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京都三条岡崎にある細見美術館で現在、ジャック=アンリ・ラルティーグの写真展が開催されており(とはいうものの終了間近です)足を運んで参りました。あまり写真史などに名が上がることのない方ですが、世に出たのが70を目前にした老年期であり、永遠のアマチュア写真家と自負されていたので「趣味は写真!」くらいの勢いを持っていないとご存知ないかも知れません。私がラルティーグを知ったのも古書で昔行われたラルティーグ写真展の図録をたまたま発見した偶然に過ぎません。
ラルティーグは裕福なフランスの家庭で生まれ育ち、幼少の頃から当時高級品だったカメラで撮影を始めます。展覧会タイトルにあるようにそれは「魔法の機械」であり、終生魔法にかかったまま過ごすことになります。
ではなぜ70歳を迎えるまで世に出なかったのでしょうか?それは彼の撮る姿勢にあります。自らアマチュア写真家と名乗ったのは、ヴィヴィアン・マイヤーのような意識、人に見せる為の写真を撮っていたのではなく、自身、あるいは周りの親しい人の為に撮ったからなのです。自分の為=縛られない写真、プロの様に誰を、何を、何処で、と縛られず、自身が好ましく思える写真だけを撮り続けた。故にMOMAの写真部長に発見されるまで在野でいたのでしょう。
だから彼の写真はとてもプライベートです。多様な写真を撮っていますが、それでも、です。↑展覧会図録は写真展の案内というよりも写真集といえるほどの質・量で、読んでよし眺めてよし、装丁デザインもシンプルで美しく長く眺められる上、彼のプライベート感がよく分かります。
とても動きのある一瞬です。特に1枚目は林ナツミのコンセプトはこの写真からきているのでは?と思える構図・躍動感を感させ好ましい。
ラルティーグはカラー写真も撮っていました。とてもヴィヴィッドで特に赤の色彩を写した写真が印象的で視覚に残ります。白地に赤の模様、窓からさす線状の光が美しい。カラー写真のほうがモノクロームに比べてスタティックでわたしは落ち着きます。
機会があれば是非ラルティーグの写真に触れていただきたい。
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ロシアピアニズム名盤選というシリーズから、ベートーヴェンの最高傑作と云われている三つの後期ピアノソナタ第31番の感想を書こうと思います。31番が収録されているCDの多くが30、31、32の三つのソナタが一枚に収められているので、後期ソナタを取り出す時は必然的に三曲セットの通しで聴くのが個人的な慣例となっています。ですが、定期的に31番だけを無性に聴きたい気分になる時があるのです。それが偶然今日であったのであり、たまたま棚から取り出したのがヴェデルニコフでありました。
ヴェデルニコフは中国のハルビンで生まれ、ネイガウス門下の名ピアニストとして有名でした。ネイガウスが最も才能ある4人の弟子たちとしてリヒテル、ギレリス、ザークとともにヴェデルニコフの名をあげています。
ヴェデルニコフの31番を聴いているとこの豪華なピアニストたちと肩を並べる彼の姿が想像に難くないです。31番はとても叙情的なソナタですが深い精神性も感じれますし、しかるべき箇所で音符を一つたりとも取りこぼさぬよう丁寧かつ力強いタッチです。
この曲の終楽章のフーガ部分、ここが最大の聴きどころだと個人的にはおもっているのですが、「おっ、ベートーヴェン!」と感じる部分でもあります。この部分で蹟かれると余韻に浸れなくなってしまいますが、ここでもしっかりと強い指先メッセージが指先から送られてくる感覚もヒリヒリします。特殊な環境下で保持されたロシアピアニズムの一個性として大変興味深い演奏です。
1969年録音の音源ですが録音自体は悪くない、というか良い方だと思います。ですが、如何せんピアノの音色がお世辞にも良好とは思えません(シュナーベル盤よりは随分ましです)。高音がひび割れ気味で惜しい部分もありますが、〔演奏〕という観点から聴くと申し分のない音源ではないでしょうか。
