ちゃいなたわ〜

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愛するものの直感・勘
母方の祖父は僕が生まれる前に亡くなったのですが、病院で臨終のとき、重病で意識不明だったはずなのに、外泊していた母の枕元に現れて、別れを告げたそうです。妻の祖父の死後7日間、家の中では、夜中になると使っていた杖の音が家中で鳴り響いたそうです。アメリカ華人の叔母は、叔父が急死したあと、不動産や車の権利書などがどこにあるかわからず途方にくれていたところ、叔父が夢に現れて、いちいちそれらがどこにしまってあるか説明し、朝になってその場所を見てみると、なるほど本当にそこから出てきたということです。
 
この世を去ったものが愛するものをあの世から見守る、という考え方は、日本や中華圏たけでなく、人間の自然な経験のようで、伝統的なキリスト教でも、初期教会から同じような考え方があり、カトリック教会と東方正教会では今でも受け継がれています。そして、すでに他界して肉体の目では見えなくなっていても、愛するものがすぐそこにいる、という事実は、「愛するものの直感・勘」で以ってわかる、というのは、多くの人が実際に体験しているようです。
 
何もまだ他界していない人でも、たとえば会社や学校から家に帰ったとき、家に誰もいないけど、テーブルの上に自分の大好きな肉まんが準備してあったら、「ああ、これは奥さんが」とか「おかあさんだなあ」とか、すぐわかるじゃないですか。別の例を挙げると、もし、自分の机の上に、誰かが突然プレゼントを置いていったとしたら・・・ 普通、だれなのか大体見当ぐらいはつくものです。
 
私がフィリピンに滞在している間、大好きな宮崎あおいさんのドラマを見られるようふっくんさんがリンクを送ってくださった「ちょっと待って、神様」。(ここで見られます:http://www.youtube.com/watch?v=ncsl2Fo-xdA)最初から感動しまくりでしたが、最後のほうは、たびたびめがねを洗浄しないとスクリーンが見えないほど感動しました。台北に帰ってからも、妻と一緒に見て泣きました。このドラマの魅力はもちろん、泉ピン子さんを見ているのか宮崎あおいさんを見ているのか、わけがわからなくなるほどものすごい演技と、宮崎あおいさんの皮をかぶっている泉ピン子さんと高校の同級生との恋物語など海外で大賞を取れそうな高度なストーリーほか、いっぱいあるのですが、そこにはひとつ始終貫く最大のテーマがあると僕は読みました。それは、「愛するものの直感・勘」です(なお、ここから先はネタバレがありますのでご注意ください)。
 
 
一夫(竜子の旦那)が天城家でフランクリンという木を見つけ、それを持ち上げようとして、秋日子(中身は竜子)と手が触れる。涙が彼女の頬を伝う。一夫はそれを見る。
手が触れた瞬間、一夫は体は秋日子でも、中の魂は妻の竜子だということが、「直感的に」わかったんだと思います。視聴者がそれをわかるような造りになっていますし、最終回でも種明かしがされています。でも一夫は大人ですから、「そんなことはありえないよな」と思って、打ち消すんです。でも、娘のリサちゃんは、子供ですから、秋日子おねえちゃんが本当はおかあさんなんだと、信じちゃうんです。今も昔も、そういうことを素直に信じるのは大人より子供です。
 
