アカデミズム

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アカデミズム Academism

 19世紀後半、フランスを中心とするヨーロッパのアカデミーおよびサロン(官展)で支配的だった絵画様式。

 アカデミーとは、正規の美術教育や技術習得を目的とする美術学校のこと。美術界に対する権威も付与されていた。
 1664年、フランスで王立絵画彫刻アカデミーが創立され、美術学校と公式の展覧会を支配するようになった。18世紀、この例にならってヨーロッパ各国にアカデミーが生まれた。
 「アカデミズム」は主に、19世紀半ば、その伝統を墨守した保守的傾向を指す。

 新古典派の伝統にもとづいて、高度に完成された様式、特に滑らかな仕上げにより、歴史や神話の主題を道徳的に表現するのが特徴。
 同時に、新しい市民社会の趣味に対応したため、浅薄で卑俗な一面も現われるようになり、新古典派の様式、内容は形骸化しつつ残存することとなった。

 代表的な画家は、ジェローム、カバネル、ブーグローなど。

※ 以上は、美術史の書籍やサイトの解説から、チマルトフが自分用にメモしておいたものを、まとめたものです。
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 イギリス・ヴィクトリア期のアカデミズム絵画は、後期ラファエル前派と括られることがある。が、ヴィクトリアン絵画は、ラファエル前派の当初の理念であるラスキンの命題、「自然に対する誠実(truth to nature)」に代えて、アカデミックな伝統による至高性、いわゆる「高尚芸術(High Art)」を擁護したのだから、ちょっとした皮肉。モネらがフランス・アカデミズムを越えようとしていた時代、ポインターはフランスの美術教育の原理をイギリスに導入し、当世の代表的画家として名声を得た。

 個人蔵。

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 PCの調子が悪くて画像が取り出せないので、前掲の画家、エドワード・ポインターをば。彼はイギリス、ヴィクトリア期の画家。祖父は彫刻家、父は水彩画家という、芸術家の家に生まれ、自身も絵を志した。フランス絵画への強い賛美から、パリに出、モネら印象派画家たちも学んだことで有名なグレイルのアトリエに師事。帰国後は、レイトンやアルマ=タデマのような、エジプトや古代ギリシャ・ローマを主題とした、考古学的な細部描写を極めた、逸話的な古典風俗画で名声を得た。

 個人蔵。

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 男性は女性に、聖母マリア的な母性と、イブ的な官能とを求める、と、どこかで読んだことがある。が、もう一つ、少女への憧憬のようなものも、持つ傾向があるのかも。宮崎駿や、おおた慶文みたいな? 三つを切り離してそれらを別々の女性たちに求める男性が多々いるけれど、一人の女性は一つの人格なのだから、女性は一人一人、それらを三点セットで持っているのです。多分。

 個人蔵。

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 可憐な少女を描くシャプランの場合、ヌードもこれまた、色っぽくもあどけない。こういうのは多分、男性の趣味なのだろう、と思う。体つきは華奢で、豊満さがない分、ポーズや表情がエロティック。ま、豊満じゃないほうが、私も好みなんだけど。

 個人蔵。

シャプラン「鏡」

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 シャルル・シャプラン(Charles Chaplin)はフランス・アカデミズムの画家。英語読みすると、チャールズ・チャップリン? 可愛らしい少女や乙女のいる風俗画を描いた。印象派が興る少し前の時代の画家で、ゴンザレスやカサットらを教えている。彼のアカデミックな絵は仰々しさがなく、どちらかと言うとグルーズやシャルダンのようなロココ調の絵を想起させる。

 個人蔵。


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