺瑯ガラス絵具)」を西洋の絵付け師の手によって上絵付けして焼き付けた、特別なやきものを呼称したものである。日本では≪古月軒≫と呼ばれているが、どこかで取り違えられてそのまま今日に至ってしまったようである。

この「琺瑯彩磁器」は、高台裏底に、藍彩料で、2重の四角線で囲まれた中に≪康煕御製≫、≪雍正年製≫、≪乾隆年製≫などの年款が4文字で書かれているのが約束である。もちろん文字の筆跡はほぼ同一で、恐らく同一職人の手によるものと思われる。

しかしながら、限定数を制作したと言われる「琺瑯彩磁器」も、評判にあやかって乾隆後半に、類似の構図や様式で官窯でもそれなりに作られたようだが、それらには≪大清乾隆年製≫と染付で年款が入っている。通常、それらの官窯磁器は「粉彩磁器」として扱われる。

この作品は赤彩料で2重四角線内に≪乾隆年製≫と入っているが、乾隆帝が、祖父康煕帝在位60年を敬して、自らは在位59年で退位して没するまでの4年間(嘉慶元年〜4年)に作られたものである。乾隆帝在位中の功績を記念して制作されたもののみに、赤彩料で≪乾隆年製≫とか≪大清乾隆年製≫などの年款銘を入れたと言われる。

前にも紹介したが、琺瑯七宝焼に使われた不透明彩料(ガラス絵具)を使って上絵付けする様式を「粉彩磁器」と言う。この作品は、乾隆期以降に主流となる「粉彩磁器」である。下地の白磁胎が全く見えないようにびっしりと不透明彩料で描き詰められていて、まるで本当の花を壺の周りに貼りつめたような立体感がある。

絵具の盛り上がりと、西洋風の遠近感の感じられる描画で、華やかな雰囲気のある作品に仕上げてあるが、萬花文だから万の花数が在るわけではなく、中国風の表現法である。百鶴文とか百唐子文なども同じで、沢山の意味に使う。




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≪私の美術館≫#22 琺瑯彩の花鳥図瓶です。


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                  琺瑯彩蓮花双鶴図瓶 ( ほうろうさい れんかそうかくず へい )
                     「乾隆年製」款
                    琺瑯作房・清/乾隆(1736〜1795)
   
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「琺瑯彩磁器」は、紫禁城内に特別造られた≪琺瑯作房≫と呼ばれる工房で、表面に琺瑯彩料を上絵付けして焼き付けたものである。この特別な磁器に使われた「琺瑯彩料(琺瑯ガラス絵具)」はわざわざ西洋から輸入し、上絵付け師まで西洋から特別に招聘して、ごくごく特別に焼かれた極上の磁器である。

この「琺瑯彩磁器」は、清朝康煕後半から乾隆初期までのわずかの間(およそ1720年代から1740年頃までか?)に作られたようだが、最盛期の雍正年間で数百セット作られたのみと伝えられている、またとない貴重品である。

これらの「琺瑯彩磁器」は、もちろん皇帝直々に目に触れる特別な部屋に飾られたものと思われるが、ちょうどその制作時期は、康煕帝が構築を開始して乾隆帝で頂点を迎える、離宮≪円明園≫の構築と重なり、皇帝の宝物殿としての≪円明園≫に全て納められていたのではなかろうか。

膨大な宝物の詰まった離宮≪円明園≫は、1860年のアロー号事件でフランス軍の略奪に遭い、150万点とも言われるその全てが国外はもとより国内にも流出してしまった。略奪されてもぬけの殻になった建造物は、その直後、イギリス軍の手によって破壊され焼失して、この世から歴史の生き証人は霧散してしまったのである。

この「琺瑯彩磁器」が、≪円明園≫のどの部屋に在ったかは判らないが、焼成過程や特別な用途から推察しても、雍正帝の宝物を指をくわえて見ていた乾隆帝は、意地になって作品を作らせて宝物殿≪円明園≫に飾ったことは間違いないだろう。

雍正年間に作られた「琺瑯彩磁器」は、人物や小動物の描かれた作品が多く、構図や絵の細部まで西洋的な雰囲気を抜け出ていなかったが、この乾隆年製作品は、伝統的な漢民族風のイメージを漂わす中国絵画に成りきっていて、乾隆帝の心意気が伝わってくるようだ。




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≪私の美術館≫#21 琺瑯彩の絵皿です。


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                  琺瑯彩山水住居図盤 ( ほうろうさい さんすいじゅうきょず ばん )
                     「雍正年製」款
                    琺瑯作房・清/雍正(1723〜1735)
   
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「琺瑯彩磁器」の特徴は、景徳鎮官窯で特別誂えで焼かれた純白の磁胎のなかから極上品のみをを選別し、紫禁城内に特別造られた≪琺瑯作房≫と呼ばれる工房に持ち込み、表面に琺瑯彩料を上絵付けして焼き付けたものである。

この≪琺瑯作房≫では、西洋で完成されていた「琺瑯彩料(琺瑯ガラス絵具)」を特別に輸入し、なおかつ、琺瑯彩料を使い慣れていた西洋の絵付け師を特別に招聘して、白磁胎に上絵付けしたのである。

「琺瑯彩磁器」に使われた琺瑯彩料は、酸化錫などの白色剤をベースに、あらかじめ発色させた色ガラスの粉末を糊と混ぜ合わせて調合し、筆で白磁胎に絵付けしたと言われる。この様式で使われた彩料は割と低温でも絵付けが出来、

元朝初期頃から明朝末頃までの上絵付けでは、五彩または硬彩といわれる、高温で溶かしながら発色させる彩料が主流だったが、この様式ではグラジューエーションが表現できないので、単調な絵付けとなるために、文様(パターン)が主流の作行きであった。

「琺瑯彩磁器」に使われた琺瑯彩料(軟彩)が出てからは、白磁胎の上に、まるで油絵のように風景や花鳥、人物などの立体的な表現が可能になり、「琺瑯彩磁器」に続く「粉彩磁器」全盛の時代へとつながったのである。

この作品≪琺瑯彩山水住居図盤≫は、濃密な構図で清朝宮廷内の住居と屋敷と思われる情景が描かれており、その色数の多さと絵画的要素はそれまでに見たことのない作品である。2枚ひと組の絵皿として左右対称に寸分の違いもない創りであるべきだと日本人は気にして見るが、かなり違いがみられるのは大陸的発想である。




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