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『猫のキーとご主人さま』
ご主人さまは「屋根裏に住み着いているあのネズミを捕まえてきたらお前をずっとここに住まわせてやる」と、言った。
あの屋根裏のネズミは体がとても大きくて、この家に住んでいるほかのネズミや蜘蛛や、トンボや、とにかくこの家にいる全ての虫や動物たちを従えている、この家の主なのだ。ご主人さまもこの家の主だけど、ご主人さまはあのネズミを怖がっているから、むしろあのネズミのほうが家の本当の主と言えるかもしれない。凶暴で非情でそしてとてもずる賢くて、とにかくとても強いネズミなのだ。そんなネズミをこの私が、捕まえられるわけがない。何のとりえもない、何の力もない捨て猫の私。
ご主人さまの言葉に私は泣きそうになりながら答えた。「あのネズミはとても強いんです。私には無理です。」
するとご主人さまは「死ぬ気で頑張ればできる!でないと、もううちには住まわしてやらない」
私はガックリ肩を落とした。猫なのでもともとなで肩だけど、そんななで肩の肩を
さらにさらに落として、もう地面に付きそうなくらいだった。そうか、ご主人さまは私に出て行ってほしいのだ。こんな役立たずの猫にはもういてほしくないのだ。だからあんなことを。私はまた、捨て猫に戻るしかないんだ・・・
私がご主人さまに拾われたのは、3年前の夏だった。
ご主人さまは家に住みつくネズミにほとほと困っていた。なんとかネズミが出ていかないかと苦労を重ねていた。ちょうど今の私と同じように、あの時のご主人さまもガックリと肩を落としていた。凶暴でずる賢いネズミは、どんな手を使っても、一向に出ていく気配がなかったからだ。
ネズミは猫に弱い。でもご主人さまは、あの時そういう理由で私を飼おうと思ったわけでなかった。ご主人さまは心が優しいのだ。とてもとても優しいから、捨てられて雨に打たれていたみすぼらしい私を放っておけなかったのだ。
ご主人さまと出会ったあの日は、よく覚えている。暑い夏だったのに、あの日は夜中から雨がずっと降り続いていて、空気が少しひんやりしていた。私は以前の飼い主に捨てられた場所で、誰かに見つけてほしくて、段ボールの中でずっと鳴いていた。前の飼い主はすごく乱暴で、ちっともやさしくなかったので、その飼い主から離れることができて、本当は少しほっとしていた。でも、次の飼い主が決まらないと、私はここで飢え死にすることになる。何とか誰かに見つけてもらわなくてはいけない。でもどうかどうか優しい人に見つかりますようにと祈っていた。
鳴き通しでカラカラになった私の小さな声は、この雨の中もう誰にも届かないと思った。だけど段ボールの横を通りすぎようとしたご主人さまは一瞬立ち止まって、私のほうを見た。濡れた猫を抱き上げるのは、あの雨の中きっと誰でもいやがるだろう。だけど、ご主人さまは、私を抱き上げて服が汚れるのも気にせずに、上着の胸の中に私を入れてくれた。暖かい胸だった。私は鳴きながら泣いた。
ご主人さまはとても優しかった。時には外で遊びすぎて帰りが遅くなった私を、「さみしかったよ」と言ってぎゅっと抱きしめてくれた。ご主人さまは、いろんな話をしてくれた。そして、私とずっと一緒にいるよと言ってくれた。その時、ご主人さまは私にキーという名前をつけてくれた。かわいい名前で私はとてもうれしかった
私もご主人さまのために、いろいろ手助けをした。あの屋根裏のネズミを追い出すために、私はいろんなことをやった。力がなかったから、まずは神様に祈ることにした。毎日、近所の神社に行って、「どうか一日でも早くネズミが出ていきますように」とお祈りした。もちろんお金は持っていないので、お賽銭代わりに、とってきた小さな虫をお賽銭箱の横に置いておくことは忘れなかった。こうやって毎日神様に祈っていれば、きっとネズミは出て行ってくれると思った。
ご主人さまがネズミ退治の会議に参加することが決まって、ご主人さまは準備に大忙しだった。私はご主人さまのために何かできないか一生懸命考えた。何かを作るのに時間が足りないと、ご主人さまが言ってるのが聞こえて、私はあ!それだと思った。人間の道具は使えないから、1つ1つ手作りしていった。何日も何日もかけて出来上がった時は、ご主人さまより私のほうが喜んだくらいだった。
