My Foolish Heart

日々の思いを垂れ流しています。

年末の吉井武道館、レポートは結局書けないままですが、
天国旅行からシュレッダーを体験できたのは本当によかったです。
それだけでも書いておきたいと思います。

あの天国旅行のインパクトは、10年以上前に「FIX THE SICKS」でみたときを超えていました。
いえ、そもそもそういう比較に意味がないのかもしれないけれど、それぐらいすごかった。
体が震えてしょうがなかったし、胸が痛かったし、目を離せなかった。
何て言っていいのかわからないけれど、視界が狭くなって、地に足がついてない感じ。
耳もなんかおかしくて、音が遠くの方で聞こえてるような、
でも体の中にダイレクトに入ってくるような。

一緒に行った友人は、曲の終わりに拍手をしていない私に気づいて、
どうしたのかと思って見たら、寒そうに肩を震わせていたらしい。
自分では覚えていないけれど、たぶんそうだと思う。
拍手する余裕はなかったし、実際に震えていたろうと思います。

天国旅行を聞きながら、また余計なことを考えましたが、やっぱりわかったことがあります。


私はやっぱり、イエローモンキーと、イエローモンキーの吉井和哉が好きでした。
彼らと、彼らの奏でる音楽、その中心には吉井和哉。
ライブで、彼らと一緒の空間にいられることが本当に幸せでした。
CDを再生して、スピーカーから流れてくる彼らの音楽を聞きながら、
彼らと1対1で対話しているような時間がとっても大切でした。
そして、その思いは断ち切れない。

もうイエローモンキーも、イエローモンキーの吉井和哉も、帰ってこない。
彼らからいつも感じていた、悩んで悩んで悩んでいる姿、
幸せだとか楽しいとかうれしいとかの一色で染めることなく、
生と死、光と影、終わりと始まり、存在と喪失、希望と絶望を同居させる。
そうしたことを、ソロの吉井和哉から感じることは、もうありません。
仮に再結成があるとしても、私にとって、あのキラキラした時間は二度と戻ってこない。


天国旅行に続いて、シュレッダー。
私がこの曲から受ける空気感は、もはや喪失感でも悲しみでも感でもなく、
戦い。
生身の感情のぶつけ合い。突き刺すような。攻撃的な。
破壊力は、これまでに聞いた中で一番でした。
この2曲の連続で、もう立ってられないと本気で思いました。
ライブ中に、泣いてもいないのに座ってしまいそうになったのは初めてです。


吉井さんが何を思ってこういう選曲をしたのかはわかりませんが、
冷静に思うと、この2曲の構成は、吉井和哉の決意表明ではないかと思います。

彼は、私みたいな鬱陶しいファンがいることを知っていて、
それでもイエローモンキー時代の曲を引き連れてやっていこうとしている。
彼は、その鬱陶しいファンを、イエローモンキーという呪縛から解放してくれる、
そして彼自身は、元イエローモンキーの吉井和哉ではなく、
一ミュージシャンの吉井和哉として生きていくという決意表明。

それはもう、最近やけに頻繁に彼が言っているように、
もうイエローモンキーはいない、ということ。
それを認めた上で、彼自身の音楽をやっていくということ。
それをやっていく上でもう迷いはない、あっても見せる気はないということ。

天国旅行での圧倒的なパワーと、それを受けてのシュレッダーでの戦いを見て、
私はもうあきらめようと思うことにしたのです。
あきらめるというのは、イエローモンキーの吉井和哉を見ることにです。
吉井和哉の背後にイエローモンキーの幻想を追い続けることにです。
イエローモンキーがあろうがなかろうが、
吉井和哉がイエローモンキーの一員であろうがなかろうが、
彼の曲は厳然と存在し、彼はその曲を歌い、彼の人生は続いてゆく。

そういうことに、「しょうがない」と思えた気がします。
ようやく。
それは、完全に悲しいわけではなく、完全にうれしいわけでもない。
「これだけのものを見せられては、もうしょうがないと思うしかない」
ということでもあります。
そういう気持ちにさせてくれた吉井さんは、やっぱり吉井さんらしいとも思う。

