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今年の3月22日の台湾総統選に当選した「馬英九」を日本漢字音でどう読むか? と言う事に関して、こうしろと言うつもりは一切ないのですが、
「馬」の呉音と漢音にたいする誤った記述をブログに書いてる人がいたので
書くことにしました。
そのブログでは「マ」を呉音なんて書いてましたが、呉音は「メ」です。
「マ」は「唐宋音(唐音または宋音と言われるもの)」です。
漢音は「バ」。
これを日本に入ってきた順に書くと
呉音「メ」漢音「バ」唐宋音「マ」です。
駿馬「しゅんめ」または「しゅんば」って読むでしょう。
広辞苑で確認してみてください。この「しゅんめ」の「メ」これが呉音です。
競馬「けいば」の「バ」は漢音ですね。
「駿」は呉音でも漢音でも「しゅん」ですので「呉音+呉音」「漢音+漢音」という原則からすると「馬」を「メ」と読もうが「バ」と読もうが原則からはずれていません。
まあ、通常中国人の名前を漢音で発音するとしたならば「馬英九」は
「バエイキュウ」です。「英」の呉音は「ヨウ」「九」の呉音は「ク」
呉音で読めば「メヨウク」になりますが、まさかそうは読みませんよね。
唐宋音で馬を「マ」と読みますから「マエイキュウ」とも読めますけど
全部漢音で発音するならば「バエイキュウ」なので、読みはそれでいいのではないかと思います。
呉音は、百済(くだら)から仏教の伝来とともに漢字の音も伝わったと言われています。その百済の漢字音は「南北朝時代の南朝の音」すなわち「劉宋」
の発音が大元と言われてます。北朝は「北魏」です。仏教の伝来とともに伝わったと言う事で一部の例外を除いて仏教の経典は呉音で発音されます。御経がそうですね。『ウィキペディア(Wikipedia)によれば「日本への仏教公伝の具体的な年次については、古来から有力な説として552年と538年の2説あることが知られており、一般的に538年が有力とされる。しかしこの両説に限らず、仏教公伝の年次については近年も様々な説が提唱されている。ただし各史料の記述から、欽明天皇期に伝来したことは疑いないと思われる。」http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%8F%E6%95%99%E5%85%AC%E4%BC%9D 』
漢音は遣唐使で「長安」に行って帰ってきた遣唐使の人達が伝えた発音です。朝廷はこの漢音を正音と定めて呉音を廃止しようとしましたがすでに日本語化してて残りました。だから呉音の別名は「和音」です。また仏教の僧侶が呉音を使い続けた事も残った原因という事です。漢籍は漢音で発音されます。
遣唐使は7〜8世紀に行われました。今から約1300年も前の事です。
唐宋音は「宋(南宋)時代の杭州や寧波の発音が日本に入ってきたものです。「唐音」とか「宋音」とか呼ばれているので合わせて「唐宋音」とします。南宋は大体、1127年〜1279年です。1127年北方に「金」が侵入して宋が江南に逃れたまでを北宋といい、それ以後を南宋といいます。
都は臨安(今の杭州)です。
以上は音読みです。
「馬」の訓読みは「うま」。「馬に乗る」=「乗馬」中国語では「騎馬qi2 ma3」。「騎馬戦(きばせん)」という日本語がありますね。また「騎乗」という言葉もあります。
訓読みとは漢文を読む時に日本語の意味を読みにしたものですね。
たとえば「四十而不惑」この「不惑」を「惑わず(まよわず)」と訓読するようなものです。「しじゅうにしてまよわず」。「不惑」は「ふわく」という読みのありまね。「不惑の歳(ふわくのとし)」=40歳の事です。
熟語の訓でも「老舗」を「しにせ」と読むやり方がありますが、こういうのは
「熟字訓」といいます。
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いくつか記事を読ませていただきました。感動しました。
これからも読ませていただきたいのでお気に入りに登録させてください。
それと僕の中国語に関する記事に誤りを発見した際はコメントしてくださると助かります。
よろしくお願いします。
2008/5/7(水) 午後 10:41
>kinkota4309hmさん コメントありがとうございます。僕も中国語学習者なので中国語についてはコメント出来るほどすごくないのですが、コメント出来ることがあれば書きます。お気入りに登録ありがとうございます。
2008/5/9(金) 午後 3:01 [ 日中韓ちゃん ]