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ガリって変な名前だけれど、これは本名ガリバルディから取ったペンネームらしい。ガリ・メルチャーズ(前掲)は、父親がドイツ系移民だったため、留学先をデュッセルドルフに決められるが、その後パリに行き、ルフェーブル、ブーランジェに学んでいる。オランダに移り、エグモントのヒッチコックとともに活動、村人たちの信仰生活を描いた。彼らのこともっと知りたいのに、日本ではあまり紹介されず、私には、彼らが作った Egmond School が、エグモント派なのか学校なのかすら、はっきり分からない(多分、前者)。印象派が人気の日本、こういうマイナーな画家たちのこともカジュアルに説明しておくれ。 |
印象派
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印象派 Impressionism
1874年、官展のサロンに対抗して、私的に開催したグループ展(のちの第1回印象派展)を、そこに出展されたモネの作品「印象、日の出」から、ある新聞記者が揶揄して「印象派」と呼んだことからその名がついた。
刻々と変化する光と大気の主観的な印象を、明るい色彩、のびのびとした筆致で捉えようとしたのが、大きな特徴。
アカデミーに支配的だった形式主義に対する反撥から、写実主義の現実感覚や自由な画面処理を継承し、対象に対して自然主義的に向き合った。特に、戸外での制作によって、外光の効果を表現した。
他方、写実主義の細かい筆致とは異なり、大雑把な筆致が特徴。また、特にバルビゾン派に比べて、自然に対するロマン主義的な思い入れは少ない。さらに、都市生活の軽やかな風景も新しく描いた。
混色、固有色を使用せず、純色の色斑を並置することで、明るく鮮やかな色彩を得る、という革新的手法を用いた。また、明快な線によるフォルムを避け、色彩で形を表現した。
また、日本の浮世絵から影響を受け、従来にない、思い切った切り取りや極端な俯瞰などにより、大胆で斬新な構図を生み出した。
代表的な画家は、モネ、ルノワール、シスレー、ピサロ、カイユボット、カサットなど。
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アメリカ印象派には、先のルフェーブルおよびブーランジェに学んだ画家が圧倒的に多い。ジョージ・ヒッチコック(前掲)もそう。パリで二人に学び、さらにデュッセルドルフ、ハーグでも学んだ後、オランダの北海沿岸、エグモント・アーン・ジーに移住、その地に独特な信仰の情景を描いた。エグモント派の創始者という。私の要チェック画家の一人だが、アメリカでよりもヨーロッパで高く評価されているらしく、ナマで観たのはまだ1、2枚だけ。 |
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こんなふうにさりげなく描けたらいいだろうな。病気から回復しつつあるシーンらしい。病後の気だるい、早く起き出したくてうずうずする気持ち。枯れ色一色の冬が、徐々にとりどりの色を着けて春になるように、カマイユ調の絵に、パートカラー的に色を乗せることで、動き出す生命を表現しているのかな。色を持つ対象は命を持ち、生き生きとした輝きを放ってくる。 個人蔵。 * 画像は後日、削除致します。
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リリアン・ウエストコット・ヘイル(Lilian Westcott Hale)はアメリカ、ボストン派の女流画家。夫はフィリップ・ヘイル。彼とともにボストンで活動した。裕福な家庭に生まれ、一家は独立戦争以前からの文化を継承、その絵にも、強いアイルランド・スコットランド的背景が描かれている。……と解説にあったが、この背景のあたり、事情を知らないので私には読み取れない。 ワシントンDC、フィリップス・コレクション(Phillips Collection)。 * 画像は後日、削除致します。
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ヘイルの絵の女性は、戸外の光に照らされた花々のなか、例えばモネが妻カミーユを風景のなかに描いたのと比べると、かなりはっきりと描かれている。多分、知っている人が見れば、モデルが誰だか判別できるに違いない。解説がないので私の勝手な感想になるが、ヘイルという人は、風景と同じ程度の関心で、女性のことも描きたかったのではないか。女性は彼の家族だろうか。自然には自然そのままの美しさがあるが、人間にもまた、人間的自然そのままの美しさが、あると思う。 |




