人工光合成

人工光合成の完成・発達によって人類は動物がもつ「生きる=他の生命の殺し」という宿命から自己解放できる。

諺を考える

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  かつてナポレオンは「我が辞書に不可能と言う文字はない」と喝破したと言う。


  私の人生は不可能なことばかりから始まった。


  <何をやってもだめな子>

  子供の遊びの輪の中に入れてもらえなかった。

  幼稚園の入園を頼みに行って簡単に断られた。

  2年間まったく遊び相手のいない幼児期を過ごした。

  ブランコに乗ったことがない。

  滑り台ですべったことがない。

  シーソーに乗ったことがない。

  鉄棒にぶら下がったことがない。

  ガラガラや積み木・電車・自動車のおもちゃ、ぬいぐるみを1つも手にしたことがない。
絵本を一冊も手にしたことがない。

  学校へ上がる前にみんなと大声で童謡を歌ったことがない。

  逆上がりができない子になっていた。

  懸垂ができない子になっていた。

  跳び箱を跳べない子になっていた。体育の時間は一回は跳び箱の前までいって、あたかも目測を誤った振りをして箱の前から退散する。二回目からうろうろして自分の順番をごまかすのに精を出した。

  絵が描けない子になっていた。図画の時間はいつでも未提出に終わった。

  歌が歌えない子になっていた。いつも1人音程が外れている様だった。本人は気持ちよくうたっているのに周りの目線が一斉に非難していた。

  楽器が弾けない子になっていた。5年生の学芸会で、縦笛を担当して、私だけすっとんきょうな音を出してしまって、指揮の先生が困っていたのを今も忘れない。

  <最初の奇跡:英語で100点>

  小学校6年生卒業した日にしっかり分かったことがある。

  学校はどれだけ行っても全員が100点にはしてくれるところではない。100点取りたかったら自分で工夫しなければならない。

  先生に習わない発音記号と辞書調べで英語をやっていたらいつのまにか100点をまぐれで取れていた。

  <2回目の奇跡:苦手の理科で100点>

  中2の時友人が私に理科の100点競争を提案してきた。

  提案者がいじめっ子だったので乗るしかなかった。

  生まれて初めて、試験で100点だけを目的に勉強した。100点は取る気でやれば取れるものであることを知った。

  <3回目の奇跡:実力テストで10番以内達成>

  勉強嫌いだったので家で宿題をやったことがなかった。

  高校進学をどうしようか迷った。就職か進学か。勉強嫌いなくせに本は好きだった。本は一生読みたいと思っていた。待てよ本を読みたかったら高校進学していたほうが良いのではないか。でも他人を蹴落としてまで入学を勝ち取るのは嫌だと思った。

  その時ひらめいた。待てよ。勉強とは何か。そもそも学校へ行って学ぶのは、本来は社会に出ても必要だからだ。中学校で習うことぐらいどれも90点ぐらい取れないと社会に出ても役立たずではないだろうか。

  もしかして、自分の力でどの教科も90点取れるようにしたら楽々と高校に受かるのではないだろうか。

  高校行ってそれからどうする。高校まで行くなら大学まで行かなければ意味がない、となぜか思った。

  どこの大学へ行くのか?地元の金沢大学じゃ大したことがないように思えた。どうしても東京へ行きたいと思った。

  金沢大学に受かるのは地元の高校でよくて30人。その半分は私の中学校の出身者。ということは単純計算しても中学で15番ぐらいには入らないと金沢大学も無理。じゃ東京の大学を目指すには中学時代に10番以内に入らないと無理である。

  ここでも、人を蹴落としてまで順位を上げるのを嫌だと思った。だが待てよ。別に人を蹴落とさなくてもどの教科も90点以上取れるようになれば10番以内に入れるのではないだろうか。

  ここで、私の高校入試の目標が決まった。高校入試合格ではなく、入試科目の9教科全科目90点以上達成。そして10番以内に滑り込むこと。どこの塾や家庭教師も頼まないで。

  ここまで整理し考えるのに3年生の4月から8月までかかった。

  その頃、姉から痛烈な宣告をうける。「あんたなんか行く高校ないよ」中学の3年生400人中、進学者200人の実力テストで120番を取っていた。

  9月の新学期からの私の受験勉強が始まった。

  毎日毎日午後8時から11時まで3時間。押入れに小さな机を持ちこんで、ひたすら来年3月まで覚えておく勉強を始めた。

  遅々として進まない勉強も3ヶ月目から加速度がつき、実力テストで一回も下がらず最後のテストには7番(もしかして5番:ここの記憶が揺れている)だった。勉強を始めた頃クラスでは12,3番だったが、最後には2番になっていた。

  合格発表を見に行く必要が全くなかった。みんなの手前一緒についていって自分の名前を確かめはした。

  高校に合格すると母方の2人のおばがみんなにお祝い金を配るのが慣例だった。
6ヶ月の勉強で120番から7番まで一回も下がらず駆け上がった事実に、私の内面はふつふつと突き上げてくるものを感じていた。生きる希望を感じていた。数知れず持ち合わせていた劣等感のかなりの部分が心から消えていった。
お祝い金をもらうことが悪い気がした。
とてもとてもどんなお金、お祝いの言葉にも代えられない人間の誇りと尊厳を自分の心の中に生み出したように思った。そして熱く燃えるこの気持ちを爆発させる日がいつか来てくれることを心ひそかに願った。
きっとそれは、私の暗い暗い少年期の重いおもりが解ける日であろう。
その日とは、いじめと戦争と貧困がこの地上からなくなる日だろう。

  この時点で、私は

「生きるとは夢を実現するのみにある。夢の実現に邁進しない人生は無価値である。その達成にすべての力を傾注しない人生は偽ものである、と強く感じるようになった。今もこの信念だけは、胸の奥深くに赤々と燃やしつづけて、人生の終末期を歩いている」

  これを簡単に、ナポレオンに習ってまとめると

  「私の辞書には夢と現実とは違うと言う言葉はない」

   と言いたい。


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