鍵猫=ネーロ

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NO.011
  
 小百合は、丸正屋の長女として生まれ、妹の裕子とともに大店のお嬢さんとして育てられる。小百合も辰夫と同じく、「頭の切れる」女性であった。
御嬢さんではあったが、いずれは丸正屋を継ぐ時が来るであろうことも予期し、お店の手伝いもテキパキとこなし、奉公人達からも一目置かれ、誰とも分け隔てなく接する心の優しい人柄であった。

 年頃となった小百合は、父・正吉に代わって鉱山との取引にも積極的に出かけ、鉱山の内情にも詳しくなっていた。
配達や仕入れの手伝いをする傍ら、鉱山の落盤事故で働き手を失くした家族の面倒や、残された年老いた親御さんの世話も、よく、裕子を連れて出かけ、町衆・山衆の皆さんから慕われていた。当時、鉱山での落盤事故は生産性が急激に上がることから、当然、「安全」よりも「増産」が命令となり事故は頻繁に起きていた。そうした多くの鉱山労働者の尊い命の犠牲の上に開発が進められて行ったのである。

 そんな、誰からも好かれる小百合を、正吉は、頼もしく、誇らしく思っていた。そして、辰夫が予科練に出征した翌年、終戦の前の年である。
父・正吉は、鉱山の発展とともに丸正屋も商いが順調に増え、取引きが拡大する一途だったことから、鉱山の事務方で出納を取り仕切る大学出の寺井 武と小百合との縁談を成就させようとしたのである。

 寺井は、大学をトップクラスで卒業し、大企業への就職を志し、人里離れた神岡町に来たのは、戦時下にあっても重要な企業として位置づけられる鉱山で「優秀な人材」と認められれば召集されることもなく、戦地に行くこともなくなるであろうと「読んだ」からである。まさに、必死に仕事をこなし、鉱山のあらゆる部門での出納を任されるほどであった。そして、ゆくゆくは都会に出て、本社の重要ポストに収まることを思い描いていたのである。
 そんな折に、丸正屋からの突然の小百合との縁談話。神岡の町一番の「美人」と評判の高い小百合とお見合いすることとなる。しかし、寺井は後々、小百合の心の中に自分の入る空きのないことを気付かされていくのである。

 小百合は辰夫との二人だけの約束を誰にも打ち明けられず、父・正吉の云われるままに任せるしかなかった。お見合いだけとのこと、結婚が決まる訳でもなく、最後には断ることだってできるものと言い聞かせていた。ただ、戦況が日本にとって不利な状況が展開している中で、小百合の気持ちには辰夫の身に「もしものこと」が起きた時のことも過ぎるのである。


<小百合>

「結婚はまだ早いから・・・。」
「もう少し、店のことも勉強したいし、町のお世話も中途半端にしたくないの」

と、それらしい理由をつけ、お見合いはするが結婚はまだ先であることを強く正吉に念を押したのである。
寺井とのことは商売上のことで鉱山に出入りするようになってから、顔を合わせるようになり、まんざら知らない訳でもなかった。ただ、出入りの業者には納入品の品定めや数量に細かなチェックを入れ、値切りに応じなければ、「いびり」と出入りをさせないなどと脅しをかけたり、鉱山の労働者には、賃金管理では、仕事を休もうものならば理由が何であろうときちっと差し引き、作業着や作業道具の取り扱いにも厳しく、労働者たちからは疎ましい存在となっていた。会社側にとっては都合のいい、「有能」な社員であった。

 正吉にとっては大事な鉱山との窓口となる寺井との縁談は、この先の丸正屋の商いにもなんとかこの縁談を成就させたいと強い思いであった。
伝次郎は、山を離れて行く山師の仲間の姿に、「もう山の仕事に見切りをつけよう」と考えていた。辰夫が出征し、生きては帰らないと覚悟を決め、後継ぎもいなくなるこの山を眺めながら身の振り方を考えていた。時には、周りに気付かれないように丸正屋の正吉にまで二人の娘の行く末のことを相談することもあった。

 鉱山のトンネルの補強材、拡大する社屋の建屋、労働者の寄宿舎の建設、町に人口が増え続け、住宅の材木の需要はとどまることはなかった。
先祖から守り続けてきた山も、木が切り出され禿山になり、元に戻るまではまた、数十年、数百年かかる。荒れた山は次々と鉱山に買い取られていく。巨大化する鉱山、鉱山と共に賑わいを呈する町の姿を目のあたりにする伝次郎は次第に酒に溺れ仕事も疎かになり、妻・咲枝と娘二人に炭焼きの重労働を押しつけるようになる。

 大金が入れば、高山市や富山市へ遊興に出かけ、何日も家に帰らないこともしばしばであった。山衆もバラバラになり町の主導権も町衆が執り仕切るようになり、もはや自分の居場所も分からなくなってしまっていた。そうした伝次郎の落ちて行く姿に正吉が「昔のように張り合おう、町の発展に共に力を注ごう」と説得するが、生きる目標を見失った伝次郎には受け入れる心のスペースはすでに消えてしまっていたのである。


