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何度も何度も読んだことがある愛読書の1つである。
いつ読んでも、読んだあとの虚無感,無力感,寂寞感を抑えることができない。
カンダ―タは大悪党。悪の限りを尽くして地獄に入れられる。針山地獄,血の池地獄でのた打ち回っている。その姿をお釈迦さまは極楽の蓮池から見下ろしておられる。
ところでこの大悪党も一度だけ小動物の命を救ってやったことがあることをお釈迦さまを思い出しになられて、蜘蛛の糸を一本お垂らしになる。
地獄から脱出するただ一つの方法と考え付いたカンダ―タは必死にしがみつき登り始める。まさに「溺れるもの藁をもつかむ」心境。途中一休みして下を振り返って見ると,有象無象の罪人たちがどんどん列をなして上ってくる。自分一人でも折れてしまいそうなか細い糸に、カンダ―タの恐怖心は募り、思わず叫ぶ。「これはわしの糸だ。おりろ!」
その声が響くと同時糸はプッツンとちぎれる。
極楽の蓮の池には波も立たず、穏やかな日が時を刻んでいく。お釈迦さまは何事もなかったかのように散策をお続けになる。下の地獄ではいつものように悪人どもが苦しみもがいている。
海のごとく広大な智慧と大慈悲をおもちのお釈迦さまが、なにゆえに我々庶民や悪党の智慧なきものに、のり越える知恵の一端をお示しにならずにこのような無残な試練にかけられるのか分かりません。
ただ一つ思い当たるのは実を言うとお釈迦さまは世の人々が言われているほど智慧をお持ちではないのかもしれません。皆さん、だから自分の頭で地獄から脱出する方法を考えてくださいというのが芥川竜之介の本意なのではないでしょうか。
今改めてこの文をしたためてみて思いついた結論に何か新しい発見をしたようでうれしい。
それが2500年を経ても人間社会の宗教・哲学問題は深刻化する.が解決できないいわれなのではないでしょうか。自分たちの頭で考えていきましょう。
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