|
ルイ・ヴィヴァン(Louis Vivin)も、素朴派としてよく見かける。フランスの画家。彼の絵はパリの風景を描いたものが多い。建物の壁や窓や屋根、石畳など、丁寧に線描するのだが、こうなると遠近法なるものの不備が目立つわけで、手前の人物や乗り物と、後ろの建物との大きさが合っていない。素朴派たちは二足の草鞋を履き替えながら絵を描く人が多いのだが、彼もまた郵便配達夫だった。 |
後期印象派
[ リスト | 詳細 ]
後期印象派 Post-Impressionism
19世紀末〜20世紀初頭、フランスで、印象派から影響を受けつつ独自の方向へ進んだ、印象派以降の絵画様式の総称。
1910年、ロンドンで開催された「マネと後期印象派」展から、その名がついた。なお、最近では「ポスト印象派」と訳す動きもある。
特定の絵画運動を指すものではない。
その特徴は多様で、統一的な様式として一括りにはできないが、概ね、印象派ほどカジュアルではなく、より主情的な表現を用いた。
代表的な画家は、セザンヌ、ゴッホ、ゴーギャンなど(狭義では、この3人を「後期印象派」と呼ぶ)。
1910年、ロンドンで開催された「マネと後期印象派」展から、その名がついた。なお、最近では「ポスト印象派」と訳す動きもある。
特定の絵画運動を指すものではない。
その特徴は多様で、統一的な様式として一括りにはできないが、概ね、印象派ほどカジュアルではなく、より主情的な表現を用いた。
代表的な画家は、セザンヌ、ゴッホ、ゴーギャンなど(狭義では、この3人を「後期印象派」と呼ぶ)。
※ 以上は、美術史の書籍やサイトの解説から、チマルトフが自分用にメモしておいたものを、まとめたものです。
ナイーヴ派(素朴派) Naive
美術に関する西欧の伝統的なアカデミックな理論・技術に対する無知や未熟が、最も意味深い特徴をなす、近代絵画の一様式。アンリ・ルソーを認めることから与えられた概念。19世紀末のアンデパンダン展(無審査展)に出品した画家たちに対して、評論家がそう称したことに由来。アカデミックな知識の欠如ゆえに、却って素朴な独創性が際立つのが共通の特徴。ナビ派 Les Nabis
1890年代、ゴーギャンの様式に共鳴して結成されたパリの絵画グループ。ヘブライ語で「預言者」の意味。輪郭線を重視しつつ、画面を平面的に構成し、純粋な色彩を使用することで、装飾性を強調するのが特徴。象徴主義的。|
ボーシャンは花の他に、古典を主題とした絵を多く描いている。そこには神話時代の人物たちが登場するのだが、彼らは色鮮やかな風景のなか、これも鮮やかな衣装を、土気色の肌にまとって、どこか虚ろな表情をしてあらぬ方を見つめている。ボーシャンの場合、素朴派の表現不足として片付けられる、こうした原始的な象徴性を、往々にしてモダニズム具象絵画は、意図的に狙っている。 ロンドン、テート・ギャラリー。 * 画像は後日、削除致します。
|
|
アンドレ・ボーシャン(Andre Bauchant)も素朴派に括られるフランスの画家。庭師の家庭に生まれ、家業を継いで苗木商を営んだ。40歳を過ぎてから絵を描き始め、朝は絵、昼間は畑仕事、という生活を送ったという。素朴派の画家たちの生活って、実際は大変だったんだろうけれど、現代人から見るとちょっと悠々自適に思えるところがある。ボーシャンの絵はやはり、花の絵が多い。花のバックに風景が広がる。 下諏訪、ハーモ美術館。 * 画像は後日、削除致します。
|
|
ボンボワは、運河で艀を操り物品を売買する家庭で育ち、転々と職を渡り歩いて、やがて、パリに行くために旅のサーカス一座のレスラーとなる。パリでは、昼間に絵を描くために、夜間、印刷工として働いたという。やがて絵に専念し、後年、ナイーブ・アートとしての評価を得る。これが自分の画風だ、と早いうちから型にはめなくても、描き続ければ、おのずとその人なりの画風ってできるもんだ。好きに勝るモチベーションはない。 ニューヨーク近代美術館。 * 画像は後日、削除致します。
|
|
カミーユ・ボンボワ(Camille Bombois)は、アンリ・ルソーに代表される、いわゆる素朴派に括られるフランスの画家。素朴派と言っても、彼らの画法には、誰が誰の影響を受け……という関係はほとんどない。40代間近でとうとう画家を志した彼の絵は、迷いのない、エネルギッシュな印象。幼い頃、水上生活をしていた彼は、水辺の絵を多く描いた。彼のごつい女性たち、「お熱いのがお好き」のジャック・レモンとトニー・カーティスを思い出す。 下諏訪、ハーモ美術館。 * 画像は後日、削除致します。 |