リサちゃんが、家事のプレッシャーに耐えられなくなって、まず最初に助けを求めたのは秋日子おねえちゃんである。秋日子(実は母の竜子)はすっ飛んできて、絆創膏が貼られた娘の指を見て心を痛める。秋日子は早速ハンバーグの作り方を教える。2人で楽しくハンバーグを作ったあと、秋日子は「今度はあなたの番よ、一人でやってみて」と言う。リサは「えー!?」というが、秋日子は言う「おねえちゃんはね、いつまでもリサちゃんのそばにはいるわけにはいかないの。」「わかった。」秋日子は、愛に満ちたまなざしで、ハンバーグをこねるリサを見つめる。リサがふと見返す。そして言う「おねえちゃん?」秋日子の目から涙が零れ落ちる。
僕が一番感動したのはこの一幕です。秋日子が「ずっとそばにいてあげられないの」と言うのを聞いて、聖書の「最後の晩餐」のイエスををすぐ連想しました。そして、その後の、宮崎あおいさんのまなざしは、メル・ギブソンの映画「パッション」の最後の晩餐のシーンで、イエスが弟子を見つめるまなざしと同じでした。あれは、慈母のまなざし。傷を負ったからこそ、慈しみが流れ出る慈母の心。(パッションは2004年だから、この作品と同じ年ですよね。宮崎さんや浅野さんはパッションをご覧になったのだろうか。)リサが直感的に、秋日子が本当はおかあさんであることを感じ取ったのは、この瞬間、このまなざしででしょう。でも、もう12歳になっていますから、そう簡単、そう素直にはいかないんですけどね。
 
家出から戻ったリサに、父が話す。「君にどんなすごい将来の夢があるかわからない。死んだお母さんは、何もたいしたことはしなかったけど、お父さんやお兄ちゃんやリサを愛して、世話をして、毎日平凡なことだけしかしなかった。それはどんなすごい夢よりすばらしい。リサにお母さんのような女性になってもらいたい。」
愛をもってする平凡なことは、どんな偉大な大事業よりもすばらしい。本当にそうだと思います。それを娘に教えたお父さんは偉い。本能的にお母さんを愛していた娘は、社会の功利的な価値観で、自分の母は役立たずのオバサンかと思い始めていたけれども、自分の父の口から自分の母は偉かったと聞いて、さぞ嬉しかったでしょう。本当、そういうもんですよ。
 
竜子が天国に帰らなければならない日の、最後の家族旅行。ドライブ中の一夫と秋日子は、手も握らないし、言葉も交わさないし、お互いを見つめることもないが、ただ、そばにお互いが存在している、ということを感じるだけで十分。
ものすごく深いです。もうNHKのドラマとかいう次元じゃありません。夫婦の愛がこのレベルまで来ていたら、相手がこの世にいようと、世を違えていようと、もうあまり関係ないと思います。キリスト教の神秘家によると、人間と神の関係もこのようなものだそうです。
 
最終回の息が止まりそうな名シーン。海岸で秋日子とリサが、人生の美しさとはかなさを象徴するような線香花火をやっている。手がかじかんで痛いというリサの手を、秋日子が握って暖めてあげる。リサは言う「お母さん!お母さんなんでしょ。もうどこにも行かないで。ずっとそばにいて。」
リサが秋日子をお母さんと呼ぶのもう初めてではないし、直感は子供のほうが鋭いので、秋日子が実はお母さんだということは百も承知の上で、都合上それを認めるわけにはいかないという事情もちゃんと理解している、半分大人の12歳がいとおしくて泣けますね。美しいです。ああ、書きながら泣けてきた。でも、女の子は将来ママになれるために強いんですし、長男の春夫の頼もしくなった姿と、彼をサポートする女性も見届けましたから、竜子は安心して天国に旅立てるのです。そして秋日子のナレーションのとおり、すべて生前の竜子を知るものが、生前よりずっと彼女を身近に感じて生きるのです。なにしろ、生前は肉体の物理的な制限を受けますが、死後は愛によって、いつでもどこでも、愛する人のそばにいられますからね〜・・・
 
「純情きらり」との共通点
「ラブジェネ」以外に僕が今までに台湾で見た浅野妙子さんの作品は「純情きらり」と当作品です。(台湾に入っている作品はもっとあるのですが、huangさんに言われるまでテレビ自体をほとんど見ていなかったのです。)とてもかわいくて、天才的に表現力が豊かな宮崎あおいさんのファンになるのは当たり前だと思いますが、浅野妙子さんのすばらしい作品をもっと見てみたいと思いました。
 
