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孟母三遷(もうぼさんせん)
幼児の教育には環境が大切であるという教え。
孟子(もうし)が幼い頃、彼の家は墓地のすぐ近くにあった。そのためいつも、葬式ごっこをして遊んでいた。
孟子の母は、
「ここはあの子が住むにはふさわしくないところだわ」
そう考えて引っ越すことにした。
移り住んだのは市場の近く。孟子は商人のまねをして商売ごっこをして遊んだ。
孟子の母は言った。
「ここもあの子が住むにはよくないわ」
再び引っ越して、今度は学校の近くに住んだ。
孟子は、学生がやっている祭礼の儀式や、礼儀作法の真似事をして遊ぶようになった。
「ここならあの子にぴったりね」
孟子の母はここに腰を落着けることにした。
やがて孟子は成長すると、六経を学び、後に儒家を代表する人物となった。
これは史実にはない虚構らしい。
それはさておき、これは結果解釈の論法である。
偉大な人物はどの分野に進んでも偉大になったかもしれないのである。
例えば王貞治氏のあのホームランに賭ける執念は野口英世の執念に通じるし、イチロー選手のひたむきさは宮本武蔵のひたむきに通じていて科学の分野に進んでいたらノーベル賞ものであることは言えると思う。
孟子だって、墓の近くのまま成人していたら、立派な宗教家になっていて中国の宗教界を変えていたかもしれない。佛教が中国に伝来する200年以上前のことだから、佛教伝来を200年早めたかもしれないし、新たな宗教を起こしていたかもしれない。
あるいは市場の近くで成人していたら、中国一の商人になって、商業活動を一変していたかもしれない。
あるいはまた、墓の近くで墓遊びを幼児時代にしたとしても、文字を習って学問を学びたくなったら遠方まで出かけて行って学問修行に励んでやっぱりすばらしい儒者になったかもしれない。
「孟母三遷」という諺を作った人は、偉い人は親も偉かったという逸話を作りたかっただけではないかと思う。
リンカーンの生涯を思い起こして欲しい。リンカーンは20歳まで自分の好きな勉強ができなかった。小学校へ通ったのは合計1年足らず。21歳で独立して初めて自分の稼いだ金で自分の好きなことができるようになった。この頃彼は数学や討論術を学ぶ。25歳でイリノイ州の下院議員に当選。25歳より独学で法律を勉強し27歳で弁護士の資格を取る。あらゆる困難を自分の力で克服して大統領になった。そして歴代大統領の中で最も困難な内戦を直接指揮して勝利をつかみとり奴隷解放と言う歴史に残る偉業を達成した。
だから、私はこの諺を
「孟子は三遷されなくても孟子になっただろう」
偉大な人とは困難を自力で切り開くものである。
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