●●館主・宋 竹仙の≪やきものつれづれ草≫●●

宋 竹仙のブログへようこそ!! 中国陶磁に魅せられて四半世紀。

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≪私の美術館≫#5 北宋の鈞窯青磁△任后


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                  ?摩瑰紫釉三足香炉 (ばいかいしゆう さんぞくこうろ)
                    鈞窯・北宋(960〜1126)
   
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北宋朝で民窯の頂点に立つのは「鈞窯」の青磁であるが、鈞窯独特の≪澱青釉(でんせいゆう)≫は、汝官窯青磁の≪雨過天青釉≫にほぼ近いのである。

北宋初期の「汝窯」と「鈞窯」は、官窯昇格へ覇を競ったものと思われるが、落伍しながらも「鈞窯」は、官窯を超える民窯として後世名を成す窯となった。

民窯としての「鈞窯」青磁は、「汝窯」の得意とした天青釉をまねた澱青釉を基盤としながら、さらに≪?摩瑰紫釉≫を開発して、一世を風靡した。

鈞窯の≪?摩瑰紫釉≫とは、やや紫ががった「ハマナス」の花弁の色をした釉であるが、これは金属の酸化銅を還元して発色させたものである。

青磁の青は謹厳実直、誠実、静寂、威厳、などの気持ちにふさわしいが、やきものの赤色は、祝い事、お祭り、慶事、食欲、などの気持ちを表現している。

この作品は、外面全部に≪?摩瑰紫釉≫が掛けられ、内面には≪澱青釉≫が掛けられ鈞窯のた三足香炉である。おそらく慶事に使うための香炉であろう。

この作品が手つかずで残されていたのは、「天青色」一色の、かの有名な汝官窯青磁でも不可能だった、「赤色」をしたやきものだったことである。もちろん献上品であったのは間違いない。

後世、元朝初期ころに≪?摩瑰紫釉≫技術を基礎にして、景徳鎮窯で≪釉裏紅≫磁器が開発されるとは、もちろんこの時代の鈞窯が工匠の知る由もない。

現代に学ぶこと多し、中国陶磁史…





この作品は、こちらの美術館で鑑賞できます。

       中和堂中国美術館

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       中和堂コレクション

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≪私の美術館≫#4 北宋の「鈞窯青磁」です。


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                  天青釉長頚瓶 (てんせいゆう ちょうけいへい)
                    鈞窯・北宋(960〜1126)
   
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北宋朝で大きく花開いた、官窯の頂点に立つ青磁が「汝官窯」の青磁とすれば、民窯の頂点に立つのは「鈞窯」の青磁であろう。

「汝窯」と「鈞窯」は隣接する窯場であったために、北宋初期の官窯昇格への覇権をかけて、両窯の熾烈な競争があったものと思われる。

やがては「汝窯」を基盤として「汝官窯」が創窯されて北宋官窯が確立された。一方、落伍しながらも「鈞窯」は、官窯を超える民窯として後世名を成す窯となった。

民窯としての「鈞窯」青磁は、独特の≪澱青釉(でんせいゆう)≫と呼ばれる、ややどろっとした淀みのある青灰色をした釉薬が生掛けされているのが普通であるが、「汝官窯」青磁の特徴である≪雨過天青≫色をした作品が、わずかであるが残されている。

この≪雨過天青≫色をした作品群は、北宋初期の「汝官窯」創窯期に、不足する宮廷什器などを補うために献上品として調達する先として、民窯でありながら「鈞窯」が選ばれたであろうことは容易に理解できる。

この作品は、おそらく北宋初期の献上品の一つであろう思われる「鈞窯」青磁である。やや下膨れの≪玉壷春瓶≫の形であるが、口辺が一字の弦文として官窯様式を備えていることから、推察できる。

写真で見る限り「汝官窯」青磁と思われるほどの出来であるが、生掛け焼成であり、鉄分の多い茶褐色をした鈞窯特有の胎土である。ピンクがかった灰白色の胎土に、ごく薄くかかった釉面は微細に割れが入っている「汝官窯」青磁とは、明らかに違うのである。


現代に学ぶこと多し、中国陶磁史…





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≪私の美術館≫#3 官窯の極め「汝官窯青磁」です。


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               天青釉水注 (てんせいゆう すいちゅう)
                汝官窯・北宋(960〜1126)
   
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北宋朝で大きく花開く、あの有名な「汝官窯青磁」は、越州窯の「秘色青磁」を基盤として開発された、官窯の頂点に立つ青磁である。

ピンクがかった灰白色の胎土に、ごく薄くかかった釉面は微細に割れが入っていて、わずかな光線の変化で複雑な色合いを見せる。

やや白みを帯びた青色の釉色は≪雨過天青≫と呼ばれ、歴代の皇帝貴人を虜にしてきた神秘的な青磁である。現代でも我々を魅了し続けているのはもちろんである。

近年まで「汝官窯青磁」は北宋後期の20年間だけ焼かれたとされてきたが、数年前に終了した窯跡の発掘調査では、北宋初期より150年間は焼かれていたことが判明した。

この「汝官窯青磁」の釉薬は、瑪瑙の粉末と羊歯(しだ)を焼いた灰を混ぜたものと言われているが、「叩けば銅骨のような音がする」といわれる胎土の詳細は不明である。

この作品は手のひらに乗る小さな水注(水滴)だが、わずかに上向きになった切り口は、まさに「北宋の汝官窯」を象徴している厳しさが感じられ、柔らかい≪雨過天青≫の青白色に包まれた、緊張の中に円やかさを併せ持つ全体の造形が素晴らしい。「