「きらり」、「神様」とも、死後の世界や超自然といった素材を、NHKのドラマで軽く扱ってしまうところがすごいと思いました。日ごろから、組織化した宗教とは別に、日本人の死亡観や超自然観に興味をもっていますので、本当に楽しいです。浅野さんのコラムを見ると、死と言うテーマには若い頃から今まで関心を感じることができない、と書いていらっしゃいますが、心理学的に見ても、潜在意識的にもっとも関心があることに、表層意識的にはもっとも関心を感じないのはよくあることです。(私もそういう体験があります。)
 
でも、軽いだけじゃないんです。浅野さんの人生に対する深い洞察、暖かいまなざしが感じられます。そして、その深い内面劇を表現するには、それ相応の役者さんが要求されますよね。それをあの若さで見事にやったから、あおいちゃんはすごい、ということになったのでしょう。
 
また、一番僕好みなのが、あの映像美、叙情感。2作品とも、死んだ人の記憶が残るあの部屋に、いつも西日が射してますね。遠くには汽車の通過する音・・・ 西日が差し込むと、ああ、あの人はこの世にもういないけど、霊魂はいつもそばにいて見守っていてくれるんだ、という気持ちになるんですよね。イスラム教なんかでさえそういう考えがあるらしいです。おそらく浅野さん自身がそういう体験をお持ちなのでしょう。
 
それから、あの水辺の線香花火。「きらり」でも達彦が出征前、桜子と川べりでやってましたよね。二人のこれからの人生を予告するような・・・ 台湾にも「仙女棒」ならありますけど、線香花火ってないですよね。「なんで、わざわざあんな景気の悪い花火をやんなきゃいけないんだ」って、日本人以外なら考えちゃうんでしょう。でも、あのはかない美しさは、日本の感性そのものですよ。海外生活が長いと、ああいうものを見てホロリときます。
 
最後にもうひとつ共通点を指摘しておきましょう。それは浅野さんの母性に対するまなざしだと思います。前に書いた「きらり」についての記事でも書きました。ママというのは、自分の命を犠牲にしてでも子供を生んで、生んだら、感謝されなくても、代価を省みず家族に尽くすのが本能で真の幸せであるということです。竜子は、死んだ後、この世に残って、少しでも自分の幸せを味わおうと思ったはずが、やっぱり家族に、他人に、尽くしてしまいました。それしか真の幸せを得る道がないからです。
 
その真理は、女性なら、ママじゃなくても同じです。子供でも少女でも独身女性でも同じだと僕は思います。ママが死んで、リサちゃんは母性を呼び覚まされ、ある意味ママになったのではないでしょうか?劇中では中身が竜子なのですが、女子高生がほったらかしにされている「妹たち」のために台所に立つことはありえないでしょうか?結婚せず、障害を持つ家族のために尽くしている一般の女性やシスター達は?
 
このドラマを通して、この世とあの世にいて、肉体的もしくは精神的に母親である方たちに讃歌を捧げている浅野さん、出演者の皆さん、関係者一同、本当におめでとうございます。
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ゆゆさんのところで話題になったし、宮崎あおいさんが大好きなふっくんさんともお約束したので、ドラマ「純情きらり」(今年ここ台湾で放映)を見て自分が思ったことをまたちょっと書きます。ネタがモロばれなので、ドラマを見ていない方はご注意ください。(思考が中国語メインになってますので、読みにくいところがあると思いますがご容赦ください。)
 
ドラマを見た方は、宮崎あおいさん扮する有森桜子の笑顔が印象的ですね。ところがストーリーが発展するにつれて、まぶしいだけの笑顔だけではなく、抑圧的な笑顔が多くなっていきます(さすが名女優の宮崎さんですね、あの年齢で内面的な心理劇をよく表現なさっています)。もう後のほうになると、桜子が微笑んでいるだけで、お姉さん達が何かあったのかと思って心配になるほどですね。
 
僕は、あのドラマのテーマは「人生はうまくいかないことのほうが多い;でも優先順序をしっかり選択すれば、つまり愛を基準にして選択すれば幸せになれる」ということだと思いました。
 
最初は、若い桜子が音楽学校に入るという目標に向かって突っ走る、良くありがちな「勵志片」(「なせばなる」的なやつ)かと思いました。まもなく、ぜんぜんそうじゃない、ということがわかりました。実際は、このドラマに描かれている人生は、ほとんど「失敗」だらけでしょう?
 
