表現派

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表現主義 Expressionism

 20世紀初頭のドイツを中心とする美術運動および様式。
   
 印象派に対する反動から。芸術家は、主体の内へと入る対象の印象(impression)を再現するのではなく、主体自身の内面を外へと表現(expression)すべきだ、という主張に立つ。
 絵画では、荒々しい色彩や筆致による激しい感情表現が特徴。

 狭義では、「ブリュッケ」や「青騎士」など、ドイツ表現主義の絵画運動を指す。この場合、フランスにおける表現主義的運動は、「フォーヴィズム」として対置される。

 その主情的表現は、象徴主義、フォーヴィズム、キュビズムなどに影響を与えた。

 代表的な画家は、カンディンスキー、キルヒナー、フランツ・マルクなど。

※ 以上は、美術史の書籍やサイトの解説から、チマルトフが自分用にメモしておいたものを、まとめたものです。

ブリュッケ Die Brücke
 20世紀初頭、ドレスデンで活動した表現主義グループ。ブリュッケは、未来の芸術への架け橋を願う、「橋」の意味。強烈な感情、暴力のイメージを表現するのが特徴。ドイツ表現主義の運動のきっかけとなった。参考

青騎士 Die Blaue Reiter
 1920年代、ミュンヘンで活動した表現主義グループ。カンディンスキーの作品「青い騎士」に由来。幻想的な抽象につながる大胆な表現が特徴。参考

新即物主義 Neue Sachlichkeit
 1920年代にドイツで展開された表現主義の運動。人間の主観を重視する従来の表現主義に対して、客観(Sachlichkeit)を重視した。社会に対する皮肉で批判的な、リアルな表現が特徴。参考
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 多様な色彩を識別できるのは、霊長類だけらしい。人間が夕焼けを見てジーンとくるのは、祖先の猿の時代からの刷り込みのせいなのだとか。だから、印象派ののち、色彩が対象から解放された時代の絵となると、あー、ここに到るべくして到ったか、という気持ち。とは言っても、自分では、眼の前の自然から逸脱する色彩を使えないのだけれど。

 ドイツ、ヴッパータール、フォン・デア・ハイト美術館。
 画像はこちらから(左“collections”→右“3RD FLOOR”→上から2番目の画像をクリック)

 エーリッヒ・ヘッケル(Erich Heckel)も、「ブリュッケ」の画家。グラマー・スクール時代からシュミット=ロットルフと交友を持ち、ドレスデン工科大学でキルヒナーと出会って、二人とともに「ブリュッケ」を結成した。彼は反ブルジョア理論に長けていて、メンバーのなかでは最も実践的に活動したという。のちには政治活動にも参加している。が、絵を観る限り、飛び抜けた激越さはない。最もドイツ表現主義らしい画風のように思える。

 ニューヨーク、ノイエ・ギャラリー(Neue Galerie Museum for German and Austrian Art)。
 画像はこちらから(画像をクリックすると拡大) 

 シュミット=ロットルフは、のどかで平穏な隠遁生活を好んだため、ブリュッケ内では孤立した存在だったとか。ベルリンに移り、キュビズムのような、当時の国際的流行から影響を受けて、そちらのほうに転向した。のちに、やはりナチスから退廃芸術の刻印を押されて、弾圧を受けている。手前の花はチューリップかな。

 アメリカ、セントルイス美術館(Saint Louis Art Museum)。

 カール・シュミット=ロットルフ(Karl Schmidt-Rottluff)もドイツ表現主義の画家。ドレスデン工科大学でキルヒナーと出会い、彼やヘッケルとともに、画家グループ「ブリュッケ」を結成した。彼の色彩はキルヒナーほどどぎつくはない。「ロットルフ」は彼の故郷で、彼が自分の姓名にあとからくっつけたもの。手塚治虫の「虫」みたい。

 シカゴ美術館。

 

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 キルヒナーは第一次大戦に参戦するが、神経衰弱のために除隊となる。スイスで療養するが、ひどい鬱病となり、さらにナチスによって退廃芸術のレッテルを貼られて、病苦と精神苦から自殺してしまう。キルヒナーの絵はどれも、出口の見えない煩悶が感じられて、観ていて楽しい気分にはなれない。

 アメリカ、デトロイト美術館(Detroit Institute of Arts)。


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