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ココシュカは若い頃、ウィリアム・モリスのアーツ・アンド・クラフツ運動に感化された「ウィーン工房」に参加し、絵葉書や画集などの版画を手がけた。この時期のココシュカの絵には、まだアール・ヌーヴォーの香りが漂う。これら初期の装飾的な小品、ココシュカ以前の、ココシュカらしくない絵とも言えるが、とても綺麗でメルヘンチックな夢に溢れた、秀逸なものばかり。これは画集「夢見る少年たち」のもの。 ※ 画像は後日、削除致します。
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表現派
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表現主義 Expressionism
印象派に対する反動から。芸術家は、主体の内へと入る対象の印象(impression)を再現するのではなく、主体自身の内面を外へと表現(expression)すべきだ、という主張に立つ。
絵画では、荒々しい色彩や筆致による激しい感情表現が特徴。
狭義では、「ブリュッケ」や「青騎士」など、ドイツ表現主義の絵画運動を指す。この場合、フランスにおける表現主義的運動は、「フォーヴィズム」として対置される。
その主情的表現は、象徴主義、フォーヴィズム、キュビズムなどに影響を与えた。
代表的な画家は、カンディンスキー、キルヒナー、フランツ・マルクなど。
ブリュッケ Die Brücke
20世紀初頭、ドレスデンで活動した表現主義グループ。ブリュッケは、未来の芸術への架け橋を願う、「橋」の意味。強烈な感情、暴力のイメージを表現するのが特徴。ドイツ表現主義の運動のきっかけとなった。参考新即物主義 Neue Sachlichkeit
1920年代にドイツで展開された表現主義の運動。人間の主観を重視する従来の表現主義に対して、客観(Sachlichkeit)を重視した。社会に対する皮肉で批判的な、リアルな表現が特徴。参考|
個人的には私は、ココシュカの絵からはノルデを連想する。表現主義と呼ばれる画家は大抵そうなのだが、ココシュカの描く人物もまた心理的で、観る側に内在的な意味を探らせようとするところがある。この時期のウィーンの爛熟した文化、フロイトの心理学の流行や、ココシュカ自身の詩作や劇作などから、絵も余計に意味深に見えたりするのだが、こういう意味を詮索するのは後世のすることで、実際には絵には、描かれたバックグラウンドはあっても、画家が込めた意味以上の意味は、なかったりする。 ドイツ、ハノーファー、シュプレンゲル美術館蔵(Sprengel Museum)。 ※ 画像は後日、削除致します。
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オスカー・ココシュカ(Oskar Kokoschka)もオーストリアの代表的画家。この絵は、前衛的で過激だった彼のエピソードが多分に付随している代表作。モデルは彼自身と、彼の当時の恋人だった、作曲家グスタフ・マーラーの未亡人アルマ。当初はもっと明るい色調だったところが、二人の関係が悪化するにつれて、暗い色をどんどん塗り重ねていったのだという。二人の破局後も、ココシュカはアルマの等身大の人形を、どこへ行くにも連れ歩いたというから、その恋着はちょっとグロテスク。 スイス、バーゼル美術館。 ※ 画像は後日、削除致します。
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実際にシーレの絵を観ると、存在感ある大きさの画面での、デフォルメされた捩れた線描や微妙なトーンを、眼を剥いて追っているうちに、私はよく、眼が回って酔う。で、画家自身もエキセントリックだろうと想像しがちなのだが、実際には彼は真面目で、奇をてらうところがなく、根っからの芸術家肌という人柄だったらしい。当時流行したスペイン風邪で夭折したシーレは、享年28歳。それでこれだけの絵を描くのだから、早熟な画家だったのだろう。ちなみに、シーレが合格した同時期に同じアカデミーを受験して、不合格となったヒトラーが、絵を捨てたというのは、有名なエピソード。 |
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性はしばしば、孤独や死の不安と切り離せないものとして描かれる。そんな性は、クリムトのような画家が描くと、孤独や不安を一瞬でも忘れさせるべく刹那的で、官能的で、したがって頽廃的なムードを滲ませる。が、シーレのような画家が描くと、性は、孤独や死の不安と同様、人間存在の根源として描かれる。彼の描くエロスは官能よりもむしろ苦痛を感じさせる。赤裸々で、必死で、内面の奥底にまで肉迫し、それをえぐり出そうとするかのよう。 |