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去年の暮れ頃、レコードショップに足を運んだ際〔数量限定〕という惹句にまんまと乗せられ買ってしまったのがこのヤルヴィのベートーヴェン交響曲全集。現在はN響の常任指揮者の彼ですが、この全集はドイツ・カンマーフィル時代のもので、タクトを楽しそうに振ってる姿が伺えます。
その全集の中から今回は「第七番」を記事にしますが、この演奏はとても楽しく楽曲の持つ軽快な明るさがとても出ていて、CDを購入してからというもの朝の毎出勤時に聴いて気持ちを持ち上げるのに不可欠なルーティーン・愛聴盤。
録音は音響効果の優れたベルリンのフンクハウス・ベルリン・ナレーパシュトラッセにおけるセッションでDSD収録されているらしく音質面も高く評価されているもよう。確かに聴いていて耳に心地よい演奏ですし、楽の音の粒子がまっすぐ飛んでくるかのよう。
ヴァルヴなしのトランペット、硬いバチで叩くティンパニが使用されるモダン楽器の小編成オケ(演奏を聴いても自身は旧来との明確な差異を認識できているかは疑問ですが感覚的にはできてます笑)。ピリオド演奏に馴染みがあるとはいえない自分にはピリオド演奏の良さを認識させてくれたCDであり今では心地よさすら感じるようになり一等お気に入りの七番。
まずは第一楽章、トゥッティの和音が鳴りオーボエで始まり期待感が音になってゆきます。遅い楽章がない七番らしく常に前傾姿勢の演奏に加え、序奏から主部への移行、諧調の強弱の豊かさに乗せられていく感覚。第一楽章になくてはならない軽快さや推進力、自分が求めていたものを余すことなく魅せてくれた演奏のような気がします。文句ナシデス。
アタッカで突入する第二楽章もテンポは速いですが、一音一音意味深く演奏されている印象を受けます。元々第二楽章は箸休め的に聴いてしまうのですが、ヤルヴィの演奏でもそれは払拭できませんでした。根本的に自分にテンポや波長が合わないのかもしれません。
第三楽章は強弱が明確で躍動感に溢れ、豊かであろうオケの表情が視えてきます。優美というか雅というのか。マエストロのいうダンスというのはこの楽章をさすのではないでしょうか。
ダイナミックで疾走感ある第四楽章では、指揮者とオケの少人数ゆえの機動力みたいなものを感じさせます。引っ張っていく方も付いてゆく方も絶対楽しかっただろうな!と確信できる演奏です。「子どもの頃から、私はこの交響曲を狂信的に愛していました。大好きでした。」というヤルヴィの言葉がひしひしと伝わってきました。
彼の演奏に耳を傾けていると新鮮味を貰えると同時に、現代を生きているような感覚をくれる。だからヤルヴィの演奏が好ましく思え、ワクワクとした浮遊感が湧き上がってきたのでしょう。特に第一と第四楽章は美しいとさえ思えましたくらいに。
結果、まんまと買ってしまって良かったんデス(笑)
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18日月曜日は敬老の日で休日!!
台風接近とあってもしめしめ、写真を取りに行けるぞ〜
と、愛機Nikon D7000を文字通り片手に握りしめ、
行ってきました嵐山。
紅葉にはまだ早かったので彩りは少なかろう、
ならば嵐山の雄大な自然を収めるんだ!
と息巻いていましたがなんのその。
人の手が創り出す彩りは絢爛はんなり魅了されました。
台風の影響であいにくの濁流
ひっそりといた龍
二羽のうちの一羽
軒先にて
キモノフォレスト 〜600本の京友禅の光林〜
美しい彩り
600本立っているらしい
美しいものに惹かれてしまう
京福電鉄嵐山駅にて毎夜ライトアップされているみたいです。
おそらく、カメラを始めなければ近すぎて、嵐山、
行かなかったような気がします。
遠足とかで行ったきり満足してました汗
でも、
写真を撮っていると知らない方との会話や繋がり、
思いがけないハプニングがあったりと、
日常にも心境にも変化に富んで、
毎日の楽しみが何倍にもなって、
LIFEだねぇ〜
って感じがします。
嵐山ではいつの間にか400枚強撮ってたので、
Part 2 も後々。
写真のためにMac Book Pro を買ったのに、
扱いになかなか慣れない上にphoto shopも
使いこなせません。。。
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