こんなこともあった。ある日ご主人さまはとってもいけないことをしてしまったと泣いていた。私にはどうしてあげることもできなかったから、神様がご主人さまを許してくれるように、その日一日ご飯を食べないことにした。食べたいのを我慢することで、何とかご主人さまを許してほしかった。
ご主人様の家に住むようになってから1年くらい経った頃。ご主人さまの誕生日がきた。私は何かご主人様に喜んでもらいたくていつもの神社できれいな石を拾ってきて、ぺろぺろ舐めてピカピカにしてご主人さまにプレゼントした。ご主人さまはとても喜んでくれて、「キー、大好きだよ。ありがとう」と言ってくれた。私は大満足だった。
でも私の誕生日はいつなのかなと思った。ご主人さまは私の誕生日のことは何も気にしていなかった。私にもわからないからどうしようもない。でも本当はご主人さまから、誕生日を作ってもらいたかった。いつか分からない私の誕生日をご主人様が 作ってくらたらいいのにと思った。
あるとき、私はひどくさみしくて、大きな声で鳴いて、ご主人さまにかまってもらおうとした。そしたら、ご主人さまは、私があまりうるさいので少し嫌いになったようだった。そして、「キー、出ていきなさい」と言って、ドアをパタンと閉めてしまった。悲しかった。私はたくさん泣いた。そして、「ごめんなさい」と一言いってご主人さまの家を離れていった。もう、この家には戻れない、また捨て猫生活をしなきゃ。
2度目の捨て猫生活が始まった。
しばらく経ったある日、前にご主人さまに頼まれていたあることを思い出した。あの時「ごめんなさい」の後に「許してください」と言えばよかったのかもしれない。頼まれていたことをしないとご主人さまが困るだろうと思うけど、いまさら私を家に入れてくれるかどうかわからない。でも、「頼まれていたものを持ってきました」と、言ったらどうだろう。許してくれるかな。長い間私がいなくて、もしかしたら、さみしいと思っているかもしれない。もし、許してくれなかったら、頼まれたものを置いてまた出ていこう。そう思って勇気を出して、ご主人さまの家に行った。
ご主人さまはさみしかったのかどうかよくわからなかったけど、「元気だったのキー?ご飯は食べてるの?」と言ってくれた。私はご主人さまに飛びついて、またここで暮らそうと思った。やっぱり私にはご主人さまが必要。ご主人さまが私を必要としているかどうかわからないけど、やっぱりここにいたい。
そうして、またご主人さまの家にいさせてもらうことになった。
ご主人さまは、なかなか出て行かないネズミに腹を立て、時々イライラして怒ることがあった。私は、そのたびにおろおろした。たまにはそんな時、少し遠出をしてしばらく家に帰らなかったりした。それでも、私はご主人さまの家から離れることなく、ずっと一緒に暮らした。
でも、ご主人さまがネズミに困っていることは、変わることがなかった。猫がいるのにネズミもいる。最近、ご主人さまは別の猫を飼おうかと考えているようだった。3年もたつのに、私が一向に役に立たないからだ。それに最近は、ご主人さまのお手伝いもあまりしなくなり、ますます役たたずな猫になっていた。ご主人さまがほかの猫を飼うことを考えるのも無理はないのだ。それでも私は、ご主人さまの家にいたかった。
そしておそるおそる、ご主人さまに聞いてみた。「私はまだこの家にいてもいいですか?」
ご主人さまは私のことがあまり好きじゃなくなったみたい。ご主人さまが言った言葉は「屋根裏に住み着いているあのネズミを捕まえてきたら、お前をずっとここに住まわせてやる」ご主人さまはもう、私のことをキーと呼ばなかった。“キー”じゃなくて“お前”。 私はこれからどうしよう。死ぬ気で頑張るか。あきらめて家を出ていくか。
私はあきらめることにした。あんな大きなずる賢いネズミに勝てるわけがない。
それに、ご主人さまのためにやってきたいろんなことも、本当にご主人さまの役にたったのか、わからなくなってきた。自分をかわいがってほしくて、やっていたんじゃないかと思えてきた。もう自信がなくなった。
ドアを開けると、外は雨になっていた。夏の冷たい雨だ。ご主人さまは、きっと私に頑張ってほしかったんだろうと思う。でも、私は小さな捨て猫。大きなネズミにはかなわない。頑張れというご主人さまにもかなわない。
ネズミに勝てない私でも、ずっと一緒にいていいよと言ってほしかった。
ご主人さまに捨てられても、キーはずっとずっとずっとご主人さまが大好きでした。
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