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吉井武道館その2

いろんな調子の波があって、なかなか定期的にかけないでいたら、
もうすっかり年も明けきってしまいました。
遅くなりましたが、今年もよろしくお願いします。

今さらって感じですけれど、いまだに私は年末の吉井武道館のレポをかけないままでいます。
レポ云々っていうより、いまだにうまく振り返れないというか、
いや、一緒にいった友人と話していてもね、なんだかうまく説明できないものがあって。
これまでで一番楽しい瞬間も、震えた瞬間もあったような気がします。
「天国旅行」と「シュレッダー」は本当にすごくて、体の先から先まで圧倒されました。
でも、良い予感だけじゃなく嫌な予感もずいぶん感じたりもしました。
そういう諸々を、うまく説明できない。

でもそんな気持ちもだんだん消えていってしまうかもしれないので、
少しずつ言葉にする努力をしようと思います。

今日は、武道館に行くまでの話。


今回のライブは、これまでで一番フラットな気持ちで望んだように思います。
DHMTが終わってからの吉井さんは、新曲を出したわけでもないし、
フェスに出たわけでもありませんでした。
なので、私にとっての吉井さんもそこで止まったままでした。
(もちろん、ライブCDとかDVDは堪能させてもらいましたよ♪)

去年の武道館は、自伝が出たり「バッカ」や「雨雲」みたいな曲が出たりした後で、
ドキドキよりもハラハラが大きかった気がします。
どっちに転んでも大きな変化がありそうな気がして、
どっちに転ぶか心配半分、楽しみ半分みたいな心境でした。
結果は、吉井さんが半生を振り返るような演奏を切々としていて、
なんというか、あえて一言で言えば
 「お互い大人になったね」
って感慨深いような、泣けてくるような、そんなライブだった気がします。

で、そこから引き続いてのDHMTで、突き抜けたようなパフォーマンスを
してくれて。(私は参加はできませんでしたが)
本当に吉井さんはいい状態で音楽をやっているんだなぁって思っていました。

そこからブランクを空けて、一気に年末の武道館(と城ホール)へ。
はっきり言えば、私は「12月28日」を迎える準備ができていなかった。
突き抜けた感のある吉井さんにとって「12月28日」がどういう意味を持つのか、
私たちファンは、というか私は「12月28日」をどういう風に受け取ればいいのか、
よくわからないまま当日を迎えてしまったんです。

いまだにウジウジしていて情けないけれど、
2001年1月8日から8年。
8年という月日は長かった。(過去形にするのもおかしいけれど)
いろんな気持ちを受け止められるようになるほどにも長かったし、
吉井和哉を一人の人として見れるようになるほどにも長かったし、
それでもやっぱり私はどうしても四人に会いたいって思い直すほどにも長かった。

イエローモンキーがあって、ソロの吉井さんがあって。
過去の思いを道連れにしていく覚悟を持てるのかって。
「すべての愛と過ちを道連れに」していけるのかって。

なんだかよくわからない思いは、どうでもいいことで加速してゆく。
なんでモバで楽しそうに日常語ってるの?
なんで「今回のアルバムは最高」なんて言えちゃうの?
なんで今になってエマをギターに呼び戻すの?
なんで・・・

いろんな思いが交錯して向かえた12月28日。
ワクワク感はあまり大きくなってはくれなくて、フラットなままでした。
九段下の駅で下りても、人ごみの中タマネギを見上げても、
「日本武道館」の看板の下に吉井城ホール・吉井武道館のロゴを見つけても、
やっぱりフラットのまま、そんなには変わらず。。。
我ながら違和感でいっぱいでした。

(続く)

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吉井武道館2008

行ってきました!

レポはまたそのうち書こうと思いますが、
「天国旅行」で鳥肌立ちっぱなし、呼吸もうまくできなくなって、
途中座ろうかとまで思いました。。。
このためにエマを呼んだのね、とまで思いましたよ。

あともう、「シュレッダー」と「WEEKENDER」は、また一段と凄みを増してましたね。
なんかもう、吉井和哉という人の代名詞みたいな曲になってくのかも。

ライブでぶっ飛んだら、昨日今日の仕事はつらかった(T-T)
今年はいろいろあったけど、なんとか最後まで完走できました。
ようやく休みですわい! いい夢見よっと。
初詣も終わったし(笑)

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