ちょっと思いつくまま挙げてみても、しょっぱなから両親は死んじゃうし、音楽学校受験の失敗、斉藤先生との失恋と婚約解消、杏子の結婚失敗と逮捕、反戦派だった同級生の薫子は戦争プロパガンダの雑誌社に就職。婚約者達彦君は出征。あくまでも「純情」であるべきはずのストーリーに突然挿入される杉東吾との感情!極めつけは自分の愛する息子を胸に抱くことなく結核で辞世する桜子!なに、このドラマ!?失意のオンパレードじゃないの。
 
僕にとって特に衝撃的だったのは、一生をクオリティの高い味噌造りにかけてきた職人肌のおじいちゃんが、味噌を統制価格で売らなければいけないことになったので、やけくそになって味噌樽に水を混ぜてしまうシーンです。職人肌の日本人にはきついですよね。
 
ここ台湾の視聴者の中には、なぜこのドラマはこのように失意の連続なのか、という疑問の声が多かったみたいです。でも、本当に人生ってすべてがうまいことばかりじゃないですよね。桜子や杏子、薫子のように、自分が人生で本当に何をやりたいかわかっていても、家族のためとか、社会一般のためとか、いろいろな事情であきらめなければならない人は普通でしょう。
 
それでもこのドラマが感動を呼ぶのは、「たとえ何かをあきらめることを余儀なくされたとしても、また、たとえ人目から見たら惜しいとみえるような人生になっても、愛を選択すれば自分は必ず幸せになれる」という真実を透視しているからではないでしょうか。
 
でも、このような選択は、その過程で必ず自己犠牲とを苦痛を伴います。
 
桜子は、出征した達彦の面影を少しでも身近に感じるため、夢にまで見た東京の音楽学校の入学をあきらめ味噌店に入ります。
 
それに、プロのジャズピアニストになる、という一生の夢がついに現実のものとなる寸前で、そんな夢はかなぐり捨てて達彦のもとへ一目散に走るのです。桜子の心の中に葛藤はなかったでしょうか?なかったとは思えません。(喫茶店マルセイユのマスターが、ジャズの夢は捨て走って達彦を追いかける桜子の後姿を見て「やっぱりそうするよなー」というのが印象的ですね。)
 
さて、みんなに「馬鹿だ馬鹿だ」と言われそうな正しい選択ばかりしてきた桜子ですが、ラスト週に一番馬鹿らしく、一番正しい選択をします。愛のために。
 
命を宿した母親はわかるんだそうです。命が天から来るんだということが。そして桜子は、それを護るという使命を、本能的に感じたようです。本能ですから、もう理屈じゃないです。
 
そして、この世にいた期間は短かったですけれでも、もしこの選択をしなかったならば味わえなかったであろう、もっとも大きな幸せを味わいました。母親として、「きいちゃん」をこの世に誕生させたということを。
 
桜子は、この幸せのために生まれてきたのだから、ほかの色々なことは、実はもうそれほど大切ではなかったのかもしれません。
 
そして、それが完成した後、愛する両親のいるところでの、永遠の幸せに入りました。
 
でも、残された人々のほうは、音楽を通して、かつてこの世にいた彼女のことを暖かく思い出すのでしょう。
 
ところで僕は、これを見て、自分の命の危険を犯してまで僕を生んでくれた母に感謝したくなりました。あの時はかなりやばい状況だったらしいんで、母子共に無事だったと聞いて、みんな喜んだんでしょうねえ・・・ 結局あんまりろくな人間にはならなかったけどね・・・ とほほ。

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