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※ 記事だけでなく動画も見られます♪ それが 聴覚障がいの娘さんのいるお母さんが アメリカの聴覚障がい支援プログラムの一つであった「It’s a Deaf Deaf World」を もっと広く使えるようリメイクしたもの です VTRでは駅やレストラン、病院などの場面を設定して、 「声を出さずに」相手とコミュニケーションをとろうと悪戦苦闘する中学生の姿がありました。 私もSTSのときに ・昼休み中、声を出さずに過ごす
・目隠し、耳栓をして学校を歩く、人と会ったらやりとり(指で文字を書くや触るなど)して 誰か当てる ⇒これは盲ろう体験 を僅かながらしました。 人間は主に情報の8割を視覚から得ていて その他に聴覚や嗅覚、触覚などひっくるめて感覚刺激を受けています。 これらの体験では感覚の制限に恐怖を感じる一方で 遮断された感覚以外の感覚が研ぎ澄まされて鋭敏になった感じがしました。 全身で空気を感じ取ろうとするような、いつもと違う不思議な感覚。 終わったあとはどっと疲れが。。。 擬似体験であって、実際がわかるということではないけれど 全く知らなかった事を体験するのに意味があるし、 頭の中での想像とも違う感覚や考えが生まれることを知りました。 音がないと世界はがらっと変わります。 それは突然、あって当たり前だと思っていたものが急になくなるから。 でも、ろうの方にとっては音がない世界こそ生きている世界なのであって。 手話やジャスチャーがものすごく深く印象的に映るのはそれが「声」であり、文化だから。 とかく人は自分の価値観や世界を自分以外の人に押し付けがちだったり、 同一と思いたがったり、 自分と違うと批判したりするけど、多様だからこそ面白みも幅がある。 「きこえる」といっても音の感覚や許容範囲の幅はそれぞれ違うし 「きこえない」といっても どのくらいきこえないのか、きこえなくなった時期、その後どうしてきたかでもそれぞれ違う。 ・・・つまりは、一概には言えないってことです。 例えば 誰しもが年をとればどうしても目も見えにくくなるし、 耳もきこえにくくなるし、体も動かしにくくなれば、生活に制限が出て来ます。 でもだからといって生きることをやめるわけではないし 現実として受け入れて日々を生きていくわけです。 (老化=障がいってわけではないです) 生きていればあり得ること。 決して障がいは他人事ではないのです。 いろんなたくさんの人がいて世界があること。 理解が広がれば、その分可能性が広がること。 モコゲームはそれを考えるきっかけをくれるものだと思います。 さ〜読むぞ〜!!!。 詳しくは⇒モコクラブ
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