人工光合成

人工光合成の完成・発達によって人類は動物がもつ「生きる=他の生命の殺し」という宿命から自己解放できる。

お釈迦さまとの対話

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  お釈迦様

  岡山駅で恐ろしい殺人事件が発生しました。

  超過勤務を終え家路についていた男性が、岡山駅で列車待ちをして、列の先頭に立っていました。18歳の家出少年が後ろから近づき、電車が入ってきたところへ肩を押して線路に男性を落としました。運転手の急ブレーキが間に合わず、男性は数時間後失血多量で死亡しました。

  少年は「刑務所に入りたかった。そのために人を殺したかった。相手は誰でもよかった」と語っている。

  少年は成績優秀で、東大を目指していたが、家の財政事情で受験がかなわなかった。お金をためて大学受験に備えるために求職活動をしていたがなかなか見つからなかった。

  奈良の東大寺学園の生徒の母親と妹・弟焼殺殺人、昨年5月の会津若松の高校3年生の母親の首切断事件と成績優秀者の殺人事件が記憶に新しい。

  学力があっても簡単に人を殺す。この人々の学力の中身の中に命の尊重が入っていないことにまず愕然とします。自分の命と他人の命、両方ともが本当に軽いのです。

  まず自分の命が父と母の生きる挌闘の中で、大切に生み、育てられたことへの追跡過程がない。それは、おじいさん、おばあさんに連なり、日本人の祖先から、人類の祖先への追求へと深まっていく。その長い長い歴史の中で1箇所でも切れていたら自己の存在がありえないことがわかる。そこから人類総体としての歴史的存在としてここに存在することがわかる。一時的な親子の葛藤、すれ違いにおける仲たがいが発生しても、人類としては営々として発展してきて、その発展の上に今の自分が位置付けられたら、新たな発展を作り出す主体としての自分が分かる。

  学校で習った歴史を自分が生きる地平で活用することをこの人たちはやっていない。

  自分が18歳まで成長するには、父・母の滅私の貢献が最も大きな力であったこと、周りのすべての人々と自然に支えられてきたと言う事実が無いと、自分の存在がありえないことを思い測れない。
  
  そういう思い測れない子に、親も先輩も、学校も文科省も何ら手を貸して上げられないで、ただ学力だけを要求する。

  なぜ学力をつける必要があるのか、何にその学力を使うのか、を自分の頭で考えない、友と語らない、親・兄弟と団欒の席で話し合いをしない、学校の先生は助言してくれない。文科省人々は考えたこともなさそうだ。

  学力をつける前提と方法を提起しないで、結果だけを要求する。

  一言で言うと「生命論」が無いのです。命はいかにうまれ、どこへ行き、何のために燃焼したら良いのかを考えることが全くなされていないのです。。

  「労働論」が無いのです。人間労働とは人の幸せを考え・作る現実的活動です。その活動を考え、実行することにより人類は生きとし生けるものの幸せを考え・作る主体として未来に向って羽ばたけるのです。


  


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