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人類史上もっとも多才に活躍した人の1人, 2006/3/24
ベンジャミン・フランクリンが学校に行ったのは8歳から10歳までのわずか2年。その後ロウソク職人をへて印刷業にかかわりさまざまなことに手を染めていきます。
新聞を発行し評論家としての名前をあげる。
格言つきの暦を発行して出版業者として成功を収める。
郵便制度の整備・図書館建設・大学設立・学術協会の設立などを行い社会改良家として活躍。
雷の発生しやすい日に凧を上げ、稲妻が電気現象であることをつきとめる。避雷針を発明。ストーブを改良。遠近両用眼鏡の考案。避雷針と遠近両用眼鏡は現代人も重宝して使っています。雪の上に白い布と黒い布の両方をおいてどちらの雪が早くとけるかを観察して夏には黒色の衣類はさけて白にしたほうがよいことを実験で確認。
フランス語をマスターしてフランス大使となってイギリスとの独立戦争のとき、フランスの支持を取りつけ援軍の派遣を勝ち取る。
肩書きは、印刷家・評論家・社会改良家・出版業者・科学者・発明家・外交官・政治家・哲学者と9つにもおよびます。
忘れてはならないのは、ベンジャミンは学校には2年しか行っていませんが、世界の最もすばらしいほとんどすべての書物はしっかり読んで自分のものにしていたのです。学校に行かないことが勉強しないことではなく、当時の世界一流の本を子供でありながら、学校に行っていた人よりたくさん、正確に理解しつつ読み切っていたのです。人類の叡知の最高の到達点をしっかりおさえて毎日毎日考えつつ歩んでいたのです。
もっと正確に言うとベンジャミンは、自ら人類の最高の到達点をさらに一歩前に進めるために、人類が今どこにいるかを知ろうとして世界最高の書物を手にしていたように思う。
さすれば、やっぱり偉大な人の真に偉大なところは、自分の幸せの前に他人の幸せを作ろうとする人間のみに特有な特質を持った人である、と言うことにつきるのではないだろうか。
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偉大な人・・・他人の不幸の上に自分の幸せを作らないと言う人
ですね
2013/8/23(金) 午後 4:00 [ 磨女3 ]