通常の官窯作品の中で、この作品のような「手のひらサイズ」の小さなものは、皇帝親王たちのプライベートコレクションの一つであったのだろうか。1千年近く眠っていた地下から忽然と見つかった、窖蔵品であったのは間違いないのだが…


現代に学ぶこと多し、中国陶磁史…





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≪私の美術館≫#2 越州窯の青磁「秘色青磁」です。


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               青釉刻花蓮弁文盤口蓋瓶 (せいゆう こっか かべんもん ばんこうがいこ)
                越州窯・五代十国(907〜960)
   
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およそ2千年前頃から始まったといわれる磁器の主産地は、長江(今の揚子江)下流の南岸一帯に有った越州窯であった。

8千年以上の歴史を持つ、低温で焼くだけの「陶器」の焼成技術をもとに、釉薬をかけて高温で焼く「磁器」ができるまでに6千年ほどかかったとは、なんと気が遠くなるほどの時間の流れか…

その磁器が、茶色の原始青磁から程良い青色の磁器が誕生するまでに、これまた8百年ほど時間がかかったそうな。

唐代に起きた、金属器から磁器へ大きく舵を取った理由の一つに、うっすらと青みを帯びた青磁器の出現があったことは間違いないと思われる。

やや黄みを帯びた青い青磁器は、金属器の雰囲気を持ちながら、磁器独特の柔らかみを感じて、それを「秘色青磁」と呼んで貴人たちを虜にしたのである。

この「秘色青磁器」は、唐代につづく五代十国期には、王族の特別な磁器の窯として発展し、磁器の金字塔を築いたのであるが、今回ご紹介のこの作品は、「秘色青磁」最盛期の作品として後世に残したいものの一品である。

次の北宋朝で大きく花開く、あの有名な「汝官窯青磁」は、「秘色青磁」を基盤として開発されたと考えれば、陶磁史の中で最も重要なものの一つであろう。


現代に学ぶこと多し、中国陶磁史…





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胃がん? 大腸がん? 肺気腫?


日本もアメリカも政権交代で、新しい時代の変革に舵を切りました。
破壊と創造を繰り返しながら、無常のこの世は均衡を保てるものなのでしょう。

我、竹仙老人は先般の集団検診で3点セットのイエローカードをいただき、
当人以上に家族に心配をかけましたが、最新鋭の精密検診の結果、
特段の心配は無しとの結果に、ホッとしているところです。
(近年の集団検診は「疑わしきはすべて精密検診へ」との方針の様です。)

もっとも、生涯初めての大腸スコープでは良性のポリープが数個見つかり、
近日中に摘出する簡単な手術をすることになりましたが…



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               白磁百合口玉壷春瓶 (はくじ ゆりくち ぎょこしゅんへい)
                ?癆州窯・唐(618〜907)
   
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WEBで公開します≪私の美術館≫


中国で2千年前に発明された「磁器」は、今日ではやきものの定番として世界中に広まり、
食器類はもとより、工業用途でもセラミックスとして欠くことのできない技術ですね。

用途に合わせて鉱物を複合的にミックスし、それを高温で溶かして新たな用途に生かす。

実に単純なことなのですが、現代の高度な焼成技術を会得するまでに2千年の歳月を要した、
これまた気の遠くなるほどの英知の蓄積だと思うと、ただただ驚くばかりです。

おそらく、無数の匠人たちは、何日も何日も、成功と失敗、創造と破壊を繰り返し、
気が付いてみたら2千年の歳月が経っていた!!とまあ…気が遠くなりそうです。

さて、こんな長い歴史を持つ窯業としての中国の磁器ですが、
何といっても特筆しなければならないことは、

工業産品としてのやきものを超越して、芸術性豊かなやきものも作ってしまったことです。

現代の我々が見ても惚れ惚れする、時空を超えた古人の感性豊かな「作品」として、
今も厳然と作意を主張し続けている…

もちろん、長い年月に星の数ほど焼いたやきものの頂点に立つ作品だけが、
これこそ当代の代表作品の一つとして大切にされ、後世に残したいと願う境涯の人の手により、
時には土中に、時には伝世として残されたものであろう。

我、竹仙老人の所蔵品の中で、そんな作品を少しずつ紹介しよう。


≪私の美術館≫#1 唐の白磁「?癆州窯白磁」です。

唐朝での宮廷什器は銀や銅の金属器でしたが、いくつかの原因でそれらが磁器の什器にシフトしたそうです。

一説には、盛唐時期のバブル経済で貨幣の大量鋳造の必要から、什器の金属器まで鋳込んでしまったので、代替えとして磁器の什器になったとのこと。

もうひとつの理由は、唐代から喫茶の風習が始まり、お茶の雰囲気が白磁の茶碗と相性は良いので、盛んに白磁の茶碗が焼かれるようになったこと。

この唐代の白磁は「?癆州窯白磁」が有名です。もちろん、?癆州窯以外にも、唐三彩を焼いた他の多くの窯でも白磁(正確には白釉の陶器)がありました。(*唐三彩は低温焼成の陶器で、高温焼成の磁器とは別種です)

この作品は、柔らかい曲線で構成される玉壷春瓶を基本にし、口の作りを百合口として、大変優雅に完成させている。白釉は均一に薄く掛けられ、ほんのわずか小さなが見られる。

「?癆州窯白磁」独特の、うっすらと黄みを帯びた白釉は、おそらく石炭焼成の影響と思われるが、純白の持つ冷たさをカバーして、大変心地よい白さである。


現代に学ぶこと多し、中国陶磁史…





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