静岡県のお城 〜ブログ編〜

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研究史整理メモ その1

面倒なので、読んだ論文のまとめを、メモ代わりにここに書きます。

中西義昌「縄張り研究の独自性と新しい城郭研究が目指すもの」(『中世城郭研究』28,2014)

1.「杉山城問題」の結末

・田向城の発掘調査成果や、新府城・津久井城・滝の城跡など、藤澤良祐氏が提示する編年と全く整合しない事例の増加
 …藤澤編年を城郭遺跡の年代判定に安直に用いることの危険性(225)

・「杉山城問題」について
 …一部の文献史学研究者が、文字史料だけでも容易に分かるようなことすら事前に全く確認しないまま、安直に考古学的な一見解に過ぎない陶磁器編年案による遺跡評価を「動かぬ証拠」として飛びつき、宣伝した軽率なものでしかない(226)
  →「杉山城問題」は問題ですらなく、これまで縄張り研究に向けられてきた年代観のズレは、今度は「逆杉山城問題」として、文献史学・歴史考古学側の問題として議論されるべき(226)


2.「杉山城問題」における縄張り研究者の課題と今後の展望

・進化論的型式学による独自の年代観と権力論を突き詰める作業を、先に十分に行うことがまず肝要(231)






【感想】
中西氏本人が「木島論文(木島孝之「城郭研究−「縄張り研究」の独自性を如何に構築するか−」(『建築史学』59、2012))の視点に多くを学んだ」(註27)と述べているように、木島氏の主張に全面賛同する内容である。
非常に感情的な論文……というより論文っぽいもの。

個人的には、研究者を呼び捨てする論文は嫌いです。

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ブログという場を借りて論文を整理して感想まで述べているってことは、自分の考えも持っているってことだよね?
「陣」について、どう考えているのか教えて欲しい。
中西みたいにさ、文句を言うだけならだれでもできるんだよ。 削除

2015/3/1(日) 午後 9:40 [ シャム ] 返信する

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大河ドラマでもそうですが、基本的に戦いに出るときは「出陣」、帰ってきたときは「帰陣」が使われている。
なぜこのとき「陣」を使うのでしょう?そこにポイントがあると思っています。
つまり、「陣」は、軍隊の集結地、陣地、という意味意外に、合戦、戦い、という意味がある。
もうこれは国語辞典に載っていますが^^;ネットで調べても出てきますよ。
その点で、中西氏の「時や事件(或いは出来事)などを表す」(中西2014、221頁)という見解は正しいと思います。
ただ、その場合、「陣」の前に地名が付く場合が多いです。さらに、その地名は、実際に大将がいた場所を指すことが多いです。
竹井2012で挙げられている「村岡御陣」「釜形陣」、中西氏が中城研で挙げた「高麗御陣」「東寺両陣」「正覚寺御陣」「坂井原御陣」もそう。
しかもわざわざ「御」の字を付けて敬っていますよね。

2015/3/1(日) 午後 10:17 [ たいぞう ] 返信する

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以上のことから、中世後期、大将が本拠から出撃して戻ってくるまでの一連の戦いを「陣」と呼んだ、と言えます。そして、単に「陣」だけでは、振り返ったときにいつの「陣」か分からなくなる。そこで、大将がその戦いの間にいた地名、つまり、「本陣」を置いた地名を「陣」の前に付けたんです。
別に「以来」の文言が付こうが付くまいが関係ないです。無視して構わないぐらい。

では、「椙山之陣」は、というと、「椙山に大将がいたときの戦い」という意味になる。中西氏の述べているのとニュアンスが違います。
中西氏は、「杉山での戦闘(戦い)以来」(中西2014b、77頁)と解釈している。「での」じゃないんです。杉山で戦いがあったわけじゃない。あくまで「椙山」に大将が「いたとき」の戦いです。じゃあ「椙山」に誰がいたのか?上杉憲房、毛呂土佐守が守るべき人、大将です。
ということは、「椙山」が上杉憲房の「本陣」、ということになります。当然、「椙山」は伊豆国ではありません。

長くなりましたがこんな感じです。竹井氏も中西氏も、正しいところはあるんだけど、両方違う。いわば第3の見解です。

2015/3/1(日) 午後 10:19 [ たいぞう ] 返信する

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あ、中西2014bは、中西義昌「椙山之陣以来」にある「椙山之陣」は何を指すのか?竹井英文氏「その後の「杉山城問題」」における批判に応える」(『史学論叢』44,2014)です。
すいません……メモ帳に書いていたのをそのまま貼り付けてしまいました><

2015/3/1(日) 午後 10:20 [ たいぞう ] 返信する

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>その地名は、実際に大将がいた場所を指すことが多いです
「高麗御陣」は主戦場ではないですか?高麗での戦い、ですよね。
「杉山での戦闘」を比定することはできないですね。

また、「椙山」が上杉憲房の本陣であったら、なぜ伊豆国(中西氏いわく、相豆国境)ではないことになるんですか?

2016/7/27(水) 午後 4:44 [ da1*ent ] 返信する

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追加です。

>「以来」の文言が付こうが付くまいが関係ない
とおっしゃっていますが、中西さんの主張を誤解なさっています。
中西さんの言う「合戦を言うのに陣という字を使う」とは、「陣という字を使っているからと言って絶対に土木工事による陣城が存在したとは言えない」ということです。
竹井さんの「椙山之陣(以来)が城の存在を示す」に対する反論が主題だからです。

「以来」がつくことで資料の「椙山之陣以来」が確実に城でなく合戦を言っていることになります。

2016/7/27(水) 午後 5:26 [ da1*ent ] 返信する

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