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絵画の武器の一つは描き手がそのイメージを明確に提示できることで、それが実物の美しさであっても、描き手が美化した美しさであっても、あるいは描き手のなかのまったくの空想であっても、大した問題ではない。もちろん、イメージを提示するだけの技量は要るのだろうが、描いてしまえば、他人がどう感じようと自分はこれを美と感じたのだ、と主張できる強引さが許されている。だから絵は、飽きないんだろうな。この絵は以前、来日したことがあるみたい。 |
印象派
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印象派 Impressionism
1874年、官展のサロンに対抗して、私的に開催したグループ展(のちの第1回印象派展)を、そこに出展されたモネの作品「印象、日の出」から、ある新聞記者が揶揄して「印象派」と呼んだことからその名がついた。
刻々と変化する光と大気の主観的な印象を、明るい色彩、のびのびとした筆致で捉えようとしたのが、大きな特徴。
アカデミーに支配的だった形式主義に対する反撥から、写実主義の現実感覚や自由な画面処理を継承し、対象に対して自然主義的に向き合った。特に、戸外での制作によって、外光の効果を表現した。
他方、写実主義の細かい筆致とは異なり、大雑把な筆致が特徴。また、特にバルビゾン派に比べて、自然に対するロマン主義的な思い入れは少ない。さらに、都市生活の軽やかな風景も新しく描いた。
混色、固有色を使用せず、純色の色斑を並置することで、明るく鮮やかな色彩を得る、という革新的手法を用いた。また、明快な線によるフォルムを避け、色彩で形を表現した。
また、日本の浮世絵から影響を受け、従来にない、思い切った切り取りや極端な俯瞰などにより、大胆で斬新な構図を生み出した。
代表的な画家は、モネ、ルノワール、シスレー、ピサロ、カイユボット、カサットなど。
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バージ・ハリソン(Birge Harrison)もアメリカ、トーナリズムの風景画家。解説によれば、サージェントの助言を受けてフランスに留学、アカデミックに学ぶが、次第に戸外制作に励むようにもなり、ポン=タヴェンやグレーなどの芸術家村に参加した、とある。彼に特徴的な、色味を抑えた小暗い風景は、比較的初期からの作風で、世界中を旅した後に帰国してからも、こうした特徴が堅持されている。 |
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ニューヨークに程近いコネチカット州ブランチヴィルに、ウィアーが避暑地として買った農場は、彼のアトリエとなると同時に、多くの画家らが集まる滞在地ともなり、彼らのあつらえ向きの画題となった。この農場は現在、ウィアー・ファーム国立史跡(Weir Farm National Historic Site)となっていて、NPOのアート・センターとともに、様々な美術教育のイベントが催されているという。一度くらいは行ってみたいところ。 |
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ジュリアン・オルデン・ウィアー(Julian Alden Weir)もアメリカ印象派の画家。彼もまたトワックマンとともに活動した、コスコブ派の一人。パリにて印象派から大いに感銘を受けたが、帰国前にロンドンでホイッスラーに会ったとあり、後年になって印象派的な光輝の描写が、トーナリズム特有の陰影描写へと移っていったのも、その辺と関係あるみたい。 |
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ロビンソンの最良の作品は、フランス、ジヴェルニー滞在期のものだという。ジヴェルニーをあとにしてアメリカに帰国、数々の美術学校で教えて後進を育成し、アメリカの重要な印象派画家らを育てたという定評を得たにも関わらず、自身も常に学ぶことを忘れなかったというから立派。モネへの手紙でジヴェルニー再訪を告げたが、その後急死した。いつ死んでもいいように悔いなく、だが常によりよいものを目指して、生きたいものだ。 |