<第 三 章>     再会〜決意〜
NO.015
 
 特攻隊として一度は死を覚悟した辰夫にとって、小百合婚約は当然のこととして受け止めることができたのである。
何年振りかの母と姉妹との再会に、生きて帰ったことをやっと現実として実感できた辰夫。母・咲枝との会話は多くはないが心のどこかで互いが嬉しさをかみしめていた。
ただ、咲枝の疲れ切った表情にどれだけの恩返しと親孝行ができるのか不安を感じていた。
 
深夜遅くに父・伝次郎が三日ぶりに帰って来た。辰夫の姿を見ても言葉なく座りこんでしまう。辰夫は、
「ただいま帰ってきました。」と声をかけたが、目を合わせることもなく伝次郎は、
「どうして帰ってきたのか。山はもうおしまいだ・・・。」と肩を落としてお茶を啜る。その表情は悲しげであった。
 
山のほとんどが鉱山に買い取られ、今は僅かに炭焼きをして生計を賄うぐらいの山仕事しかないこと、山仕事は咲枝に全て任せていること、伝次郎は「他人事」のように話すのである。
辰夫は、感情もなく話す伝次郎に返す言葉はなかった。ただ、父の生気のなくなった目に昔の父の威厳が無くなっていることに、戦争に負けたことが悔しくてならなかった。

 久しぶりの我が家での眠りから覚めた辰夫、すでに母も姉妹も山仕事に出かけ、家には伝次郎が寝ているだけであった。
これからの身の振り方を、小百合への思いの整理を如何するべきなのか、もうこの家には居られないことだけははっきりしている。
 
 辰夫は町に出た。賑わいは戦前とは比べものにならない。人が行きかい昼間から飲み屋が開き、交代番の労働者たちが大声が響く。
足は自然と丸正屋に向かう。店の前ではトラックが空になった味噌樽や醤油瓶が荷降ろしされ、店先には新しい樽や瓶が山積みになっている。

 辰夫の横を番頭らしきものと丸正屋の主人・正吉が通りすぎる。正吉はチラリと辰夫の横顔を見て、首を傾げながらもう一度振り返る。
<正吉>
「おや?あんたは上村の辰夫さんじゃないかね?」
 
と声をかける。
<辰夫>
「はい。ご無沙汰していました。」
 
と辰夫は深々と頭を下げる。
 
 正吉と辰夫は挨拶を交わすと、無事に帰ったこと、伝次郎の様子、山が変わったことを話す。
これまで、「大人として」こんな話をしたことなどなかったのに、辰夫には不思議な感覚にとらわれた。
突然、正吉が、「辰夫さん、もしよかったらちょっと寄っていかんかね?」と辰夫の返事を聞く間もなく店の方に入って行く。

辰夫は、突然の誘いに小百合と顔を合わせるかもしれない嬉しさと小百合婚約をしてしまっていることにどう声をかけたらいいものなのか、戸惑いを感じながら正吉の後について店に入って行く。
NO.014

幸子が、「兄さん!」と大きな声で叫ぶが、咲枝も百合子もあと一息で坂を登りきるところで、辰夫に構う事が出来なかった。
炭小屋まで一気に押し切ると真っ黒になった顔の炭を手ぬぐいで拭きながら咲枝が、「辰夫帰って来たんだね。お帰り。」と深々と頭を下げた。
「辰夫、あんた、てっきり特攻になって・・・。もう帰ってこないものと・・・。」百合子が気が抜けたように座り込んでしまう。

5年ぶりに再会した家族。しかし、そこには伝次郎の姿はなかった。ここ三日ほど高山に行ったきり帰っていないこと。
咲枝から、辰夫が予科練に行った後から様子がおかしくなり、山も次から次と鉱山に売り始め、仕事をしようとしなくなったこと。
町の相談事に対しても口出しをしなくなり、家でも酒ばかり飲み、山仕事は咲枝と娘たちに任せっきりになってしまったこと。
大金を持ったまま帰ってこないことがあるなど伝次郎の「堕落」していった変わりようが伝えられる。

辰夫は、町の様子が変わったこと、鉱山の発掘が自分がいたころよりも遥かに大規模になったこと。
伝次郎が「悶々」とした日々を送っていることにどうすることもできないジレンマを感じる。

姉の百合子が静かに話し始める。百合子と小百合は、辰夫が出征してから、小百合の方から辰夫の近況を尋ねるように何らかの理由つけては二人で会って話すようになる。
小百合の辰夫に対する気持ちも聞いていた小百合は、帰ったばかりの辰夫に酷とは思いながらも伝えなければならないことと話し始める。
終戦になってから何の連絡もなかったこれまで、小百合は辰夫が生きていることを信じ、ひたすら辰夫の帰って来るのを待っていた。
しかし、父・正吉の丸正屋の商いが鉱山と共に大きくなるに連れ、食糧物資の一手を取り仕切っていた丸正屋をさらに安泰させるためには鉱山に働く寺井との縁談を進めるしかないと判断した正吉に、小百合は辰夫とのことを打ち明けられずに、結納まで済まされてしまっていることを伝えたのである。
辰夫は、神岡橋での小百合の走り抜けていく姿を思い浮かべた。
不思議と辰夫には「ショック」は感じなかった。逆に当然のことのように小百合の話を受け入れることができたのである。
NO.013

