|
--------------------------------------------------------------------------------
巻く舌は一枚や二枚ではすまない。, 2006/9/18
著者の美術史に対する造詣の深さのおかげで至れり尽くせりの本に仕上がっている。
信貴山縁起絵巻を鑑賞するうえでまたとない解説書である。
人間の慌てふためく姿をたしかな筆で活写する芸術的力量に驚く。
12世紀にかくも豊かに喜怒哀楽を表出する人々がいたことに驚嘆しつつも嬉しくなる。それをみごとに描いた名人の技に万雷の拍手をおくりたい。
特に、山崎の長者の顔がいい。最初の2景での驚く顔の壊れぐあいと、米蔵がみごとに飛んで空を滑空することを見極めたあとの落ち着いた顔の変化にはビックリ。どんな事態が次に発生しても受け止めようという度量の大きさを感じる。安堵感と感嘆が同居している。
どの男性も帽子をかぶっておしゃれだ。
底辺で社会の基礎を支えている庶民の姿が豊かに描ききれているのが気持ちいい。苦しい労働で社会を支えているもののおおらかさ、屈託のなさがうまく出ている。
たしか孫悟空は雲に乗って、じっと動かず如意棒を握って行く手を眺めていた。ここに出てくる「剣の護法」は雲に乗りつつ走っている。
アインシュタインの説によると、光の先端に乗って光を出しても光以上には速くならない。
「剣の護法」はいらぬ悪あがきをしている。
でも、「剣の護法」は走っている動作ですごいスピード感を生みだしている。F1のシューマッハ、かつての超音速のコンコルドをこえるでしょう。そんな迫力を感じます。たぶん、「スピード」という感覚が全くなかった時代に、時代をはるかに越えた絵師の才能を感じる。
馬が必ず出てくる。必ず歩いている従者が従っている。これじゃ徒歩旅行とスピードは変わらない。
その上、長旅には食料の調達が大変。馬は大食漢。宿場制度が整備されていない時代。2人の従者が運んでいる背中の荷の大半は馬の餌ではなかったか。
それでも馬を使う理由はなにか?
信貴山に行くことが困難な事業であることを視覚的に表したかったのではないか。ここにも絵師の創意と工夫を見いだす。
|
感性でとらえました
コメント残したくて(^O^)/
2013/8/23(金) 午後 3:20 [ 磨女3 ]