sugarの日記

仕事を辞めることを機に色々な写真や日常のブログに変更します♪

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7月になり、暑いから散歩もどうしようか、となってた時期、それでも、午前中はひとりで
地元の八幡神社まで歩いて行ってしまうほどになった父。

でも、その日は少し様子がおかしかったんです。
いつもの薬をもらいに近所の内科に行く予定でしたが
機嫌も悪く、ふらふらするって言ってて。。。
でも、いつもあそこが痛い、おかしい、って言っては
検査して、なんでもないって感じだったので、すっかり気を許してた私も母も。

いやいやながらも内科へ向かいましたが、病院の手前で
ほら、おかしい、っていうので、医者にもそれを伝えた。
顔が氷のように冷たかったので変だな、と思いましたが
座ってたら少しよくなったと言うので、風邪かもしれないんですと伝え
血圧とか測ってもらって。。。
でも不整脈もないし、風邪かもしれないから、って薬を処方してもらって帰り道。。
あと少しのところで物につかまってふーふー。
電信柱によりかかってふーふー

こんなことは退院してからなかったので、心配になりましたが
それでも歩いて帰った父。
家に着くと唇まで真っ青で、、おかしいね、貧血かな、って言い横になってもらう。
すると少し顔色が戻ってきたので、大丈夫かなって思っちゃいました。。
処方された薬は、うちの薬剤師が「やめた方がいい」と判断してストップ。
脈拍数も多いのでお風呂もやめて寝てもらった

実はこの時、父の胃は潰瘍ができてて大量に出血していた。。
それに全く気付かず。。。翌朝も脈拍数が異常だと心配になった母が
便をしたら見せてと言って、、見たら真っ黒!!!!
で慌てて救急病院へ。そのまま即輸血&入院。

ずっと黒い便だったみたいで、脳梗塞で失語症なので伝えられないこともあり
またボケてはいないけど、そうゆうことは忘れてるので、言えなかったと。

1週間入院して、助かりました。

ずっと食欲がないとか言ってたのも、、具合が悪かったみたいですが
暑いからねって言ってしまってたので反省。。
最近は便の色を毎回見せるので、母がいない時は私が(笑)
それは家族とはいえ。。うふふ・・・・ちょっと大変です(笑)

父の誕生日

昨日は父の82歳の誕生日でした。

去年は救急病院の病室で迎えた誕生日。

今年は家でお祝できました。
父の幼馴染がプレゼントしてくれた、ひれステーキ!!!!

食べやすいようにカットして、、、

それと、コムサカフェのフルーツいっぱいのケーキ。

おいしそうにケーキを食べる父を見て、去年はこんな日が来るとは思ってなかったな〜って
感動も。。。

実は、ここ数日で、父の仲良しの方が2名、立て続けに急死したので
父は落ち込んでいました。

昨日まで話をしてたのに、、、って驚きを隠せませんでしたが。。。
家族で過ごせて素敵な誕生日になりました。





当時働いていた会社へのメールを探ってみた。

5月22日(木)に救急車で運ばれ、
5月23日(金)のメールでは

日曜くらいまでICUで薬を投与し、血流が戻ればよいみたいです。
もし戻らなければ手術みたいです。
月曜には出社します。

とあった。
その後は、病院に行くために遅刻、お休みの変更など。。。

なので、その数ヵ月後に契約更新だったが、なしになった。。。
仕方ないな、と思った頃だったな〜・・・


父のこと

一般病棟に移ったので、どうやって家族で順番にいようか、を話し合い
私は当時は16時までのパートだったので、帰りに寄る。パートが休みの日は
昼間行く。
母は午前中に行く。
叔母が昼過ぎから私が来るまで。
妹も仕事が終わってから。
などなど、、、話し合い、できるだけ誰かがそばにいるようにしようとなり、
病室通いが始まりました。

今では、その1日1日を日記につけておけばよかったのかな、、とも思いますが
それどころではなかったのが現状です。

食事もできない父の舌は白くなり、水も飲めないので、つらそう。。

スポンジに水を湿らせて舌を濡らしてあげる。
その時必死に水を舐める父の姿に、悲しくて悲しくて、
病院からの帰りに何度も泣きそうになりました。

峠は越えてるけど、まだまだ落ち着かない状況で、熱もあるし、、、
この先本当にどうなるんだろうってことばかりを考えて。。
それでも必死に生きてる父が少しでも楽に過ごせるように。。。と
それだけを考えていたかもしれません。

帰宅して、夕飯を食べながら、いろんなことを話したけど、やっぱり
「あの日にもう、症状が出てたのかもね」ってこと。

運ばれる2日前。。
父が大便を漏らしていた。。。その事実を、歳だねって見過ごしてた。。。

それと、左に血管が全部詰まってて、右からの血管で細々動いてたと知り
母が悔やんでることも。。

それは、子供用の風邪薬シロップを頻繁に飲んでたこと。
母が言うには、頭が痛かったから、あれを飲むと楽になるみたいで
昔飲んでるのを知ってた。
最近また飲むようになってたから、、と。

ごめんね、、、って父に言ってた。
気付かないでごめんね、、、って。

確かに気づけば早期治療で少しはよかったかもしれない。
心臓が悪いから、お正月に家族でハワイに行ったときに、心臓の検査受けてからにして、って
言ってたのを、結局行かず・・・
思えば、疲れたからって、部屋で寝てた父。
あの時に、心臓の検査を受けてたら何かわかったのかもね、、とか
でも、そしたらハワイに行けなかったから、お父さんは行けてよかったね、、とか
部屋で寝てるときに何か起きなくてよかった、とか。。。

後から、ああだこうだ、言いながらも、前に進まねば、、の家族でした。

続く



父のこと

心不全の治療で脳梗塞が進むって。。。
素人の私たちにはわからないけど、、結局、血栓が脳に移動しちゃうんですね。。

薬が効きすぎて、当初より梗塞が進んだようでした。
その状況がどうゆうことか、私たちには理解できない。
進まなければどうだったのか。。。今ではわかりえないから・・・

HCUではすでに右手右足のリハビリが始まっていました。
HCUにいるときは長くいられないので、顔を見て少し様子見て帰る。。。


本屋で、脳梗塞の本を買いあさり、ネットで脳梗塞のことを検索し
日々の状況を話しては、泣いたり笑ったりする家族・・

幸いなことにお店は薬剤師さんたちが、閉めません!とローテーションを組んで
あけてくれた。

父も起きてる時はお店のことを気にするので、大丈夫だからねと伝える。

そんな日が1週間くらいだったでしょうか・・
状況が落ち着いたので一般病棟に移ります、との連絡。

HCUはそばに先生がいるので安心でしたが、もう移るのか。。と不安もありながらも
落ち着いたんだ、、、と少し安心。

とはいえ、これからの長い入院生活を家族でどう支えあうのか、、、それが課題になった。

続く。

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