 特攻隊として出撃直前のところで敗戦となった日本。辰夫は予科練では優秀な隊員であった。

知力・体力とも神岡の山で鍛えられた体格でトップクラスの幹部候補生として将来を有望視されていた。

同期の仲間の尊い命が犠牲になりながら戦争に負けてしまう現実に、戦争の虚しさとやり場のない怒りを抱えていた。

終戦と同時に、占領軍による軍部の解体が行われ、幹部候補であった辰夫も厳しい取り調べを受け、2年後ようやく解放されるのである。

少尉となってその後の生活も保障されていたが、辰夫は神岡に帰る決意をする。

小百合との約束を果たすために。
 

神岡の駅に降り立ち5年ぶりの故郷。父・伝次郎の反対を押し切り、もう家には帰らないと言って出たのに再び「山」に帰ってきた。

鉱山は予科練に入隊した時とは比べものにならないほど賑やかであった。人が増え、木が無くなり禿山となった山肌のあちこちからは煙が立ち昇り坑口らしきところからは常に人が出入りしている様子が見える。

神岡大橋の袂まで来ると、神岡祭の準備なのか町人たちが気忙しく行き来している。

凛とした軍服姿の辰夫を遠巻きにしながら人々がすれ違って行く。

ふと目線を川向うに上げると、艶やかな和服にモンペ姿の、小脇に帳面らしきものを抱えた小百合がじっとこちらを見て立ち止まっている。

二人は駆け寄ることも無く、ただ立ち止まり見つめあうだけであった。

辰夫は予科練での命の極限から生還し、一途に小百合への思いを募らせ帰ったこと。

小百合は、終戦になって2年の間、音沙汰の無かった辰夫との突然の再会。

この間に、寺井との婚約が済まされ、辰夫への思いを断ち切ろうとしていた矢先であった。

歩み寄った小百合は静かに深々と頭を下げ「お帰りなさいませ」と告げ、改めて辰夫の顔を見つめた。

その眼には涙が溢れている。辰夫は、荷物を置き、最敬礼の姿勢をとる。言葉をかけたいが、見つからない。

「ただいま帰ってきました。」が精一杯の言葉だった。

小百合は無言のまま頭を下げ、口元を押さえながら駆けだすようにその場から立ち去って行く。

走り去る小百合の姿に振り返ることもなく辰夫は正面を向いたまま「茫然」と立ちつくすだけであった。

小百合との約束を果たそうとして帰って来た筈なのに、その小百合との間に近寄りがたい「不安」を感じてしまったのである。

どうしようもない気持ちを抱えながら、辰夫は生家へと向かうのである。

生家に近づくと母の咲枝、姉の百合子、妹の幸子が荷車に炭俵を山のように積み上げ、家の前の坂道を押し上げようとしていた。

辰夫は走り寄り後ろから荷車を押した。
NO.012
 
第 三 章   再 会 〜 決 意

<特産物の販売所>


裕子と仲良しの「のぶゑ」ばあちゃん。

<のぶゑ>

「丸正のォ!お昼は終わったかいのォ。」
「交替しよまいと。」

話しを続ける、裕子と美華子。お握りも途中のままである。
ふと、現実に戻った二人は顔を見合わせ、

<美華子>

「裕子ばあちゃん、戦争から帰った辰夫さんと小百合さんは、どうなっていくん?」

<裕子>

「美華ちゃん、あっちで休憩しよっかいのォ」
「あん時は本当にびっくりしてしもたわいね」
「でも、そういう運命と言うか、ワシらにとって「山」とは縁が切れなかったんだろうね」

二人は、途中になったお昼ご飯を持って休憩所に向かう。美華子に初めて明かす姉・小百合の短くも「正直に生きた」人生を話した裕子には、どこかほっとした表情がにじみ出ていた。

<のぶゑ>

「ゆっくりしてこんしゃいよ。」
「飯も食べんと・・・。」
「美華ちゃ〜ん!さっき、ドームの石坂さんが後からジョージが来るようなことをいっとったよ!」
「今日も、デートかいのォ!」

<美華子>

「は〜い!ありがと!」

<裕子>

ジョージもええ子やのォ」
「また、空(宇宙)の話しかいな〜?」

<美華子>

「裕子ばあちゃん、小百合さんと辰夫さんはつらかったんよね。」

<裕子>

「そうじゃな〜。でも二人の気持ちは変えられんかったんじゃ。」
休憩所に入った二人は、腹ごしらえを済ませると、裕子が静かに話し始める。

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