ロマン派

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ロマン派 Romanticism

 18世紀後半〜19世紀半ば、ヨーロッパで、新古典派に対する反撥として特徴づけられる美術様式の総称。

 簡素、厳格、静謐な新古典派絵画に対して、主観的な激情の表現や、現実的な社会矛盾への糾弾、などが特徴。ただし、様式上の共通点があるわけではない。
 概ね、個の不調和を自覚し、形式からの解放を求めた。また、光の明暗や色彩、画題におけるドラマや心情を強調した。
 新古典派に取って代わることなく、両派は相互に釣り合いを保ちながら展開した。

 ギリシャ・ローマの古典古代の様式を普遍的なものとして模倣するのではなく、各国独自の歴史、文化、風土の特殊性に関心を強めた。

 アメリカでは、ハドソンリバー派によるドラマティックな風景画が、ロマン派的な傾向を持つ。

 ラファエル前派、象徴主義へと継承された。また、印象派にも影響を与えた。
 
 代表的な画家は、ドラクロワ、ジェリコー、ターナー、コンスタブル、フリードリヒなど。

※ 以上は、美術史の書籍やサイトの解説から、チマルトフが自分用にメモしておいたものを、まとめたものです。

ドイツ・ロマン派
 ラテン的な明快な形態把握に基礎を置くアカデミズムの様式に拠りつつも、ゲルマン的な内省的雰囲気や精神性を持つのが特徴。

民族派(国民派)ロマン主義 National Romanticism
 19世紀半ばにヨーロッパで高まった芸術運動。特に、スカンジナビアやスラブ地域で、その文化的・民族的な伝統やアイデンティティを喚起する様式として、国際的なアール・ヌーヴォーの様式に代わって広まった。
 国民主義(Nationalism)は、19世紀、フランス革命以降の政治的・社会的変動を背景に、列強の帝国主義的覇権の傾向が強まるなか、市民階級を中心に、自由主義思想にもとづく民族的な結集を、国家的統一として組織しようとする運動として高揚した。この国民主義は芸術にも反映され、ロマン主義の主要なテーマの一つとなった。
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シンケル「岩の門」

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 カール・フリードリヒ・シンケル(Karl Friedrich Schinkel)は、プロイセン王室の新古典派建築を代表する、19世紀最大のドイツ建築家の一人。30代半ばまで、絵と舞台装飾とで生計を立てていたらしく、フリードリヒ風のロマン主義的な風景画を残している。こういう岩門、海では何度か見かけたことがある。陸の岩門も一度見てみたい。

 ベルリン国立美術館。

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 ドレスデンと言えば、フリードリヒを初めとするドイツ・ロマン派風景画の中心、というイメージがある。が、フリードリヒ以前から、ドレスデンには、ドレスデン派と呼ばれる風景画の伝統があったらしい(まだよく調べていない)。カルスは、ドレスデン風景画派の絵を模写して学んだという。でも、この雰囲気、この演出、やっぱりフリードリヒからの影響を強く感じる。

 ベルリン国立絵画館。

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 カール・グスタフ・カルス(Carl Gustav Carus)もドイツの画家。医者、科学者、博物学者、心理学者でもあったという、多忙で多彩な画家。絵は、余暇に描いていたらしい。ドレスデンで活動していたから、多分、フリードリヒからも影響を受けたと思う。独特の内省的な風景や、後姿の人物たち。それらを見る眼線は、画家のものであり、観者のものでもある。このゴンドラの構図って、面白い。

 デュッセルドルフ美術館(Kunstmuseum, Düsseldorf)。

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 ゲオルク・フリードリヒ・ケルスティング(Georg Friedrich Kersting)もドイツの画家。ドレスデンで活動した。フリードリヒと親交があり、彼がアトリエで制作する絵もいくつか描いている。友人からは、画風まで感化されるものなのだろうか。どことなくフリードリヒに似通った、内省的な風俗画に思える。

 ドイツ、キール芸術ホール(Kunsthalle, Kiel)。

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 船のマストが見える。フリードリヒが海辺の絵を描くのは、やはり、弟が自分を助けて溺れ死んだという、幼少の頃の経験の、トラウマのせいだろう。フリードリヒは、船が難破している絵をよく描く。そうでなくても、海を見つめる人々の後姿には、帰らぬ船、帰らぬ人を予感させる。

 ベルリン国立絵画館。


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